フィーリングだった。彼とは気が合いそうだと。好きになれそうだって。



言い訳



 夏の青学・六角の合同合宿。せっかくなのだから、千葉の地を楽しんでもらう為に釣をする事になった。
 青学の釣の腕はかじった経験がある者から全くの初心者まで。九州にいる手塚は趣味としていたので、悔しがるだろうと大石は苦笑を浮かべていた。
 水際の岩場でそれぞれ釣を楽しんだ。
「よっしゃ釣れたぜ!」
 河村が竿を勢い良く引き上げる。彼は竿でも二重人格が発動するらしい。
「おー」
 天根が駄洒落も忘れて拍手をし、てきぱき網を用意してすくってやる。なかなか良いのが釣れた。他にも三匹、天根が釣った分も含めて水をはったバケツの中で泳いでいる。
「結構、釣れているじゃないか」
 いつの間にかバケツを覗き込んでいた乾が言う。その横には木更津が立つ。
「これ焼くと美味いんだよ」
「へえ、見たことない魚だから楽しみだな」
 竿を離せばいつもの河村に戻る。


「あっちは好調みたいですね」
 額に手を当てて、河村たちの様子を伺う葵。
「負けられるか」
「頑張れよー」
 意気込む海堂を応援する佐伯。
「張り切ってるなあ」
 のんびりと見守る不二はしゃがみこんで、浜辺の生き物を見つけては戯れていた。
「不二、こっちにいるぞ」
「ホント?」
 首藤が呼ぶと顔を上げる。そんな首藤の視線の先には、鬼のように魚を釣り上げる大石の背を映していた。圧倒されて、ついつい見入ってしまう。ちなみに必要な分以外は逃がすので問題は無い。




 一方、釣り初心者の桃城は黒羽に教わっていた。二人で岩場に座り、足を海へぶらつかせながら会話を交わす。
「ここに針を……わかるか」
「ええ、なんとか」
「桃城は飲み込みが早いな。よし、まずはやってみろ」
「はいバネさん」
 桃城は立ち上がり、竿を適度な力で振るい、糸を海の中へ垂らした。
 “バネさん”という呼び名は今日の朝、桃城からいきなり許可を問われた友人間でのあだ名である。当然受け入れ、こうして使用していた。
「釣りは辛抱だ。そう肩肘張るな」
「はーい」
 黒羽も立ち上がり、桃城と視線を合わせる。
「こうだな」
 後ろに回り、構えの体勢を正す。黒羽の手が桃城の肩を押さえた。
 もう一方の腕が腰を掠め、桃城はこそばゆさに笑う。
「笑うなよ」
「だってくすぐったいんですもん」
 振り向くと、すぐそこに黒羽の顔があった。なんだか嬉しくて、桃城の笑いはおさまらない。


「桃せんぱーい」
 岩場を器用に渡りながら、越前は桃城を捜す。
「リョーマくん、危ないのね」
 丁度滑りそうになった所を樹が受け止める。
「桃城なら、そこでバネといますよ」
 指差す先には並んだ二人の姿があった。
「あっちも世界に入り込んでますね」
 息を吐く越前。彼は大石と釣りをしていたのだが付いていけなくなってしまい、桃城の所へ行けばあれだった。
「ああ……」
 続いてまた息を吐く。渡った際に持っていた釣り糸が絡んでしまった。
「待つのね。これなら手で解けそうなのね」
「お願いします」
 樹と越前は座り込み、樹は越前の釣竿の糸を解きだす。その様子を越前は眺めようと顔を上げる――――
「!」
 頭上から何かが押し付けられた。
「らしくない。忘れ物だぞ」
 声で、菊丸だとわかる。次に、押し付けられたのが帽子だと気付く。
 恐らく、大石の所に忘れて来てしまい、彼の所へ寄った菊丸が拾ってくれたのだろう。
「お前ら何やってんの」
 傍の適当な場所に腰掛けた。だいたいの雰囲気で何をしているのかわかってくる。
「器用なもんなのな」
 得意げになるのも謙遜するのも合わず、彼の言葉を流して樹は黙々と手を動かした。
「あ!」
 桃城の釣り糸が反応を見せる。
「よおし」
 黒羽は網の用意を始めた。
「よおおし!」
 釣り上げ、黒羽が受け止める。
 バケツへ入れると、魚はまた泳ぎ出す。
「んー、初めてならこんな感じだろ」
「今度はもっと大きいの釣りますよ」
 負けずに桃城は言う。
「まあ、何はともあれ」
 二人は顔を見合わせる。
「やったな!」
「やりました!」
 ニッと白い歯を見せて、抱擁した。


「………………は……!」
 視線に気付き、横を見ると六つの視線が彼らを見詰めているではないか。
 ぽかんと口を開けて、硬直している様は大げさに騒がれるより辛いものがあった。
「いや、これはその」
「ああ」
 身体を離し、必要の無い言い訳を巡らそうとしてしまう。妙に顔も熱い。
「別に言い訳しなくても良いって」
「バネにしては珍しいのね」
「俺たちの事は気にしないでください」
 そう言って菊丸、樹、越前は沈黙を破り、絡んだ釣り糸に視線を落とした。今度は黒羽と桃城がぽかんと口を開けて硬直する。
「解けたのね」
「有難うございます」
 釣竿を手渡され、無邪気に笑う越前。初めて見る一面に、樹の口元も綻ぶ。
 さっそく使おうと立ち上がるも、戻る気にもならず立ち尽くす。
「リョーマ君?」
「いやあ…………」
 帽子のつばを指でつまもうとした時、桃城が呼んだ。
「こっち来いよ越前」
「そうだ、来いよ」
 黒羽も手招きする。
「お邪魔して良いんスか?」
「なにが邪魔だよ」
「お二人とも、ベタベタしていたんで」
「してねーよっ!」
 暑さとは異なる汗がこめかみに滲む。
「じゃあ、行きます」
 とぼとぼと越前は彼らの元へ歩き出した。
「ほらほら」
 黒羽と桃城の間に入れられ、二人距離が近いものだから余計な暑苦しさが加わる。


「おチビは行ったし、俺はどうするかな」
 菊丸は伸びをして、横目で樹を見ながら呟く。俯き、視線を逸らしている彼の返事は返ってこない。
「一緒に釣りでもするか?」
「お前、俺が苦手じゃなかったのね」
 誘いの言葉はすぐに返ってきた。
「お前だって逃げたくせに」
「そうでしたね」
 一瞬、沈黙が走るが、樹が喉で笑い、肩を微かに震わせる。つられて菊丸も笑った。




 夜。合宿所で黒羽は何かタイミングさえあれば、樹に声をかける。
「なー。樹ちゃん、樹ちゃん」
 人気の無い、薄暗い廊下で足を止める樹。
「しつこいのね」
「だから、違うんだって」
 彼は昼間での事を弁明しようとしているのだ。
 樹としては“まだ言っているのか”と言ったところである。
「昼も言いましたが、バネにしては珍しいのね」
「そんなに変かぁ?」
「変とは言ってません。随分と桃城が気に入っているんですね」
「ん、ああ」
 ばつが悪そうに黒羽は後ろ頭に手を回す。
「俺、もさ」
 臆病そうな声色に樹は目を瞬かせた。
「変だと思ってる」
 だから変とは言っていない。突っ込みは飲み込む。
「感じるんだよ。アイツとは気が合いそうだって、惹き込まれる」
「確かに言い訳するのは変なのね」
「やましいのかな」
「俺に聞かないでください」
「冷ぇなあ、樹ちゃん」
 黒羽が変に弱そうに見えた。
 幼馴染で共にいて、良く知っていたつもりだったのに。合宿に入ってから意外な面が映りだす。
 樹は思う。黒羽からしても自分もそう映っているのかもしれない。
 出会いは人を変える。
 今、変化の時のような気がした。
 樹にも、惹き込まれている存在がある。言葉にはならない引力を感じている。
 曖昧に濁す黒羽の言い方も、わかっているつもりだった。


 合宿は明日で終わる。
 青学との付き合いは、この先も続く気がした。
 もっと近付きたい思いがあるのなら、必然になるだろう。







焼肉王子でのリョーマくん呼びに萌えすぎてます。
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