不意に後ろから肩に触れた手。
「うわ、わ」
大石は驚いて、危うく躓きそうになる。
振り返れば、見知った顔が手を伸ばした姿で固まっていた。
「手塚か」
大石は聞こえるような安堵の息を吐く。
瞬きを数回して、手塚は言う。
「おはよう」
「ああ、おはよう」
苦笑を浮かべ、大石も朝の挨拶をする。手塚が横に来ると、二人並んで道を歩んだ。
彼は本当に変わらない。つい先日、九州から東京へ帰ってきたというのに。
道
全国大会まであと一日。青学へ続く通学路を進む。一歩一歩が時を刻み、また朝が訪れれば大会当日となるのだ。
先日の抽選会場も帰りも、話という話はあまり出来なかった。手塚が不在の間、積もりに積もった話題を大石は振る。
「九州、どうだった?」
三年もの間ずっと共にいて、彼がいなかった間はその中の僅かな時のはずなのに、話しかけるだけで嬉しさが湧き出す。手塚がいる。手塚に声が届く。当たり前だと思っていたはずなのに。
「九州は……暑かった。東京も、暑いな」
手塚は眼鏡のフレームを指で押し上げ、ぽつりと答える。
「何か美味しいもの、あった?」
何故か当たり障りのない会話を振ってしまう。
久しぶりで緊張をしているのか。怪我の具合が心配なのか。それとも――――
手塚の言葉を待ちながら、大石は利き腕の手首を押さえてゆっくりと回した。
「美味かったものを土産で買ってきた」
「有難う」
「後で部活後に、振舞おう」
「皆、喜ぶな」
大石が笑顔を向けると、手塚も口元を綻ばせる。
視線が交差し、手塚は大石の顔をじっと覗き込んだ。
「ん?」
「大石。お前は変わらないな」
「手塚こそ変わらない。俺は、少し変わったと思うよ」
大石は視線を前に戻した。
「そうか。大石は大石だろう」
すぐに横から手塚が返してくる。
「……あのなあ」
微妙に噛み合わない調子まで、彼は変わらない。
だが胸の中が少しずつ軽くなっていくのを、大石は感じていた。柱として荷物を支えるのを手伝ってくれるような心強さ。やはり手塚は部長で自分は副部長であり、二人は二人三脚だと再確認した。
「よっ、と」
突然、大石は両腕を上げて伸びをする。
「どうした」
無表情の手塚も驚く素振りを見せた。
「安心した」
「安心?」
「そう。手塚、明日は全国だ」
「心得ている」
真面目に頷いてみせる手塚に、大石も頷きで返す。
そうしてまた、見詰め合って笑った。
手塚になら任せられる。手塚だからこそ任せられる。
彼なら大丈夫。決意を秘めて校門を潜った。
あの勝負まで、塚石の二人は怪我についての話題は出さなかったのかな、と思いまして。
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