この後
休日、図書館の帰りはいつも川の見える道を歩く。
この日は朝に行き、特に待ち合わせもしていないのに手塚と大石は同じテーブルで出会った。お互い本に没頭し、昼頃には図書館を出て、こうしていつもの道を歩いている。
「手塚、この後空いているか」
「特に予定は無い」
「だったら、一緒に昼を食べないか」
「構わない」
手塚の声は一定の音量を保ち、高低が無い。無愛想だと思われがちなこの音が、大石にはたまらなく心地よく感じた。
「駅の近くに、バイキングの店が出来たんだよ。和食が中心なんだって」
「菊丸あたりと、もう行ったのか」
「いいや、あいつは洋食派だから」
「そうか」
こっち、と道を指差して大石は手塚を連れて駅前に足を運んだ。
店は出来たばかり、休日の昼頃も相俟って、随分と混んでいた。幸い、並ばずには済んだが、二人の席の周りは賑やかな雑音で溢れている。
「ご、ごめんな」
肩を竦めて手を膝の上に置き、縮こまりながら大石は詫びた。
「どうした」
「手塚、うるさいの嫌いだよな」
「気にするな。俺は荷物を見ている。………頼む」
「ああ」
大石は一人立ち上がり、料理を取りに行った。戻ってくる彼の手には皿が二つあり、片方を手塚に渡す。
手塚が黙々と食べる中、大石は話題を振って笑いかける。手塚はというと、時に頷き、ぼそりと呟き、相槌を打っていた。
これが二人のスタイル。どこへ行っても変わらない、二人の在り方であった。
「なんだけどなー」
はぁ。大石は深い溜め息を吐いた。
変わって場所は部室。彼の前には不二、河村、菊丸が立っている。
悩みがあると聞いてみれば、大石は先日の手塚との食事の話を語り出してきたのだ。聞く側としては、惚気以外の何ものでもなく、やはり聞くのでは無かったと後悔に立たされている。そこら辺は、賢い乾などは初めから戦線離脱をしていた。
「それで、何」
半分呆れ、半分苛立ちをこめて菊丸が言う。
俺は確かに洋食派だけれど、新しい店のは食べてみたかったと、付け加えたかったが黙った。
「何って。だからさ、手塚って何も言わないんだよ」
「それが手塚じゃないの」
ねえ、と河村は不二を見て、彼は頷く。
「そうだけど、手塚の意思が見えないと不安になるんだよ。話した食事の事も、感想何も言わないしさ。気にするなって言われても、気にするよ」
両の人差し指を合わせ、いじいじぼやいた。
大石はどうも、心の袋小路に行き詰ると一人追い込み、なかなか抜け出せない性質で、生真面目さが余計に悪化させている。
「大石、手塚といて疲れていない?」
開眼した不二の瞳が大石を射抜いた。
「疲れるだなんて、そんな。俺はただ」
視線を逸らし、俯く。
「大石はあの手塚を受け入れていたと思っていたけど、意外」
「言いたい事は、はっきり言えよー。お喋りになる手塚なんて想像できないけどさ」
「ふ、二人とも」
口々に言う不二と菊丸をなだめようとする河村。
ギイ。部室の扉が開き、乾と手塚が入ってきた。
「手塚っ」
反射的に河村が手塚を呼ぶ。
「どうした」
瞬きさせて見る手塚に、河村は口ごもる。
「え、あ……と」
「手塚、大石と昼ご飯食べに行ったんだってね」
代わりに不二が繋いだ。
「ああ」
「美味かった?」
次に菊丸が問う。
「ああ」
ただの相槌。笑った訳ではない。だが、柔らかな何かを、全国を目指す仲間たちは感じた。
「手塚も大石も、面倒だな」
乾がくすりと笑う。
「全くだよ、付き合わされる身にもなって欲しい」
わざとらしく息を吐く不二に、河村と菊丸は苦笑を浮かべた。
「………………………………」
きょとんとする手塚と、そっと顔を上げる大石の視線が交差する。
意思を感じ、じっと見返すが大石は何も言ってはくれない。
こうして、次の週の休日の図書館で出会った手塚と大石は、再び川の見える道を歩いていた。
先週と同じように、大石は後の予定を聞き、手塚は空いていると答える。
「手塚、この後はお前が決めてくれないか」
「俺が?」
「そうだ」
意思は曲げないと言うように、真顔になる大石。
「俺は、お前が決めたもので良い」
「それは俺も同じ。だから、手塚が決めてくれ」
手塚はやや困った顔をして、道をはずれた斜面の草むらに座った。彼の視線の先には川が流れている。
「手塚、どういうつもりだよ」
大石も斜面に足を踏み入れ、彼の隣に立った。
「どうもこうもしない」
手塚は大石を見上げて言う。
「大石、お前が傍にいてくれるだけで、満足なんだ」
「なっ」
瞬時に大石の頬が染まる。
「そ、そ、そんな事を言ったって駄目だからなっ」
大石も座るが、わざとらしくそっぽを向く。
「腹は空いているくせに」
「そうだな」
ぐーっと手塚の腹が丁度鳴った。恥じらいもせず、ただ無表情で川を眺める。
「何を食べるか、手塚が決めてくれ」
「俺はそういうのは苦手なんだ。大石が」
「今回ばかりは駄目だぞ」
「困ったな……」
また、手塚の腹が鳴る。
川を跨ぐ橋の上を電車がガタガタ通った。過ぎた後の静寂の中で、手塚は息を吐く。
「仕方ない。家で一緒にどうだ」
「んー、こりゃお言葉に甘えないとな」
手塚の方を向く大石が幸せそうに微笑んだ。
その笑みに、手塚も微かな笑みで応えた。
バイキングの手塚の分を大石が取って来る、というのがやりたかっただけですよ。
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