たとえ神様に



「皆さん!聞いて下さい!喜んで下さい!そしてっ、褒め称えて下さ〜〜〜いっ!!」
 ミーティングが始まるなり、観月は背後に薔薇が見える勢いで華麗に1回回る。


「今年もクリスマス賛美歌の独唱に僕が選ばれたんです〜〜!」
 観月の脳裏には、ライバル達との熾烈な戦いが映し出されていた。
「観月さん!おめでとうございます!」
「おめでとうございます!」
 ぱちぱちぱち。
 従順な後輩・裕太&金田は素直に喜ぶ。


 一方3年生達は
「「「「はいはいはい」」」」
 やる気無さそうに手を3回叩く。


「嫌な人達ですね〜〜。これは裕太くんと金田くんの3人で食べる事にしましょ」
 観月はちらりとシュークリームの入った箱を見せた。
 彼が賛美歌独唱に選ばれた事を、我が事のように喜んでくれた音楽教師が“皆で食べなさい”と渡してくれたのだ。
「え!?何その箱!?い、いやぁ〜、さすが観月!ねぇ柳沢?」
「だーね!そうだーね!今年も観月が選ばれるんじゃないかって睨んでいただーね!」
「お、おお!観月の歌声は皆を眠りに誘う罪な美声だからな!」
「去年の評判も良かったしな!」
 コロッと態度を変える。
「ゲンキンな人達ですね〜〜。さぁさ、お茶の準備をして皆で食べましょ」
「「「「「「はぁ〜〜〜〜〜い!」」」」」」
 元気良く返事をして、テキパキと準備を始めた。




「そういや、もうすぐクリスマスなのな」
 野村はシュークリームをフォークで突付きながら呟く。
「「「「「「そうだなぁ(ですねぇ)………」」」」」」
 呟きに反応したルドルフメンバーは声をハモらせ、フォークでシュークリームを突付く。
「今年も1人かぁ……」
「「「「………………」」」」
 黙り込んでしまうが、そんな中
「ノムタク、可哀そうに……クスクス」
「まだ日にちはあるから頑張れだーね」
 木更津と柳沢は互いのシュークリームを突付きながら、見せ付けるようにじゃれ合っていた。
「「あ〜〜ん♪」」
 食べさせ合ったりもしている。




 裕太は横目で金田を見た。
 出来る事なら、クリスマスは彼と過ごしたいと思っている。
 大好きな人と、過ごしたいと思っている。


 何度か誘おうとして見たものの、ことごとく失敗するのだ。


 声をかけようとすれば、観月に呼ばれたり、赤澤が金田を呼んだり


 会話から持っていこうとすれば、野村に割り込まれたり、


 雰囲気を作ろうとすれば、木更津の視線が痛かったり、柳沢がうるさかったり


 兄から突然の電話、メールなどもあった。




 裕太は思う。


 俺のこの想いは神様が許してくれないから、こんな意地悪をするんじゃないか、と。


 そうやって、諦めさせようとしているんだ…


 でも、


 こうして金田の存在を感じる度に


 まだ頑張ろう、もう一度頑張ってみようって、思えてくるんだ。








 聖ルドルフ学院の教会で観月の賛美歌が響き渡る。
 今日はクリスマスで、月日が流れるのはあっという間だった。結局、金田を誘う事が出来ないまま、クリスマスになってしまった。


 ああ、俺って情けねー。


 やっぱり神様に見放されてんのかな。


 裕太は尊敬する観月の姿を見つめながら、そんな事を思っていた。


 後ろの席でコソコソと女子が話し合っている。


 ねえ、雪が降ってきたって。


 え?ウソ?マジ?




 雪、か……。


 冬が来て、初めてではないだろうか。


 雪、か……。


 何となく、嬉しくなった。




 はるか前の席に金田が座っているのが見える。


 何か、嬉しい事があった時


 真っ先に彼に伝えたくなる


 何か、金田が喜んでくれる事があった時、知った時


 真っ先に彼に伝えたくなる




 早く、伝えたい


 雪が降ってきたって


 一番先に、伝えたい








 裕太がそわそわとしている内に、クリスマス礼拝が終了した。席を立った生徒達がざわつく中、金田の元へ行こうと歩き出そうとする。




 その時だった。




 裕太と金田の間に立っていた生徒達が、一斉に道を空けたように見えた。


 一本の線が引かれたように。


 2人の間を遮るものは、何もない。


 導かれるように、裕太と金田は歩み寄る。


「不二、礼拝終わったねぇ……」


 金田はふわりと微笑んだ。


「金田、外……出てみようぜ。雪、降ってるらしい」


「ホント?行ってみよ、行ってみよ」


 金田は裕太の手を引いて、教会を出た。








 ふわふわと、小さく千切った綿のような雪が空から舞い降りてくる。


 まだ降り始めたばかりなので、地面はぬかるんでいるが、雪に夢中で気にならない。


「ひょっとして、初雪?」
 金田が裕太の顔を見上げる。
「そうかも」
 裕太は金田の方を見て微笑んだ後、空を見上げた。




 クリスマスの夜に降る雪


 ドラマか映画でしか観た事のない偶然


 誰もが雪に見とれ、光景を思い出に刻む


 神秘的な光景に、誰もが動けないでいた




 体は寒くて仕方ないのだが


 側にいる友人や恋人と、この時を共有できる


 ただそれだけで、体の中心にある心はとても温かい




 静寂が訪れた




 裕太は思う


 もしかしたら神様は今、金田といるこの時を与える為に


 クリスマスの予定を決めさせなかったんじゃないか、と。


 勝手な思い込みかもしれないけれど


 偶然が重なった時は、神様のせいにしたくなるんだ


 そうした出来事を、奇跡って呼びたくなるんだ




「不二」
 雪を眺めたまま、金田が口を開く
「俺が生まれた時も………こうして雪が降っていたんだって。日が日だし、大変だったって」
「そっか……もうすぐだもんな、金田の誕生日………」








 もうすぐだもんな、金田の誕生日………








 え?








 あれ?








 あと、一週間後くらいか?








「……………………………………………………………」
 サア…
 裕太の顔から血の気が引いていく。








 やべぇ、うっかり忘れてた








 目先のイベントに気を取られ、裕太はすっかり金田の誕生日という、ある意味クリスマスよりも重大なイベントをすっかりと忘れていた。


「裕太〜〜〜〜っ、金田〜〜〜〜〜っ、こっち来なよ!暖かいよ!」
 遠くの方から木更津の呼ぶ声がする。
 振り返ると、木更津、柳沢、赤澤、観月、野村が手を振っている。


「不二、行こう」
 金田が裕太の服の裾を掴む。


 まわりが急に騒がしくなり、辺りを見回すと校舎の方へ戻っていく生徒がちらほら見えた。


 何だか、夢から醒めた感じである。




 ああ、それより誕生日!誕生日どうする!?


 一難去って、また一難、見計らったようにやって来る


 俺の心を落ち着かせる隙を与えない


 ああ神様は、やっぱり空の上から見ているのかもしれない







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