歩み
夕焼け色に染まった通学路を、六角テニス部だった三年生は歩む。
「く――――っ」
黒羽は声を上げて、伸びをする。
「こう継続的に勉強すると、肩凝る」
首を動かし、肩に手をやった。
「バネはテストん時だけだもんねぇ」
「なんだよ、首藤だってそうじゃん」
突っ込む首藤に、言い返す黒羽。
夏が終わり、彼らは引退をした。公立の生徒である彼らを次に待つのは高校受験。
今まで、のんびり過ぎていた学校生活が途端にピリピリしてくるものだから、運動とは異なる別の疲労が溜まっていた。
「なあ」
振り向き、後ろを歩く佐伯、樹、木更津に目をやる。
「寄ってかないか」
親指を上げて指すのは海。断る理由はなく、寧ろ待っていたとばかりに頷いた。
秋の海は冷たい。
冷たさがわかっていても、靴と靴下を脱いで水に浸けて、身震いをする。
佐伯は水には浴びず、適当な岩に寄りかかり、波と戯れる友人を眺めていた。
「サエ」
呼ばれて振り向くと樹がおり、彼は佐伯の隣に座り込んだ。
「海に来ると違いますね」
「そうだね」
呟くように答える。
「ねえ樹ちゃん。樹ちゃんは、高校はあそこ行くの?」
「そうなのね」
あそことは、地元の県立高であった。ほとんどの六角中の学生はそこへ行くので、いちいち名を言うのも面倒で"あそこ"や"あれ"などと呼ばれていた。
「バネと首藤も行くそうなのね」
二人を指差して言う。
「そっかあ」
相槌を打った後、会話が途切れた。
俺がどこ行くかは聞かないの?佐伯は沈黙の中で樹の言葉を待つ。
そんな時、木更津がやって来る。
「なー、二人とも聞いてよ」
手に持っていた携帯を見せるようにズボンのポケットにしまう。
「淳はルドルフに残るって」
昨日、電話で話したよ。そう言って、砂を蹴った。
「ああ」
「そうなんだ」
やっぱり、と言うべきなのだろうか。
吐息のように相槌を打つしか出来なかった。
淳は戻って来ない。心のどこかでは、そうなのではないかとわかってはいた。
けれど、もしかしたら……。都大会でルドルフが敗れ、全国大会が終わり、今の今まで粘って、淡い期待を抱いていたのだ。そうして、とうとう決定付けられてしまった。
「楽しくやっているみたいだよ」
「それは」
「良かった」
浮かべる笑みは苦い。
寂しくなると思った。もう一年以上もいないのに、改めて感じた。
海遊びを終えると、道が分かれる度に、一人、また一人と別の道を歩んで帰宅していく。
とうとう、佐伯と樹の二人だけになった。
人が減ると共に、会話も少なくなって、無言に近くなってしまう。
「サエ」
樹は不意に足を止めて、佐伯を呼ぶ。
「サエは高校、どこへ行くのね」
求めていた言葉を、彼はやっと言ってくれた。
「今、聞かないと後悔する気がしました」
心の内はとっくに見透かされていた。付き合いが長いせいか、雰囲気で心の動きがなんとなく伝わる。佐伯も樹もそうお喋りではないが、言いたい事はわかり易い。
「俺さ、東京の学校に行かないかって、親に勧められてる」
樹は続きを待っていた。
「案内書、見せて貰ってさ、なかなか良い感じなんだ。でもさ」
声は上擦り、早口になり、元に戻る。
「皆と別れたくない。皆と一緒の学校に行きたい。そりゃさ、いつまでも一緒にいられないってわかってるけど、ぎりぎりまで一緒にいたい」
喉が渇きそうになり、生唾を飲み込んだ。
「ガキくさいよな。明日、一五になるのに」
「十分、ガキなのね」
「俺、らしくないよね」
「いえ、サエはそんなもんですよ」
「そうかな」
「ええ」
大きく頷く樹。
鼻の奥がつんとして、佐伯は急にくしゃみの衝動に襲われ、顔を背けてくしゃみをした。
鼻水が出そうになり、手で覆う彼に樹はティッシュを渡す。
「ごめん、ありがと」
鼻を噛んだ。
「迷ってるんだ、俺」
「頑張ってください」
突き放されたように聞こえた。
「決めるのはサエだし、お前が決めてください」
「うん…………」
百も承知であるが、耳が痛い。もう一枚、ティッシュを貰った。
「どっちにしても、俺たちは一緒だと思っているのね」
樹の手が伸びて、佐伯の肩に触れる。
「だから、俺が言うのを待っていないでください」
「心がけてみる。明日からの目標にする」
何度も頷く頭は、だんだんと傾いていく。
「では、出来ているか見ているのね」
置かれた手は背中へ回し、軽く押して佐伯を歩かせた。
並んで歩く二人の足は二人三脚の歩調になっている。
たとえ、この道が変わっても。たとえ、隣に見えなくても。
常に共に歩む存在を信じて、明日を進む事にした。
隣に並べる関係を目指してみた。
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