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Fall Down  06
「すごい活気……」
 幅広の道は人と露天の群で埋まり喧噪は耳に痛いほどに鳴り止まなかった。
馬を預けてさっそく大通りに出てみたのだがその賑やかさはライトに感嘆した。ある意味子供のような素直さで周囲を見渡す悪魔にエルは眼を細めた。
「おのぼりさんみたいですよ」
「なっ!失礼だぞ」
 だが実際ライトにとってこういった庶民的な市場は未知の空間だった。上流階級の契約者しか相手にしなかったライトはこうした活気を話にしか知らない。
「市を知らないってライト損してる。楽しいよ」
 メロが自信を持って宣言するがそれにニアが冷たく口を挟む。
「そうですか?下らないですよ。私にはライトさんのいた権力社会の方が惹かれます」
 ばっさりて切り捨てる大人びた言葉とは対照的にニアはよろよろと不安定にしながら馬を降りていた。体の安定と経験の少ない子供には仕方ないことだったが、大人のような口を聞くニアがそうするのは酷くアンバランスだ。
そのニアとは対照的にメロは軽快に馬を降りる。芸術や運動はメロの方が圧倒的に得意らしい。
得意げな眼差しを向けるメロを意図的に無視してニアはエルの前へと歩み寄った。
無言で手のひらを差し出す。
「何ですか?」
「軍資金を要求します」
「小遣いが欲しいのならもっと子供らしく要求なさい」
 良いながらすでに用意していたらしい小さな布袋を渡す。
金属音がするそれには貨幣が入って居ることは明らかで、たかが子供の小遣いにこれだけ出すエルの金銭感覚にライトは呆れた。ニアとメロに一つずつ渡してからエルはぱっとこちらを振り返った。その手には金の入った小袋がひとつ。
「何?」
「お小遣いです」
 半ば無理矢理に手に握り込まされる。メロ達と変わらない子供扱いにライトは頬を膨らませた。
「いらない!」
「それじゃあ遊べないでしょう?せっかくの単独行動なのに」
 わざとらしく残念そうに呟いて見せたエルにライトは訝しげに顔をあげた。
「一人でいていいのか?」
 悪魔を野放しにしていいのか?という疑問にエルはあっさりと頷いた。
「私も用事がありますし悪魔だって言ってもそこらの人間よりよほど人格者ですしね」
 正直メロ達の方が心配ですと苦言する。
言われた当人達は早く遊びたいらしく傍目に見てもうずうずしていた。
エルが言ってもいいと促すように手を振ると2人の子供は楽しそうな様子で散り散りに駆けていく。
それを見守るようにしながらワタリも一度会釈してからその場を去っていく。最も買い物が多くなるだろうワタリ
 エルが心配するのも分かる。こういった賑やかな場所ではスリに代表される小悪党も少なくないと聞いた。身体もできてない子供が大金を持っているという状況の方が保護者としては悪魔より気になるところだろう。それぞれ行かせて大丈夫かとライトも表情を曇らせたが、エルは気にしなくても平気だと言うように頭を振った。
「おめおめと子悪党にやられるほど可愛い子供でもありませんよ。心配はゼロですね。
だから月くんも普通に市を楽しんでください。・・・・・・服を新調するのもいいかもしれません」
 そう言われてライトは己の身体を見回して自分の着る服を見た。それは竜崎からの借り物である神父服。たしかにいつまでも服を借りっぱなしなのは気が引けた。
それに腐っても悪魔。教会に縁のある物を着ているのは気分がよくない。
「まぁその格好も・・・・・・似合いますけどね」
 しなやかで長いエルの指がライトの頬を撫でるように触れた。ともすれば性的な印象すら抱かせる竜崎の唐突な行動に、ライトは思わず後ずさってエルから逃れた。逃れた後ではっと自分が淫魔であること、竜崎を狙っている事を思い出す。
どうしてとったかは分からないが巧く利用すれば自分の益になりそうな行動だったのにみすみす無駄にしてしまった。
それを惜しく思ってライトは思わず唇を噛む。
「すみません。何か・・・・・・不快にさせましたか」
 ライトの行動を不思議に思ったらしいその発言にライトはため息をついた。
エルは察しのいい男だ。
ライトが動揺した理由を悟れないという事はあの好意には性的なものを一切忍ばせていなかったのだろう。
「いや・・・・・・あまりこういうことは他の人にするなよ」
「他の人とは?」
「女性とか」
 男性なら気色悪いの一言で済むかもしれない。
だが女性なら何がしを期待してしまうだろう。それでエルに何の意図もないと知れば逆に傷つく。女性なのだから。
ライトの指摘にエルは自分の手を改めて見るようにし、漸く己の行動から読み捉えたものを知ったらしい。
「すみません、失礼な真似を。・・・・・・女性にはしませんよ。一応聖職者ですし」
 神に仕えるものは男女共に異性との交渉を禁じられている。
もちろん実際に厳格に守っているとは限らないが聖職者である以上表向きは取り繕わなければならない。
「本当にすみません。今のは私と・・・ライトくんが変な間柄に見られるかもしれません。軽率でした」
「そんなこと・・・・・・気にしないでくれ」
 変な間柄に見られることにライトは慣れていた。実際今までの契約者とは『変な間柄』だった。
むしろエルの方が嫌なんじゃないだろうか。
いつも人目など気にせずマイペースで行動するエルが妙にあたりを見回している事からもそれが窺い知れた。
もっともここは往来のど真ん中。人通りが多く紛れやすい上、皆良い意味で無関心だ。
「謝りついでにもう1ついいですか?実は命令をしたいのですが」
「何?」
「人に危害を加えないようにと。別に信じてないわけではありませんが」
「分かってるよ。万一のためだろ?」
 悪魔と人間の能力の違いを心配しているのだろう。
ライトは日常においては温厚な性質だ。それをエルも分かっていたが何かを切っ掛けに本気のけんかになるとも限らない。そんな時にライトが悪魔であるというのは人間であるエルにとってけんか相手を心配するのに十分な理由だ。
もっともエルの心配も無駄な事だ。ライトの身体能力は人間相応でしかないし、魔力も未だ回復していない。
「命令はそれだけ?」
「はい。けんかは口げんかまででお願いします」
「判った。じゃあご好意に甘えて市を楽しませてもらうよ」
「はい。夕刻までに厩に待っていてください」
 そうして二人はあっさりと分かれた。
エルとライトが離れて別行動を取るのは珍しくない。今日は隣町で外であるという違いはあったがいつもと同じだった。
ライトは賑やかな露天が並ぶ大通りを、エルは商人達が引き上げる宿場の方へとそれぞれに歩き出していった。




(服を買ったら余った金でお菓子でも買おうかな?)
 様々に並ぶ品物を眺めながらライトは脳内でエルの嬉しそうな表情を思い出した。
ほとんど表情を変えない男だったが甘いものが好きらしく菓子を好んで食べていた。そのときの表情は幾分か柔らかい。
金自体がエルの物なので色々と迷惑を掛けている侘びにはならないだろうが、気遣おうという心くらいは伝わるだろう。
 それを思うと妙に心が弾んだ。迷惑を掛けているという自覚があるからだろうか?
服よりもむしろエルへの菓子を何にするかを迷いながら歩くライトに声が掛けられた。
「すみませんが」
 振り向くとそこには体格のいい一人の男が立っていた。
長身で筋肉質。三十半ばくらいの男盛り。服の上からでも判る逞しさは女性にある種の期待感を持たせる。
それはライトにも同じだった。もし自分が今インキュバスでなくサキュバスだったら物陰に誘い入れるところだろう。
その男性的魅力にあふれた人物は当然だが見知らぬ顔で、道を聞かれても答えられないと先に言おうとしたその時だった。
「ファーザーはこの町の方ではありませんよね」
「え?あぁ、はい」
 予想に反した質問とファーザーという呼び名に戸惑いながらもライトは頷いた。ファーザーと呼ばれるのは自分の格好のせいだ。
エルの神父服をそのまま借りているのだから。
「あぁやはり。ではファーザー・エルのお知り合いですか?一緒にいたでしょう?」
 『エル』という名に無視できない含みを持たせて男は呟いた。
ライトはとっさに身を緊張させた。この感覚には覚えがあった。100年前の宮廷だ。
「少しお話したい事があるのですが、構いませんか?」
「・・・・・・分かった」
 ライトの言葉に男は満足げに笑った。その笑みが酷く下卑たものに見えたのもその後の行動を考えれば当然だったのかもしれない。
男はライトを薄暗い路地裏へと連れ込んだ。秘密の話と逢引をするにはもってこいの場所だ。
「で、貴方はエルに何の用ですか?」
「『エル』ですか・・・・・・呼び捨てとはずいぶんと親しいようだ」
 その言葉と共に男の無骨な手がライトの方へと伸びてきた。エルと同じ様に柔らかな頬を撫でる。その動きにライトはエルとは違うあからさまな性的な意図を感じた。その手から逃れようとするも後は既に壁でライトは顔を横に背けることしかできなかった。
「そんなに逃げないでほしいですね」
「お前何考えてるんだ!」
 ライトが声を張り上げても男はまったく気にせずまた下品な笑みを見せた。
「喜んでますね。あのファーザー・エルの秘密をついに見つけたんですから」
「秘密・・・・・?」
 ライトが疑問を呟くと同時に男は動きライトの下腹を強かに蹴り上げた。ぐっという呻きと共にライトは地面に縺れ、倒れ込みそうになる。それを止めたのもまた男の太い腕だった。男はライトの服を掴んで無理やりにライトを立たせる。
「綺麗な顔をしている。これがファーザーの武器というのも納得の話だ」
 この男は何か勘違いをしている。
それはライトにも判った。武器だとか秘密だとかは良くわからないが少なくとも『ついに』という言葉からそれが自分でない事はわかる。ライトとエルは出会って一週間だ。ついにと言われるほどの時間ではない。
「あの年で大司教猊下の傍に立つ男だ。『使わせている』だろうとは我々も予想はしていましたが・・・・・・ねぇ。
若いといっても個人的な感想を言わせて貰えばあの男じゃあ勃つ物も勃たなそうだし。
逆に君みたいな美人が傍にいて納得しましたよ」


 下衆の勘繰りだ!


 ライトは男の下品な言い分に頭に血を上らせた。怒りで逆に言葉がつむげない。
エルは妙な男だった。
田舎神父とは思えないほどの財力、権力闘争への理解。
そしてこの男の言葉からエルはただの田舎神父などではなく大司教の近くにいるほどの実力者らしい。
何か失敗したのか、策なのか。とにかく一時的にこんな田舎の僻地にいるのだろう。
 だが恐らくエルは実力で権力を手に入れたのだ。それは話していれば判る。
しかしエルの事を知らないこの男はエルが身体を使ってのし上がったなどと失礼な事を言っている。それもライトを使ってだ。
(思いっきりひっぱたいてやりたいっ!)
 だが危害を加えるなとエルから命令されている。あの時しっかりと身体能力も魔力もないと言っておくべきだった。
後悔に唇を噛む月の耳元に男は囁くようにして言った。
「僕とエルはただの友人だ。お前が期待するような物はない」
「こちらとしては噂話だけで十分なんですよ」

「先に言っておきますが・・・・・・私はファーザー・エルと直截対決できるほどの実力者ではありません」
「何?」
「私はただの修道士で・・・・・そしてただの反エル派です。要するにこの話を誰にも話さなくてもいい」
それはつまり譲歩する用意があるという事だ。こちらに寝返っても構わないということは単純に数を揃えているだけ程度のメンバーなのだろう。本当に大物ではないと判断してライトは口を開いた。
「条件は何だ?」
「話が判る」
 男は壁にライトを、ライト自身に男の下半身を押しつけてきた。
すでに興奮しているのか既に固くなったそれを身体に感じてライトは本能的に喜んだ。
理性ではエルを侮辱したことと突然自分に身体を押し付けてきた目の前の相手に怒りを覚えているというのに。
「まずは猊下とあの男の物を奪いたい。同じ様に触れてもらいましょうか」
 掴まれていた手を放されライトは地面に頭を打ちつけた。そこが舗装されていない柔らかい土だったのは幸いだった。
ライトは悔しさに掻くように土を握りしめながら起きあがった。
力での抵抗は出来ない。声を上げて人を呼べば男はエルとライトのことを周囲に話す。たとえエルの出世とライトが関係なくても悪魔―――それも淫魔と暮らしている事がばれれば全ては水の泡だ。今はいうことを聞くしかない。
 僧服の長い裾をめくりあげてライトは男の下着に手を這わした。
それに相手の男が熱く湿った息を吐き出した。男のものを取り出し口に含む。その瞬間ライトの身体の奥で火が点るような熱を感じた。
空っぽだった魔力がほんの僅か還ってきたのを感じたからだ。
 それは百年もの間エネルギーの補給を絶ち、いわば飢餓状態に陥っていたライトには酷く魅力的だった。
ライトは空腹に押し流されて男のものを勢い良くしゃぶった。
先走りの一滴すら逃さない様に舐めつくしながら相手の性感を煽るように動く。
ライトの動きに促されて男も腰を動かした。喉奥にまで埋め込まれたそれを喜んで受け入る姿に男は口端を歪めて笑う。
「ずいぶん調教されてる。あのとぼけ面でやることはやってるんらしい」
 エルに対する侮辱に反論する前にライトは髪を掴まれて無理やりに引き寄せられた。口に埋め込まれると同時に中で弾けた精をライトは取りこぼさない様に注意しながら全て嚥下した。
味わうか様なゆっくりとしたそれを満足気に男は眺める。
久方ぶりの食事に恍惚として半ば惚けるライトの服を男は捲った。
直に肌を触れらたことに驚きライトは身を捩って逃げ様とするが体格の差であっさり押さえつけられてしまう。
「何故?同じ様にという話です」
 逃げようとするライトにエルのことはいいのかと脅すように視線を向けてくる。
だがライトはエルにも司教にも犯らせた事なんてない。というより男状態では犯られたこともなかった。
太股に触れた無骨な手の感触の気持ち悪さに悪寒が走る。
だがここで止めろと言っても止まる保証はない。エルにも迷惑がかかるだろう。
(逃げられないって判ってても・・・嫌だ!抵抗を封じたのはお前なんだから助けろよ……エル!)
 男の手が服を脱がそうと動き、もう女でやられるのも男でやられるのも変わらないと自分に言い聞かせ諦めた瞬間だった。
道の向こうから物音が聞こえた。さすがにこの状況を見られたら危ういとは判っているらしい。男も周囲を伺う。
道の脇から小さな石が放り込まれた。誰かがふざけて石で遊んでいるのか。
とにかく人が来たことは間違いなかった。男が素早くライトから退き衣服を整える。
「また次の機会に」
 捨て台詞をライトの耳元で吐いてから石が投げ込まれたのとは逆の方に足早に去っていく。
何が次の機会だとライトは悪態をついた。次に会う時にはお前は僕の奴隷だと苛苛しながら考える。
暫くすると男が去るのを見計らっていたのか石が投げ込まれた路地から人が現れた。手に持った小さな石を弄びながらひょっこり顔を出す男はエルだった。
 ライトは助かった事への安堵と助けてくれたのがエルだったことへの奇妙な嬉しさを感じながらも、その地味である意味情けない登場の仕方に毒を吐かずに入られなかった。
「しょぼくれた登場だな。救い主にしては」
「後光でもまとってれば良いんでしょうか?あまり大仰にすると人が集まってしまいます」
 しゃあしゃあと答えるエルにライトは鼻を鳴らした。
「呼べばいい。あいつを突き出せるぞ」
「憲兵に根ほり葉ほり聞かれますよ」
 その言葉には思わず押し黙ってしまう。つまりライトに配慮してくれたらしい。それでは文句も言いようがなかった。
「すみません。あの男は明らかに私関連ですね」
「別に気にする事じゃない」
 実際最後まではされなかった。むしろ良いエネルギー補給になったくらいだ。
「いえ……私のせいです。立てますか?」
 労る様に手を差し出されたので掴まって立ち上がるとかなり強い力で引っ張られる。
驚いてエルを見ると不機嫌そうな表情で意外な言葉を口にした。
「歩けるなら一緒に宿に行きましょう」
「宿!?一緒に!?」
 思わず大きな声になってしまいエルが不快そうに顔をあげた。
「やましい事はしませんよ?湯が使える所に行きたいだけです」
 やましいことを期待しているライトとしてはきっぱりと宣言するエルが逆に残念で仕方ない。そしてんな事しか考えつけない自分にも嫌気がした。どんなに潔癖を偽っても生まれ持った性質は変えられないらしい。
 無理やり引っ張られながらライトは頭を振ってホテルに行くことを拒否した。
「べつに犯られたわけじやないんだから」
「あんな下衆に触られたんですよ!?私が嫌です!」
 思いがけないほど強い語調で言われライトがたじろぐ。その強い言い方を命令であると判断してライトは抵抗するのをやめた。
 エルがライトを連れてきた宿はこの町で最も質が高いと予想された。内装や家具、仕事に従事する者たちからそれが伺える。
市場があるからそれなりの大商人が立ち寄るだろうこの町の、最高級の宿で泊まるわけでもなく風呂に入らせるために部屋を取る。
いったいどういう経済観念と資産なのか。
敵の多い教会中枢の人間であるというのにも納得が行く話しだった。
 部屋で湯の張られた風呂を覗き込むライトにエルが声を掛ける。
「私の前では嫌かもしれませんが風呂へ。身体は念入りに洗ってください」
「どうしてお前の前だと僕が嫌だと思うんだ?」
「・・・・・・あんな事があったのに男と一緒にいたくないでしょう?」
 信じられないといった顔をするエルにライトは苦笑した。
確かに普通ならそう思うだろうが生娘じゃないし、自分が男の姿をしてない時は男も相手にした事がある。
「さすが神父さま。お気遣いができてらっしゃる」
「からかわないで下さい。神職についていてもあんな事をする人間がいるのですから」
「お前はあいつとは違うだろう?」
 何気ない言葉だったのだがエルは思いの他考えるような仕草を取ってやがてぽつりと呟いた。
「同じですよ。人間なんですから・・・・・・私もとても欲深い」
「僕もそうさ」
「貴方は悪魔でしょう?」
「悪魔だから欲深くない?馬鹿げた話だな」
 悪魔は人を堕落させるための存在だ。ライトは実際様々な人間を富と利権におぼれさせた。
時には淫魔という種族の性質上淫行にも。とてもじゃないが清さとは結びつかない。
 言われるままに服を脱いで浴槽に身を沈めるとエルががしがしとライトの身を洗っていく。
しかし嫌がる子供を洗うような強引なやり方にライトは辟易した。
「痛い。自分で洗うよ」
「嫌です」
 断言されると抵抗できない。仕方なくライトはエルに身体を任せた。ぜんぜん関係なさそうな髪の毛をぐしゃぐしゃに洗われながらライトは溜め息をついた。
(駄目だ。ぜんぜんそういう対象として見られてない)
 せっかく宿にこれたというのにこの体たらくとは淫魔として悲しいばかりだ。
男状態の自分にもあぁして襲おうという人間がいるのだから、エル相手でもいけるんじゃないかと多少期待していたのだ。
あの男もエルも神に仕えていてそっち関係は飢えているだろうから。
しかしそんな気配エルのほうには全くない。もしかして生殖機能が活動停止でもしてるんじゃないか?と至極失礼な考えも浮かんでくる。諦めてされるがままにしているとライトはふとエルの服が気にかかった。
「エル。脱げば?」
 そのままの格好でライトを洗っているエルは跳ねた水ですでに服を幾ばくか濡らしている。
これ以上濡れるのは困るだろうという口にしたのだが妙にエルは戸惑っている。
ライトの言葉に迷っているようだが何故迷うのかがライトには皆目見当がつかない。
「服濡れるだろ」
 補足して漸く納得したらしいエルが服を脱ぐと想像していたよりずっと逞しい上半身があらわになり、ライトは思わず見入ってしまった。
「なんでしょう?」
 視線を感じたのか問いかけてくるエルの腹をライトは撫でる。しっかりとついた筋肉が意外すぎた。
「ちょ・・・止めて下さいライトくん」
「お前いい身体してるんだな」
 擦っているとだんだんと空腹を感じてきた。
ずっと口にしていないよりも少し摘んでからの方がより空腹を感じるという、そんな感じなのだろう。
 欲しい。食べたい。・・・エルが。
「美味しそう」
「はっ?」
 思わず呟いた本能的な言葉によく聞き取れなかったのだろうエルが不思議そうな声を出す。
ライトは疑問の声を上げたエルに気付かず一心に身体を撫でていた。
「お腹が空いたんだ」
 今度はしっかりと発音して訴えるようにエルを見上げた。
その声に促されるようにエルの手がライトの頬を撫でる。長い指が少しだけ唇に触れたのでライトは唇を開いてそれを口に含んだ。
ぺろりと指を一舐めするとはっとした様にエルが驚いて指を引き抜く。
「私は食べられませんよ。お腹がすいたのなら市に行ってお菓子を買いましょう」
「・・・・・・」
 結局そうなるのかとライトは溜息をついた。
今の雰囲気は悪くなかったよなぁと自問自答しながら、ライトは唾液がついた人差し指を舐めるエルををぼんやりと見ていた。




the・寸止め。
インキュバスなのに寸止め。
この話はライトがインキュバスであることよりエルが神父である事が重要なのだと今更に気付きました。
だめじゃん。


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