表彰式が終わり、閉会の言葉も終わる。
 多くの拍手に包まれて、全国大会は終了した。



最後



「終わっちゃったんですねえ」
 桃城が肩の力を抜いて、前にいる菊丸に話しかける。整列されていた並びは、式が終われば次第に乱れていく。
「過ぎると案外あっさりしていたな」
 菊丸は腕を上げて伸びをした。試合は楽しいが、閉会の言葉が長すぎた。
「この会場にいる奴らとも、当分会えなくなるんスね」
 他校を見回す桃城。
 当分だったらまだ良い。もしかすると二度と会えない奴もいるだろう。
 思うだけ思って、菊丸は口には出さずに飲み込んだ。
「ん?」
 桃城とは反対方向を見ていた菊丸が彼の肩を叩く。遠くの方で氷帝の忍足が手を振りながら歩み寄ってくるではないか。
「ああ、忍足さん」
「これで終わりや思うと、なんや声をかけとうなってな」
 忍足と桃城は関東、決勝と試合をし、越前の捜索も共にした。交わした言葉、共にいた時間は少ないかもしれない。けれども二人は互いを深く認め合っている。テニスが結び合わせた絆と言っても良いだろう。言葉や時間はいらない。一分一秒が凝縮する中にいたのだから。
「……………………………」
 忍足と桃城の談話する姿を見て菊丸は思う。
 主に自分はダブルスで、相棒の大石とどこまでも楽しく、どこまでも高い場所を目指していた。この全国大会優勝出来た一年は、大石と歩んだ歴史。だが大石とのダブルスだけでここまで登り詰めた訳ではない。敗北や怪我、弱点克服、喧嘩をしたりもした。ここにいる桃城や不二とも組み、シングルスをした事もある。様々な出来事があった。本当に様々な――――


 つー……。
 夏の暑さか、菊丸のこめかみから一筋の汗が伝う。何か嫌な予感がする。


「あーっ!!」
 真後ろから大声がして、反射的に振り返った。
 出たー!盛大に心の中で叫ぶ。
「そこにいるのは青学の皆さんじゃないですかあああ!!」
 人を指差すゴマ塩頭の少年・葵と、その後ろに集う見知った連中。六角中である。
 この六角中。千葉の古豪で関東大会にて青学と対戦し、全国大会前には合同合宿、比嘉戦では応援をし、氷帝戦では応援をしてもらい、決勝前の焼く肉屋でも偶然の再会を果たした何かと縁のある学校である。
「いやあ大会優勝、おめでとうございます!」
 葵は副部長・大石の方に歩み寄り、手を握ってブンブンと振った。
 縁はあるにはあるのだが、部長・手塚が九州へ行っていた間に出会って仲良くなった為、彼とは絡み辛いのだろう。部長として手を差し伸べたままで手塚は固まっていた。
「お前らすげえな」
「楽しませてもらったよ」
 葵の横に黒羽と佐伯も前に出て、青学の面々と握手を交わす。青学と六角は仲が良く、和気藹々とした雰囲気となった。けれどもただ一人、菊丸だけは警戒するように辺りを見回している。
「お前もおめでとう」
「ん、ああ」
 不意に差し伸べられた手に、不覚にも反射して手が動く。


「はっ」
 触れるまでの数ミリで菊丸は気付く。
 顔を上げたその先にいたのは樹であった。
「は……は……」
 足が一歩下がり、もう一歩下がる。三歩目で背を向けて走って逃げた。無言で樹も追いかけた。
 誰かが元気だねえ、と呟いた。






「なんで逃げるのねー!」
「だってお前苦手なんだもん!」
 菊丸はやっと足を止めたのは観客席。彼が止まると樹も止まった。
「あー疲れた」
 適当に寄りかかって、下の様子を眺める。ちなみに体力は十分にあるが、精神的な疲労で疲れてしまった。
「俺が声をかけたらいけないんですか」
 樹は空いた椅子に座って言う。
「いけない」
「なんで」
「だって余計な事聞いてくるし。俺の事見るし」
「なんでそれが駄目なのね」
 不満で口が尖る。
「苦手だから」
「……………………………」
 きっぱりと言われ、樹は黙り込んだ。
 菊丸が大石と活躍する陰で、菊丸と樹は対戦し、合同合宿のビーチバレーで組んだ事もある。二人の絆もテニスが結びつけたものだろう。住んでいる場所が異なる二人、テニスが無ければ出会う事も無かった。そう考えれば貴重に思えなくも無い。
 ちょっと突っぱね過ぎたか。菊丸はかける言葉を巡らせた。


「でも、俺は……」
 菊丸が言う前に、樹が口を開く。
「最後ぐらい…………」
「今生の別れみたいに言うなよ。イラつく」
 菊丸は身体を樹の方に向けた。
「今日が終わったって、会おうと思えば会えるじゃん。大会は終わったけど、終わったからって関係が終わるんじゃないだろ」
「会ってくれるのね?菊丸は逃げるから」
「さあなー」
 菊丸は樹の横を通り過ぎて、仲間の所へ戻ろうとする。
「今みたいに追いかけりゃ良いんじゃないの」
 それにさ!菊丸は階段付近でまた振り返り、続けた。
「樹だって逃げただろ!」
「それは菊丸が棄権したからなのねっ」
 樹は立ち上がり、すかさず反論する。
 ビーチバレーでの出来事を言っているのだとすぐにわかった。ずかずか大股で菊丸の方へ近付いてくる。
「食べ物の恨みは怖いんだぞ」
 負けじと言い返す菊丸も自分が悪いのは十分わかっているが、本人を前にすると素直になれない。
「なんだよ」
 階段の影と樹の影で、菊丸に光が当たり辛くなる。


「本当に会ってくれるのね」
 真面目に問われた。
 もう観客席に人はいない。二人が口を閉ざせば、そこは静寂となる。
「なんだよ、押し付けがましく」
「お前とこのまま別れたくないのね」
 俯く樹の声の最後は掠れていた。
「……………………………」
 ふー。菊丸は息を吐き、樹の手の甲を軽く手で触れる。先ほど交わさなかった握手の、せめてもの代わり。樹もなんとなく意味を察した。
「……………………………」
 ずっ。樹は鼻を啜り、菊丸を抱き締める。いきなり強い力で引き寄せられ、一瞬何をされたのかわからなかったぐらいだ。
「嬉しいのね」
 なに感動してるのコイツ?樹の呟きが、耳元で良く聞こえた。
 こんな場所では変な風に見られてしまう。離してもらいたい菊丸だが、時既に遅し。口も身体も動かなかった。
「ぐえ」
 潰れたカエルのような声が喉から出る。
 ギリギリメリメリ。樹の腕がしまっていく。どこまでもしまっていった。







青学の影に六角あり、だと信じてる。
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