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菊丸×樹
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金太郎&千歳&白石
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観月×金田
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柳×仁王
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伊武×桜井
菊丸×樹
「どうよ、これ」
菊丸は身体ごと向き直り、手を広げた。
視線の先に立つ樹はぽかんと口を開けている。
季節は夏。菊丸は地元の祭に樹を連れてきて、見せ付けてきたのだ。
「凄いですねえ………人が」
樹の正直な感想の付け加えに菊丸は手を下ろす。
この祭はそこそこ有名で、人が多い。雑音も多く、近くにいるのに声は聞き取り辛い。
「さすが菊丸が言うだけあるのね」
「だろ?あっちの方が場所良いから行こう」
「ええ」
頷き、笑う樹。
「おい、そんな顔で笑うなって」
「どんな顔なのね」
鏡もないのに確認しようが無い。
「とにかく行くぞ」
菊丸は大股で歩き出す。
樹が本当に嬉しそうに笑うから対応に戸惑いを覚えていた。
「待って欲しいのね」
慌てて追う樹は菊丸の衣服を掴む。
「服はやめろよ」
「じゃあ手なら良いのね」
「服でいいや」
樹はまた笑って、しっかりと菊丸の服を持った。引っ張られ、皺になり、彼がまた振り向いてくるのを楽しむように。彼の一つ一つの行動、言動が菊丸の調子を狂わせる。
金太郎&千歳&白石
部室で千歳は雑誌を眺めながら溜め息混じりに呟く。
「レイトショー憧れるとね」
そんな呟きを逃さなかった遠山は千歳の雑誌を覗き見る。
「千歳、どないしたん」
「俺、ポ○ョ観たかとね」
ああ。遠山は相槌を打って理解した。
ポ○ョこと“崖の上のポ○ョ”は先週から公開が始まったジ○リ最新作の映画だ。ジ○リのファンである千歳は気になって仕方が無いのだろう。CMに影響されてか、よく主題歌を口ずさんでいた。中毒性があるのか、遠山も知らずに口ずさんだ事もある。
そして千歳も中学三年生。背伸びしたい年頃なのだろう。彼は“レイトショー”なる夜間の上映に興味を示しているらしい。
「ポ○ョ可愛か……」
ポー○ョポー○ョポ○ョがぼそぼそと主題歌を歌いだす。遠山もポ○ョポ○ョ合わせてきた。
部屋の隅っこで財前は“ポ○ョキショイねん”と思春期ならではの反発をそっと口にする。
「なんやねん千歳、まだ観に行ってないんか」
忍足がいかにも意外という顔で声をかけてきた。
「行ってなかよ」
「俺は公開日に行ったわ」
さすが浪速のスピードスターか。彼は映画を観るのも早かった。常に最先端を行く男である。
「あんなポ○ョはなぁ……」
「ネタバレはやめるばい!」
千歳は両手で耳を塞ぎ、大きな身体を縮こませる。遠山も同じように耳を塞いだ。
「ポ○ョはなぁ……」
周りから見れば忍足は完全にからかっていた。目が笑っている。それでも千歳と遠山は素直に声を聞くまいとする。
「こらこら」
悪乗りにとうとう部長が制止をかけてきた。白石が後ろから忍足の口を塞ぐ。すると安心したように千年と遠山は耳から手を離した。
「千歳〜、ワイとレイトショー行こうや」
「おお、行こう金ちゃん」
顔を見合わせ約束を交わす二人。こうも近くにいるはずなのに距離は遠いが、心は通い合っていた。
しかしそれにも部長は制止をかけてくる。
「駄目っ。金ちゃんにレイトショーは早い」
「え〜」
反抗せず、遠山は千歳にしがみつく。まるで親に叱られて逃げる子供のようであった。
「千歳おるし、ええやろ」
「駄目っ。二人の放浪癖は放っておけません」
遠山も千歳もすぐにふらりとどこかへ行ってしまう。白石には心配でならなかった。
「じゃあ白石も行こ。保護者同伴や」
「それ良かね」
がしっ。遠山の手が白石を捉える。小さな手でも怪力なそれは捕まればちょっとやそっとでは外せない。
「ポー○ョポー○ョポ○ョ」
「ポー○ョポー○ョポ○ョ」
白石を包囲するように千歳と遠山は歌う。
「洗脳や……」
また隅の方で財前が呟いた。
観月×金田
闇の中にぼんやりと浮かび上がる温かい光。その瞬間、人のざわめきと祭り拍子が遠のき、時が止まるような感覚を全身で受け、次に脳が揺さぶられた。
「……観月さんじゃないですか」
控え目な声、ゆっくりと上がり覗き込んでくる顔。観月はぎこちなく首を縦に振った。まるで油の足りないロボットじゃないか。心の内だけは雄弁に語ってくる。
「金田くん……」
観月は出会った相手の名前を呼ぶ。
ここはルドルフ寮に近い神社の石階段。今日は夏祭りで縁日が開かれていた。そこで降りようとする観月と上ろうとする金田は偶然出会う。行き交う人の中、よく見る制服でもユニフォームでもないのに、すぐに相手の存在に気付いた。二人とも連れはおらず、一人きりであった。
だからなのか、すぐに問いが口から発せられる。
「金田くん、どうしてここに……」
「たまたま通って、お祭に気付いてせっかくだから寄って行こうかなって」
有り触れた理由であった。ルドルフ寮に近いというのは、同様に生え抜きである金田の自宅からも近い事を意味する。
「観月さんはどうして」
金田の自分を見る視線に、観月は身体が熱くなるのを感じた。
彼は俗に言う私服ではない。祭に良く合う浴衣を着ていた。
張り切った衣装なのに一人。勝手に思い込んで羞恥に追いやろうとしてしまう。
「これはその、実家が送って来まして」
裾を掴んで口早に答える。顔の熱がなかなか冷めない。
「そうなんですか。お似合いですよ」
「に、にあっ、そんな事は」
舌を噛みそうになりながら遠慮がちになってしまう。夜のせいなのか、気持ちはどこか頼りなく細い。
そんな観月の態度に金田は、不二なら上手い言葉をかけられたのだろうかと凹みそうになっていた。
「その、君……一年に一度の事ですから、楽しんでいきなさい」
浴衣の襟を正しながら観月は階段を降りていく。手が落ち着かず、つい襟に行ってしまう。
観月は別に怒ってなどいない。察すると金田に笑みが宿った。
「はい。それでは」
金田も階段を上っていく。
観月は悟られずに振り返りながら地面に足を付ける。帰路への歩調はどこか軽かった。
柳×仁王
どこかで話し声が聴こえる。聞き慣れた、好きな声が。
足音を立てずに仁王は声のする方を辿る。
「そうか、残念だな」
声が低くなって途切れた。恐らく電話をかけていたのだろう。調子から行って、近付ける雰囲気ではない。行った道を戻ろうとする仁王の背に声が掛けられる。
「おい」
足は止まるが振り向かない。予想通り、不機嫌そうな声だった。
好きな声の、そんな声は聞きたくは無かった。
「聞いていたのか」
こくっ。正直に頷く。
「そうか……」
呟きは寂しそうに聞こえ、つい仁王は振り返った。
好きな声の主――柳はポーカーフェイスで携帯電話をズボンのポケットにしまう。
顔はこんなにも感情を見せないのに、声色はこうも彼の気分を教えてくれる。目で見て、耳で聞いて、仁王にとって柳は飽きない存在であった。
「嫌な事でもあったのか」
「なに、予定が一つ潰れただけさ」
柳の口の端が苦味を含んで上がる。
「予定?」
「貞治と……青学の乾と久しぶりに思い出巡りでもしようとしたら、急用で駄目になってしまったんだ」
「そうか」
「仕方の無い事だし、怒ってはいない。ただ残念なだけだ」
「そうか……」
柳は心底残念そうであった。恐らく、彼自身もそこまで落ち込んで見えているとは気付いていないのだろう。だからこうやって理由を話せるのだ。
柳と乾は幼馴染と聞く。あだ名で呼び合っているのも知っている。残念がるのは良くわかっている。
仁王は脳裏に過った。俺に何か出来ないか、と――
「参謀」
「ん?」
「その日の予定、空いたんじゃろ」
「そういう事になるな」
「だったら俺とどこかに行こうかの」
「どこへだよ」
柳は肩を竦めて見せる。詐欺師の誘いに"はいそうですか"と乗れない参謀ならではの判断だろう。
「どこってたくさんあるじゃろ。今は夏休みっちゃ」
「そうだな。良いだろう」
柳は一歩前へ出た。自ら罠に飛び込もうとする挑戦のようにも見て取れる。
そう来るなら受けて経たねばなるまい。仁王はこれから巡らせようとする遊びの予定は策のようにも思えた。
伊武×桜井
皆で夏祭りに行く事にした。
待ち合わせ場所にまず神尾がやって来た。
次に桜井がやって来た。
その次はなかなか来なかった。
「皆遅いな」
神尾は時計と桜井を交互に見る。
「まだ時間まで少しあるし」
「俺、見てくる」
「おいっ」
早まる神尾を止めようとするが、すでに彼の姿は見えなくなってしまった。
「あーあ」
一人きりになってしまった桜井。適当な景色を眺めようとした時、やっと来た三人目と目が合った。
「やあ」
「伊武か」
三人目――伊武は簡単な挨拶を交わして桜井の隣に並んだ。
「一人?まだ誰も来てないの?」
「神尾が一番乗りだったんだけど、様子を見に行っちまってな」
「そう。アイツ、じっとしているの嫌いだからな」
ここからぼやきが続くかと桜井は思ったが、ぷつりと言葉は途切れる。
仲間を待つ二人の前を様々な人が通っていく。老若男女、親子連れ、恋人たち。
今日は二人きりで会う訳ではないので、これ以上は身を寄せない。しかし、きっと二人きりでも目の前を通る恋人たちのようには出来ないだろう。
視界をただ通り過ぎていく当たり前のものに胸が少しだけ締め付けられる。
待ちぼうけは切ない。けれど今、一人きりより物悲しく思えた。
二人は顔を見合わせず、並んだままで呟くように雑談をする。今相手の顔を見てしまうと、仲間としては接せない確信に近い予感がしていたからだ。
「お待たせー」
石田と森が小走りでやって来た。
「間に合った?」
「丁度」
時計は待ち合わせ時間丁度を指していた。
「じゃあ他の奴らは遅刻だ」
合流した二人は伊武の隣につく。
「混んでるしね。二人を見つけたけど、なかなかそっちに行けなかったよ」
「あとさ」
森に石田が続いた。
「ちょっと近付き辛かった」
「なんでだよ」
伊武と桜井は声を揃えて言い返す。
「なんか出てた」
「うんうん」
石田の表現に森が勢い良く同意した。
「だからなにがだって」
後ろめたさと羞恥の板ばさみに、熱くなれば良いのか肝を冷やせば良いのかわからなかった。
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