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視線
 人は大なり小なり視線を受けて生きるものだ。
それには個人差があるが私の知る『彼』はそれが特に多い人間だろう。

夜神月。

 私がキラと疑う優秀で負けず嫌いの青年。
その性格や能力もさる事ながら、彼が人の視線を集めるのはその容姿にもあるだろう。
平均以上の容姿と言うものはすれ違う人々にすら振り向かれるものだ。
容姿と能力で彼は常に羨望や嫉妬のまなざしを集める。
 私は夜神ほどの視線を集めない。
私の振る舞いは自分で言うのもなんだが独特で、大抵の人間には奇異に映る。
その為に好奇心という人の視線を集めるのだが、嫌悪で目を逸らされる事もかなり多い。
 私も夜神のように能力的なものは高いと自負していたが、それすらも私の場合は奇妙に感じられるらしく好奇心の視線と変わる。
 そんな中に、異様な程に強く異質なものを感じる事があった。
マイナスの感情を凝固させたようなそれ。
 これは大学生の『流河旱樹』が感じるにはいささか不穏だ。
この感覚には覚えがあった。Lとして様々な局面を通り抜けた時の様な肌のざわつき。
私は夜神を疑った。
 しかし夜神ではない……と思う。
はじめこそは彼だと疑わなかったのだが、それにしてはおかしい部分がある。
 私は基本的に仕事の為に夜神を監視している。
それなのに彼と目が合う事はないのだ。
もし彼が私を見ているのなら自然と目が合うはず。
しかしそんな事はほとんどなく、大抵私の視線だけが夜神の背を素通りして行くのが常だった。
彼は見ていない。
しかし大学構内に私にこんな視線を投げかけてくるのが夜神以外にあり得るだろうか?




 その感覚は1人読書をしている今も感じていた。
常に日向に当たるベンチは暖かく、暫く暇を潰すのに丁度良い場所だった。
私はベンチの上に人が見たら奇異に映るあの座り方で座って文庫本を手にとった。
 本を読むのは嫌いではない。普通なら知識を手に入れる為の(あるいは娯楽の為の)道具なのだが、私にとっての本は集中して何も考えないようにする為の物だった。
煩わしい思考から解き放たれて自由になる瞬間だ。
 しかし私の自由は思いのほかすぐに邪魔されてしまった。
陽が遮られて文字が追えなくなる。遮ったそれを確認しようと私は顔をあげた。
「よっ、流河」
 雲かと思った邪魔者は人間の男だった。軽く挨拶した顔は私の記憶に無いものだ。
見知らぬ男はどさっと音をたてて私の横に腰掛ける。
「主席コンビが一人だなんて珍しいな。夜神は?」
 妙に慣れ慣れしい男だ。
一応その疑問に答えるべきだろうと判断して、私は口を開いた。
「用事があるので、先に帰るよう言われました」
「帰らないのか?」
「夜神くんに用事があるので待っています」
「へぇ」
 少し馬鹿にした様な声音が鼻に付いた。
この男は何者で何を目的に私に話しかけているのか?
私は文庫本に目を通したまま男の次の言葉を待った。
「丁度良かった。俺お前に用があるんだ」
「私に?」
 珍しい話だった。大抵の人間は私にではなく夜神に用がある者ばかりだった。
私と違い夜神は社交的な人間だから。
「お前って夜神と同じ学校だったの?」
 私に用があると言っておきながら結局夜神の話なのかと呆れる。
しかし会話は始まっていて今更無視する事も出来なかった。
「違います」
「じゃあ会ったのいつ?」
 一方的に知ったというだけならかなり前だがそれを言うわけにはいかない。
私は入学式の時にと無難に答えた。
「それじゃ夜神との付き合いは俺のが長いじゃん」
 驚いたように言うその言葉に反応して顔を上げると「お前夜神ばっかなのな」と呆れたように笑われた。
私の仕事なのだ。仕方ない。
「塾が一緒だったんだ。3年間」
「貴方の名前は?」
「寺椅」
 その名前は私の脳に夜神に関する情報として刻まれていた。
彼の浅く広い交友網の中の端に引っかかる程度の男だ。もっとも浅く広くの夜神には同じ程度の交友しかない人間が大量に存在していたのだが。
 寺椅と名乗った男はおもむろに携帯を取り出してそれを弄びながら言った。
「3年間も一緒だったのに大して仲良くなれなかったんだよな。メルアド交換しても全然メールしなかったし」
「はぁ」
 気のない返事しか出せない。
そんな夜神との交流の失敗を語られても反応に困るのが正直な所だ。
「流河は夜神とすぐ仲良くなったんだよな。羨ましい」
 寺椅のその声色には少しの嫉妬が含まれていた。くだらない。と思う。
私と夜神の間に実際のところ友情なんてものはありはしない。
薄い関係だとしても純粋な意味での友情はこの寺椅という男の方が確かなのだ。
「ところで夜神は何の用事?聞いてる?」
「聞いてません。が、告白されているのだと思います」
 こういう風に夜神が呼び出されるのは多々あった。
それは大抵が色恋事で、この男に恋するなんて哀れだなと同情した。
「男か女か賭ける?」
 軽口のそれに私は軽く目を見張った。
「そんな賭けが成り立つんですか?」
「夜神の場合は。勿論男のが倍率高いけど」
「意外です」
「そうか?俺はまぁ夜神ならあるかな?って思ったけど」
 夜神の容姿はあまり男性的ではない。
中性的、あるいは無性的だと思う。
美しいものは性を超越するのだと私は彼を見て改めて認識したものだ。
 しかし彼の容姿の良さは認めるところだが、それだけで男性からも告白されるとは考えにくい。顔が良い男より顔の良い女を選ぶのが普通だ。
「分からないって顔してるな。俺もだけど。
まぁ、あいつ優しいし。そういう所が良いんじゃないか?」
 寺椅の言葉にますます私は分からなくなる。
夜神が優しい?彼ほど自分勝手な人間もいないかと思うが。
だってあの男は自分のエゴと保身の為に人を殺す。
「彼はとても我が儘な人ですよ」
 思わず本音が口をついた。
しかし私の真面目な言葉を寺椅は取り合わず逆に笑った。
「それだけ夜神と仲が良いってことじゃん」
 我が儘だと感じるのは夜神が素の自分を私に見せているからだと彼は言う。
しかしそうではない。
私が彼を我が儘だと評するのは本来の夜神を私が読みとっているだけなのだ。
私が知っている夜神とは限りなく真実に近いだろう、私の想像の姿でしかない。
 夜神が私に見せるのはきっとこの男より堅牢な壁で阻まれた姿だから、素の自分という奴からは最も離れているのだろう。
仲良くなんてけっして無い。それは私と夜神の共通認識だったが、この男に説明しても無駄なことだ。
「で?流河はどっちに賭ける?」
「何がです?」
「告白して来たやつの性別」
 まだその話は続いていたのか。しかしそんな事を考えても仕方がない。
面倒なので「女で」と私は即答した。
無難だ。意外と面白みのない奴だ。などと寺椅は勝手な感想を述べる。
なんと言われても良い。こんな馬鹿馬鹿しい事に脳を使ってどうする。
 それから2人で黙り込み沈黙がその場を支配した。
と言うか私は話し掛けないから、彼が黙ってしまうと途端に沈黙しかなくなってしまうのだ。
私は今度こそとページに踊る字の羅列を追っていた。しかしそれもまたすぐに邪魔者が入ってしまう。
「なんだ?流河が人といるなんて珍しいな」
 丁度良いタイミングとでも言うのか。私はその声の発生源に顔を向けた。
誰かだなんて確かめる必要もない。そこには当然夜神月が立っていた。
こちらに歩いて来た夜神を寺椅が大仰に手を振って迎え入れる。
「久しぶりだな、夜神」
「なんだ寺椅か、久しぶり。そういえば同じ学校なのに全然会わなかったな」
 それから2人は穏やかに談笑する。
元気だったかと言う月並みなものから、最近会った塾の友人の話まで様々に。
同じ部屋で勉学を共にした2人には私には立ち入れない空気と言うものがあって、私は路傍の石にでも姿を変えた様な気分になった。
なんとなく面白くなかった。
 寺椅は夜神と仲が良くなかったと言っていたが、その割にずいぶん話が盛り上がっている。私はそれに更なる疎外感を感じた。
「あっ、そういえば流河と話してたんだけどさ」
 もはや自分は関係ないと思っていたので名前を出された事に多少驚いた。
寺椅は探る様な上目遣いで夜神を見て言った。
「あのさ聞きたいんだけど、やっぱりさっきまで告白されてたの?」
 その話題は賭けの話であることは明白だった。
私の中で焦りの感情が生まれる。
あの様な低俗な賭けに私が参加したなどと夜神に思われたくはなかった。
「そうだけど……」
 どこで知ったのかと夜神は困ったように眉を寄せた。
寺椅は期待を込めた目で夜神を見る。
「男?女?」
「何言ってるんだよ、お前」
 夜神は呆れた様に笑う振りをした。
本当は心底呆れていて馬鹿にしているのが見て取れる。
「いいじゃん!どっち?」
 しつこく聞いてくる寺椅に夜神はやれやれと小さく笑って言った。
「男だったよ」
 その言葉に私は少し驚く。本当に男からも告白されているのか。この男は。
「よっしゃ俺の勝ち!」
 夜神の言葉を聞いて得意げに私に向かって笑う寺椅に「賭けなんかしてたのかと」呆れた笑みを見せる。
 しかし私にはその裏にある嘲りの感情が分かった。
今夜神の中で私はこの低俗な寺椅と同じカテゴリにいる。それがひどく不快だった。
「んで、やっぱり断った?」
 賭けに買った喜びの表情から好奇心に満ちた、というより下世話な顔に変わる。
寺椅の不躾な質問に夜神は軽く答えた。
「まぁ断ったけど……でもそれは男だからとかそういう理由じゃないよ。性格が合わなそうだったから」
「性別じゃなくて性格重視。さすが優等生」
 ちゃかした言い方に夜神が眉を顰めた。
こうして目に見える形で不快を示すと言うことは「性別より性格重視」が真実なのだろう。
真面目に語っただろう言葉を一蹴されて不愉快になっている。
 寺椅がさらに今まで何人男に告白されたかなどと聞いてきた。
その質問は些か調子に乗りすぎだろう。気づいたときには私は口を開いていた。
「寺椅くん。私は夜神くんに用事があるんです。なのでそろそろ彼を貸して下さいませんか」
「あっ、そっか。悪い」
 私の言葉に寺椅はあっさりと引いた。もういい加減この男に辟易していたのだろう。夜神の表情も幾分かゆるむ。
「んじゃ、俺はこれで……ってそうだ。なぁ、流河けー番教えて」
「はい?」
「メルアドもセットで」
 この男にとっては特に理由もない要求だったのだろうが、私は必要外の人間にまで連絡先を教える気はない。それを知っていた夜神がフォローのつもりか口を挟んできた。
「寺椅。流河はあんまり人に番号教えない主義なんだ」
「と言いつつ夜神は知ってるんだろう?」
 それが事実だった為に夜神は一瞬口籠る。しかし寺椅は意外なほどの切り替えの早さで人懐っこい笑顔を見せてきた。
「つまり夜神並みに流河と仲良くなれってことだろ?頑張るぞ、俺」
 楽天的な考えに呆気に取られている内に寺椅は「またなー」と夜神を向かい入れた時のように、大仰な仕種で手を振りながら去って行った。
 『嵐の様な』という表現が似合うそんな男だった。私には珍しい事だが気疲れした。
夜神も同様らしく溜め息を付いてやっと人心地ついたと言う雰囲気だった。
「流河、用があるんだって?いつもの喫茶店行く?」
「えぇ、そうしましょう」
 それだけやり取りして2人で歩き出す。
いつも夜神が先に歩いてそれを私が追い掛ける形になるのだが今日は違った。
夜神がいつもより歩みを遅めて私と並んで歩こうとする。
「さっきはありがとう。一応お礼言っとくよ」
 それは恐らく寺椅を夜神から引き離した事だろう。
「夜神くんこそ、フォローありがとうございます」
「じゃあこれで貸し借り無しだ」
 実に彼らしい言い分だった。
私達にしては珍しい素での軽口はあの寺椅という男の共通の感想からだろう。
「流河は寺椅に気に入られたみたいだね」
「そうですか?彼は君と仲良くなりたかったと言っていましたが」
 こうして私達両方と親しくなろうとする手合いは決して少なくない。
私達は大学ではどうやら目立っている様なので、仲良くなっておいて損はないと皆思うらしかった。
 私の場合そういう輩は何故か生まれた『人嫌い』というイメージで引いていってしまう。
実際私はあまり他人と馴れ合うのが好きではないので結構なのだが、そのイメージを寺椅は物ともしない。
「これを期に友達作ったら?寺椅もそう悪い人間じゃない」
 私が夜神以外の交流をここに残すはずなんてないと分かっていながら彼は言う。
確かに寺椅と言う人間は明るく社交的で、一般的な友人関係を結ぶには良いタイプなのだろう。
しかし……
「もう少し無神経でなければ良いのですが」
「お前が人の事を言えるのか?」
 夜神はとびきりの冗談を聞いたかの様な満面の笑みだった。
こういうあたり彼の性格の悪さもなかなかのものだ。
 これがバレないからこそ男女問わずもてる。
もしバレてしまったら、きっと彼の評判は地に落ちるのだろう。
その瞬間を想像するのは愉しかった。
どうやらそれを知るのは私だけの様だから、私が話せば夜神月が今まで築き上げてきた優等生の仮面は剥がれ落ちてしまう。
 私だけというそのフレーズの微かな優越感に浸る。
もちろん本当に実行したりはしない。利益がないからだ。
「まぁお前の無神経の方がマシなのは事実さ」
「どうしてですか?」
「お前のは仕事だから」
 ぽつりと呟くようなそれは不満げで、とてもましだと思っている様には聞こえなかった。
「けど今の流河は寺椅と同じかな」
「下世話という事ですか?」
 やはり同じ分類をされたのだと自尊心が傷つく。
夜神は小さく苦笑して否定するような仕草をした。
「そうじゃなくてもっと軽い……一般人並の興味を含んだ目になってるって事。
そんなに意外だった?僕が男にも告白されてるって」
 一般人並というのは明らかにフォローの言葉だったのだろうが、それでも少し不快に感じる自分がいた。ほんの僅かでも夜神に個人的な興味を抱いたのが腹立たしかった。
そしてそれを夜神に見抜かれた事も。
「確かに驚きましたよ」
 たとえ腹立たしくてもそれを否定する方がより子供っぽいと感じた私は素直にそれを認めた。
本当はこういう判断の仕方も子供っぽいのだろう。
「そう、なんか嬉しいな。あの流河を驚かせたっていうのが」
 夜神は上機嫌で笑う。これは真実の言葉なのだろうか。
考え込む私を見ながら夜神は大切なことに気が付いたとでも言うように顔をあげた。
「あぁ、でも駄目だ。これって流河に驚かれてる事にならない」
「驚いてますよ」
「違うよ。流河は僕にじゃなくて僕に告白した人に驚いてるだろう?」
 言われれば確かにそうだ。
私は夜神自体にでなく夜神に告白する男がいる事に驚いている。
「それじゃあ僕自身が流河を驚かせた事にはならない」
 心底残念そうに言う。それからぶつぶつとどうすれば驚くのかと呟いている。
あぁ夜神は本当にただ私を驚かせたいだけか。
「あぁ、思い付いたよ。流河を驚かせる方法」
 閃いたとばかりに笑ってきょろきょろと辺りを見回す。
人がいない事を確認して、その上で誰にも聞かれないようにそっと私の耳もとに口を近付けた。
まるで子供の内緒話。
 夜神の意外にも子供っぽい仕種にそれの方が驚くと心の中だけで微笑ましさを感じ、彼もまた10代の子供なのだと思いながら耳を傾けた。

「僕、男と付き合うどころか寝た事もあるよ」

 子供の様な仕種からは予想だに付かない内緒話に私は唖然とした。
その様子を見た夜神が「驚いた?」と聞きながら、しかし答えは必要無いと言う様に私の先をさっさと歩いて行く。
 あまりにあっさりとした態度。
もしかして冗談だったのだろうか?思い付いたと言っていたし。
 下らない事に悩まされる私にまたあの強い視線が突き刺さった。
誰だと反応しようとした瞬間に夜神に「流河?」と呼び掛けられる。
やはり夜神なのだろうか?
「なんでもありません」
 それだけ答えて足を進めると夜神はそれに満足したように笑った。
口端だけを歪めたそれは私を呼ぶようにも嘲るようにも見えた。
というわけで連載ものを始めました。
今更に大学生な2人の話です。
オリキャラ寺椅が目障りですみません。
寺椅君の名はデスノ式あり得ない当て字(以下略

よろしければしばらくおつき合い下さい。



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