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沈むソファ




「月くん。君が好きです」



Lの口から吐き出された言葉に、僕としたことがしばらく呆然とした。
いったいこいつは何を考えてるんだろう。
そこで思考がとまる。
「大丈夫ですか?月くん」
 黙ったままの僕に近付いて目の前で手を振る。
分かりますか?なんて嘯く。うるさいな、こっちはびっくりしてるんだ。
 成りゆき上、二人きり(本当はリュークもいる)になってしまった捜査本部。
僕は高値そうな1人掛けのソファにゆったりと身を任せた。
体が少しだけ沈む。
「竜崎」
「はい」
「それはどう言った意図で発せられた言葉だ」
 思わずストレートに言ってしまう。
いつもの僕なら、もっと竜崎の考えを辿り先を読んだ言葉を発するのに。
それだけ動揺していると言う事だろうか。
いや、普通同性に「好きです」なんて言われたら動揺するだろう。
ならこれは普通の反応だ。普通の反応をかえすのは疑われないために重要だ。
今回は不本意ながら素の反応だけれど。
「特に意図はないんですが、いつ死ぬかも分からないので……言っておこうかと」
 竜崎は特に表情をかえず(いつもそうだが)普段の会話と同じような調子で話す。
その表情を崩してみたい。と僕はよく思っている。
「……僕も友人として君が好きだよ」
 普段の会話と同じような調子で僕もかえした。
「無難な答えだな」と脳みその中の僕が言った。そして真っ黒な死神も同じ事を言う。
『お前にしては普通の答えだな』
 黙ってろよ。まだ状況についていけてないんだ。
竜崎は僕の目の前にある机に座った。あのいつもの座り方で。
捜査資料を尻の下に敷くなよ、仮にもLだろう。そう思うが言葉にはしない。
 竜崎はそのまま僕のことを見つめる。暫くしてから、やっと次の言葉を発した。
「私も友人として君が好きですし、また違う意味でも君のことが好きです」
 違う意味ってどういう意味だよ。そう問いかけようとするのを竜崎の言葉が遮る。
「色々あるんですよ、月くんに思う事って。それをひとまとめにすると好きと言う言葉が一番見合っているかと思ったんです」
 僕だって竜崎……Lには色々と思う事がある。ひとまとめにするなら嫌いが見合う言葉だ。


彼はLだからキラたる僕の敵だ。
入学式の時の屈辱は忘れないし、 普段の態度(過度の視線、とくに時々あらわれる揶揄するような視線)も嫌いだ。
見ているこっちが気持ち悪くなるくらい甘い物を食べ、甘いにおいをまき散らし
捜査資料もまき散らし、その上に座り込んでしまう無神経さが嫌いだ。



「月くんは私を嫌いでしょうが……」



 竜崎のタイミングの良い言葉に、一瞬思考を読まれたか?などと言う非現実な思いが浮かぶ。
表情はいつものポーカーフェイスで通していたが、内心は少しどきりとしていた。
こういう聡いところも嫌いだな。改めて思う。


「私は君が好きです」


 暫くの沈黙。今度のはこちらが意図した沈黙だ。キリの良いところで僕は言葉を発す。
「ありがとう。好意的に見られているのはやっぱり嬉しいよ」
 にっこりと笑顔を付けてそう言ってやる。
彼はLなのだからこちらからも好意を抱かせるような態度を取らなければ。
最初にこう言った態度をとれなかった事が悔やまれる。
何を動揺していたのか……そう小さく自嘲する。





だって恋愛の好きかと思ったんだ。
 



 その思考に行き着き、僕は自分を叱咤した。



 何を考えているんだ!
「愛してる」じゃないんだ。恋愛とは限らないじゃないか。 
事実竜崎も「いろんな気持ちをひとまとめにして」と言っている。
どうしてまず恋愛が出てきたんだ。
普通友人としてとかだろ!
 思考の渦に巻き込まれた僕に竜崎が近付いた。顔が近い。
考えていたことと相まって思わず赤面する。
動揺するな、自分。



 僕が身を寄せていたソファがさらに深く沈んだ。
おおいかぶさる竜崎の体重がそうさせたのだ。
ソファと同時に沈む僕の身体。降りてくるのはあいつの顔だ。
唇に何かが一瞬触れる。


「そういう可愛いところも好きです」


 ソファと僕の意識は同時に浮きあがった。その台詞はなんだ!?
竜崎はすでに立ち上がりドアの方に向かって歩き始めている。
今何をした!怒鳴り散らそうとする僕の意識をドアノブがたてる金属音が邪魔をした。
父さん達が帰ってきたのだ。なんて良いタイミング。
 怒るタイミングを逃した僕に竜崎はちらりとこちらを伺った。
その口元に浮かんだ笑みに僕はさらに怒りを蓄積する。


こいつ、計画的犯行か!


屈辱的な出来事だ、絶対に忘れられない。
キスされたことも、まず恋愛に行き着いた自分の思考も。



本当に僕はこいつが嫌いだ。





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嫌い嫌い言ってますが無自覚ゆえということで。




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