幸福な子供
私と夜神は手錠に繋がれながらいつもの様に弥の部屋で3人デートを行っていた。
それは捜査の休憩中とも言える様な状態だったが、連れてこられている立場の私にはとても休憩中とは言えない。
その日の弥はいつも以上に気合いの入った服装をしていた。私はあまり飾り立てるのが好きではないので、弥とは美的感覚の共有は得られなそうだ。
彼女は色取り取りに包装された箱をいくつも夜神の前に差し出した。
状況が良く分かっていないらしく夜神はそれを不思議そうな表情で見ながら戸惑っていた。
私も弥の行動が良く分からない。どうやらそれは彼への贈り物のようだった。
弥はよく「似合いそうだから」と言うたわいない理由で、夜神へ服やら小物やらをプレゼントする事が良くあった。しかし今日のプレゼントはそう言うものとは違っていた。綺麗にラッピングが施されたそれにはメッセージカードまで挟まれている。
「ミサ、いきなりどうしたんだ?」
疑問を解消すべく問う夜神に弥は可愛らしさを演出しながら肩を竦めた。
「ライトってば今日が何の日か忘れちゃったの?」
弥がそんな所も可愛いけどと惚気ける。しかし当の本人はいきなりの贈り物に心底戸惑っている。
私は己の頭の中のカレンダーを紐解いた。今日と言う日に何か特別な意味合いはなかったかと。
「月くん、今日は貴方の誕生日です」
弥のヒントに理由をようやく思い立った私は、夜神の疑問を解消すべく答えを発した。私の言葉を聞くと夜神は疑問が氷解したと言うような納得の表情で手渡されたプレゼントを見た。外界と隔たれた場所で生活する夜神は日にちの感覚がなくなってしまっているのだろう。
「誕生日、おめでとう!ライト」
「ありがとう、ミサ」
まるで自分の事の様に喜ぶ弥にはにかむ様にして夜神は微笑んだ。そして手渡されたプレゼントの中のメッセージカードを読む。贈り主はどうやら母親と妹らしい。夜神は表向きには弥と同棲していると言う事になっているから、彼女達は弥に接触する事で夜神にプレゼントを届ける作戦に出たらしい。
「母さんも粧裕もこんな事しなくても良いのに」
年頃の青年らしく気恥ずかしいのか夜神が照れ隠しの様に呟く。それを聞いて弥は「素敵なお母様じゃない!感謝しなくちゃ」と力説する。私はまた弥が夜神への好感度をあげる為に言っているのだと静観していたのだが、夜神はそんな弥を同情するように見つめて子供をあやすように頭を撫でた。
「ミサは偉いね」
「……そうかな?」
「偉いよ」
「あはっ、嬉しい」
甘えるように弥が夜神の胸にもたれ掛かった。
そして思い出す。普段まったくそんな雰囲気を出さないが弥は両親を失っていたのだ。
確かにそれだけ不幸とも言える状況にありながら『幸福な子供』である夜神に嫉妬一つ抱かず、むしろ幸せを喜んでやるというのは偉いと言う事なのだろう。子供っぽい顔に似合わず弥はそれなりの人生を送っている。
ふと弥は夜神の幸せな部分に惹かれているのかも知れないと思った。欠落した人間にとって幸福の味は砂糖菓子の様に甘い。
「竜崎さんはライトに何かあげた?」
いつもなら徹底的に私を無視しているのに、夜神に誉められて機嫌が良いのか笑いながら私に問いかけてきた。
「何故、私が」
「だって竜崎さん、今日がライトの誕生日だって知ってたんでしょー?」
弥の言葉に私は夜神を振り返った。覗き込むようにして彼を見る。
「……欲しいですか?」
「いや、いいよ……」
予想通りの言葉を夜神は返す。
まぁそうだろう。彼の性格では欲しがらない。たわいない友人ら(捜査本部では松田のようなタイプの人間には)話の流れで要求したりもするのだろうが、私に対してそういう事を言ったりはしなかった。夜神の中で私はそう言った者達とは別にカテゴライズされているらしい。
「そう言われるとあげたくなりますね」
「竜崎さん性格悪ーい」
弥が囃し立てる。夜神は心底困ったような表情をして、そして一種の妥協案を考え出した。
「じゃあプレゼント交換にしよう。君の誕生日に僕も何かあげるから」
これならばフェアだろう。と夜神は笑う。すると弥が当然「ミサには〜」と甘えた声を出した。「勿論ミサにも」と夜神はまた子供をあやすように弥を撫でる。
まるっきり妹扱いだ。弥も本当はそれに不満だろうに、それでも夜神に優しくされて嬉しいらしい。健気な話だ。
私だったら夜神にあんな扱いされたらまず間違いなくキレる。与えられる。甘えさせられる。これらはある意味その者を下に置いての価値観だ。
逆に絶対に格下だと知っている相手になら普通に貰ったりなどの対応できるのだろうが。
あぁ、夜神もそう思うから私に無条件に物を貰いたくないのか。
「竜崎さんの誕生日にはミサもプレゼントしてあげるね」
ただし思いっきり変な物をだけどと意地の悪い言葉を言った。そんな弥に夜神も笑っていて随分と賑やかしく後の予定を話している。
だが私は彼等に個人特定が出来る様な情報を与えるつもりはない。
「私、誕生日なんて教えませんよ」
「良いじゃん、誕生日くらい」
「駄目です」
弥がせっかくプレゼントあげようと思ってたのにと文句を言う。あげたいのは変な物ではなかったのか?そんな物私は欲しくない。
「確かに君が僕に誕生日を教える訳ないか」
言外にキラ容疑者だからと含ませながら夜神が言う。分かっているではないか。
「でもそうしたら竜崎の誕生日が祝えないな」
「そんなのどうでも良いじゃないですか」
生まれて来てから何年たったってどうでもいい事だ。それで何が変わる訳でもない。
明日は今日の延長線上にあるもので、今日と昨日でなにも変わりはしない。
夜神だってそうだろう?
お前が生まれ変わったのは監禁中の牢の中で、それは記念日でも何でもない只の1日でしかない。
「誕生日は生まれて来てくれた事に感謝する日なんだよ」
月並みな言葉。平凡な言葉を夜神が至極大切な言葉であるかの様に言う。
そんな夜神に弥が勢い良く抱きつく。
ライトが生まれて来てミサは幸せ!嬉しい!
そう主張しながら。
「こういう感謝の気持ちを改めて言うのにとても都合が良いんだよ。誕生日って」
弥の精一杯の主張を受けながら真剣に真摯なまなざしで私に言い聞かせる。
だから誕生日を教えろとでも?そんな事無理に決まって……
「じゃあ、今日を竜崎の誕生日にしようか」
「えーっ!なにそれぇ」
真っ先に反応したのは言われた当人である私ではなく弥で。
彼女は不満そうにして夜神を見た。
「竜崎は誕生日教えてくれないしね。だったら僕達の中で今日にしちゃおう」
「ライトとおんなじなんてずるい〜」
また賑やかしくも和やかに2人は話を続ける。
私は予想外の夜神の言葉に呆然としていた。そしてまた彼がキラなのかそうでないのか、キラならば何故こんな事をと頭の中で反芻する。
「どうして、私の誕生日を捏造してまで祝おうと言うのですか」
捏造と言うフレーズを大袈裟に感じたのか苦笑しながら夜神は言う。
「だって祝いたいじゃないか」
それは答えになっていないぞ、夜神。
「月くんは……私が生まれて来て嬉しいのですか」
弥の言葉を引用した私に本当に嬉しそうに彼は笑った。
「嬉しいよ。
竜崎が生まれて来た事。ここにいる事。
全部嬉しい」
甘い。
狼狽える程に甘い砂糖菓子の味がする。
「月くん……誕生日おめでとうございます」
やっと口から出せたのは月並みで陳腐な言葉だった。
「竜崎も誕生日おめでとう」
捏造だけどね。と冗談っぽく笑いながら彼は私にまた砂糖菓子を届ける。
あぁ、本当に。
この幸せな子供にどうやって伝えれば良いのだろう。
彼は私の言葉を「ありがとう」と簡単に受け取る。
常に砂糖菓子をいっぱいにもらう子供には、私のお菓子は体して甘くないらしい。
悔しいな。だから人は誕生日に贈り物をするのか?
自分の菓子を甘く思って欲しいと。相手に幸せを感じて欲しいと。
様々な言葉、方法、道具を用いてこの世の誰よりも幸せに。
彼が生まれて来た事に感謝をしたい。
心からそう思って私はもう一度、その言葉を言った。
「誕生日おめでとうございます。月くん」
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Lは誕生日ネタ出来ませんから。いっぺんに。