ソファ裏の心理
私は夜神月が好きだ。
彼は私が好む事象そのものを体現している。
私の好きなもの。
それはシンプルである事だ。
それに附随して、複雑なものを解きあかしシンプルにする事も好きだ。
絡み合った世界を自分の手で私が好む「シンプル」に変えていくこの作業は言い知れぬ快感をもたらす。
夜神月は美しい人間だ。
私は物の美醜にはこだわらない性質だが好みは存在する。
きらびやかな金細工の美しさを理解する心はあるが、それは私の趣味ではない。
その点彼の容姿は実に私好みだと言える。
彼の美しさはシンプルな美しさだ。
均整のとれた理想的な身体。
顔には無駄なものがなく、その配置も見事だ。
無駄なものがなく整理整頓されている。私の好むところだ。
彼が捜査の対象で良かったと思う事がある。
四六時中監視するのだ。
俗な感情だが醜男や醜女を見るよりは美しく整ったものの方が見てて不快にならない。
もちろん容姿に影響されるような愚かな感情は持ち合わせてはいないが。
さらに夜神月は頭の良い人間だ。
彼と私の会話はお互いさぐり合い、実に複雑に絡み合う。
解きあかす事が好きな私には実に楽しい時間だ。
彼の思考を追い探り暴く。
彼がキラだとかそう言った事とは関係なく、彼の複雑をシンプルに変えていく。
その作業は本当に愉しいものだ。
そして複雑な対話の中に見えかくれする彼のシンプルさ。
彼は私を敵としか思っていない。
自分以外の者を敵と味方でしか判断していないかのようだ。
味方……ではないな。
訂正、敵とその他だ。
彼は世界に敵とその他と言う実に単純な判断をくだしている。
世界はそこまで単純ではない。私は複雑である事を知ってしまっている。
だがそれを単純な2択で切り捨ててしまえる彼は幼いがとても好ましい。
そして彼はキラの容疑者だ。
キラは許せざる犯罪者だがその行動思考のシンプルなのは気に入っている。
犯罪者は殺す。邪魔者は殺す。実にシンプルだ。
悪人をすべて殺せば世の中は平和になると言うその理想も
実に幼稚ではあるが、単純で悪くない。
そんなキラが彼かも知れない。
それは私をひどく高揚させる。
捜査本部にて彼と私の二人だけになった時(自分が指示したのだから意図的な二人きりと言える)に、私はそれを言葉にした。
「月くん。君が好きです」
言葉にするとひどく陳腐な気がしたが、それを聞いた彼の反応で不満をおさめる。
彼は呆然としている。彼らしくない、意外な程素直な反応だ。
もっと穿ったものが返ってくると思っていたのだが……
「大丈夫ですか?月くん」
近付いて、目の前で手を振る。ふざけたような態度に、彼は心の中で怒っただろうなと思う。
決して顏には出さないが。
暫くして緊張した空気が、ソファと彼の沈む衣擦れの音でゆっくりとほどけた。
「竜崎」
「はい」
「それはどう言った意図で発せられた言葉だ」
「特に意図はないんですが、いつ死ぬかも分からないので……言っておこうかと」
淡々とした会話。しかし私達には珍しい、相手を探らないでの会話だ。
こう言った普通の会話はもしかしたら初めてかも知れない。
「……僕も友人として君が好きだよ」
彼にしては無難な答えだ。いつもほど頭がついていっていない。
私の言葉に動揺したのだろうか?私に翻弄される彼を見るのはひどく楽しい。
私は彼の表情を間近に見たくなり、彼の目の前の机に座った。
捜査資料を下敷きにしたが、私は内容をすべて覚えているしマスターデータは保存してある。
只の紙屑だ。
だがその行為が彼には気に食わないのだろう。一瞬だが眉間にしわがよったぞ。
もっと演技は完璧にし、私に好かれるように振る舞え。仮にもキラ容疑者だろう。
「私も友人として君が好きですし、また違う意味でも君のことが好きです。色々あるんですよ、月くんに思う事って。それをひとまとめにすると好きと言う言葉が一番見合っているかと思ったんです」
一気にまくしたてるのは彼に口を挟む隙を作らないためだ。
私のこの言葉に何を考えているのだろう。
夜神月はおそらく私のことなど嫌いだろうから。
「月くんは私を嫌いでしょうが……」
わざと言ってやると彼はまた動揺したような気がした。ああ楽しい。
「私は君が好きです」
暫く沈黙があった。その中で空気が微少に変化するのを感じた。
夜神の表情が変わったのだ。残念ながら彼は複雑な夜神月に戻ってしまったらしい。
「ありがとう。好意的に見られているのはやっぱり嬉しいよ」
にっこりとあの嘘笑顔を付けてそう言われる。
もう一度シンプルな夜神月にしてみたい気がした。
実に楽しい方法が思い付いたが、後がめんどくさそうな気もする。
あぁそういえばそろそろ他の捜査員達が戻ってくるはずだ。
逃げ道はあるな。
実行を決めて彼の方に近付く。
至近距離で見つめた顔はやはり美しかった。
彼はそこまで近付いて、やっと私の接近に気付いたらしい。
動揺し、ほおが薄紅の色を纏う。
ソファに乗り上げると、彼の身体が沈んだ。
おおいかぶさり、そのまま唇に向かう。
触れたのは一瞬。
柔らかいな。この感触も好きだ。
夜神の方は呆然としている。幼げな表情だ。
「そういう可愛いところも好きです」
そう言ってそうそうに退散する。
いつまでもそばにいて殴られでもしたら面倒だ。
そろそろドアの向こう当たりに捜査員が来ているはずだ。
後ろの方で夜神の立ち上がった音がする。怒り出すな、と思った瞬間ドアが開いた。
ナイスタイミングです。夜神さん。
振り返って夜神月を見遣ると、彼は不機嫌な表情をしていた。
どうやら彼をシンプルにするのに成功したらしい。
思わず笑みがこぼれる。
あぁ、彼を紐解くこの作業のなんと言う愉悦。
本当に私は彼が好きだ。
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Lバージョン。
つまるところどれだけ月が好きか駄々漏れてるだけ。