欲しいのは、君だけ。


 君が持つ、『好き』の感情だけ。




 切望




 二年生の教室が並ぶ、校舎の二階。


 そこで、いつもみたいに、廊下を歩きながら。
 2人で、話をする。


 他愛もない話。


 けれど、不二にとっては、とても、大事な。


 2人きりの、時間。


 けれど。


「よお」


 呼びかけられた声に。
 不二は、反射的に顔を顰めた。


 それは、一瞬だったから。
 金田に気付かれることはなかったのだけれど。


 そんな不二とは反対に、嬉しそうな顔で。
 金田は、後ろを振り返る。


「部長・・・どうしたんですか?」
「ん?移動教室だったんだよ」
 ここの真上じゃん、音楽室。


 金田の問いかけに、赤澤は持っていた教科書を持ち上げて答える。
 あ、部長のクラスって前の時間に音楽なんですね、なんて。
 笑顔で赤澤と会話を交わす、金田の隣で。


 不二は、黙ったままで、不二とは逆の、金田の隣に位置した赤澤を。
 睨むように、見据えた。


 赤澤は、楽しそうに金田と会話をしていたけれど。
 不二の視線に気づいているのか、一瞬だけ不二を見ると。
 その目を、やっぱり、見据えるかのように、眇めた。


 決して、金田には気付かれないように。
 互いに、牽制しあいながら。


 けれど、どちらも、金田をそこから連れ去ろうとは、しない。


 例えば、不二なら。
 やべえ俺次の時間当たるんだよ、早く行こうぜ、なんて言えば。
 素直な金田は、目を丸くして、あ、そうなの?それじゃ予習しといたほうがいいね、なんて言って。
 部長、それじゃすみません、って頭を下げて。
 不二と一緒に、教室に向かってくれるだろうし。


 例えば、赤澤なら。
 あ、そういやダブルスの作戦考えたんだけどよ、ちょっと俺の教室まで来てくれねえか?とか言えば。
 嬉しそうに笑って、はい!是非、お聞きしたいです!なんて、いい返事で。
 ごめんね不二、ちょっと部長の教室に行ってくるね、なんて言って。
 赤澤と一緒に、歩いてくれるだろう。


 けれど。


 不二も赤澤も、金田の隣で。
 互いに、にらみ合いながらも。
 そこを、動こうとはしない。


 それは、もう随分前からの、暗黙の了解。


 それは、少しでも、どっちか選べ、というようなことを言ったら。
 金田が困るのは、目に見えているからで。


 金田を困らせたくないのは。
 自分の隣で、いつも笑ってて欲しい、なんて思っているのは。
 不二も赤澤も、同じ。


 だから。
 今までは、お互いに牽制しあうだけで、金田に気付かれないように、時折睨みあうだけで、終わっていたのだが。


 今日は、違った。


「裕太」 
 ちょっと、いいか?


 不意に、赤澤が立ち止まる。
 もう目の前は、不二と金田の教室の入り口で。


 教室の扉に手をかけようとしていた不二は、驚いて赤澤を見る。
 金田も、不思議そうに赤澤を見た。


「な、何、すか?」


 赤澤から感じる、何処か押し殺したような、けれど激しい感情に。
 不二は知らず知らずのうちに、身構える。


 赤澤は、そんな不二をちょっとだけ見やると。


「こっちだ」


 それだけ言って、踵を返す。


 不二は、慌ててその後を追おうとして。


「あ、お前は教室行ってろ!」
 すぐ、戻ってくるから!


 不二の隣で、自体が飲み込めないのか(いや不二だって飲み込めていないのだが)、
首を傾げて2人を見遣っている金田に、それだけ言う。


「え、あ、うん・・・」


 戸惑いながらも、金田が頷いたのを確認してから。
 今度こそ、不二は赤澤の後を追って駆け出した。


「裕太」
「何すか?」


 引っ張ってこられたのは、屋上へ向かう階段の踊り場。


 赤澤は、そこで立ち止まると。
 不二へ向き直って、前から言おうと思ってたんだけどよ、などと前置きをしてから。


 睨むような、見据えるような、眼で。


「あいつに手ぇ出すなよ」


 低い声だった。
 怒鳴るでも、怒るでもなく。
 かといって、冷静なわけでもない。
 感情的になるのを、抑えるかのような、押し殺したそれに。


 けれど不二は、その言葉に、弾かれるように赤澤を見た。
 最初は驚いたように見開かれた、不二の、赤澤を見る目が。
 段々と鋭くなっていく。


「・・・なんすか、それ」


 鋭くなっていく眼に比例するかのように、声のほうも低くなった。


 けれど、赤澤は、そんな不二の様子を予測でもしていたのか。
 驚きもしないままで、不二を見据えたまま言葉を続けた。


「言ったとおりだ。いいか、あいつに手ぇ出すな」


 繰り返された言葉に。
 不二の頭に、血が上っていった。


「何で部長に、そんなこと言われなきゃなんないんですか!?」


 当たり前のように。
 まるで、金田が。
 あいつが、自分のものであるかのように。


 そう思うと。
 たまらなく悔しくなった。


 違う。
 違う、金田は。


「あいつはあんたのものじゃないっ!」


 不二の口から出た言葉は、紛れもない真実で。
 けれど、その言葉にも、赤澤は動揺することなく。


「でも、お前のもんでもねえ」


 落ち着いた口調で、それだけ言った。


 その言葉に、ダメージを受けたのは、不二のほうで。


 不二は、ともすれば悔しさで震えそうになる手を握り締めながら。
 赤澤を睨んで、言った。


「・・・そうですよ、あいつは俺のもんじゃない、でも」


 でも。


 ぎゅう。
 一層、強く拳を握って。


 不二は、言葉を続けた。


「でも、おれのものにしたいって思うのは、自由でしょう」


 少なくとも。


 そう、少なくとも。


 今は、金田は。
 誰のものでもないから。




 だから、もしかしたら。


 俺を、好きになってくれるかもしれない。


 俺が、あいつの。
 ただ一人の、『特別』に、なれるかもしれない。


 だから。


「手を引くなんて、できるかよ」


 既に敬語でもなくなった言葉遣いで、不二は


「俺はあいつのこと好きだ、触りたいって思うし、抱きしめたいって思うし、それに」


 そこで、一呼吸置いて。


「俺のこと、特別に思って欲しいと思う」


 大事。
 あいつの、一番大事、一番特別。


 そんなことを言ったら、多分金田は首を傾げて。


『俺、不二のこと、大事だと思ってるよ?』


 きっと、そう言うだろう。


 そして、その後に、絶対。


『だって、俺にとって、不二は一番の友達だもん』


 そう言って、笑うのだ。




 違う。




 俯いて、ぎゅう、っと目を閉じて。


 脳裏に浮かんだ、金田の笑顔に首を振る。


 違うんだ、俺が欲しいのは、そんな意味の大事じゃない。


 友達じゃなくて、親友じゃなくて。


 もっと、それ以上の。


 特別な存在。


 それに。


「おれは、なりたい」


 顔を上げて、真っ直ぐに自分を睨んで。
 そう言い切った、いつも金田の隣にいる後輩を。


 赤澤は、ぐ、っと拳を握り締めて、同じように、睨むように見返した。


 金田の、特別な存在になりたい。




 その思いは、赤澤だって同じ。


 確かに、金田は赤澤を慕ってくれているけれど、それは。
 『尊敬できる先輩』であって、それ以上でもそれ以下でもない。


『部長、すごいです!』


 そう言って、金田は笑うけれど。


『俺、部長みたいになりたいです』


 そう言って、自分を見上げて。
 心底、すごいと思っているような目で、自分を見るけど。




 欲しいのは。 
 『尊敬』なんて感情じゃない。


 尊敬じゃなくて、そうじゃなくて。


 欲しいのは、たったひとつ。




 自分を好きだと言ってくれる、言葉。
 その、感情。


 隣にいて、その手を握って、その身を抱きしめて。
 そういうことをしても、笑って許されるような、そんな存在。


 金田にとって、たったひとつの、特別に。


「・・・要するに、それは」


 にらみ合ったまま。
 赤澤が、押し殺した声で言った。


「俺に対する、宣戦布告と取っていいんだな?」


 言われた言葉に。
 不二は、睨んだままで、短く答える。


「どうぞ、ご自由に」
 俺は、絶対引きません。


 引かないし、負ける気もない。
 最初から弱気でいったら、絶対負けるから。


 だから不二は、自分にできる精一杯の強気で。
 赤澤を睨んだ。


 そんな、不二に。


「手加減なんか、しねえぞ」


 薄く笑いながら、それでも目だけは笑わずに。
 赤澤が、押し殺した声に笑みを含ませて、言う。


 そんな赤澤の言葉に、不二も笑みを作る。


「して欲しいとも、思ってませんよ」


 手加減なんか、要らない。
 負けた時に言い訳になる材料なんて、欲しくない。


 正々堂々、精一杯。


 俺に持てるだけの力で、君を好きになるから。
 俺に持てる力全てで、君を好きでいるから。


 俺が持てる『好き』の感情を、全部君にあげるから。


 だから。


 君の『特別』を、俺にください。


 欲しいのは、君。


 ただ、それだけ。







真名由斗様のサイトのキリ番で頂いてしまいました。
赤澤→金田←裕太……最ッ高!(拳を握り締めつつ)
真名様の書かれる、この文体がわたくしのハートをガッシリ掴んで離しません(迷惑)。本当に有難うございました。
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