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昼下がりの主婦
 立ち並ぶ監視カメラの群に聞こえてくる生活の雑音や独り言の小さな音声。
それらに囲まれた松田が何度もため息を付いている。
「おはようございます、松田さん。監視お疲れ様です」
 声をかけると驚いたのか松田がびくっとして振り向いた。
「竜崎〜もう監視なんて嫌ですよ、僕」
「弱音を吐くのが早すぎます。監視するメンバーが少ないんで頑張って下さい」
 そう。折角夜神月を再度監視する機会に巡り会ったと言うのに、夜神さんが私の『嫁』になった夜神月を見たくないらしく監視に参加をするのを拒否していた。
あまりの憔悴ぶりにそれを認めたが、たかがシミュレーションを気にしすぎだと思う。
只でさえ捜査員は少ない人数なのに困ったものだ。
「監視なんて意味無いですよ。月君カメラに気付いてます」
「思ったより早いですね。しかし気付いていても彼ならその中で殺すでしょう。監視の意味はあります」
 夜神が家にいる間に新規の犯罪者の殺人が起こらないのは不自然だ。
それに彼の負けず嫌いの性格を考えれば殺して挑発してくるに決まっている。
 あぁそう言えば、負けず嫌いといったら玄関先での夜神は面白かった。
あんなに厭がっていたのに挑発してやったらすぐにキスしてきた。
私がキスを返した時など顔中を真っ赤にしていた。
夜神は失念していたようだがあれもマニュアルに記載されていたのに。
「竜崎、何にやけてるんですか?」
「にやけてましたか?」
 松田の指摘に思わず頬をさする。何か自覚せずに笑うような事などあっただろうか?
「いえ、それより私が移動している間の月くんの動きは?」
「特に変わったことは……朝御飯を片づけて掃除を始めました」
 松田の言葉通り監視画面の中では夜神がリビングで掃除機をかけている。
掃除機の吸い込み音が途切れて夜神の声がスピーカーから聞こえた。

『流石に昨日来たばかりだから汚れてないな』

そのまま掃除機を抱えて私の部屋の前まで歩いていく。

『掃除は後竜崎の部屋だけなんだけど』

 聞こえてくる声は多分私に言い聞かせている。
入っても良いだろうかと言う問いかけなのだろう。しかし……
「私の部屋まで掃除する気ですね」
「いや、別に普通の事じゃ?」
「そうですか?」
 監視しているとは言え、私のいない間に部屋に入るなんて疑われるような真似を夜神がするだろうか?
いや入るのは普通のことの様だから、逆に入らない方が疑わしいのかも知れない。
 夜神は少しの躊躇の後に私の部屋に足を踏み込んだ。
そうしてまた掃除機を掛けはじめる。
 態と付けっぱなしにしたパソコンには触れなかった。監視カメラに気付いていなかったら中身を覗くだろうと思ったのだ。しかしせっかくのトラップも仕掛けた意味をなくしてしまっている。
 夜神は私の部屋を一通り掃除して(この間怪しい行動は一切しなかった)次は洗濯機を回しはじめた。
私が出ていってから一回もマニュアルを見てはいない。
私よりは結婚生活と言う物を分かっていると言うことか。
「月くん、さすがに手際良いですね〜。局長と月くんには悪いけど、本当の主婦みたい」
 効率良く動く夜神を見て松田が感嘆の声を漏らす。
「主婦とはあの様な感じなのですか?」
「イメージ的には。月くんが女の子だったらお嫁さんにしたいタイプですよね」
「……どの様な点が?」
「家事が出来て気立てが良くて、あと月くん美形だから女の子だったら可愛いだろうし」
 あげられていく特徴から言うと生活能力に優れ、性格が良く、容姿も良いのが理想的な妻ということか。
夜神に当てはめれば容姿と生活能力には納得する物があるが、性格には正直賛同しかねる。
嘘つきで傲慢な彼に性格の良さなど期待出来ない。
まぁ、御し難い性格なのは私個人としては面白くはあるが。


 それから暫く夜神の行動を観察したが特に目立った行動などはしない。
彼らしくテキパキとした動きで家事を一つずつ片付けていくだけだ。
「監視って暇ですね」と松田が言った。
画面の中の夜神は一通りの家事を終えた為、昼ご飯を迎えていた。
彼は家事と同じ様に手際良く簡単な料理を作り、それを食べている。
私はワタリに持ってこさせたケーキを食べていた。
朝、苦手な物を無理矢理食べたのでいつもより食が進んだ。
いつもより勢い良く食べていると気付いてか、松田が珍しく意見する。
「竜崎は朝ご飯あんまり好きじゃ無かったんですか?」
「えぇ、まぁ」
「竜崎って普通の物は食べられるんですか?」
 夜神にも言われたその一言に眉を顰める。
嫌いな物を食べたくないから食べていないだけだ。食べれはする。
事実、今朝久しぶりに食べた。
「月くん、見てて可哀想でしたよ。竜崎が嫌そうに食べてるから」
「そうですか?」
 あの時の夜神は珍しく不満を顔に出していた。
だからこそ松田でもすぐに分かったのだろう。
だが、夜神は私といる時はいつも不快そうにしていると思う。顔に出ないだけだ。
夜神が不満に思っていたのが私の食べ方のせいか、いつもの不満が珍しく出ていただけかは不明の所だ。
 しかし松田はというと勝手に夜神に同情して私に切実そうに訴える。
「嘘でも美味しそうに食べてあげて下さい」
「……家族とは面倒な物ですね」
 そう言うと松田は少し憤慨したような表情を見せた。
私の考えは一般的ではないのかも知れない。
だがその為に今、夜神と結婚ごっこをしているのだ。今更な話だ。
その時画面の中で夜神が溜め息をついた。
まるで私の態度にそうしている様で酷く苛まれた気分になった。
 食事を終えて食器を片付けた夜神は、TVを付けたまま何か雑誌をめくっている。
怠惰な様子がいつもの夜神のイメージとそぐわない。
 私といる時の夜神は鋭いナイフのような男だが、家ではこんな風に穏やかにしているのだろうか。
 画面の向こうのTV画面で今日のニュースが放送され始めた。
漸くキラ捜査の判断材料が来たかと私は身を乗り出す。
しかし芸能ばかりでなかなか犯罪関連のニュースにならない。
付けてはいるものの結局見ていない夜神の気持ちが分かると言う物だ。低俗に過ぎる。
 やっと犯罪関連のニュースになった。
今日初めて報道された銀行強盗が画面に写し出される。
私は注意深く夜神の姿を観察した。彼は雑誌を見ながら何か書き物をしている。
 暫くするとパソコンにワタリから連絡が来た。
銀行強盗は死んだらしい。死因は心臓麻痺。キラだ。
「月くん報道の時に何かメモしてましたね」
「どんなメモか……拡大して下さい」
 松田に監視カメラの映像を任せる。
夜神の方はメモをポケットに仕舞って自室で外出用のジャケットを取り出していた。
どうやら出かけるらしい。
「出来ました。竜崎」
 松田の言葉にパソコン画面を見る。
監視カメラの映像を拡大させる。写し出されたそれには


じゃがいも 4つ
たまねぎ  1個
豚肉……


「レシピですね」
 言われなくても分かる事を松田が言う。
「そういえば見てた雑誌って料理雑誌でしたもんね〜」
 だったらレシピで当然だと松田が笑う。
私は溜め息をついた。
私は夜神がキラの尻尾を出すことを期待した。
そしておそらくそんな不様な真似はないだろうと分かっていた。
だがオチとしてこれは酷くないだろうか。酷い脱力感が私を襲った。
「今日のご飯って何なんでしょうね?」
「どうでも良いですよ。そんな物」
 どうせ嫌々としか食べれないのだから。そんな物関係ない。
「何言ってるんですか!愛する可愛い奥さんの料理を楽しみに仕事するのが新婚ってもんですよっ!」
「熱弁振るうのは勝手ですがその愛する可愛い奥さんは月くんですよ」
 シミュレーションとしての結婚だ。
体験が目的なのだから、それに伴う一般的な感情迄持つことはそう出来ない。
というか、持ってしまっても困る。
私にはとても夜神を可愛い奥さんだなんて見ることは出来ない。
向こうだってそんな風に見られたくはないだろう。
「まぁ、嘘の結婚だからそれは変かも知れないですけど。
でも月くんと竜崎は元々友達同士なんだから。もうちょっと相手を気遣っても良いと思いますよ」
 友達同士。それだって私達に取っ手は下らない茶番に過ぎない。
結局夫婦ごっこなんてする以前に何も絆もないのが真実だ。
「……少しは考えてみます」
 余りに松田が夜神を庇うので、私は仕方なくそう言った。
答えた私に満足したらしい。松田は機嫌良くにこにこしている。
 画面の中では支度を終えた夜神が玄関のドアを開けていた。
それを見て、私は置いてあった松田の携帯を勝手に拝借して電話をかける。
「相沢さん。月くんが外に出たので尾行をお願いします」
『分かりました』
 携帯向こうの相沢は現在私達が住む部屋の隣にいる。
一応表向きには誰も入居していない部屋だが、こういう時の為に隣の部屋も確保しておいたのだ。
「結局監視するんですね」
 私から携帯を受け取って松田が言った。
当然だろう。私達の結婚には多分にキラとLとしてのやり取りが含まれているのだから。
夜神が結婚を受けたのだって私への御機嫌取りと、この茶番でキラかどうか見定める行為をすると知っていたからだ。
「竜崎ってなんの為に月君と結婚したんですか?」
 今更な言葉を松田が言う。
相手が夜神であることも、家族を知ると言う建て前の理由でも一つの結論に帰結する。
私は表情を変えずに言った。
「キラ調査の為ですよ」
 全ての事象を仕事に繋げる私は、きっと生涯本当の家族なんて出来ないだろう。





新婚なのに甘くない……
次から少しはラブくなる予定……
ちなみに酒屋さんは名も無きモブを予定してます。



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