そしてその時はコーヒーを二人で
人工的に作られた冷たい空気が当たりを取り巻く。
突然の休講であいた時間を、私と夜神月は喫茶店で潰していた。
彼が気に入っていると言い私をつれてきた喫茶店の、例の死角の多い席で私達は会話ゲームに興じる。
私の目の前には乳化剤でずいぶんと薄い色になったコーヒーが置かれている。
私達がコーヒーを頼むと、店員は心得たように何個もミルクポーションを置いていった。
それを見て夜神は苦笑した。
「覚えられてるね」
夜神はそれを不快に思っただろう。顔に出てなくても分かる。
彼はとても世間体を気にする男なのだ。
私のような常識知らずのような存在と同席などしたくはないと思っている。
「普通の座り方しないの?」
今さらな質問を彼は投げかけた。
直したところで店員に覚えられているのだから意味はない気がするが……
「そこにさ……」
彼は長い指をピンとのばして私の後方を指差した。
その指が示す先を自然と眼で追う。
そこには喫茶店には不釣り合いな3、4才の小さな少女が座っていた。
どうやら親と共にやって来たらしい、その少女が私の眼に映ったのを確認すると彼は口を開いた。
「小さい子がいるだろ?流河を見て真似をしたら行儀が悪いじゃないか」
それだけの理由で私の推理力を低下させろと……?
「悪い真似をしたら親が叱れば良い事です」
そう言うと彼は呆れた表情を見せた。
私は変な事を言っただろうか?教育をするのが親の仕事と言うものだろう。
そして子供とはそうやって学んでいくものだ。ならば問題ない。
「反面教師だとでも言いたいのか?……他人にいらぬ迷惑をかけるなよ」
「私は人の迷惑になるような事はしていませんよ」
実際椅子の上に座る時は靴を脱いでいる。泥をソファに擦り付けるような真似はしていない。
店員に対し迷惑をかけていないと言う私の主張に、彼は冗談でも聞いたような表情を張り付けて笑う。
「じゃあ僕に対しては?君の行儀の悪さに全く羞恥がないわけじゃないんだけど」
「物理的迷惑ではないので慣れて下さい」
即座に言い返すと彼は小さく笑った。最初よりは慣れたけど……と苦笑する彼の目が少し瞠られた。
ガタッという音が私のすぐ後ろで響く。振り返ればすぐ近くで、先ほどの少女が床の上に倒れこんでいた。
退屈な親の話に飽き、店内をうろうろでもしていたのだろう。
足を床に滑らせ転んでしまったらしい。
少女の表情は丸めた紙のようにくしゃっとすぼまれた。泣くな、と私は思った。
これから起こるであろう騒音に備え、耳の意識を遠ざける。
しかし予想された泣き声は響かない。
少女の前で夜神月がしゃがみ込んでいた。
意外な事に彼は少女をあやし、ポケットから取り出したきちんと折り畳まれたハンカチで彼女の目尻にたまっていた涙をそっと拭き取った。
少女は夜神の手に導かれゆっくりと立ち上がった。屋内なのでとくに傷はない。
少女は夜神に小さく笑う。彼も少女に笑いかけた。
今まで見た事もない。穏やかな微笑みだった。
やって来た母親と二言三言交わし、彼は席に戻った。
その間、ずっと私は彼の表情を追っていた。
私に見せた事のない表情。
穏やかな表情は彼の鮮烈な美貌をやわらげ、宗教画の天使や聖母を彷佛とさせた。
たかだか表情一つで、ここまで印象が変化する。その事実に驚いていた。
視線に気付いた彼は私に笑いかけた。
いつもの自信に溢れた、傲慢ささえ覗かせる表情。
「何を見ていたの?」
「意外な行動でしたので。夜神君は子供がお好きなのですか?」
すべてを見下して生きるお前の事だから、煩わしいと感じていると思った。
「嫌いじゃないよ……流河は嫌いなの?」
「身近に子供がいる事などなかったので……どう対応して良いか分かりません」
私は外に出る事が極端に少ない。外界に興味がなかった。
喫茶店だって、彼と出会う前はほとんど入った事はなかった。
わざわざ口に合うか分らないというリスクを考慮して店に行くより、ワタリに頼んだ方が早いし旨い。
合理的だ。
「夜神君は子供に冷たい方だと思っていました」
率直に告げると彼は心外だという表情をした。
どこまでも真っ黒なブラックコーヒーを一口飲んで、ゆっくりと口を開く。
とても弱い存在なんだよ
守ってあげなきゃいけないからね……
まだ判断力もないし……
自分の身を守る事も出来ない
そう語る彼は先ほどの少女に対する笑みと同じように穏やかな笑顔だった。
彼の今までの印象にそぐわない慈愛に満ちた表情。
私にはけっして見せなかった表情。
だが先ほどの少女に対してのものを見た時より違和感はない。
悪いものを見せないようにして
上から導いてやって……
つまりは見下しているのだろう?
微笑む彼にキラの姿が重なった。
キラにとって彼にとって人々は守るべき慈しむべきものなのだろう。
犯罪者を殺しつくし、大事に大事に守ってやっているのだ。
箱庭を作り人々より一段高いところから見下ろしている。
少しの安堵。やっぱりお前は私と同じ高さの人間じゃないか。
高いところから私は無関心を。
お前は憐れみを……
そう。お前は私に笑いかけない。
同じ高さの人間だからだ。
私もそんな微笑みを欲しいとは思わない。
だから私はお前を引きずり落とそう。
うち負かし、すべてを暴き、突き落とす。
そうしてお前は誰かを見下す事も出来ない。
お前が憐れんできた人々と同じ地平に立たせて。そして
そして私も君の元へ飛び下りるのだ。
同じ地平に立って、人工的な空気が満たしたこの喫茶店の死角の多いこの席で
真っ黒と薄茶のコーヒーを片手に対等に笑いあう。
二人だけではない世界で、よりいっそうお前を感じたい。
ひとの世界で二人で共に生きたいのだ。
そんな下らないと一蹴したくなるような真摯な思いも、
お前だけが私に感じさせるものなのだから。
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カプというよりL+月になってしまった。
L脳内プロポーズ