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2人の憂鬱





SIDE : L





 流河旱樹こと竜崎ことLには現在ある悩みがあった。




 悩みは夜神月と言うキラ候補の青年に関わる。
しかしその悩み自体はキラに全く関わりのないところで発生していた。
というかLとしては彼がキラであることは確定事項なのでまったく悩む必要はない。
悩んでいるのはキラ候補としての夜神月ではなく愛しい恋人としての夜神月についてだった。

ようするにただの恋の悩みだ。

 Lの恋人はとてもつれない人だった。
なんと言っても告白『されたから』付き合ってると言う状態だ。
しかも彼には断るという選択肢が始めから存在しなかった。
 夜神月は自分の容疑をはらすためにLの心証を良くしようと必死だ。
正直言うとその必死さが怪しいのだが、とにかく夜神月にLからの要求を断るという選択肢はあり得なかった。
つまり月は別にLの事を好きだと言う気持ちからではなく、おもねる為の手段として告白を受け入れたと言う事だ。
 そう言った経緯からLにとっては告白してからが本番だった。
付き合い始めてから好きになってもらえる様努力するのも変な話だが、Lは月に、特に言葉でのアプローチを惜しまなかった。
何故なら夜神月という人間に好意を伝える唯一の手段だったからだ。
 ごく一般的な恋人達は相手に好意を伝えるのに様々な手段を用いる。
それはスタンダードな愛の言葉だったり、美しい贈り物だったり、共に過ごす時間だったりと実に様々だ。
 Lもまたその例に漏れず思い人である夜神月の為にプレゼントを贈ったり、忙しい時間を縫って会いに行ったりと好きになって貰えるように並々ならぬ努力を注いでいた。
 しかしながら愛しい思い人はそれをすげなく断る。
月はLに借りができる事をとても嫌っていたのでプレゼントを受け取る事は滅多になかった。
受け取ったのは家に直接送った大量の花束とか、とても返品は無理だろうと言うものだけ。
ちなみに受け取って貰えなかった様々な品は月の「返品しろ」という一言にも負けず、しっかり全て保管してある。
いつか来るはずの月に受け取って貰えるその日のために。
 捜査本部からでも出来るプレゼント攻勢は全く通じないので、Lは只でさえ少ない時間を縫って直接会いに行こうとした。
 しかしそんな事をすれば「僕に会う時間を使って休め」等と労りを装った拒絶を返してくれた。
結局なんとか仕事に都合を付けた努力は報われない。
そうして残されていった手段はもはや言葉しかなかった。
 日常に溢れる会話と言う形態のそれを月に止める手段はなかったし、公共の場でなら目立ちたくないと言う感情で彼は受け入れざるを得ないのだ。
残された唯一の手段をLは大いに活用した。


月くん、今日も美しいですね。

今の仕草、大変愛らしかったですよ。

やっぱり月くんがキラだと思います。

好きですよ。

好きなんです。

好きです。

好き。


 しかし繰り返し言われるそれを月は呆れていて、ついにはL特有の挨拶のひとつとして昇華してしまっていた。
繰り返されることによって人は耐性を得るという。
思いを伝える唯一の手段を使いすぎたが故にLはそれを失おうとしていた。




「どうすれば良いだろうか?」
 Lは大学でのやりとりを思い出しながらワタリに問いかけた。
恋愛事までワタリに相談するのもどうかと思うが、Lにとっては他に相手がいない。
包み隠さず話せるのは彼くらいなものだ。
Lが思い出していたのは今朝の出来事。大学で会った月にLは挨拶した。

「おはようございます、夜神くん。今日もまた一段と美しいですね。
この美しさの前では清涼な朝日さえも簡単にくすんでしまいそうです」

と。それを受けての夜神の反応はと言えば

「おはよう、流河。今日も良い天気だね」

の一言だ。一応太陽について言及してるあたりがまたなんとも言えない。
 このLの装飾過剰な挨拶もまったく気にしない月の感覚麻痺は、Lにとっては歓迎しがたい現象だった。
最初のうちは羞恥に頬を染めて嫌がっていて、それはそれは可愛らしかったのに今は無反応。
彼にとってはただの言葉でしかないらしい。
 余りにもあっさりし過ぎな月にどうすれば良いかとLは本格的に悩みだしていた。
今までは言い続けていればきっと思いが通じると考えていたが、このままでは思いどころか言葉すら通じなくなりそうだ。
 Lの悩みを知ったワタリはしばらく黙り込み方策を模索しているようだった。
主人の恋愛問題を真剣に考え込んだ末、ワタリは相変わらずの微笑みを顔にたたえて言った。


「押して駄目なら引いてみろ、と言うのはどうでしょう?」


「……なるほど」


 古典的手法だが一理ある。今までは押してばかりだったからな。と納得している主人を見ながら、ワタリは少しだけ満足そうな微笑みを見せた。




SIDE : Light



 新世界の神ことキラこと夜神月には現在ある悩みがあった。



 それは愚かしくも神を追う探偵Lに関してだ。
ここ最近、そのLが変だ。といってもLは変を絵に描いた様な変人なので一般的な変とは違う。
Lの変なところとして公衆の面前で月を口説く(しかも無駄に過剰に)と言うのがあったのだが、最近それがまったくない。
今までは会う度に、何かある度に言っていたのに少しもなくなってしまった。

おかしい。

「リューク、僕は何かしたかな?」
『してないと思うぞー』
 呟く声に死神のリュークが同意する。
「だよね」とペットの言葉に満足して月はリンゴを放り投げた。
本日三回目のやりとり。同意するだけでリンゴが貰えるのだからリュークには良い儲け話だ。
しかし月の落ち込み様にさすがのリュークも同情していた。
『まぁ、月。変なやつが変になったって事は普通になったって事じゃないか。
喜ぼう。な!』
「僕はLの変なとことかが好きだったんだよ……!」
 そう、月はこう見えてかなりLの事が好きだったりした。

 退屈だ退屈だと過ごしていた月にとってLは理想的な人物だった。

 自分に匹敵する頭脳と知識。
普通の人なら一歩引いてしまって恋人候補からは外してしまいそうな容姿だって、月は気にしなかった。もともと容姿が良いことで幼い頃から逆に要らない誤解や苦労をしてきたので、月は人を見た目で判断したりなんて決してしなかった。
 Lの容姿以上に目を引く奇抜な行動も、社会常識やモラルに縛られる月には破天荒で格好いいという評価に変化していた。
月としては自分が出来ないような事を簡単に実行してしまうところに憧れの様なものを感じているのだが、ここまでくると『あばたもえくぼ』みたいなものだ。
まぁ、要するにベタ惚れ。
 Lから告白された時はとても嬉しかったものだ。
もしかしてLも自分の事が好きだったのかも。などと暢気な事も考えたが、世界の切り札である名探偵Lがそんな訳ないとすぐに否定した。
 これはキラと探る為、油断させる為の手段だ。
でもそれでも良い!と月は柄にもなく健気に考えていた。
 Lは形式上とはいえ恋人だからなのだろう。月に色々なものを用意してくれた。
そういった『愛情表現』という物の中で一番受け取りやすいのが言葉によるそれだった。
 月の容姿や行動を褒めたり好きだと言って来たり。
プレゼントをくれたり忙しい中を自分に会いに来てくれたりもしてくれたのだが、色々と素直に受け取れない理由があった。
 Lからのプレゼントは値段の張る物が多く、とてもじゃないが受け取れなかった。
月はそう言う所はきっちりとしていた。両親の教育の賜物である。
また他の問題として月も男であるから、こうして経済力の違いを見せられるのは多少プライドに響くものがあった。
 Lからのプレゼントに関する月の答えは『受け取らない』となった訳だが、返品は無理と言ったものはちゃんと受け取った。以前大量に届けられたバラの花とかは、母がドライフラワーにしたものを今でもしっかり部屋に飾っていたりする。
 時間を縫ってよく月に会いに来てくれるのも月は素直に喜べはしなかった。
嬉しくない訳ないが、目の下に張り付いた隈の酷さとかを見るたびにもっとちゃんと休んで欲しいと思っていた。
 眠れなくなる程の忙しさを作っているのは勿論キラである月なのだが、そこは仕事とプライベートは別だと言う至極まともそうな理論で月の中は整理されていた。
ここで自己矛盾を犯さない辺りが月がキラである所以でもある。
 だから月はLの言葉での愛情表現が一番好きだった。
過剰に装飾されたそれに恥ずかしさがない訳ではないが、褒められるのは悪くない。
それに嘘でも好きだと言われるのは嬉しい。
言われるたびに恥ずかしくなって態度が素っ気無くなったりもしたが。
(それでも恥ずかしいのを表情に出さないようには頑張った。そう言う所は無駄にプライド高い月だった。)
 最近はようやく慣れてなんとか返事も出来る様になったというのに。



もう言ってはくれないんだろうか?
嘘の好意で追いつめるなんて不毛だとやめてしまったんだろうか?
嘘でも良いからその言葉が欲しかったのに。



『ライト!思いついたぞ!!』
 リュークがこれは名案だとばかりに大声をあげる。
今はペットの手でも借りたい気分の月は期待に満ちた眼差しをリュークに向けた。
『Lは月をハメる為に恋人になったんだろ』
「あぁ」
 その言葉にリュークはすっと長い腕を伸ばして月の眼前に指を突き付けた。


『だったらライトが好きって言えば良い。
そうすりゃ作戦はは上手くいってるって思って、あいつもまた元に戻る!』


「……なるほど。リュークにしては良い考えだ」


 いつもならその案を検証して憎まれ口の一つでも叩いてから言いそうなのに、意外な程にあっさり実行を考えている。
 そんな月に試しに御褒美のリンゴを所望してみれば、黒い死神はあっさりと本日4個目のリンゴを手に入れた。




confluence




 例の喫茶店の例の席で月とLは合い対峙していた。
2人して椅子に座っているだけなのに異様なほど物々しい空気をかもし出している。
 ここへ呼び出したのは月の方だったのだが、その彼は難しい顔で黙り込んでいた。
沈黙はあまりに長い時間で月が注文したコーヒーは既に暖かさが失われていた。
いつまでたっても話が始まる様子がないので、このままでは埒が空かないとLは口を開くことにした。
「夜神くん、お話とはなんでしょう?」
 Lの言葉に月は何かを諦めたかの様に目を伏せた。
それを見ながらLはぼんやりと思考する。

(憂い顔の夜神もやはり美しい)

 いつもなら思った通りに褒め称える所だが、今は『引き』を実行している。
ここは取りあえず我慢をしておこうと、Lはその顔を鑑賞するだけに留めた。
 そうしてじっと見つめられながら月はどうしようかと思案していた。
確かにここへ呼び出したのは月だったが、わざわざ呼び出してしまったのが改まってる感じがしていやに言いづらい。
「実は君に言いたい事があってね……そう……それで話なんだが……」
 自然と話す言葉が曖昧なものになる。
いつもはっきりと主張するタイプの月のそんな言い方にLは不信を色濃くした。

(いつになく歯切れが悪いな、夜神月)

(くそっ!やるんだ僕!
この程度の苦難を乗り越えられずに神になど成れるものか!)


 月は伏せていた目をしっかりと上げ、覚悟を決めてLを見た。
Lのどこまでも真っ黒な瞳がこちらを見つめているのに少し物怖じして言うのに躊躇してしまったが、月は一度深呼吸して思考をリセットするとゆっくりと口を開いた。


「流河……僕は、君が好きだ」


(言った!言ったぞ!
さすが新世界の神たる僕に不可能はない!)


(今、夜神はなんと言った!?
聞き間違いか?むしろ演技か……?)

 しかしLが観察する限りとても演技には見えない。
月の頬は紅潮して薄いピンク色をしているし、緊張からなのか若干の発汗が見られた。
いかな演技上手の月とはいえまさか汗まで自在に操る事は出来ないだろう。

(まさか本当なのだろうか……夜神が私を?)

「夜神くんもう一度言って下さい」
気付いた時にはLはそう要求していた。
それを受けて月がびくりと顔を背ける。

(やっと言えたのに、なんでまた言わなくちゃいけないんだよ……)

 月は只でさえ赤くなっていた頬を更に紅潮させた。
それでも一度言った事だと覚悟を決めて、しかし先程よりも小さい消え入る様な声でそれを言った。

「……だから……好き…なんだ」

 再度紡がれた月の言葉にLは直感した。
真実だ。夜神月はLを好きになっている。
 そう気付いた時、Lは自分の頬に血が上るのを感じた。
いつもより心臓の鼓動が早い。どくどくと巡る血に顔が熱を持ちはじめる。
「り……流河?」
 月が珍しく戸惑う様な声を出した。
それは目の前のLが自分の顔を隠すように掌で抑えていたからだ。
いつも感情を見せないLが目に見えて分かる程の表情の変化を出して、目の前でそれを隠すように振る舞っている。
 それはとても新鮮な様子だった。
驚いてまじまじと観察してしまうと、己を隠す様にLは俯いてしまう。
「どうしたんだ?流河」
 いつもと違うLの様子に戸惑う月は、顔を押さえるLの手を退かそうと腕を伸ばした。
「夜神くん、手を取らないで下さい」
「何故?」
「私、今の夜神くんみたいな表情してます。格好悪いです」
 自分の表情の何が格好悪いのか。
そう思った月はLの言葉に構わず無理矢理にLの手を顔から外した。
そしてそこにあったのは世にも珍しい頬を紅潮させたLの顔。
 手を外されて覆い隠すものがなくなったLはさらに月から顔を背ける。
それでも全て隠し通せる訳ではなく、月はLのほんの少し染まった頬や困ったように眉間にしわを寄せる様子を見て取れた。
 Lの言葉から自分もこういう顔をしていたのだと知り、それはつまり自分と同じ気持ちを今Lがしているのだと思い至った。
月もまた恥ずかしさに顔を背ける。
向い合う席に座り、相手を目の前にしながら2人して顔を背けていた。
 やがてぽつりとLが言った。


「夜神くん、私の事好きだったんですね」


 意外そうな言い方に月は眉を寄せてこちらこそ意外だと言う顔をする。


「お前こそ、僕の事好きだったんだな」


 お互いに相手の気持ちは自分にないと思っていた。
Lだから、キラだからあり得ないと。
似たもの同士だ。
お互いに惹かれたのに、同じ様な思考を辿って相手の好意なんて端から除外していた。
「でも……私はちゃんと意思表示してましたよ」
「お前の意思表示は嘘くさい」
 Lの反論に月はすげなく答える。
あまりにあっさりとした言い方にLは目だけを動かして探るように月を見た。
「嘘に聞こえましたか?」
「あぁ……それでも良かったんだけど」
 そう言った時の月の表情が少し悲しげだったのでLは反射的に口に出してしまった。
「健気ですね。可愛いです」
「そうか、ありがとう」
 褒め言葉にもさらりと返す月をLは不審物を見るような鋭い目で見てしまった。
とても好きな相手への態度に見えない。
「その態度は私の事をどうでも良いものと思っていそうです」
「やっと慣れたんだ。文句を言わないでくれ」
 そうして頬を少し染める月に、彼は人に何か言われるより自分の事を話す方が苦手なのだと気付いた。
 月の『慣れ』という言葉は少しだけLを傷付けたが、月にただ好きだと言われただけでこんなにも狼狽える自分を知ってしまっては文句が言い難かった。
月も自分と同じ気持ちだったのだから、きっと言われるたびに今の自分と同じ状態に陥ってしまっていたのだろう。
 普段から月に口説かれる事をLは想像してみた。
きっと恥ずかしくて、それでも嬉しくて慣れようと頑張ってみる。
しかし負けず嫌いな性格が手伝って態度自体は素っ気無い。今までの月と同じように。
 Lは漸く顔を上げて月をしっかりと見た。
月はまだ恥ずかしげにそっぽを向いている。
「これからは言うの少し控えますね」
 その申し出はLとしては善意だと言えた。
本当は言いたくて溜まらなかったけど、言い過ぎると心臓に悪いのだと言う事を知ってしまったからだ。
しかしLの遠慮も知らずに顔を上げた月は慌てて答えた。
「いや、控えなくても良い!」
 また目があってしまい2人とも視線を外したくなったが、先に外すのが癪な気がしてそのままお互いを見つめた。
「利害一致してますか?」
「してる」
「そうですか」
 Lは月に言いたくて、月はLに言って欲しい。
だったら遠慮する必要などないという話だ。
「ではとりあえず、夜神くん」



「好きですよ」



 窺うように上目使いに言うと月は恥ずかしげに目を伏せた。
慣れたんじゃなかったんだろうか?そう不思議に思うと月も口を開く。



「僕も好きだよ」



 予想外の言葉を言われて、Lも気恥ずかしくなり下を向いた。
どうやら月は『言う』という行為に慣れ、Lは『言われる』という行為になれなくてはいけないらしい。
付き合い始めて約2週間。両思いになって約5分。
まだまだ2人の道は長いらしかった。







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ゴリラさんっ!大変お待たせいたしました。
せっかく頂いた『ライトから好きだと言われると照れるL』という
可愛い可愛いリクエストなのになんだか2人して照れている。
そんな内容になってしまいました。
リクにちゃんと応えられたかは微妙な所ですが、よろしければ貰って下さい。
可愛いリクエストありがとうございました。



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