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ロマンチシズム










 夕日が室内を赤く照らしていた。
昼の陽光は気にならないが、夕焼けの光は目に眩しすぎる。
沈む瞬間にぎらぎらと輝く太陽は最期の輝きと言ったところで暗喩的なものを感じた。
 しかしその光がふっと弱くなる。
夜神の手が、薄いカーテンをひいたのだ。
それを見た私に「眩しくなかった?」と聞いてくる。
実際眩しかったのだが、『最期の輝き』をいとも簡単に夜神が押しつぶしてくれたのは皮肉が効いている。
 現在私を捕えているキラと言う犯罪者。
非現実的な力で相手を殺す、幼い思想を振りかざす、知略に長けた存在。
 そのキラの容疑者がこの夜神月という男だった。
彼は容姿に優れ、頭も良く、品行方正な人格者でもあった。
疑いゆえに監視カメラをつけた事もあったが、ごく普通の日々を過ごしていた。
だからもし彼がキラであるのなら、その心臓は金属製で人を殺しても動揺も傷付きもしないのだろうと、そう思った。
そして実際夜神と接する機会を得てみれば、彼の心には確かに鉄の心と表現してよい要素があった。
だからといってキラだとは断言出来ないのだが。
 夜神は部屋中のカーテンを閉めていく。結果少し薄暗くなったので、部屋の光源を少し明るくする。
配慮に満ちた行動は、彼の優等生的部分をあらわしていた。
「ありがとうございます」
「殊勝な言葉だな……まぁ、別に僕も眩しかったしね」
 そう言って私の正面のソファに腰をおろした。
私には夜神の言葉があの強い光を『煩わしい』と蔑んでいる様に感じた。
「ところでライトくん」
 唐突な言葉に夜神の表情が一瞬変わった。
言葉遊びを開始する気配を敏感に感じ取ったのだろう。
「鉄の心臓を相手にする時はどうすれば良いのでしょう?」
 その言葉に夜神は薄く笑った。
私の言う鉄の心の持ち主がキラ、ひいては自分自身だと言う事を悟ったからだろう。
「別に普通で良いんじゃないかな。たとえ金属でも心なんだろ?」
 冷たい心でも全く感じないわけじゃないと、ずいぶん人道的答えだ。
「それにね金属製の心臓でも善人はいる」
「どなたですか?」
「幸福の王子だよ」
 夜神が小さく笑った。いたずらに成功した子供のような笑い方。
確かに私もその名前が出るとは予想していなかった。
金属の心臓を比喩でなく、直接的に捕えた言葉。
言葉遊びの一貫だが、私には夜神がそれを例として出した理由が分かった。
 幸福の王子。
鉛で出来た心臓を持つが、心優しく貧しい人に施しを与えた童話世界の住人。
金属製の心臓での善人。それも己の身体から金を与えて行ったのだから、自己犠牲の象徴とも言える。
遠回しなキラの擁護。
 彼は口ではキラを否定しているが、自分がキラだからなのか、それともその苛烈な本性がキラを肯定しているのからなのか、時々こうしてキラを養護するような事を言う。
「ですが幸福の王子は善人とはたして言えるでしょうか?」
「どうして?」
 夜神の疑問はもっともだろう。童話では通して彼を善人と描いている。
「つばめを殺したからです。行かなくてはならないと言う彼の言葉を押し切り、自分の所にいるよう懇願し、結果彼を殺しました」
「王子は動けないんだ。つばめがいなきゃ人を救えないだろう?」
「人を救うためならつばめを殺して良いと?」
 大儀のために小を殺す事を是とするのか?
理想の世界を築くために犯罪者を、FBIを、警察を、そして私を殺す事は善人のすることか?
答えろ。
キラ、夜神。




 探り、問いつめるような私の目を躱し、夜神は自信たっぷりに婉然と微笑んだ。
「竜崎は重要な事を忘れてる」
「なにをですか?」
 多少攻撃的に問いかける私を、諭すような優しい口調で彼は言った。
「つばめは王子を愛していたんだよ」
 夜神の品の良い唇から吐き出された陳腐な言葉。
馬鹿馬鹿しい。愛さえあれば死んでもかまわないと?
「愛が免罪符になると考えているのですか?」
「違う。つばめは自分の命と王子を天秤にかけて、王子をとった」
「死を顧みず愛する人を選ぶ。ロマンチシズムの固まりですね」
 吐き捨てるような乱暴な言い方に夜神はまゆを顰めた。
「竜崎だって、キラ相手に死を顧みていないじゃないか」
「私がキラを追うのは正義のためです」
 言い切った言葉に、夜神は意外そうな表情を見せた。
そしてまるで誘惑するかのような艶を帯びた声で私に問いかける。
「本当に?」
 その問いに私は言葉がつまってしまった。
愛がそうであるように、正義もまたロマンチシズムの固まりでしかなかった。
そして私はそのロマンチシズムが感傷的で好きにはなれなかった。
 私がそんな事を考えていると知れば、私の元に集っている捜査員達はどう思うか。
自分の主義を偽る事にはとくに何も感じないが、それで彼等が離れて行ったら少し寂しく思う。
 下らない感傷だ。
キラの心はかくも強靱だと言うのに、私の心はむしろ弱まっているとさえ言える。
「答えないの?L」
 夜神が笑う。私の心を嘲るように。
 そう。私の心は弱くなった。
キラと言う存在と向き合う事で、私は今までの自分を失った。
今まで相手にして来たのとは違う犯罪者だ。
私という存在にとってキラが特別である事は否定出来ない。
私はキラに執着している。
心惹かれている。
それを愛と呼ぶのなら、まさしく私はキラを愛している。
「仮に私がキラを愛しているとして……・」
 呟いた言葉に夜神が笑う。おそらく私への勝利を確信しての笑みなのだろう。
私はソファから降りて夜神の前に歩いて行った。
そのまま夜神の手を取る。細く長い指だ。


「仮にキラが幸福の王子だとして」

「仮に私がつばめだとしたら」

「つばめのように最期の瞬間は手にキスすることを望んでも良いのでしょうか?」


 そうして取られた己の手を見つめながら、夜神は婉然と笑う。
「もし僕がキラだとしたら……・キラは唇にキスする事を許すよ」
 それはキラもまた愛していると言う印。
私は手の中にある夜神の手の、その滑らかな肌に口付けた。
「そうして一緒に死んで下さるのですか?」
 幸福の王子の鉛の心臓がつばめの死と同時にが割れてしまったように。
「キラの心臓は鉄で出来ているんだ。きっと傷をつける程度だよ」
 それでも傷は付くのか。
自分が傷つけたキラを見たいとは思うが、それを他人に見せるのは嫌だった。
キラは私が死んでからも微塵も変わらず人を裁いて行けば良い。
私が負けたからには、それくらいの心を持ってもらわないと私の矜持に関わる。
 私が死んだ後でキラが弱ってしまうのなら、私は自分が負ける事を許せない。
「今、あらためてキラに勝つという誓いを立てました」
 私が愛するのは鉄の心を持ったキラなのだから。
そして傷を付けられる、揺り動かせるというのなら、相手の心はまだ人の域にある。
 自分が勝利し、キラの心を砕く。
「キラとLの最期は王子とつばめのようにロマンティックにはいかないだろうね」
 夜神はつまらなそうにして言った。
「そうですね。そもそも彼等のような美しい話じゃないですし」
「血なまぐさそうだ」
「えぇ」
「でも、それもロマンティックかもね」
 血の海に倒れるのはまだどちらとも分からない。
だが最期の瞬間はくちづけを交わすのだろう。







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つばめが雄だと知った時のあの衝撃。



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