たくさんのチョコレート。
ふわふわした生クリーム。
シロップの染み込んだしっとりとしたバウンドスポンジ。
それらが次々と口の中に放り込まれていく。
フォークですくい上げられたそのひとかけらは大きく、広げられた口の中いっぱいに詰め込まれる。
おざなりな咀嚼のあとに飲み込まれたケーキの固まりは、まだ原型をだいぶとどめたままだろう。
空気にまで砂糖が染み込んだ様に甘ったるかった。
「よくそんなに甘いものばっかり食べられるな」
「その言葉はすでに3回目です」呆れている月に竜崎は諭すように言った。
その口の端にはべったりと溶けたチョコレートが付いている。
小学生だってもうちょっと上手く食べられるだろう。
現在二人は夕食の真っ最中だ。竜崎の甘いもの攻勢の横には月の夕食である和食の膳が並んでいる。
ミスマッチにも程がある構成だった。
「竜崎は普通のごはん食べないのか?」
「何を指して普通としますか?」
「米とパン、牛鳥豚魚肉と野菜」
畳みかけるような言葉に竜崎は一瞬だけ思い出すような仕草をした。
しかし出された答えは実にあっさりとした物だった。
「あまり食べませんね」
「体に悪いぞ?栄養が偏る」
「定期的にサプリメントで補っています。心配には及びません」
竜崎の足りない栄養を補うサプリメントの量を想像して月はげんなりとした気持ちになった。
普通なら大量のサプリメントより多少嫌いでも食事を取るだろう。
その月の思考をしっかりと読みとった竜崎はさらに説明を加える。
「嫌いなものをまんべんなく摂取するより一気にとった方が楽な気がしませんか?」
竜崎にとっては普通の食事はサプリメントと同列らしい。
相変わらずの常軌を逸した物言いのその男を月はじろりと睨んで言った。
「普通のバランス良い食事を好きになれば問題ない。とりあえずコレ食べてみろ」
月が示したのはかぼちゃの煮付けだった。
どちらかといえば甘い味付けのそれを選んだのは、できるだけ竜崎に食べやすい物をとの配慮だった。
しかし配慮された当人はみるからに嫌そうな顔をしていた。
月の視線に促されてのろのろとフォークを動かす。
「ちょっと待て、竜崎」
月が制止の声を発したのはオレンジ色鮮やかなかぼちゃに、あと少しでフォークが突き刺さると言うところでだった。
食べろと言った癖に止めるなという非難のまなざしを竜崎は向ける。
しかし月にしても生クリームが付いたままのフォークでかぼちゃを刺されるのはごめんだった。
折角のかぼちゃの味も変わってしまうし、もしそのクリームが他のかぼちゃなどに付いてしまったらそれを食べるのは自分だからだ。
「そのフォークで食べるのは止めろよ、ほら」
月は自分の箸でかぼちゃをひとつ取るとそのまま竜崎の口元に持って行った。
竜崎は少しだけ目を見開き、目の前のかぼちゃと月の顔を見比べている。
「早く口開けろよ、落ちちゃうだろ?」
月の催促にようやく口をあける。その口にかぼちゃを入れるとゆっくりと咀嚼し出した。
目は空を見つめていてぼーっとしながら食べるその姿は少し滑稽だった。
「どう?食べれる?」
竜崎が飲み込むのを見計らって問いかける。
「……もう1つ頂いても良いですか?」
その言葉に嬉しそうに笑みを浮かべ月はかぼちゃをまた1つ掴む。
既に開いている竜崎の口にかぼちゃを入れると餌付けをしているような気分になった。
「なんだ。かぼちゃ食べられるじゃないか」
2つ目も飲み込んだ所で月は満足げな表情を浮かべて言った。
「そうですね。美味しかったです」
竜崎のその言葉にますます笑みを浮かべる。
「そう?じゃあ甘めの物からだんだん食べれるようにしていこう。どういうのが良いかな……」
月がLの偏食矯正計画を嬉々として話す中、Lは心の中でこっそり呟いた。
(美味しかったのは、あなたが食べさせてくれたからなんですけどね。夜神くん)
明日から月の偏食矯正が始まるだろう。
Lは『美味しい食事』のために、少しくらい付き合っても良いかなと思った。
とりあえず食事の時の箸は1本だけにするよう手配しておこう。