四天宝寺は全国大会の間、会場近くの宿舎に泊まっている。
 準決勝にて青春学園に敗退したものの、表彰式があるので大阪にはまだ帰らない。
 加え、決勝大会までの日程が延びてしまい、滞在期間が延びていた。


 テニスは出来ない。大阪から距離のある東京にいる。
 そうなると、東京見学をしたい者が出てくるのは必然であった。



東京見学



 動き回るのが好きな遠山は、宿舎は退屈らしい。
「なー白石。なーってば」
 くつろげる共同リビングのソファに座る白石の裾を引っ張った。
「んー、後でなー」
 白石はというと、近くのコンビニで購入した雑誌を眺めながら、適当にあしらう。
 それでも気にせずに遠山は続ける。
「ワイ、コシマエのいる学校に行ってみたいんや」
「コシマエ?越前くんか?青学やな」
 雑誌から視線は外さず、頷きながら言う。
「青学行っても、越前くんはおらんと思うよ」
「見るだけでも見たいんや。白石は場所知っとるか」
「知らん。オサムちゃんなら知ってるかもな」
「オサムちゃんか」
 裾を引く遠山の手が離れた。
 ようやく白石は雑誌を閉じ、遠山を見上げる。
「せやけどなあ、オサムちゃん昨日相当飲んだくれたみたいで、部屋の扉が封印されてるわ。しょーもない監督やな」
「一昨日もやで」
 付け加える遠山だが、表情に気落ちが見える。
 慰めるように白石は笑みに苦さを含めると辺りを見回し、丁度通りかかった忍足を呼び止めた。


「謙也、ちょっとええか」
「ん?」
 手招きすると、忍足はやってくる。
「金ちゃんが青学を見に行きたいやて。場所知っとるか」
「奇遇やな、今から青学近くで侑士と会う約束していたんや。一緒に来るか」
「おお、行く行く。さすが謙也や。白石は使えんわー」
「金ちゃん…………」
 白石が普段包帯を巻いている腕に手を置いた。
「わわ、ほな白石またな!」
 遠山は忍足の背を押して、一目散に部屋を出て行く。


 外出の準備を整えて、忍足と遠山が玄関へ行くと、後ろから財前が追いかけてきた。
「先輩、青学近くへ行くってホンマですか」
「せや、どうした」
「これの場所、わかります?青学近くらしいんですが」
 財前は携帯電話を出し、モニタにあるイベントのサイトを見せる。
「今やっているみたいで、行ってみたいんですわ」
「あー、あそこか。青学と同じ路線で行けるよ。見たことあるから案内できるわ」
「先輩、頼みます」
 財前は嬉しそうに笑った。
 普段もこれぐらいに素直だったらと思う忍足ではあるが、ここの突っ込みは抑え所だろう。
「なに?財前どこ行くん?」
 忍足と財前の間を遠山は飛びはね、財前の携帯の中身を見ようとする。
 パチン。容赦なく財前は携帯を閉じた。
「ケチやなー」
「ケチで結構」
 ふん、と財前は鼻を鳴らした。
 目的地に着くまで大人しくしとけよ。忍足は一人胃を痛めた。






 かくして忍足、遠山、財前は電車に乗り、青学がある駅に降りる。
 氷帝に従兄弟がいる忍足は地理に詳しく、彼の後ろを遠山と財前は付いていった。
「青学はここの道をずーっと行くんやで。財前の行きたいビルはその先や。口だけじゃ心配やし、ちゃんと送ってやるわ」
「やったな財前」
 馴れ馴れしく腕をバシバシ叩く遠山に、財前は引き攣った笑みを浮かべる。
 駅前の大通りをこのまま歩くと遠山あたりがはぐれそうなので、忍足は人の少ない狭い通路へ入った。住宅が並び、ときどき自転車が通るくらいの道は元気の余る中学生が歩くには適当である。
「ワイ東京は初めてやねん。助かるわ謙也」
 無邪気に微笑む遠山。忍足も純粋に嬉しく、上機嫌になる。
「なー、青学行った事あるんか」
「通りかかるぐらいや」
「でかいか?」
「普通やないの」
 次々と質問をする遠山に、機嫌のせいか嫌な顔せずに忍足は答えた。
 話し合う二人は歩調を速め、財前は置いていかれないように追いつこうとする。
 しかし――――
「わっ」
 十字路で自転車が前を横切り、思わず足を止める財前。
 通ろうとする頃には、二人は見えない所まで先に進んで角を曲がってしまう。


「なんやねん、畜生」
 歩きから小走りに変え、二人が曲がったらしい通路を曲がるが見当たらない。辺りを見回しても見つからない。
 自分がいないのに気付いてくれるかと思えばそうでもない。
 電話をかけるが出ず、仕方なくメールを送るが返ってこない。
「参った……」
 財前は途方に暮れる。
 進もうにも戻ろうにも、忍足がいなければわからない。
 うろうろと迷っていると、再び何かが横切ろうとする。
「…………………………」
 思わず出そうになった声は、口を開けただけで発せられない。
 一息遅れて声を上げた。
「ぎゃあああああ!」
 もはや悲鳴である。
 無理もない、横切ったのは包帯を巻いた背の高い男なのだから。
 ついひっくり返りそうになるが、尻餅を突いただけで済んだ。
「ごめんなさい、大丈夫ですか」
 男は手を伸ばすも、背が曲げられないらしく届かない。
 見上げて、よくよく凝視すると見知った人物だと互いに気付く。
「あれ、君は」
「驚かすな」
 財前は素早く立ち上がり、尻の埃を叩いた。
 男は青学の河村であった。
 準決勝ではきつい言葉を浴びせてしまったが、彼の強靭さには認めざるを得ず、心を揺さぶられた。打ち上げの焼き肉では近い席で、競い合う仲間やライバルたちを眺めた仲でもある。
「どうしたん、そんな身体で」
「財前こそ、どうして?」
 一瞬、口ごもる財前だが意地を張っても仕方なく、正直に話した。
「そうか、じゃあ俺が案内しようか」
「いや、道を教えてくれるだけでええっすわ」
 さすがに目に見えて重症の河村に任せるのは気が引ける。
「散歩中だし、案内させてよ」
「はあっ?」
 こればかりは財前の目も丸くなってしまう。
「じっとしていられないんだ」
 河村はへらりと笑うが、その内にある強い意志を財前は感じ取る。


 河村は話した。
 決勝戦は怪我で出ることは出来ない。延長した分、仲間たちは最後の調整を頑張っている事だろう。
 そんな中で、寝ている訳にはいかない。身体を動かさないと落ち着いていられないという。
 だからこの青学周辺を散歩していたというのだ。


 しかし、聞く中で財前は苦い顔をして戻さなかった。
「確かに気持ちはわかるが、怪我を悪化させるかもしれん。途中で倒れたらどうする。無茶は褒められんわ」
「そうだね…………うん、そうだ」
 財前の言葉は、どうも河村の心に突き刺し易い。すぐに浸透してしまう。
「はよ家で休んどき」
「はは…………。あ」
 愛想笑いを浮かべようとすると、身体が傾いてよろけた。反射的に財前が支えてくれる。
「ほれ見ろ。支えてやるから、家の場所を」
「そんな、悪いよ」
「悪いもあるか。俺は後で道の事を教えてもらえればええ」
「ごめん」
「謝る前に足動かしてください」
「うん」
 河村は財前の肩に手を回して身体の重心をかけた。まるで二人三脚のように二人は歩き出す。
 ぽつり、ぽつりと会話を交わした。
「まだ病院とちゃうか」
「大丈夫だって言っていたよ」
「あんな、石田先輩にここまでやられた奴はお前が初めてや」
「そうなんだ」
「それだけ認められたって事や。これも、褒められんが…………河村。お前は…………」
「ん?」
 最後の方は良く聞こえなかった。


 かわむらずしの前へ来ると、あたかも見計らったように忍足からのメールが届く。
「良かったね」
「ん」
 横顔ではあるが財前が穏やかな笑みで頷いたように見えた。
 合流の話がつき、家の前で河村は見送る事になる。
「何から何まで助けられちゃったね」
「俺の方も助かったし、チャラや」
 静かに首を横に振った。
「また東京へ来たら、お寿司奢るよ」
「また、来れたらな」
「来年には絶対来るでしょう」
「一年先やないか。それじゃ、長い……」
 何かを含み、財前は手を振って背を向ける。
「またね」
 河村も手を振った。
 財前が見えなくなるまで振り続けた。


 今度会う時は、もっとゆっくり話をしたい。そう願いを込めて。







焼き肉王子でタカ財は近い席だったと信じたい。
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