終焉
不思議な事に、今日になって突然あの不躾な視線が止んだ。大学や通学路で僕を苛んでいたそれが消えた事に少しの安堵と不安を味わう。
理由の解らない行為が理由なく終わるなどという不自然なことが考えられないからだ。
ならばどこかに行為の止んだ原因があるはず。しかしそれを僕は特定する事ができなかった。
何かしらの要因を探ろうとすれば流河に行き着くのだ。
昨日の流河の寺椅に関わるなと言う言葉が関係しているように思えて仕方がなかった。
それほどまでに不自然だった。
その不自然さを嬉しく感じる自分の不自然さも嫌だった。
明らかに僕達の関係からは生まれないはずのやり取りだった。
がやがやとした雑踏の中ではまとまる考えもまとまらなそうだな、と僕は頭を振って思考を止めた。
周囲の喧噪は賑やかを通り越して酷く五月蠅い。
殆ど来る事のない繁華街を僕はリュークをつれて歩いていた。
僕にとっては煩わしいだけの喧噪もリュークにはそうでないらしく、初めて来た時と同じように興味津々で周囲を観察している。
「リューク、あまりうろちょろするな。間に合わなくなるだろう」
腕時計で時間を確認しながらリュークにしか聞こえないような小声で言う。
リュークは僕の言葉に主人に従う飼い犬のようにあっさり戻ってきた。
物珍しい都会の喧噪よりもこれからする事の方が楽しみなのだろう。
「別に危ないことはしないけどね」
期待しているだろうリュークになんでもないことだと釘を刺す。しかしリュークは首を振った。
『町の見物よりお前が危ない目にあった方がスリルがあるだろ?』
珍しく異界の住人である様子を見せるリュークに僕は小さく笑う。
「悪趣味」
でもそれがリュークらしいと僕は思った。
あの日寺椅に連れられて歩いた繁華街を今度は自分の意志で歩く。賑やかな喧噪が絶えない表通りから静かだが気味の悪い裏道へ。
向かう先はあの時と同じ雑居ビルだ。
寺椅から貰った情報からあの麻薬取引はそこそこに大きな組織が関わっていると解った。そのトップである男の名を寺椅から、顔写真を警察から拝借した僕はその男を殺す前に一手間掛ける事にした。
この男を殺すとその下についていた者が離散してしまうだろう。
敵を叩くなら頭からとはよく言うが僕の場合そうと言えない。バラバラになっては始末するのが面倒だからだ。だからそうなる前に全員始末する。
その為には末端の者までの顔と名前が必要だった。
キラの名で標的である男に連絡を取り組織全員の名前と顔写真のリストを渡すように指示をした。
犯罪者を見せしめに殺してやればすぐに信用してリストの作成を承った。
もっとも最たる理由は協力すれば見逃してやるという甘言だったのだけれど。
『でも殺すんだろ?』
「当たり前だよ、リューク。ここで逃がしたら本末転倒だ」
『見逃す約束は……』
死神のくせに律儀な事を言う。僕は少し情けなそうな表情に見えるリュークの言葉を鼻で笑った。
「犯罪者に誠意を示しても意味がないだろう?」
それも自分が助かるために人を売るような卑劣漢を救うなど馬鹿馬鹿しい。
『ライトひでぇー』
全然酷くだなんて思っていない、むしろ軽い調子でリュークは笑った。
目的地である雑居ビルに着くと僕は適当に部屋を取った。標的が来るまでの隠れ場所だ。
受付では相変わらずの店の主人が不機嫌そうに座っていた。警察の手からは逃れたらしい。
強かな老人だ。
運良く標的に指定した部屋の近くが取れたので足取り軽くその部屋に向かった。
寺椅と来た時のような虚脱や迷いはない。今はあの時とは違う。今度は理由がちゃんとあったからだ。
部屋について窓を覗いてみると通りの向こうから物々しい一団が現れた。
標的と知って知らずほくそ笑む。
あとは彼が一人きりの時に殺し、リストを回収すれば終了だ。
ベッドに腰掛けてその時を待とうとすると、突如ポケットの中の携帯が鳴り出した。
驚いて着信を見るとディスプレイには流河の名前がある。
なんていうタイミングだ!
僕は動揺に震える手を何とか押さえながら携帯の着信ボタンを押した。
「どうしたんだ?流河」
何事も無かったかのように装って電話に出る。
流河は本当に他愛無い会話の始めのように「こんにちは」と相変わらずのトーンで言った。
「夜神くん。今どこにいますか?」
唐突な質問に一瞬だけどう悩むか逡巡する。
だが正直に言うわけにはいかない。適当に答えてしまえと口を開いた瞬間、竜崎がにんまりと電話向こうで笑うような感覚を覚えた。
「答えなくていいですよ。知ってます」
「な……!」
「あのビルにいますね。二度とあんな真似はしないんじゃなかったんですか?」
流河はどうやら僕がまた男と寝るためにここを取ったと考えているらしい。
まぁ僕はそれ以外の目的でこういう場所に来た事がないから仕方ない。
「それはお前を相手にしないって事かも知れないだろう。それより何故僕の居場所を知っている」
流河の質問は適当に誤魔化し――どうして誤魔化したのかは自分でも良くわからない――僕は逆に流河に問いかけた。
それに対して流河は酷くあっさりと答える。
「君に尾行を付けてます」
「この間は付けてないって!」
その言葉を信用して打ち明けたのにと驚く僕に、流河は白々しく落ち着いてくださいなどといった。
「ご安心を。付けたのは今日からですよ」
それが本当だとしても、ならばどうして今日になって視線が止んだのかと疑問に思う。
以前からのを含めればむしろ増えているという結果になるはずなのに。
「以前のは追い払ったというか、勝手に消えたというか」
説明するのが面倒くさいと言っているようだった。だから僕は勝手に想像する。
恐らく僕を以前から尾行していた相手は流河の手の者を見て尾行を取りやめた。
それが流河の部下を恐れてなのか、流河の部下を自分の仲間と思ったのかは分からない。
後者であればそいつらはずいぶん杜撰な管理の下で僕の監視を行っていた事になる。管理というよりは手の空いた者がやっている。その程度。
「だが尾行されてる風には感じなかった」
「夜神くん、それは愚かな質問です。私が素人に分かるような其れを使うはずが無いでしょう?」
羞恥に頭に血が上る。馬鹿にされたと携帯を握りつぶしたくなるような気分だった。
「さて、夜神くんにはとりあえずそこから出てもらいましょう。もうすぐそちらに着きますので」
迎えに来たという男に僕は思考をめぐらせた。
近くの部屋ではそろそろ標的が死ぬ。そんなところに居合わせたくない。
しかし奴に持ってこさせた犯罪者のリストには未練がある。
死んだ後さり気無く獲ってから流河の元へ行くか?
あの部屋の鍵は手の内だ。奴は鍵を閉めて死ぬはず。そうノートに記してある。
だったらバレはしない。
迷った挙句僕は標的の死体の眠るあの部屋を素通りした。
結局疑われる事と天秤にはかれなかった。今回は完全に流河にしてやられた。奴が僕に尾行を付けた事に気付けなかった。それ以上に様々な事があって流河のことをあまり考えずにいた。
常に心の端に留めておかなければならない、Lという存在なのに。
いや、流河の事をまったく考えなかったなんてそんな事はない。僕は考えていた。
流河の答えの事や寺椅について言及された意味とか。
そこまで考えて僕は愕然とした。それは流河の事をLとして考えていない。
ギシギシとしなる廊下を歩きながら唇を噛む。
妙に悔しいようでイライラした。
『残念だったな』と慰めるような言葉を表面的にだけ死神が言った。きっと流河に計画を邪魔された事についていっているから、的外れではあるのだけれど。
汚い扉を開くと外では宣告通り流河が立っていた。
僕は竜崎を睨んで言った。
「尾行をつけるなんて最低だ」
「いつもの事でしょう?」
僕の抗議も軽く流してしまう。常に監視をする流河にとっては確かに尾行なんて大したものではないのだろう。その理屈を知っていても、勝手に探られるのを許容するわけが無い。
「特にキラに進展もなさそうだったのに突然だな」
「今回はキラとは別に心配事がありまして」
嫌味に返された言葉にそれは僕がこうしてここにいる事?と問いかけようとした。
だがそうする前に第三者の声が会話を邪魔する。
「心配事って俺?」
声のした方を振り返るとそこには寺椅の姿があった。
何故ここにいるかと問いかけようとする前に僕と寺椅の間に流河が割り込んでくる。
目の前で僕を隠すように寺椅から立ち塞がる流河の姿を僕はとても奇異に感じた。
「どうしてここに?」
僕がしようとした質問を流河が口にする。寺椅はにっこりと、こんな寂れた場に似つかわしくないくらいの笑顔で答えた。
「夜神が尾行されてるって聞いて。今の会話だと、犯人は流河?」
真実であるそれに僕も流河も押し黙る。寺椅は人のよさそうな笑みを一気に崩した。にんまりと口端で少し下品な笑みを見せる。
「流河もそんなことしたのか……これはどう考えればいんだろうな。俺と同じってこと?」
「貴方と一緒にしないでほしいですね」
きっぱりと流河が反論した。寺椅は驚いたように目を少し見張る。
僕自身も驚きを持って流河を見た。流河はいつも飄々としていて(というより他人には興味が無くて)こうして僕以外にはっきりとした拒絶の意見を言う事はない。
「言うね、流河。でも俺、流河のそういうところ嫌いじゃないよ」
素気無い態度を取られても寺椅は気にしてはいないようだった。
それを見てリュークがふうとため息をつく。
『本当にこいつはすごいな。俺なら流河になんて付き合ってられない』
空中に浮きながら頬杖をついて呆れる死神に僕は微かに笑う。
死神の癖にきっとリュークは僕や流河より人間らしい。それが酷く悲しかった。
「寺椅くん、自粛するんじゃなかったんですか」
「うん、カメラとかはしてないじゃないか」
「こうして目の前に出てきた事は?」
「流河が動いたからさ」
僕には交わされる二人の会話の内容が見えてこなかった。
ただキラ捜査以外には良くも悪くも興味を抱かない流河と寺椅の間に、共通した話題があること自体が不思議だった。彼らは僕を無視して会話を進める。
「もう流河にもバレてる……けど流河も尾行してたんだから同じ穴の狢だ。だったら一歩先を行く」
寺椅の流河も、という言葉に引っかかっりを覚えた。
その言葉のとおりならやはりあの視線の正体は寺椅だった事になる。
信じられない気持ちがあるがそれ以上の虚脱感が僕を襲う。結局こんな事なのかと自分の現状に呆れた。
僕を無視した会話はさらに続く。
「私と張り合う必要ないでしょう」
至極当然な言葉を言う流河に寺椅もまた至極当然な言葉で返す。
「ないの?流河は何の目的で監視すんの?」
それは捜査のためだ。月は分かっていたが寺椅に説明する事はできない。
しかしそれ以上に気になったのは流河の表情の方だった。監視は捜査という仕事でしかしていないのだからもっと堂々としていればいいのに。妙に後ろめたそうな表情になるのはおかしくないだろうか。
「俺は夜神の弱みを握りたい。だから面白い話はないかって監視をする。普通だろ?流河は?お前も夜神の弱みを知りたいんだろ?」
「違います」
矢継ぎ早にされる質問を流河は即座に否定した。それにも月は可笑しいと思う。流河が僕を監視する理由はただひとつ。キラについてだけ。
そしてキラは僕の弱みだろうと踏んでいるから監視をしている。
「私は……」
言葉を躊躇する流河に不安が募った。変だ。そういう風に戸惑うような人間ではないだろう?
不信がる僕といつに無く歯切れの悪い流河を前に寺椅が口を開いた。
「夜神を傷つけたくなかった」
「は?」
思わず変な声を出してしまったのだが仕方が無いだろう。
寺椅の言葉は僕にとって意外すぎて如何したら良いのか分からない。
肝心の流河を見ようとしても、彼はそっぽを向いて僕に表情を見せなかった。それが逆に分かりやすく僕に真実を教える。
「まったく……天才流河旱樹も結局って感じだよな。全てにおいて完璧な夜神月にはかなわない」
「完璧なんかじゃないよ、普通だ」
「そんな事いって完璧なのが夜神だろ?」
寺椅は聞く耳を持っていなかった。
寺椅はぎろりと僕を見た。にらむ姿を醜いなと直感的に感じた。
「なぁなんでお前ばっか良い目見るんだ?頭が良くて?運動神経良くて?美形で?皆に愛されてます?んな話ある訳ないだろ!?ムカつくんだよ!」
イラついた調子で告白されたそれに僕は呆気に取られていた。
「それだけ?」
僕の小さな呟きに流河も同意する。
「夜神くんは何もしていないじゃないですか……」
「うん、逆恨みだよ。でも嫌いだ。吐き気がするほど」
激昂したと思ったらすぐにけろりとして言う。酷く情緒不安定な男に僕は本能的に寒気を感じた。
「流河はいいんだよ。変人だから、我慢できる。でも夜神は駄目だ。ムカついて仕方ない」
変人と鸚鵡返しに流河が呟くのを聞いて場に相応しくないが少し笑いそうになった。
本当に僕と流河にはその程度しか違いが無いのだ。表面的な態度の差。
大抵の人間が流河を偏屈でとっつきにくいと思い僕を人当たりが良いと感じるそれが、寺椅にとっては違ったということか。
いや、同じ様に取ったからこそ僕が気に入らなかったのだ。
優等生が気に入らない。それがエスカレートした姿が寺椅だったから。
そして僕は寺椅に逆恨みされたというこの状態に、何故か心が浮き立った。
自分でも変だとは思うがこの感覚はアレに似ている。
誰かと寝た後の失望される感覚だ。
「もう、気にしない。徹底的に痛めつける」
いったん言葉を切った寺椅はぱっと表情を明るくした。
「2対1で何が出来ますか」
流河は寺椅の言葉を鼻で笑った。
実際僕も流河も運動神経は悪くない。寺椅も人並みの体力と腕力は持っているだろうが人数的にかないはしないだろう。しかし寺椅は自信満々の表情で手を叩いた。
乾いた音が周囲に鳴って、それに反応して脇道や物陰から何人かの絵に描いたような不良が現れた。
それを見回して流河が呆れた声を出す。
「ずいぶんなお友達ですね」
「仕込みは万全ってね。まぁこんなに揃ったのはそこのビルに今友達の一人がいるからなんだけど」
もしかして今夜の標的の事だろうか。
そう思ってみれば現れた取り巻きの一人が標的の連れてきた男と重なった。運が悪い。
一気に形勢を逆転させた事に寺椅は笑った。
「流河は助けるよ。これからお友達になるからさ」
「夜神くんを傷つける友達はいりません」
「はははっ!本当流河は夜神ばっかりなのな!」
すげなく答えた流河に笑った寺椅がぐっと身体を引いて僕に向けて拳を振った。
それを合図に周囲の取り巻きも動き出すのを視界の端に捉える。
その振り上げられた拳を受け止めようと腕を前に出すが僕の手が衝撃を受け止めることはなかった。
受身に失敗したわけじゃない。
寺椅の一撃を受けたのは流河の腕だった。
「流河!」
驚きの声を上げる僕をよそに流河は寺椅の身体を蹴りで払う。
痛みに呻き声を上げたが寺椅もそんなに弱くは無い。もう一度と僕に向かってくるのを僕は自分のこぶしで阻んだ。思い切り顔を殴ってやると、寺椅は僕の一撃と同時に流河からも腹部に鋭い蹴り上げを受けていた。
「がぁっ」という血を吐くような声と共に勢い良く倒れる寺椅に取り巻き達が一瞬戸惑ってたたらを踏んだ。
それでも再度(今度は流河も標的に入れて)僕らに向かってこようとしたが、大人数の足音がそれを止める。
その音は人がこちらに確かなスピードを持って向かっている証拠だった。
「先ほど警察を呼ばせていただきました」
蹴り倒した寺椅を踏みつけながら流河は堂々と警察を厭う不良達に向けて言い放った。
「いつの間に」
僕の疑問は当然の物だった。一緒に行動していたはずなのに流河が誰かに連絡を下様子が無かったからだ。
「企業秘密です」
軽口を言うと流河は勢い良く僕の腕を掴んだ。強く握られて戸惑っている間に彼は駆け出す。
戸惑っていたのは周囲を取り巻いていた不良たちもそうで、僕達の唐突な動きに対応する事が出来なかった。僕らはまんまと不良たちの間を抜けて開けた道へと出る事が出来た。
「さて、安心する前に逃げますよ」
「不良から?」
個人的に逃げるのは好きじゃないのだと、そういう意味合いを含めての問いかけだった。たぶん流河は理解しているだろう。しかし腕を掴んだまま走って僕を引っ張る男は惚けた顔をしていった。
「いいえ、警察からです」
悪い事をしていなくても呼んだのが自分達でも警察から逃げなくてはいけないらしい。
僕らはもう悪目立ちするのも構わずに裏道を走り抜けて繁華街へと向かう。だんだんと増えていく普通の人々に僕らの走るペースも遅くなっていく。人に紛れる様にだんだんと歩くペースに変化する。
ようやく落ち着いたというころあいに僕はぼそりと言葉を発した。
「寺椅はどうして……」
「本人も言っていたでしょう。ただの嫉妬ですよ」
あっさりと流河は言った。
確かにただの嫉妬だったけれど、優秀だからというそれだけの物ではない。優秀なだけなら流河も対象に入る。彼が嫌なのは完璧というただひとつだった。
ふざけた事を、と思う。
勝手に僕を評価して勝手に苛ついているのだ。
本当に皆勝手だと思う。僕は普通にしているだけなのに理想だとかそんな事を言う。
寺椅なんて僕があんなにも乱れた生活を送っていたと知っていてもだ。
どうしてそこから完璧だなんて言葉が導けるのか。
昔クラスメートの女の子が何気なく言った言葉を思い出した。
人間じゃないみたい。
本当にふざけてる。
この隣に居る僕以上に現実離れした流河ですら人間でしかないのに。
寺椅も僕より流河を人間らしいと評価する。
納得しがたい表情で居たからだろう。流河が僕にそっと話しかけてきた。
「寺椅があぁなってしまった理由も分かります。認めたくは無いですが同じ様に私は君を思って居る」
「流河が?」
なんとなく、嫌な予感がした。
寺椅の僕に対する評価は理解しがたいし嫌悪を抱く。それを流河は理解できるというのだから。
「夜神くんは完璧ですよ。いえ、私の理想と言って良い」
「何を馬鹿なことを言っているんだ?Lが」
見下すように吐き捨てた。そうせざるを得なかった。
Lという敵対者の癖に僕に理想という言葉を使うのは許されないはずだ。
「でも理想なんです。だから私は貴方を助けたいなどと思うのでしょう」
「……本当に馬鹿だ」
Lの癖にこんな事を言う。
いや、それよりも流河の僕の評価が気に入らなかった。
寺椅と同じ様に完璧だと評する。寺椅と同じ様に僕のことを知っているのに。
むしろ誰よりも浅ましく接したというのに。
「帰るよ。流河」
「家にですか?」
「当たり前だ」
流河に背を向けるように駅の方向を向いた。
「送りましょうか?」
「必要ない」
今までと変わらない流河の接し方も僕にとっては気持ちの悪い物へと変化してしまった。
流河だけはきっと馬鹿なことを言わないで僕に対して接すると思っていたのに。
流河だけは違うと思っていた。
馬鹿だったのかと自嘲しながら僕は流河を雑踏の中に置き去りにして駅へと向かった。