僕と君からテニスを抜いたら、何が残るんだろう。
元気?
青春学園高等部。休み時間、一年生のあるクラスの教室を、後ろの扉から不二は覗き見をして様子を伺っていた。背を屈めたり、伸びをしたり、落ち着きが無い。彼は河村を捜していた。ここは河村の教室、彼らは高校生となっていた。不二のクラスは2つ先にある。
まだ新品特有の硬さの残るブレザー。肩の辺りで揃えた髪は繊細かつ柔らかで人目を惹いた。
河村は中学でテニスをやめてしまい、クラスも離れていれば、めっきり会う機会が少なくなってしまった。友人なのは変わり無い。会おうと思えば、いつでも会える。けれども踏み込む事に躊躇いを感じるのだ。まるで見えない壁でもあるかのように。
「君」
「え?」
後ろから声をかけられ、振り返る。雰囲気からしてクラスの生徒のようだ。
「誰か捜しているの?呼んでこようか?」
「タカ………いや、河村くん…………ううん、いいんだ」
不二は断った。
「いいの?」
「うん。ごめんね」
そう言って、パタパタと小走りで自分の教室へと戻っていく。
誰かに呼んでもらう程の用は無かった。
呼んでもらっても良かった。けれども何だか遠慮してしまった。
呼べばよかったかもしれない。今更後悔をした。
聞いた所、行動力のある菊丸や桃城とは良く会って話しているらしい。
乾も手塚も大石も、ちょこちょこ会っているらしい。
海堂や越前は、声をかけてもらったらしい。
なんで?
なんで僕の所には来てくれないんだろう。
誘い辛い?とっつき辛い?そんな風に見える?
仲間に羨望し、自信の喪失を感じた。
ぐるぐると頭の中は色々な言葉が回りだす。
河村に言いたい言葉が蓄積されていく。どうにも出来なくて、蓄積するしかない。
「あーあ」
はぁ。溜め息を吐いた。あっという間に放課後になってしまった。
今日はたまたま部活が無い。河村と一緒に帰ろうと思ったが、結局誘えなかった。偶然見つけて追ったのに、声をかけられないでいた。一定の距離を置き、河村の歩数に合わせて帰路を通っている。
この姿は、どう考えても。
「ストーカー」
ぬっと伸びた手が不二の肩を掴む。
「!!!!」
驚くあまりに、鞄を後ろへぶん回した。
「おっと」
相手は咄嗟に腕でガードする。鼻をひくつかせると、タバコの匂いがした。
「物騒だな、お前」
振り返ると亜久津が立っていた。今の今まで全く気配を感じず、不気味に見える。
「こんな所まで何?ストーカー」
「お前だってそうじゃねーか」
「…っ」
不二は言葉を失う。
河村とは同じ学校の同じ部活、おまけにダブルスペアで有利に感じていたかもしれない。しかし今は、亜久津と同じ土俵のような気がした。なんだか胸がぽっかり空いて、気が滅入ってしまう。
「なんだよ、今日は随分と大人しいな」
「そう?亜久津はタカさんに用なの?」
んんっ。亜久津は咳払いをする。バレバレの振りに苦笑した。
「ねえ、一緒に声をかけない?」
「はぁ?お前、熱あんのか?ま、良いけどよ」
逆立てた髪をガシガシとさせて、了承する。
足を速めて声の届く辺りまで近付くと、不二は口を開く。
「ターカさん」
明るく、気楽に、そう自分に言い聞かせながら言う。
「ん?」
河村が振り返った。
「ああ、不二。亜久津も」
ふわりと笑って、久しぶりと付け足す。その“久しぶり”は僕も入っているの?つい不二は邪推した。
「今日、部活無いんだ。一緒に帰っても良い?」
「そうなんだ。うん、良いよ」
不二と亜久津はささっと河村の両隣についた。
「タカさん、最近どう?」
「どうって。今テストも無いし、普通じゃない?亜久津は?」
「さあな」
亜久津はタバコを取って、煙を吹く。
不二は今の話題はおかしかったかもしれないと、また滅入ってしまう。
数週間ぐらいの事なのに、話し方を忘れてしまったように上手くいかない。
「そうだ、不二こそどう?元気?」
「え?えっと、うん、元気」
話を振られ、慌てて答える。声が裏返りそうになった。
「ホントに?」
河村は目をパチクリする。
「大丈夫?練習キツいの?英二が高校になって〜…ってボヤいてた」
「でもそれでも僕は頑張るから!」
思わず声が大きくなってしまい、顔が熱くなった。
「だだ、だからタカさんも頑張って」
「俺?うん、頑張るよ。そうだ時間ある?家に寄ってく?」
「「寄る」」
0.1秒の躊躇いも無く、不二と亜久津の声が揃う。
「じゃあおいでよ。こっちに曲がろう」
河村の指差した方向に道を曲がった。
「あ、そうそう。聞いてよ」
不二は何かを思い出したように手を合わせ、河村に話しかけた。ようやく普段の自分を取り戻したのか、顔はにこやかに笑っている。そんな2人の様子を見て、亜久津は独り言のように呟く。
「ま、相変わらずで何よりだ」
並んで歩いているだけだが、心地よさを感じていた。
亜久津は結構落ち着いてます。
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