海の見える千葉のとある場所。
テニスが好き、という一つの目的で集った。
打ち解けていけば話をして、趣味などを聞いた。
相手の事が知りたい。そんな純粋な興味で。
けれども挨拶のようなものだから、皆だいたい似た質問をする。
だから少しだけ捻ってやった。その方が、双方楽しめる気がした。
きみのことがしりたい
それは佐伯が中学三年生の夏。青学・六角合同合宿の宿舎の自由時間で起こった。
「えーっ、不二さんって閏年なんですかぁ!」
葵の大声がして、佐伯は思わずその方向を振り向く。
見れば葵と数人の六角の選手と不二が輪を作って話していた。
「マジすげえな。俺初めて見た」
葵の隣にいた黒羽も興奮を隠せないようだった。
「んー、そんな大したもんじゃないけど」
不二はにこにこと笑い、そんな彼を天根は自分の指とを交互に見て年齢を計算している。
「サエは知ってた?」
いきなり佐伯に話を振る首藤。
「誕生日は知っていたけど、閏年だなんて考えた事は無かったよ。そんなのよく知らない年だったし」
「良いなぁ閏年。女の子との話題に使えそうですよね」
葵は心底羨ましそうな視線で不二を眺めていた。六角の連中は“また女か。まずは彼女をだな”と内心ぶつぶつ突っ込んでいる。
「葵くんはいつなの?」
「僕ですか。十二月二十日です」
「ん?ウチの越前と近いね。確か二十四日だと思った」
不二は瞬きさせて越前を連想した。
「えええクリスマスイヴじゃないですか!うわーデートしたら二倍にも三倍にも盛り上がりそう!良いなあああ!!」
「きっとそうだね」
「越前くん、君はなんて!」
葵は拳を握り締めると、越前を探しに行ってしまう。不二は上手い具合に“羨ましい光線”から逃れられた。
「誕生日って面白いねえ」
「ははは、そうだな」
葵の背中を見て微笑む不二に、なんだか恥ずかしい気持ちになる先輩の黒羽が相槌を打つ。
「賑やかな事になってますね」
「何話してるんだ?」
大石と桃城もやって来て、佐伯も歩み寄った。話題は誕生日が延長する。
「俺は九月の二十九」
「俺は四月の三十だよ」
話し合う彼らを眺めて佐伯は思う。昔、オジイの家で今の六角メンバーと出会った時にも同じような事をしていた。テニスを通じて出会い、打ち解けていけば相手に興味を抱いて趣味などを聞く。仲間が増える度にそんな事をしていた思いがある。あまりにも代わり映えがしないので。
「佐伯さんはいつなんですか?」
またか。なんて思ってしまう。
けれども、ある閃きが佐伯の脳裏を過った。少し捻ってみようと。
「いつだと思う?あててごらんよ」
質問を質問で返し、桃城と大石を交互に見る。
たったこれだけでも、いつものパターンからは脱却できたような気がした。
他の六角メンバーや幼馴染の不二は二人の回答を面白そうに待つ。
「んー、ヒントをくれないか」
「そうだね。じゃあ……」
大石の提案を佐伯が受け入れる中で、桃城が“あ”と小さな声を上げた。
「何やってんスかー?」
越前が葵、菊丸、樹を連れてやって来る。
「佐伯さんの誕生日を当てているんだ。今、ヒント貰おうって所さ」
「へえ、当てたら何か貰えるんですか」
乗り出す越前に黒羽が“ないない”と苦笑した。
「まあ良いですけど。俺も参加します」
「んじゃ俺も」
菊丸が軽く手を上げる。
「えーっと、じゃあヒントだったね。俺は一日生まれ」
「うん、じゃあ十月か?」
佐伯のヒントに流れるようにして答えたのは菊丸。
正解を知っている者は目を丸くさせた。正解なのだ。
「どう?」
「当たり。よくわかったね」
「英二先輩凄いっス!」
「やるなあ英二!」
勝者・菊丸の両脇を桃城と大石がついて拍手した。
「マジ?俺すげえじゃん」
やや遅れて菊丸は当たった喜びを口にする。
周りが盛り上がる中で、佐伯は菊丸と一緒に来た樹にそっと囁く。
「樹ちゃん、教えた?」
「いいえ」
表情を変えずに樹は首を横に振る。
「ヒント、わかり易かった?」
「そんな事も無いと思うのね」
「だよねえ。なんでわかったんだろう」
「なんででしょうねえ」
佐伯と樹は二人して首を傾げて見せた。
何がどうしてこうもあっさり答えられてしまったのか。佐伯には不思議でならなかった。
あの頃の思いを、佐伯はふと確かめてみたくなった。
不二から聞いた菊丸のメールアドレスで“話がしたい”と送り、携帯に電話をかける。
「もしもし」
『よお、久しぶり』
直接話すのとはやや異なる電話独特の声が受話器を通して聞こえてきた。
季節はもう秋。ひと夏を過ぎれば、菊丸の声がどうだったのか記憶が霞み、新鮮とさえ思える。
「今日、十月一日なんだ」
『それが?』
「当てただろ?」
『ああ、そうだった』
どうやら覚えていてくれたようだ。
「今、逃したらずっと聞けそうにない気がして。どうして俺の誕生日、すぐわかった?」
『勘だよ』
「……………………………」
そう言われてしまえば、終わってしまう。
しかし、後に言葉は続いた。
『ほら、樹が八月三十一日だろ?それに近いんじゃないかって。翌日って事はないだろうし、佐伯はあまり夏っぽくないから、じゃあ十月ってさ』
「どうして近いって?」
『似ている気がしたからだよ。仲良いからっていうのもあるだろうけど。だから、勘だって』
「似てる?」
『雰囲気っていうのかな。なんとなく』
「そっか」
なんとなく、胸から嬉しさがじわじわ込み上げてくる。
『納得した?』
「うん」
『そうそう、おめでとうな』
「有難う。逆に俺が貰っちゃったな」
いつかの越前の事を言っているのだと菊丸は察し、受話器越しに二人は声を揃えて笑う。
『じゃあ……』
「待って」
切ろうとする菊丸を止める。
「樹ちゃんの誕生日はいつ知った?」
『細けぇ……』
「すらすら言えたね」
『気のせいだって』
「そう?俺も結構、勘は働く方なんだ」
笑いを堪えながら言ってやると、菊丸に電話を切られた。
また掛けるような予感がして、今回はこれで良いような気がした。
翌日、十五歳になった佐伯は学校の玄関で樹に出会う。
他愛の無い雑談をして、佐伯が笑うと樹が何かに気付いたように目を瞬きさせた。
「ん?どうした?」
「笑い方がちょっと菊丸っぽかったのね」
「そう?」
とぼけてみせるが、内心昨日菊丸と声を揃えて笑ったのが原因だと思い当たる節がある。
「難しそうな顔してますね。嫌?」
「どうだろう」
すると樹は腹を抱えて笑い出す。何がそんなにツボに入ったのか。よくわからずに困惑する佐伯。
そんな彼に、菊丸から似ていると言われた。
人の数だけ自分の像は存在する。樹にはどのように映っているのだろうか。
知りたいような、知りたくないような。笑い合えるなら、それで良しとした。
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