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誓いは手錠と共にp45.無茶ネタ





「竜崎。眠い」
 月が手錠を少し引っ張ってLに伝えた。
時計を見れば明け方に近い深夜だ。思ったより時間が過ぎていたのに驚く。
持っていた資料の束をそこらにLが放ると、月が無言でそれを整えて机においた。
 竜崎が適当に置いた資料などを片付けるのは月の常だが、いつもなら小言の一つでもついてくるところ。だが今日はそれがない。
「怒っていますか?」
「別に」
「でも機嫌は悪いですよね」
「そんなことない」
「何に怒ってるんです?」
 否定の言葉しか言わない月にLの声も荒くなる。
しかし月は答えることはなく、さっさと寝室に向かって足を進めていく。
Lも仕方なしにそのあとを引っ張られながらついて行った。



 ベッドに入るといつもはきちんと仰向けになって眠る月が、わざとらしくLを背にした横向きで寝転がった。
Lを見たくもないと言うあからさまな態度に思わずため息が出る。
 普段は大人っぽく振る舞っている癖に、今はLからの言葉をことごとく拒否しておきながら子供の様な態度をして構って欲しいと訴えている。
「月くん構って欲しいんでしょう」
 その言葉にも月は少しも反応しない。構わずLは続けた。
「あなたがどんな暴言を言っても我慢して、
その上で『何かつらいことがあったのか?』と
私に優しく聞いてもらいたいんでしょう?」
「そんなことない!」
 体を反転して月がやっと答えた。
Lの言葉に憤慨した表情をしているが、それでは図星を指された事を告白するようなものだ。
「いいえ。あなたは私に甘えたいんです」
 構わずに言葉を続けると月の拳がLの顔面に放たれた。
それを右手の平で軽々と受け止めたLは、逆の手で月の手首をとって自分の方へと引き寄せた。
そのまま腕に力を入れて動けなくなるくらいに抱きしめる。
「放せっ!!」
「当たってないので今回は反撃しません。
しかし月くんは結構すぐに手が出るタイプなんですね。
今日は既に一回ケンカ済みなのに」
 腕の中で暴れていた月がその言葉に動きを止めた。
そのまま動かなくなった上に、心なしかLの方に身を寄せるようにしている。
月の顔が押しつけられているあたりから暖かいものが触れた。
「泣いているのですか?」
「……うるさい。全部お前が悪い」
「何故です?八つ当たりはよくありません」
「どこが八つ当たりだよ……お前が僕を信じないから僕はお前に怒ってるのに」
「信じない……もしかして昼間の事ですか?」
 昼、月が自分がもう一度キラになって殺人を犯すように見えるか?と聞いてきた。
Lは自分が思う通りに「思います。見えます」と答えたが、それは月の怒りに触れてしまいお互い蹴りとパンチをくらう結果になった。
 松田の仲裁でその場は取りなされたが、その後のミサの件も加わって月はずっと不機嫌だった。
「私の答えが気に入らないのですね」
「あんな風に言われて気に入るはずがない」
 腕の中で拗ねたようにする月の髪をそっと撫でた。
怒るかと思ったが月は甘んじて受け入れている。
「月くん、自分の事を全て把握している人間なんてほとんどいません。
そして月くんに関して、私は月くん以上に理解している」
「僕はお前が言うような性格じゃない」
「いいえ。月くんは『そういう』性格です。
今のあなたでは分からないのでしょうが、
以前のあなたはしっかり自分の事を把握していた」
 『以前の月』はそのまま『キラであった月』という意味だ。
そして『キラであった月』が再び殺人を行うという計画をしているのなら、その頃の月は自分がもう一度殺人を犯すと確信していたと言う事になる。
 だが月にはその自分がまるで2人いるかのようなLの扱いが分からなかった。
多少記憶にあやふやな部分があるとしても月はずっと月自身だった。
「まるで僕が2人いるみたいな言い方だ」
「月くんがキラであってもキラに操られていた被害者でも、少なくとも今と昔では性格が違います。記憶を失っている為でしょう」
 性格や人の振る舞いは記憶で構築される部分がある。
ならば失った記憶の影響が大きければ大きいほど性格も変化してしまうと言うものだ。
「僕自身には性格の変化なんて分からないけど」
「……以前のあなたの方が私に似てました」
 今の月にはキラであった頃の容赦のなさが失われてしまっている。
それが隔たりとなってLと今の月の間には諍いが絶えない。
その少し懐かしさを含んだ様なLの言葉に月はまゆを寄せた。
「昔の僕の方が良いみたいに聞こえる」
「物事に関するスタンスや思考の相性は昔の方が良かったでしょうね」
 きっぱりと言われて月は再度目に涙が滲むのを感じた。
現在の自分を丸ごと否定されたような感覚だ。
月はぎゅっとLの服の裾を掴んだ。
「じゃあ……お前は僕にキラに戻ってもらいたいのか?」
 月がやっとの思い出言った言葉を聞いてLは呆気に取られてしまった。
「何馬鹿な事言ってるんですか?」
「!」
 意を決して言った言葉を馬鹿にされた月は勢い良く顔をあげた。
その真っ赤にはらした目を見てLはくすりと笑う。
傷付いているのを可愛いと思ってしまう。
「月くんがキラになってしまったら本末転倒です。
私はキラと戦っているのですから」
「どう言う意味だ?」
「第3キラなど眼中にありません。
敵は飽くまで第一のキラ。つまり以前の月くんです」
 第3キラはLの中では飽くまで小物だった。
第1のキラが最も注意すべき相手であって、それは表舞台から退場した現在でも変わらない。
第3のキラに注意をそがれ、第1のキラの動きを見落とす事になってしまっては全く意味がない。
「第1のキラ……つまり月くんが再度キラとなる事を想定しているからには
それを許してしまう事は私の負けに繋がります」
 そう言うとLは月をちゃんと座らせてじっとその顔を見つめた。
いつになく真剣な雰囲気なのに戸惑っていると、Lは月の左手をそっと持ち上げた。
かしゃんと鎖が触れあって金属音が響く。




「ですから、私は全身全霊を持って第1のキラの策略から月くんを守ります」




 そう言ってLは月の手の甲に口づけを落とした。
びくりと月の体が驚きに揺れる。
「僕から僕を守るってことか……?」
「そうなりますね。私は月くんを守り抜くと誓う」
 月は右手で目尻にたまった涙を拭った。
そして少し泣きそうな顔で小さく笑う。
「変なの……」
 そうしてくすくすと笑い出す。
目尻からはさらに涙が溢れているが、月の表情は穏やかだ。
「うれし涙ですか?」
 Lは月の涙をそっと舌先で嘗めとった。
塩の味がする。
「かもね」
 小さく呟いて、月はそのままLの方に倒れこむ。
いつになく甘えた仕種だ。
しばらく胸の中で大人しくしていたものの、ぼそりと呟く。
「でもお前は『昔の僕』の方が好きなんだろう?」
「まだその話ですか?」
 しつこく聞く所を見ると、どうやら『昔の自分』に対抗しているらしい。
無意識にしている嫉妬だと思うと嬉しかった。
「気にしなくても良いんですよ、月くん。
確かに昔の方が良いと言いましたが、そこはたいした問題じゃありません」
「問題じゃない?」
「はい。言ったでしょう?月くんが再び殺人を犯すように見えると。
しっかりと素養があります」
「……殺人を犯す素養か?」
「いいえ、私や第1のキラと同じように目的の為なら手段を決して選ばないような
最低の人間になれる素養です」
 侮辱するような言葉に月は怒り反論しようした。
しかし叫ぼうとした口をLが手で押さえ込んでしまう。
逆の手で『静かに』とジェスチャーするLに月はひとまず押し黙った。
「世の中は正しさだけでは進めません。
それを昔のあなたは知っていました。それはきっとキラとしての活動のせいでしょう」
 Lは口元の手を外した。
取りあえず黙って聞いている月に向けて、Lは嬉しそうに話す。
「今は以前にくらべると少し分からないでいます。
ですから今度はこれから先、私が全部教えて差し上げましょう。
そうしたらきっと、月くんは私の好きな最低な月くんになるに違いない」
 Lの言動に呆れてなかなか月は言葉が発せられなかった。
やっと出てきた言葉は一言。
「……お前のが最低だ」
「自覚ありますから」
 なおさら悪いと小さく呟く月にLは笑った。
何を言っても応えなそうなLに不機嫌な顔で月は言い放つ。
「だいたいお前に守ってもらうってのが気に食わない。
僕はそんな弱い人間じゃないぞ」
 多少に照れも混じっていたがそれは本気の言葉だろう。
プライド高い月にとってはLに守ってもらうなんて真似はされたくないのだろう。
しかしLにも引けない理由がある。
「私がキラと一騎討ちしたいのは君も知っているでしょう?
大人しく守られて下さい」
 命令口調のLに月は沈黙を持って答える。
「駄目ですか?ではお願いです。
私にキラと戦う為の月くんを守る権利を下さい」
 今度は下手に出てはいるが、結局言ってる意味は変わらない。
「お前は結局キラの方が大事なんだな」
 呆れたように言う月にLははっきりと反論する。
「そんな事はありませんよ。
2人とも君ですが目の前にいるのは月くんです。
私はキラに勝利して月くんと居たいんです」
 断言する様に「はじめからそう言えば良いのに」と心の中で月は呟いた。
そして「まぁ良いか」と本当に小さな声で漏らす。
わずかに空気を震わせただけのその言葉をLは耳聡く聞き付けた/
「今、良いって言いましたよね」
「……言ったよ」
 ちゃんと肯定してやると本当に嬉しそうに笑う。
「じゃあ月くん、絶対私に守られてくださいね。約束です」
 Lが指切りの形をつくって見せるのを月は笑った。
「約束ね……誓いじゃなくて?」
 月の軽口がLの言った「絶対守ると誓う」という言葉から派生したものなのは分かった。
しかしどう対応して良いのか分からずぼうっとしていると、月はくすりと婉然な微笑みを浮かべて言った。





「誓って欲しいのなら右手を差し出せ」





Lは当然嬉しそうに笑って差し出した。
かしゃんと鎖が触れあって金属音が響く。
手の甲に口づけが落とされた。







『手錠ある限り、どんな時も共に』








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ようするにいちゃいちゃと
痴話ゲンカしていただけだという……

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