あなただけ
閉ざされた冷たい空間は僕の神経をひどく尖らせる。
牢屋の中には人工の光しか差さない。うすぐらい、部屋。
こうやって監禁状態となってからどれほどの時間がたっただろうか……
すでに時間の感覚も無い。
ただ、Lが一日一回会いに来ているようなので、日にちだけは何となく分かっていたのだけど。
Lがやって来た回数を指折り数えていたのだが、ある日それにも飽きた。
Lがくれば今が昨日でない事が分かる。
Lは僕の体内の日付けが今日になるための指針だった。
眠りから覚めて、しばらくぼんやりとする。
キラでない事の証明のためとは言え、やはり精神疲労がある事は拭えなかった。
牢に移動してからは、両手足の拘束のせいでベットの上に縫いとめられたままだ。
牢の中を歩き回る事すら出来ない。退屈。
しばらくすると、鉄格子の間からLが現れた。
手にした鍵で牢を開けると、いつも変わらない服と姿勢でこちらを見遣る。
そしていつもの一言。
「御機嫌いかがですか?」
想像したのと全く同じ台詞を言うので、思わず苦笑がもれた。
「竜崎、ここにくる度にそれ言ってるけど……」
「そして月君はいつも『別に悪くは無いけど良くも無いよ』と答えます」
いつものやり取りを指摘するだけ。だがそれは珍しく変化のある会話だった。
いつもと違う会話だったからか、僕はいつもの返事とは違う言葉を発する。
「……そろそろ退屈にも退屈してきているよ」
はじめの内はリュークのおかげでたいした苦痛はなかったが、リュークも最近はここにいるのに飽きてしまっている。よく僕をおいて外に出てまう。今もここにはいない。
薄情者と思わないでもなかったが、情報収集ができる点では感謝をしている。
僕の言葉に竜崎は親指を口元に持っていき、しばらくの間うつむいた。
何か考え事をしているのだろう。
次の言葉を僕は大人しく待っていた。
「……散歩に行きますか?」
ようやく発せられたのは意外な言葉だった。
「現在捜査本部が置かれているホテルに中庭があります。入り口を封鎖すれば人は入れませんし、外側からは中は見えない造りになっていた記憶があります。もし行くのでしたら手配しますが……」
なるほど、それなら監禁状態と同じと言うわけか。
僕は竜崎の言葉の裏を探ったが、外に出す事はお互いにデメリットである事は分かっているのだ。
だったらこれは竜崎なりの気遣いなのか……
どちらにしろ拒否する理由はなかった。
そして何よりもこの四方をコンクリートに閉ざされた部屋から抜け出したかった。
日の光が恋しかった。
僕は竜崎に承諾の返事を出す。
「……行く」
「分かりました。では移動の間だけ足の拘束を外し、視界と耳も塞がせていただきます」
竜崎が僕の足枷を外す。外気に触れると、その部分は少しひんやりとした。
足を持つ竜崎の手がやけに熱く感じるのが不思議だった。
移動する時に人の目につくので、アイマスクではなく包帯で目を塞がれた。
こうすれば目を患った人間に見られるだろう。
立ち上がった瞬間、足が少し震えた。
ほとんど動く事が出来ないため、僕の筋肉はかなり落ちてしまっている。
それでも痛みを発さないだけましかも知れない。
しばらく歩くと、僕は自分の足にひどい疲労を感じた。
足に力が入らず、膝が笑いそうになる。
まだ部屋の外にもでていない。
それなのに結局両足は自分の体重に耐える事が出来ず、そのまま僕は前方に倒れこんだ。
床に打ち付けられる前に、竜崎の身体が僕を抱える。
「悪い……」
竜崎の胸に頭を預けたまま、僕は謝罪の言葉を発する。
「いえ、私の配慮が足りませんでした。君はほとんど動けないでいたのだから、手足の筋肉は相当落ちてしまっているはずです」
そう言うと、竜崎はそのまま僕を横抱きにして抱え上げた。
僕はそれを拒否しようと竜崎の腕の中で暴れたが、「落としますよ」の一言で抵抗を止めた。
大人しく竜崎の腕の中におさまる。
密着する竜崎の身体が暖かい。
人肌が恋いしいだなんて、笑い話にもならない。
だがその暖かさはあの冷たい空間を脱したような気持ちにさせ、僕の神経を少しやわらげた。
辿り着いたホテルで僕を待っていたのは、1台の車椅子だった。
車中で手配したらしい。もはや自力で歩く事すらままならないので、僕は大人しくそれに座った。
手首の拘束を隠すために、膝掛けをかぶせられる。目には包帯で車椅子。
まるで本当の病人のようだ。
そんなくだらない事を考えていた時、突然車椅子の動きが止まる。
訝しんでいると竜崎が耳にあてがわれた防音用のヘッドフォンを少しずらした。
「本部から電話です。5分少々で戻って来ます。しばらく待っていただけますか?」
ヘッドフォンの隙間から直接耳に囁きかける様にされると、妙に気恥ずかしく頬が紅潮した。
僕が頷くのを確認すると、ヘッドフォンを元に戻しその場から立ち去る。
竜崎が離れていくのを肌で感じる。失われた感覚を補うように、僕は気配に敏感になっていた。
ふと、人が近付く気配。はじめ竜崎が戻ったのかと思ったが、それにしては早すぎる。
目の前に立っているようだ。しきりに話し掛けているのだと感じるが、残念ながら僕にその声は聞こえない。
ヘッドフォンを自ら外す事は出来ないので、少し途方に暮れた。
目の前の人物はどうやらしびれをきらしたらしい。僕の耳からヘッドフォンを乱暴に外した。
強い力に引っ張られ耳が痛い。
人のざわめきが聞こえる。人々の喧噪が懐かしかった。
そして僕のヘッドフォンを外した人物は、心配げな声で言った。
「夜神!お前どうしたんだよ」
その声が誰のものか一瞬判断がつかなかった。
目、けがしたのか?車椅子まで使ってるし、どうしたんだよ。
しきりに話し掛けてくる声に、僕はその声の持ち主を思い出した。
「もしかして、山本?」
「そうだよ。本当どうしたんだよ、お前」
僕はあまりに意外な人物の登場に、思わずあっけに取られていた。
感情の込められた言葉。本当に心配しているのだと分かる。それを嬉しいと思ってしまった。
「お前こそ、こんな所似合わないぞ。どうしたんだよ」
「俺?バイトだよ。このホテルのレストランでウェイターやってる」
給料が高いと笑う彼の声が懐かしかった。思えば竜崎以外と話すのは久しぶりだった。
それからしばらく僕らは話した。
と言っても山本の話に僕が相槌をうっているような状態だったけれど、それは思いのほか楽しいものだった。
暫くすると、人が近付いてくる気配を肌に感じた。
それが正しい事を証明するかのように、山本の言葉が途絶える。
瞬間、しまったと言う後悔の念が走った。
あれからもう5分ほど経っている。
ばしんっ、という乾いた音が走った。
気付いた時には遅い。
頬は痛みでひりひりとした。平手打ちにされた。叩かれるなど一体どれくらいぶりだろう。
「……誰がっ、話して良いなどと言いましたか!」
息が荒く、興奮で声が上ずっている。いつものお前らしくないよ、L。
「私はっ……喋って良いと許可などしていない。それなのに……」
視界が封じられているせいか、竜崎の声は泣いているように聞こえた。
変な感じだ。人を殴るだなんて彼らしくない行動、とっさの行動でしかない。
竜崎が感情を見せた事が嬉しく思う。
「ごめん、竜崎……」
謝罪の言葉を発する僕に、山本の方は困惑ぎみの声を出した。
確かにこの状況ではそうならざるを得ないだろう。
どう言い繕うか考えていると、遠くから人が走ってくる音がした。
僕らのところまでくると「申し訳ありません!」と声をあげる。どうやら従業員のようで、Lは僕に話し掛けないようにホテル側に指示していたらしい。
山本はホテルではなくレストランに雇われていたため連絡が伝わらなかったのだ。
しきりに謝る従業員に竜崎は「次からは気をつけるように」と慇懃に答える。竜崎はお得意さまなのだろうから、ホテル側も必死だろう。謝り続ける従業員を無視して、僕は竜崎に話し掛けた。
「竜崎、話す許可を」
呆気に取られたような短い沈黙のあと、竜崎は「……どうぞ」とだけ言った。
声が不機嫌に感じられるのは気のせいではないだろう。
僕は山本に巻き込んだ事の謝罪と話が出来て楽しかったと言う事を伝えた。
山本は何か言いたげだったが、従業員の方がまた謝罪の言葉を発したため言う事はなかった。
Lはこの話は終わりだと言い、1人の従業員と1人のウェイターを起き去って僕の車椅子を押した。
包帯から漏れて入る光の加減と肌に感じる空気で外に出た事を知った。
車椅子の動きが止まるのを見計らって、僕は竜崎に向かって呟いた。
「頬が痛い……」
「すみません」
後ろから竜崎の手が伸びて、僕の頬をそっと撫でた。
指先は暖かく、痛みで熱くなった頬に触れられると痛みが増すように感じた。
だが嫌ではない。
「自力でヘッドフォンを外せないのだから、あなたに積極的な非はありません。それなのに……」
指先が頬の上で止まった。僕は首を傾け、そっとその指に顔を寄せる。
「私は感情のままあなたを殴りました」
自己嫌悪に小さく声が震えている。自分でも意外だったのだろう。
だが、感情を見せる竜崎を嫌う理由はない。それだけ距離が近くなったと言う事なのだから。
「僕は嫌じゃなかったよ……君が僕に執着してくれるのは嬉しい」
求められるのは気分が良いからね。そう言って笑うと呆気に取られた表情をする。
「私が、君に執着している」
「違うのか?だから殴ったんじゃないのか?」
「あなたの全てを知り、あなたを管理するのは捜査のためです」
指先が離れていく。竜崎は僕の手前に移動したらしい。
今度は前から竜崎の手が頬にのびてきた。
「ですが……感情のままにあのような事をしたのならば、もはや捜査でなく私のエゴです」
すみません、と謝る竜崎が可笑しい。僕はちゃんと言っただろう。
「嫌じゃないよ」
「私の個人的感情で拘束される事が……?」
「言ったろう。僕は執着されるのが好きなんだ」
頬に触れた指はそのまま後ろにまわされた。
もう片方の手も伸びて来て、僕の頭は竜崎の両手に抱えられる。
手が髪の間をまさぐり包帯の端を捕らえた。
そのまま竜崎の顔が降りて来て僕の唇を塞ぐ。
僕は包帯の舌で瞼を閉じて、手を膝掛けから抜きそのまま竜崎の服を掴んで引き寄せた。
口を薄く開いて応えると、舌が絡んだ。
水音を立てて二つの人影が絡み合う。
竜崎は僕の包帯をゆっくりと外していった。
僕の瞼の上からそっと包帯が外れる。
まだ眼は開かない。
そっと唇が離れてから、やっと瞼を開いた。
公園の美しい木々や花。焦がれた太陽の光より先に竜崎の顔が瞳に映る。
それにとても安堵する。
日の光でなく、ただの人肌でなく、たわいのない会話でなく、
恋しいのはお前だけ。
認めるのは悔しいけれど、お前もそうだというのなら……
認めてやるのも、しゃくじゃないよ。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++
監禁なのに爽やか系……
そういやくっついてんの書くの初めてだ。