この気持ちは誰にも負けない。
僕は、俺は、君を愛してる。
バーニング慕情
早朝、通学路を不二はご機嫌で歩いていた。鞄の中には小さくラッピングされた包みが入っている。中身はクッキー。先日、姉と一緒に作ったものだ。
クッキーはとても美味しくて、幸せに浸っている時、不二はある人物の顔が頭に浮かんできた。
河村 隆。
不二の大好きな人。
そうだ。タカさんにあげよう。
鞄の上を何度も触って、包みの存在を確かめる。
喜んでくれるといいなあ。
不二は口元を綻ばせた。
「あ」
思わず、口から声が漏れた。
不二の前方を歩いている人物。彼の見知った顔だった。
白髪に染めた髪の毛、山吹中の制服を纏う長身の男。
亜久津 仁。
河村の幼馴染みにして、不二の因縁のライバル。
やだなあ。何で朝っぱらから、こんな奴を見なきゃいけないんだろ。
無視しよ、無視。
不二は包みの入った鞄を抱きしめ、亜久津を追い越そうと早歩きをし始める。
亜久津の横を通り過ぎようとした時、
「おい」
不機嫌そうに眉間にしわを寄せ、亜久津は口を開いた。
「なに?」
「お前、その鞄の中に河村を喜ばすモノを入れてるだろ」
鞄を指差し、ぶっきらぼうに言う。
恐ろしいまでのカンの良さである。
「なんで……そんな事を言うの?」
「さっきからよ。後ろの方で機嫌の良さそうなオーラを感じてた。
案の定、不二お前だった。お前がそんなオーラを出すのは河村絡み以外ありえない」
くっくっく…。
亜久津は笑いをこらえながら、不二を見る。
彼は河村が絡むと、超能力、電波、霊感、なんでもありの力を発揮するのだった。
「お前の魂胆、バレバレなんだよ」
「もう何なの!この電波野郎!僕に構わないでよっ!」
「てめえなんてどうでも良いんだよ。だがな!てめえが河村の隣に立つのはいけすかねぇっ!!」
バチッ!
不二と亜久津の間に雷が落ちる。
「僕だってタカさんの幼馴染みが、こんな奴なんて最悪だよッ!気に入らないよッ!」
「ほお…………気があうな」
ぐっ。
拳を強く握った。
ガッシャアァァァンっ!!!
立ち止まり臨戦態勢に入ったせいで、後方を走っていた自転車は不二と亜久津諸共、見事にひいてしまう。
「「てめえどこ見てやがるッ!!!」」
無傷で瞬時に復活した2人は、般若の形相で自転車の運転手を睨む。恐怖のあまり腰を抜かした運転手は自転車を置いて、地を這い蹲って逃げて行った。
「「おとといきやがれッ!!」」
ビッ。
親指を下に向ける。
気を取り直して、再び向きなおす不二と亜久津だが……
「「ん?」」
不二の目の前には不二。亜久津の前には亜久津が立っていた。
自分の手を見、次に制服を見る。
「な、なんで亜久津の体になってるの!?」
「どうして俺が不二なんかにならなきゃいけねえんだよ!?」
2人は自転車にぶつかったショックで体が入れ替わってしまったようだ。
不二より早く状況を理解した亜久津は手に持った不二の鞄を漁り出し、ラッピングされた包みを取り出す。
「この匂いはクッキーだなっ!てめえ余計な真似をっ!!」
「わ――――――っ!なに見てるんだよ!プライバシー侵害!侵害〜〜っ!!」
亜久津に入れ替わった不二(以下、亜久津(不二)と表記)は自分の体でも容赦なく、不二に入れ替わった亜久津(以下、不二(亜久津)と表記)の顔面に上段回し蹴りを食らわせて、鞄と包みを奪い取る。体が空手をやっている亜久津だけあり、威力はバツグンだ。
「他人の鞄を勝手に開けるなんて最低っ!」
「こ、このヤロ……」
ヨロヨロと立ち上がる不二(亜久津)の鼻からは、真っ赤な鼻血が滴り落ちていた。
「僕の美しい顔が台無しじゃないかっ!」
「てめえがやったんじゃねえかっ!ぐふっ」
不二(亜久津)はダメージが大きく、膝を折る。
「あ――――っ!最低!最悪!なんでこいつの体なのォ!?誰か助けてよ―――っ!!」
亜久津(不二)は自分を抱きしめて、体をくねらせた。
「キモッ!俺の体でそんな事するな!ホント、誰か助けてくれよ」
亜久津(不二)と不二(亜久津)の頭に、河村の笑顔が過ぎる。
「王子様(河村)にキスしてもらえば、戻るかもしれない!」
「なッ!なに恥ずかしい事言ってやがる!な、なるほど……どさくさに紛れて姫(河村)のキスを…」
ダッ!
亜久津(不二)と不二(亜久津)は先を争うように、全速力で青学へ向かう。
2人が通り過ぎた後は、嵐が過ぎ去ったように荒廃していた。
青春学園のテニスコートでは、テニス部が朝練に励んでいた。
チュンチュンと、すずめがフェンスの向こう側におり立つ。ベンチに座ってドリンクを飲んでいた大石が、側に立っていた手塚のジャージを引っ張って振り向かせる。
「手塚、すずめがいるよ」
手塚はすずめの方を向くが、大石に横顔に見入っていた。
「大石。あれはすずめじゃない」
「え?何の鳥なの?」
きょとんとした顔で、大石は手塚の顔を見た。
「幸せの、青い鳥だ」
表情を変えず、あっさりと言う。
青くねえだろ。
練習をしていたメンバーが心の中で総突っ込みを入れた。
「て、手塚……………………」
きゅん、となる胸を押さえ、大石は瞳を潤ませる。
「大石…………………………」
手塚は微かな笑みを浮かべ、大石の唇をそっと指でなぞった。
ピンク色の空気が2人を包み込み、まわりのメンバーは砂と化す。
部を纏める部長と副部長があんな調子では、青学の全国制覇は危うい。
ドドドドドド……
遠くの方から地鳴りがする。
「な、なんだにゃ?」
野生のカンか、菊丸が耳を立てて辺りを見回す。
ドドドドドド……
ドドドドドド……
ぴくり、と。手塚は眉をひそめた。
「大石」
「手塚?」
「フェンスに鍵を掛けろ」
手塚の険しい表情に、大石は無言で頷いてフェンスの鍵を閉める。
ギイィィィ……………………。ガシャン。
鍵を閉め、手塚の所に戻ろうとした大石だが、校門の方からコートへ近付いてくる小さな竜巻を発見して、もっとよく見ようとフェンスに張り付いた。
「な、なんだ?」
ドドドドドドドドドドドドドドドドドド……
「タカ――――――――――ッ!!タカさ――――――――――んっ!!」
「かわむらぁぁぁあああ――――――――――――――――――――ッ!!」
ガシャアァァァァッ!!!!
亜久津(不二)と不二(亜久津)が猛獣のように、フェンスの入り口を引き剥がさんばかりに引っ掴んだ。
「チッ!!」
「なんで鍵がかかってるの!?大石!!開けてよ!!」
「ひ、ひええええ…」
亜久津(不二)に睨まれて、大石は腰を抜かしてその場にへたり込む。
「大石!!」
「おおいし――――――――っ?」
手塚を初めとする青学メンバーがフェンスに駆け寄った。
「大石、怪我はないか?」
「………………うん……。こ、怖かった」
手塚は大石を抱き起こし、大石は彼の胸に顔を埋める。
「英二!早くフェンスを開けて!」
亜久津(不二)にいきなり名前で呼ばれ、さすがの菊丸も困惑する。
「コラァ!早く開けろって言ってるだろうがッ!!」
フェンスを乱暴に蹴り、いつになく暴力的な不二(亜久津)に、桃城、海堂、越前は震え上がった。
「ふ、不二。どうしたにゃ?不二はどんなに機嫌が悪くても、物に八つ当たりする奴じゃなかった」
「不二?俺は亜久津だっ!!」
「そうだよ英二。僕が不二だよ。間違えないで」
はい?
青学メンバー全員の頭上にハテナマークが浮かぶ。
「自転車にぶつかった拍子に、入れ替わっちゃったんだ」
「え、ええ〜〜〜っ!?」
「信じられないの?ほら見て、僕のこの目が嘘を言ってると思う?」
キラキラキラ…………………………
亜久津(不二)は瞳に流星群を降らせて、菊丸の目をまっすぐに見つめた。
だが今の不二は亜久津と体が入れ替わっている為、睨まれるより怖かった。
ガタガタガタ……………桃城、海堂、越前は身を寄せ合って震える。
「英二!信じてくれないのっ!?酷い、あんまりだ〜〜〜〜〜っ!!」
泣き崩れ作戦に出た亜久津(不二)だが、やはり体が体だけあってグロテスクな光景になった。
「てめえ!キモい事すんじゃねえよ!」
不二(亜久津)は亜久津(不二)の大きな図体に蹴りを入れる。
「みんな酷いよ〜〜〜っ!」
体を起こす亜久津(不二)の涙でグシャグシャになった顔に、その場にいた全員がギョッとした。
「頼む〜〜〜!その顔をさらすな〜〜〜っ!」
不二(亜久津)は泣きそうになりながら、亜久津(不二)の顔を手で隠す。
「なんか、ホントに入れ替わっているみたいだな」
沈黙を保っていた乾が前に出て、亜久津(不二) と不二(亜久津)を交互に見て言う。
「うん!入れ替わっちゃったんだよ!そこで僕、良い事考えたんだ!タカさんにキスしてもらったら戻るんじゃないかって!」
輝くような笑顔で、胸に手を当てて話す亜久津(不二)を正直気持ち悪いと思いながらも、乾は小さく頷く。
「だからフェンスを開けて。タカさんに合わせて」
「わ、わかった」
河村を呼ぼうと後ろを振り向く乾と、残りの青学メンバーは重大な事に気が付いた。
河村は、まだコートに顔を出していない。
今日は朝練に遅れると言っていたような気がする。
つまり。河村は今、檻の外にいるのだ。。
河村は青学メンバーにとって大切な仲間で、3年生にとっては親友でもある。
親友を危険な目に合わすわけにはいかない。
乾は3年メンバーに目配せして、集まって話し合う。
「……………………と、言う訳でいいかな?」
「それしかあるまい」
「うん。タカさんを守るにゃ」
「わ、わかった」
手塚、菊丸、大石は真剣な面持ちで頷く。
乾は、ゆっくりとフェンスを開けて亜久津(不二) と不二(亜久津)をコートに入れた。
彼らが河村を捜そうとする前に、素早く口を開く。
「ところで、不二」
フェンスを閉め、フェンスの穴を使って内側から紐を巻きつけて結ぶ。
「河村にキスしてもらっても、体は亜久津だよ。耐えられるの?」
うっ。
亜久津(不二) と不二(亜久津)は苦虫を噛み潰したような顔をして、互いの顔を見た。
「そ、それは……………………」
「…………………………………」
ふふ、悩んでる悩んでる。
時間稼ぎに成功し、今後の対策を考えようと3年メンバーの所に戻ろうとした乾だが、フェンスの外から聞き覚えのある声が聞こえた。
「あれ、鍵が開かない」
ジャージに着替え、コートに入ろうとした河村が扉の前に立っているではないか。
「お〜〜い、誰か開けてくれよ〜〜〜〜〜っ」
くわっ。
亜久津(不二) と不二(亜久津)が同時に河村の方に振り返った。
「タカさんっ!!!」
「河村ぁっ!!!」
「「体なんて関係ないっ!!キスして(させろ)!!!」」
闘牛のように突進し、乾を突き飛ばして(哀)フェンスに噛り付く。
「不二?それにどうして亜久津が?」
何も知らない河村は、目をパチクリさせている。
「なにこの紐!!」
「チッ!!」
2人はかなり興奮状態にある為、なかなかフェンスに巻き付けられた紐を解くことが出来ない。
「不二っ!!亜久津っ!!」
手塚の疾呼に2人は振り返る。
「フェンスを開けてどうするつもりだ!河村の事を考えろ!可哀そうだとは思わないのかっ!!!」
手塚の言葉に、亜久津(不二) と不二(亜久津)は黙り込む。
「2人とも………」
服の埃をはたきながら、乾が立ち上がる。
「どっちが先にキスをするか、勝負で決めないか?河村には俺達が説明しておくから」
2人は複雑な顔をして顔を見合わせた後、頷いた。
朝練はなくなるが、このまま河村をめぐって殴り合いされるよりはマシだ。
勝負は部室で行われる事になった。
不二と亜久津が入れ替わってしまったという事情を、大石から聞いた河村は心底驚いた顔をするが
「本当に、俺がキスをすると戻るの?」
疑問符を浮かべながら、困った顔をして首を傾げる。
「本人達が言ってるんだから、戻るんだろ」
「俺のキスで戻るなら、安いものだよね。いいよ」
素直に受け止めて快諾する河村は天然であった。
「大石副部長、準備できました」
「うん」
大石は頷いて、亜久津(不二) と不二(亜久津)の元に歩み寄る。
「僕、勝負っていうからテニスかと思っていたよ」
「チッ。面倒くせぇ」
2人は溜め息交じりで部室を見回す。
部室は簡易的なクイズ番組のセットに模様変えされていた。ミーティング用テーブル上には参加する人物の札が立てられ、どこから持ってきたのか、叩くと音が鳴りランプの付くボタンまで用意されている。ホワイトボードには点数と問題テーマの表が書かれている。
「ねえ、どうして僕達以外の人間の名前があるの?」
亜久津(不二)は"越前リョーマ"と書かれた札を手に取ってまじまじと見た。
「問題がすぐ答えられると詰まんないだろ?さ、始めようか」
大石は手塚の方を向き、微笑んだ。
「ではこれより、河村争奪戦を開催する!」
手塚がミーティング用テーブルのお誕生日席に座って言う。
パチパチパチ……………
部室にいるのがレギュラーと亜久津だけなので、拍手は少し寒いものになった。
手塚の右隣には河村、サイドには参加者が座り、ホワイトボードの近くに大石が立っている。
「まず第一回戦は河村に関するクイズだ。ホワイトボードを見てもらいたい」
ホワイトボードには“プロフィール、スポーツ、ノンジャンル”の三項目に各10点、20点、30点の得点が記載されている。
「点数が高いほど難しいものになっている。1回戦と2回戦の合計得点で勝者が決まる。お手つきは一回休みだ。何か質問はないか?」
不二(亜久津)が手を上げた。
「2回戦ってなんだよ」
「問題を作った乾からは何も聞かされていない」
表情を変えず、きっぱりと言い放つ。続いて亜久津(不二)が手を上げた。
「乾どこ行ったの?見かけないけど」
「乾はあるモノを取って来ている為、不在だ。クイズの進行は俺と大石で行う」
手塚は大石に目配せをする。
「えっと、じゃあ参加者の紹介をしようか。一言ずつコメントももらうよ」
大石は"参加者紹介"と書かれた紙を取り出して、読み上げていく。
「不二周助。天才と呼ばれる青学ナンバー2だが、はたしてクイズの腕はどうか?」
「腕も何も関係ないよ。僕は優勝する」
「亜久津仁。幼馴染みパワーはどこまで通用するのか?」
「ハッ!青学から優勝をかっさらってやるぜ」
「菊丸英二。河村の友人代表としてクイズに参加、彼を守りきれるのか?」
「タカさ〜ん、俺頑張るにゃ。本当に相応しい方に優勝をさせる為に!」
「桃城武。ダンクスマッシュの勢いでボタンを壊さないでくれ」
「こ、これ紹介なんスか!?……………頑張るっス」
「海堂薫。早押しで右に出るものはいない」
「早押しだけは、誰にも負けねぇ」
「越前リョーマ。河村との付き合いが一番短いが、大丈夫か?」
「やるだけやってみるっス」
「さて、まずはプロフィールの10点から行ってみようか」
紹介を終え、大石はホワイトボードの"プロフィール・10"にマーカーで斜線を引き、手塚が問題を読む。
「プロフィール10点問題。河村のか」
ピコーンッ!!
全員一斉に、ボタンを押した人物を見た。
海堂のランプが付いている。まさしくボタンを押す早さは電光石火のごとく。
「では海堂。答えてくれ」
「父、母、妹です」
「正解だ。問題を最初から読むと、河村の家族構成は何でしょう?だ」
早くも10点を取られてしまった。
いくら早押しに自信があると紹介していたとはいえ、あまりにも早すぎる。
亜久津(不二) と不二(亜久津)は海堂をマークする事にした。
「海堂〜〜〜っ、お前、早すぎ。問題知ってたんじゃにゃいの?」
「知らないっスよ。プロフィールの10点という簡単な問題で"か"が付くのは、家族構成しか有り得ないと思ったっス」
なるほど。淡々と答える海堂の話を皆頷きながら聞き入る。
早押しだけではなく、問題予想の力もあなどれない。
「海堂。次の問題を選べ」
「じゃあ、ノンジャンルの10点で」
「ノンジャンル10点問題。河村のクラスの、木曜日の4時間目のかも」
ピコーンッ!!
全員一斉に、ボタンを押した人物を見た。
桃城のランプが付いている。
「では桃城。答えてくれ」
「国語っス」
「正解だ。問題を最初から読むと、河村のクラスの、木曜日の4時間目の科目は何でしょう?だ」
「やったっ!」
桃城は力強く拳を下から振り上げ、ガッツポーズを見せた。
「桃先輩。なんでそんな事知ってるんスか?」
「昼休みに購買部の前で、良くタカさんと会うんだよ。だから昼前の四時間目の授業にゃ詳しいのさ」
得意気に、越前に正解の理由を話す桃城を、亜久津(不二) と不二(亜久津)は"こいつもあなどれない"とマークをする。
「桃城。次の問題を選べ」
「スポーツの20点、お願いします」
高得点を狙おうとする所が、いかにも桃城らしい。
「スポーツ20点問題。河村が昔習って」
ピコーンッ!!
不二(亜久津)のランプが付いた。
「では亜久津。答えてくれ」
「空手」
「はずれだ。一回休み」
ピコーンッ!!
続いて越前のランプが付いた。
「では越前。答えてくれ」
「10分」
「正解だ。問題を最初から読むと、河村が昔習っていた空手道場の場所は、河村の家から徒歩約何分でしょう?だ」
「越前、凄いな。よく答えられたね」
大石が感心したように越前に笑いかける。
「たまたま昨日、そんな話をしてただけっス。スポーツの20点問題っスからね、ちょっと捻った問題なんじゃないかと思って」
越前は挑発するように、不二(亜久津)に不敵な笑みを向けた。
「越前。次の問題を選べ」
クイズは熾烈をきわめ、残るはプロフィールの20点、ノンジャンルの30点のみだ。
これまでの得点結果は…
亜久津(不二) → 30点
不二(亜久津) → 30点
菊丸 → 0点
桃城 → 10点
海堂 → 40点
越前 → 20点
となっている。菊丸が0点とは意外で、表情は笑顔のままだが、内心はかなり焦っていた。
「不二。次の問題を選べ」
「ノンジャンルの30点……宜しくね」
「ノンジャンルの30点問題。ボーナス問題だ」
手塚の合図で、大石は参加者の前に皿を置き、その上にわさびのみが入った手巻きを3本ずつ乗せていく。
「手巻きを完食した者が解答権を得られる。正解すれば2倍の60点が加算される。ではスタート!」
ばっ。
参加者は一斉にわさび手巻きを手に取り、口に入れる。
鼻にツーンときた。一口だけでこれなのに、3本とは辛すぎる。
亜久津(不二)は余裕の笑みで口に運んだが、目をぎゅっと瞑って鼻を押さえた。
いくら辛党の不二といえども、体は亜久津。体がこの辛さを受け付けないのだ。
一方、不二(亜久津)はというと、辛さに美味しさを感じるが、甘党の気がある彼には慣れない感覚で苦戦している。
「辛いっス。無理っス〜〜」
「……………………くっ…」
「もう駄目っス」
桃城、海堂、越前は次々とリタイアしていく。
その横で、菊丸は涙をボロボロ流しながら、わさび手巻きを黙々と食べていた。
かわむらすしで打ち上げをした時、わさび寿司を食べて絶叫したあの菊丸が、だ。
「英二、無理するな」
心配した大石が声をかける。
「俺、この問題は落とす訳にはいかにゃい!不二も亜久津も何モタモタしてるにゃ!
2人のタカさんへの想いは、わさび手巻きの前で諦めてしまうようなものなの!?
そんな奴にタカさんとキスする資格はないにゃ!友人代表として認めない!悔しかったら根性みせてみろよ!」
「英二…………」
「菊丸…………」
亜久津(不二)と不二(亜久津)の目つきが変わった。
わき目も振らず、わさび手巻きをひたすら食べる。
ピコーンッ!!
完食した菊丸がボタンに拳を振り下ろす。
「では菊丸。問題を出す。他の者は一旦食べるのを中断してくれ」
「ちょっと、待って、げほげほっ、げほ」
菊丸の前に、スポーツドリンクが差し出される。見上げる菊丸の視線の先には、河村が立っていた。
「タカさん…………」
「英二、辛かったろう?これを飲んで」
「うん」
菊丸は鼻を啜りながら、スポーツドリンクをゆっくりと飲み始める。
「ぷはぁっ。生き返ったぁ」
喉を潤して、スポーツドリンクをテーブルに置く。
「英二、ありがとう。嬉しかったよ」
「照れるにゃ〜っ」
えへへ、と。決まり悪そうに涙を手の甲で拭いながら、菊丸が笑う。
「手塚。問題言って良いにゃ」
「問題。河村が昨日本屋で買った漫画の合計金額は、消費税込みでいくらでしょう?」
「「「「「「そんなの答えられるか〜〜〜〜〜っ!!!!」」」」」」
この問題は全員が不正解となった。
最後のプロフィールの20点は桃城が答え、1回戦が終わった。それと同時に、乾が部室へ息を切らせながら戻ってくる。
「はあはあ。今、どこまで進んでる?」
「丁度今、1回戦が終わった所だ」
手塚は乾に点数表を見せた。
「ギリギリセーフか。亜久津(不二)と不二(亜久津)が旨い様に並んだな」
乾はパイプ椅子を出し、手塚の左隣に座る。
「二回戦の前に、不二と亜久津に見せたいものがある」
デジカメと2本のテープをテーブルに置いた。
「ルドルフと山吹からのビデオレターだよ」
一体、何をどうしたら、この短時間で他校からビデオレターを持ってこられるのだろう?
乾の謎が、また1つ増えた。
亜久津(不二)に見えるように画面を固定し、ルドルフのテープを入れて再生する。
「観月さん、もっと右です。ちょっと上……」
「こうですか金田くん?」
「はい、オッケーです。ほら不二、真ん中へ来て」
裕太が照れ臭そうに、頬を染めて咳払いをする。彼の隣には金田。そして後ろの方では肩を組んで、ピースサインを送る赤澤、柳沢、木更津、野村がいた。観月が撮影をし、場所は恐らく部室だろう。
「兄貴、河村さんをめぐって亜久津って人と勝負するんだって?青学の人たちに迷惑をかけないように、ほどほどに頑張れよ。こ、こんな感じでいいんスかね?」
「ま、不二くんの応援メッセージですから、こんなもので良いんですよ。んっふふふ」
「あ、あのあの」
金田が胸のあたりで拳を軽く握って言う。
「不二のお兄さん。が、頑張ってくださいね。応援してますから!」
「応援歌でも歌うか!」
「「「お――――――――――っ!」」」
赤澤の呼びかけに、柳沢、木更津、野村は拳を掲げた。
「やめて下さい!ルドルフの恥になります!ぎゃ―――――――っ!!」
歌をかき消そうと観月が大声を上げる。
ブツッ。テープが終わった。
「ねえ乾。これで終わり?裕太のセリフ短すぎ!オマケ映像とかないの!?」
裕太の出番の少なさに不満な亜久津(不二)は、テーブルに爪を立ててカツカツと突っ突く。
「オマケ映像は、赤澤、柳沢、木更津、野村によるルドルフの応援歌、校歌、賛美歌だけど。見る?」
「結構!!」
「面白いと思うんだけど、まいいか。次、亜久津ね」
不二(亜久津)に見えるように画面を固定し、山吹のテープを入れて再生する。
「ダダーン…………僕じゃ、やっぱり無理みたいです。東方先輩、交代して下さいです」
「はいはい。こうかな?」
部長の南が深呼吸をする横で、壇が映ろうとピョンピョンと跳ねている。後ろでは千石、新渡戸、喜多と、無理やり付き合わされた室町がヒゲダンス(提案者・千石)を踊っていた。東方が撮影をし、場所はテニスコートのようだ。
「亜久津。そのなんだ。テニス部の仲間として言う。勝て!青学なんかに負けるな!」
南は握った拳を顎の前に持っていき、地味ながら熱いメッセージを送る。
「亜久津せんぱ―――――――いっ。ファイトです〜〜!」
落ちてくるバンダナを押さえて跳ねながら、壇が言う。
「「「A・K・U・T・S・U!亜久津ガンバ!イエイっ!」」」
バチッ。
ノリノリの千石、新渡戸、喜多はウインクをする。
「が、がんば…………いえい…」
室町が遅れた。
「なにがガンバなのですか?」
突如現れた伴田が画面を覗き込む。
「わっ!先生!そんなに覗き込むと………」
「はい?」
画面一杯に伴田の顔の どアップが映し出される。顔のしわが妙にリアルだった。
ブツッ。テープが終わった。
「げふっ」
不二(亜久津)は伴田の どアップに吐き気を催して口を手で押さえる。
「亜久津、大丈夫か?」
「話しかけないでくれ、気持ち悪い」
「じゃあビデオレターで気合を入れた事だし、2回戦の説明をしようか。
2回戦は河村へ宛てたラブレターを書き、晴天の下のテニスコートで朗読してもらう。採点はクイズに参加した菊丸、桃城、海堂、越前の各人10点満点で評価する」
「ち、ちょっと待ってよ。どうしてタカさんが選ばないのさ?」
亜久津(不二)は手を上げて意見する。
「河村じゃあ甘いからな。で、点数が高かった方が勝者だ。これレターセット。じゃ、俺たちは外に出てるから」
足早に青学メンバーは部室を出て行った。取り残された亜久津(不二)と不二(亜久津)は、カリカリとラブレターを書き始める。
数分後。
亜久津(不二)と不二(亜久津)が部室から出てきた。
ゴオオ………………。
砂埃の混じった風が、2人の髪をなびかせる。
コートの中には河村1人が立ち、残りのメンバーはコートの周りで見守っている。
「亜久津。僕からで良い?」
「いいぜ」
亜久津(不二)はネットを挟んで、河村の正面に立つ。
「タカさん」
その名を呼ぶ発音は不二なのに、声は亜久津だ。
「こうして見ると、おかしいね。いつもは見上げるのに、今日は見下ろしている」
にこりと笑う仕草は不二なのに、顔は亜久津だ。
「ありがとう。亜久津との勝負に付き合ってくれて。こうして今、僕の話を聞いてくれて」
照れると髪をいじる癖は不二なのに、髪は亜久津だ。
「じゃ、読みます」
ぺらり。
亜久津(不二)はレターを開き、読み始める。
「タカさん。君が大好きです。これからも、一緒に君とテニスをしていたいです。
高校生になっても、社会人になっても、お爺さんになっても、君とテニスをしていたいです。
僕らが出会ったのはテニスがあったから。だから、テニスしてください。僕と、して下さい」
レターを閉じ、頬を濡らしながら泣き笑いする。
「お願いしまっす」
ぺこり。
おじぎをして亜久津(不二)はコートから出て行く。
次に不二(亜久津)がネットを挟んで、河村の正面に立つ。
「河村」
その名を呼ぶ発音は亜久津なのに、声は不二だ。
「………………さっさと読む事にする」
ぺらり。
頬を上気させて、不二(亜久津)はレターを開いて読み始める。
「河村。俺は言葉や文で表現するのが苦手だ。面倒くさい事は嫌いだし、女々しい事を考えるのも苦手だ。
ボキャブラリーにも自身がない。俺が伝えるのはただ一言だ。一度しか言わない。
す・き・だ!!
以上!」
ぱしっ。
勢い良くレターを閉じ、不二(亜久津)は河村と目を合わせず、大股でコートを出て行く。
「にゃんかね。採点する必要はないよね」
腕を頭の後ろで組みながら、菊丸が穏やかな表情で亜久津(不二)と不二(亜久津)を見る。
「そうだね。タカさんに選んでもらおう」
大石の言葉に、手塚は無言で頷く。
「と、言う訳だから河村」
「うん」
河村は人の良さそうな笑みを浮かべて、亜久津(不二)と不二(亜久津)の元へゆっくりと歩み寄る。
「不二、亜久津。言いたい事があるんだ。まず不二」
「タカさん?」
亜久津(不二)はきょとんとした表情をした。
「俺ね、思うんだよ。たとえテニスをしていなくても、俺と不二は絶対出会うし、きっと一緒に何かをやっていたんじゃないかって。
確かにテニスは大切だし、好きだけど、そんなにこだわらないで。いくつになっても会いたい時はいつでも呼んでいいよ。会いに行くから」
亜久津(不二)は目を細めて、小さく頷く。
「そして亜久津」
「………………」
不二(亜久津)は無言で河村の顔を見上げた。
「亜久津。3文字で十分伝わったよ。ありがとう、嬉しいよ」
不二(亜久津)は目を伏せ、そっぽを向く。
「でね」
河村は困った顔して2人を交互に見た。
「不二も亜久津も、俺は大好きだし、大切なんだ。こういうのは、いけない事だってわかってるんだけど、2人のどっちかを選ぶなんて、俺には出来ない。ごめんなさい」
頭を下げて詫びる。
「河村、顔上げろよ」
「タカさんらしい答えだよね。僕達、話し合って決めた事があるんだ」
「え?」
河村は顔を上げて、瞬きした。
亜久津(不二)は胸に手を当てて、目を瞑る。
「亜久津と入れ替わって、わかった事があるんだ。亜久津が、どんなにタカさんの事を好きかって。君を見るとね、亜久津の鼓動が早くなるんだよ。こいつ、こんな時、こんな風にドキドキしていたんだなって」
「胸くそ悪いが、不二と入れ替わって、こいつの気持ちがなんかわかるようになったんだよ」
亜久津(不二)は河村の肩、不二(亜久津)は河村の腕に、そっと手で触れた。
「入れ替わってみて、亜久津がどれだけ強敵かがわかった。こんなにタカさんの事好きなんだもんね。
でもね、僕も大好きなんだ。負けたくないんだ」
「だからよ」
「だからね」
亜久津(不二)と不二(亜久津)はニヤっと笑う。
「「絶対奪い取ってやる!!」」
河村の右頬に亜久津(不二)、左頬に不二(亜久津)は同時に口付けをした。
目を丸くさせて顔を赤くさせる河村の体温を感じながら、2人の魂は唇を伝って元の体におさまる。
不二と亜久津は唇を離し、自分の手を見、次に制服を見た。
戻っている。
「ふ、2人とも………元に戻った?」
河村はまだ頬を上気させたまま、2人の顔を不安そうに覗きこんだ。
「ああ」
体をパタパタ手で触れながら、亜久津が返事をする。
「タカさんっ!戻ったよっ!本当にキスで戻ったよっ!
これはもう運命だよ!僕らは運命の赤い糸で結ばれてるんだよ〜〜♪」
不二は満面の笑みで河村の胸に飛び込もうとするが、亜久津が素早く割り込む。
「てめえはどさくさに紛れて何しやがる!油断ならねえ野郎だなっ!」
「こんな白髪は無視無視!タカさ〜〜んっ、姉さんと焼いたクッキー持ってきたんだぁ。食べなぁい?」
妨害にもめげず、ハートを飛ばしながら不二は河村に擦り寄った。
「残念だったな不二!てめえがラブレターをトロトロ書いている間に、俺が食べておいたぜ!」
亜久津が舌を出して不二を挑発する。
「なっ!なっ!なんて事してくれるの!?もう許せないっ!」
バチバチバチッ!
火花を散らす不二と亜久津。
「ふ、2人とも………喧嘩は良くないから………」
喧嘩の仲裁に入る河村の肩を、大石がポンポンと叩く。振り返ると青学メンバーが立っていた。
「はい、タカさん」
大石の手には一本のラケット。
それを受け取ると、河村の体に炎が宿る。
「うおおおお――――――――――っ!!!今から朝練を再開するっ!!みんな付いて来いっ!!!」
バーニング化した河村は、なぜかグラウンドを走り出した。
「………………………」
海堂はぽかんと口を開けて立ち尽くす
「た、タカさ〜〜ん!?どこ行くにゃ〜〜!?」
菊丸が手をメガホンにして呼び戻そうとする。
「バーニング化して喧嘩を止めるんじゃなかったんスか?」
越前が帽子のツバをいじりながら、呆れた顔をした。
「朝練たって、もう……」
河村の走る姿を目で追いかけながら桃城が言う。
「まだ時間はある」
乾が腕時計を見る。
「河村に続くぞ!」
手塚が走り出した。部長に続いて、青学メンバーはグラウンドを走り出す。
「タカさん待ってよ!」
「河村!」
不二と亜久津も喧嘩を中断して、河村の後を追いかける。
グラウンドを走りながら手塚は“本来ここを走らせるのは俺の役目なんだが…”と心の中で愚痴をこぼした。
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