出張帰宅
誓いのキスを終えて気恥ずかしながらお互いから離れた後に、私がほとんど食事を取っていないと知った夜神は大急ぎで料理を作り始めた。いつもより美味しく感じたという私に夜神は「空腹は最高のスパイス」だという言葉をくれたが、私がいつもより美味しく感じたのは愛情のスパイスではないかと思う。そうして2人して食事を取った後、私は無理矢理に風呂に入れさせられた。疲れているだろうからさっさと汚れを落として眠れという彼の言葉からだった。
カラスの行水の私が早々に風呂から出ると、夜神は丁度食器を洗い終えたらしい。
タオルを使って水を拭き取っているその手が少し赤くなって冷たそうに見えた。
「寒くないですか?」
そうしてその手を握りこむと彼はかぁっと赤くなる。私はそっと夜神の耳もとで囁いた。
「新婚夫婦ですから、こういう事も自然だと思います」
「馬鹿を言うな」
拒否の言葉はいつもの強い口調ではなくて照れが混じったものだった。
触った瞬間はすごく冷たいと感じたその手がだんだんと暖かさを取り戻して行く。
それを感じながら、私はどうしても彼に問いつめたいと思っていた事を口にした。
「月くん。松田とのデートはどんな事をしましたか」
「また松田さん?」
呆れたように聞き返される。どうやら帰って来てまず最初に言ったのが松田の事だったので、彼はとても不機嫌に思っていたらしい。
「重要な事です。変な事は……性交渉などはしませんでしたか?」
ストレートな聞き方に彼は驚いて後ずさろうとしたが、あいにく両手共に私にしっかり握りこまれている為に動く事は適わなかった。
「馬鹿な事言うな!そんな事してるはずないだろう!」
強い否定の言葉に安心したと言う顔を私は作った。
「良かった。月くんの最初は私が良いですから」
「はぁっ?」
「最初です。というか私は今からしたい」
「何を」
嫌な予感とでも言うのだろうか?
そう言ったものを感じ取ったのか夜神はまた無駄なのに後ずさろうとする。
そんな彼に私は態とらしく笑ってみせた。
「変な事を……です」
「嫌だ!」
その言葉を無視して私は夜神の手を強く引っ張って体勢を崩すと、彼を担ぎ上げて己の寝室へと向かった。
夜神は暴れようとしていたが不安定な体勢でそんな事をすればまっ逆さまに落ちかねない。
それを悟って、彼は逆に私の身体にしがみつくようにした。しかし拒否の態度は変えない。
「そんな事までするのか!?」
「だって新婚ごっこなのに初夜をまだしてないでしょう?
「ごっこ遊びじゃないか!」
「つい先刻、相思相愛になったでしょう?」
片手でドアを開けて暗い部屋に入って行く。行儀悪く足でドアを閉めると私は夜神を半ば放り投げるようにしてベッドの上に下ろした。
スプリングのきいたベッドの上で夜神が弾む。彼はすぐさま起き上がってベッドから降りようとしたが、その前に私が彼を白いシーツの上に身体を使って縫い止めた。
「りゅうざきっ!」
押さえ付けられながらも抗議の声を彼は上げる。
「今日でこの生活最後なんですよ」
それが自分でも驚く程寂しそうな声だった。当然夜神も動きを止めて私の方をじっと見つめた。
「私は月くんがいないと不安ですけど、月くんは帰らなくちゃいけません」
「僕もお前がいないと不安だよ」
「でも帰るでしょう?」
彼は頷いた。仕方のない事だ。彼にも彼の生活があり、家族がいる。大学にもいかなければならないし、その裏にはキラとしての活動もあるかも知れない。とにかく、此処に縛り付けて私のモノにする事は出来ない。
「だったら私に月くんを覚えさせて下さい」
夜神のすべてを覚えておきたい。私のそんな訴えに彼は小さく溜め息を付いた。
「拒否し難い理由だ」
「ありがとうございます」
肯定の言葉ととって私は軽く頭を下げた。すると彼は私を軽く抱いて言った。
「僕も君を覚えておきたいからね」
どっちも立場は同じだと彼は笑ってみせた。
一糸纏わぬ姿の夜神を見て美しいな、と反射的に思ったのは正常な感想だと思う。彼は美術品さながらの美しさを持った人間だった。あらゆる所を見つめてじっとそれを脳の中に記録しようとすればあまり見るなと裸の胸を叩かれた。
「月くん冷たいですね」
それは叩かれた時に感じた体温の感想だった。
「風呂から出て結構たつし……廊下に長い間いたからかもな」
暗にお前のせいだと言いながら彼は笑った。
「じゃあ暖めましょう」
そういって私は彼の身体に自分の身体を押し付けた。重なる身体に彼は一瞬びくりと肩を震わせた。
曲がりなりにも風呂上がりの私の身体は夜神より暖かく、彼は次第に心地良さそうになり私を抱き締める様にした。
「確かにあったかくて気持ち良いな」
「寝ないで下さいね」
彼はどうやら私の近くだと良く眠れてしまう人間らしいので、それを危惧しての言葉だった。
しかしそんな心配は無用だったらしい。彼は唐突にぎょっとした様に身体を竦めた。
「竜崎……前」
単語だけの言葉だったがすぐに意味はつかめた。私の前が既に張り詰めていて、彼の身体に触れている事についてだろう。
「やっぱり僕が女役か?」
不安げに呟く彼に私はこともなげに言う。
「奥さんですし」
夜神は嫌そうに顔を顰めた。彼も男であるし抱かれるのを恐れる気持ちも分かるには分かる。
「……今回は妥協する」
「私は一生しませんよ」
健気な夜神の言葉を簡単に封殺して私はそっと夜神の性器に手を滑り込ませた。
「はっ……あっ」
突然訪れた快感に彼も小さく声を漏らす。しかし黙ってやられてはいられないとばかりに、彼も私の性器に手を伸ばして来た。
そのまま2人でお互いを慰めあうようにして動かす。自慰の様に手を動かしているのに、それとは連動しない快感に違和感とそれ以上の悦さを感じながらほぼ2人同時に吐精した。べとべととした液体がお互いの手と腹に掛かる。
腹の辺りを夜神の腹に押し付けるようにして動かすと、生暖かいそれが2人の腹に塗りこまれた。
「汚い」
「言いますね。じゃあ嘗めて綺麗にして下さい」
彼の口の前に右手を差し出す。べとべととした白っぽいそれに顔をしかめるが、私が催促するように左手で彼の性器を弄ぶとびくびくと震えながら赤い舌を差し出して来た。
「んっ……はぁっ」
私が下半身を責めるのでなかなか上手く嘗める事が出来なかったが、だんだんと白濁色のそれと代わって透明なだ液で手全体が濡れてくる。
夜神が指先をなめる度びちゃびちゃとした水音が辺りに響いた。
「良い感じですね」
夜神の口から指先を引き抜く。その指をそのまま夜神の下肢に向けて動かそうとすると、意図を悟ったのか夜神が小さく暴れた。
「やっぱり嫌だ!」
「そんなの今さらですよ」
私は自分の言葉を裏付けるように、夜神の後孔を探り当ててすっと一本指を入れてやった。
「っっ!!」
突然の異物感に夜神が引きつった顔を私に見せる。暴れようとしているようだったが、私の指が気になるらしく動く事が出来ないらしい。
私は丁度良いと指を少しづつ動かして穴を解そうと努力した。しかし彼のそこは固く乾いていて女の様にはいかない。
しばらくは夜神と私の攻防が続いたがなかなか私の努力が身を結ばなかった。最初にくらべればほぐれた気もするが多少の違いでしかないように感じた。
「埒があかない……」
私は驚きに硬直したままの彼のそこから指を引き抜いた。ふっと肩の力が抜けたのが分かる。
その隙を突いて、私は彼の足を己の肩にかけさせた。一気に足を大きく開く事になって彼が戸惑いの表情を見せる。
「おい竜崎」
「さっさと先に進めちゃいましょう」
そういって彼の入り口に私自身の先端を持って行くと、彼は必死になって暴れた。両方は無理だったが片方だけなら押さえ付ける事ができる。これではどうする事も出来ないので、私は違う方面から彼を攻める事に決めた。
「受け入れてくれないんですか……」
寂しそうに言ってみる。要するに泣き落しだ。
これが演技だと夜神も分かっているのだろうがほんの少し混じる真実分に動きを止めてしまった。
その隙を付いて私は一気に腰を進めた。無理矢理入れたそこは本当にみしみしと音を立てそうだった。
「いっ……駄目だ!竜崎!」
本当は痛くて仕方ないのだろうが意地でも痛いとは言いたくないらしい。私のモノが全部は入りきると夜神は痛みに美しい顔を蒼白にしていた。正直私自身も快感などはなく、異様な程の締め付けの痛みの方が強かった。
「痛いです。月くん」
「馬鹿か!僕のが痛い!」
私が先にぬけぬけと「痛い」と発言したからか、すぐに彼も本音で反論する。お互い痛くてほとんど動けなかったが私はこの強い痛みに充足感の様なものを感じていた。
「痛いんですけど、これ全部が月くんだと思うと結構平気です」
そう言うとカッと夜神の頬が赤く染まった。恥ずかしげに身をよじり内壁が私の周囲で擦れる。
それはとても弱々しかったがこの行為で初めての快感として私の中に残った。
私はそれを追うように少しづつ動く。
「月くんも思いませんか。今月くんが痛いって思ってるの全部私です。
今、月くんは私の痛みの事しか考えていない……」
「お前も僕の痛みしか……考えていない?」
弱々しく問われる声に私は笑った。私はぐっと腰を進めて彼の耳もとで囁く。
深く入り込んだ為に夜神の中がうち震えた。
「今は痛いのと気持ち良いの両方ですね。月くんは?」
彼はただ黙り込んだ。つまり痛みの方ばかり感じているのだろう。
私は彼の中心を握りこみ快感を得られるように愛撫をくり返した。
痛みに顔を顰めているだけだった彼の表情にだんだんと快感の灯がともって行く。
「今はどんな感じです?」
再度聞いてみると彼は先程とは違い言えないという様に身を捩った。
恐らく少しは感じているのだろうと考えた私は、様々に角度を変えて彼を蹂躙した。
動かす事を優先した為に手元の夜神の中心を相手にするのがおざなりになってしまったのだが、彼自身もだんだんと痛みが薄れて来ていたらしく愛撫のごまかしを必要とはしていないようだった。
私は限界まで腰を引いて、前立腺があろう場所を擦りながら思いっきり突き挿した。
「ひっあああっ!!」
初めて嬌声が上がる。それを聞いて私は再度彼に同じ質問をぶつけた。
「どういう風に私を感じますか?」
「あっ……はぁっ……竜崎と、同じだ!」
直接的な言葉はやはり彼は避けてしまったが意味するものはこれで十分だ。
「それ全部私です……覚えて下さい」
「竜崎も……覚えろっ」
「はい」
私は己を高めるように腰を動かした。痛みと快楽が混じり込んだ感覚を必死に快楽だけ拾おうとお互いに動く。やがて彼の中心が弾けて、それに伴った内壁の震えが私を絶頂に導いた。
腹と腹の間と内壁と中心の間とでだらだらと流れる暖かいそれに満たされた様な感覚を覚えながら、私は彼の唇に己のそれを寄せる。
彼の薄く色付いた唇が受け入れるように開かれた。
ベッドの上で彼は不満げに口を尖らせた。
「寝過ごしたな」
「大した時間じゃないです。今日日曜ですし」
既に朝日から昼の陽光に変わる時間帯だった。
いつもならもう朝食をとうに取り終えている時間だったので、彼はさっさと台所に向かおうとする。だがそれを私は腰にしがみつくことで止めようとした。
「やめろよ」
「今日最後の日なんですよ」
最後の日の予定をさっさとこなしていったら、すぐに別れの時間まで来てしまう。私はこの生活を簡単に終わらせたくない。
「時間が過ぎれば別れなきゃいけないんだから、最後の日もしっかり夫婦ごっこをこなすんだ」
完璧にするって約束しただろうと言い聞かせるように言う彼に私は勝てなかった。
渋りながらも手を離すと彼が昨夜の痛みからよろよろとした動きになっているので、やはりここでごろごろしてた方が良いのではと考えてしまった。
結局彼は痛みを押して相変わらずの完璧な朝食を作り上げた。
最後の朝食を感慨深くゆっくり味わう私を横目で見ながら彼は呟く。
「大遅刻だけど捜査本部は大丈夫かな」
「本部、行くんですか?私。日曜なのに」
「今まで休みなしで皆を働かせてたろう?」
彼の話は事実だったので私は反論する事が出来なかった。私は食事中にも関わらず立ち上がってワタリに電話をかけた。ワタリに向かって二三の指示を出す。
それを不思議そうに見ていた夜神に私は宣言した。
「今日は本部休みにしました。一緒にいましょう」
「……勝手だな」
「日曜は休みであると言う世間の慣習に従ったまでです」
まぁこの生活の本当にそもそもの話は『定期的な休み』が欲しいと言う要求から始まったものだった。しっかりとそれは果たされている。
最後の日を私達は怠惰に過ごした。夜神は怠ける事を嫌う人間だが、身体も疲れていたからか私と共にゆっくりと時を過ごした。
穏やかな正に休日らしい日だった。
穏やかでゆっくりな時間だと感じていたのに、結局時が進むのは一定のスピードだ。目の前の時計は夕刻を示していて、夜神は小さな鞄に一週間分の少なめの荷物を既につめ終わっていた。
「もう終わりなんですね」
「そうだな」
夜神がソファから立ち上がった。もう出て行くと言う合図だろう。
「月くん、一緒に同時に出ません?」
きょとんとする夜神の手を私は握った。羞恥から彼は私の手を離そうと手を動かすが、諦めたのか羞恥を気にしない事にしたのかぎゅっと握り返すように手を動かした。
そのまま2人して玄関に向かう。ドアを開けて2人で立つには少し狭い幅の入り口に立つ。
私達はお互いを一度見合わせて、誰が合図を送った訳でもないが同時に足を踏み出して同時に部屋から出た。
「これで夫婦ごっこも終わりです」
「もう僕らは夫婦じゃなくなったって事か」
「はい。もう私も君もただの夜神月とただのLです」
「ただの?」
くすりと彼が笑った。ただのと付ける癖に私が偽名な事を言っているのだろう。
夜神の言葉を無視して私は彼に改めて向き直って言った。
「夫婦からただの夜神月とLになったところで実はお話があります」
「なんだ?竜崎」
私は彼の左手をとった。その薬指の付け根に触れるだけのキスを落とす。
誓いのキスだ。
「すべてが終わったら私と結婚して下さい」
彼は驚きに目を見開いた後とても真剣な表情になった。じっと私の眼を見つめて真意を探ろうとしている。
「真面目な話か?」
「真面目な話です」
このやり取りに既視感を覚える。
そういえば夫婦ごっこをする事を決めた時のやり取りもこんな感じだった。
「……すべてが終わった後が僕を奥さんに出きる状況だと思ってるの?」
夜神はすべてをしっかりとキラ事件だと把握している。キラ事件の私達にとっての終わりは夜神が私に捕まるか私が夜神に殺されるかの二択だ。
私が勝ったとしてもキラを処刑されないようにするには恐ろしい程の工作やら何かが必要だろう。
しかし私はそれらをすると決めたのだ。
彼に勝ち、彼を生かす。
「思いますので言っています」
彼はくすりと笑った。それは一見すると穏やかに見えたが、角度を変えれば私の決意を嘲笑っているかにも見えた。彼はキラなのだから、当然だろう。
「全部終わったその時、お前の描く通りの結末になっていたら……」
今度は彼が私の左手をとった。同じように薬指に唇で触れる。
「お前と結婚する事を誓うよ」
今度の微笑みに嘲笑う様な影は見えなかった。ただ慈しむ様な笑みだ。
私は頭を若干下げて夜神の顔に近付けるようにした。意図を察した夜神も顔を動かす。
私達は同時に動いてすっとお互いの唇に唇で触れあった。
了解だと言う誓いのキス。
健やかなるときも、病めるときも
喜びのときも、悲しみのときも
富めるときも、貧しいときも
たとえ死が2人を分かつても
貴方を愛す事を……
はい。
これで一応『L月団地妻設定で10のお題』が終了となりました。
とても楽しく、好きだと言ってくれる人も多かった素敵なお題でした。 今まで読んで下さった方、本当にありがとうございました。
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これで一応『L月団地妻設定で10のお題』が終了となりました。
とても楽しく、好きだと言ってくれる人も多かった素敵なお題でした。 今まで読んで下さった方、本当にありがとうございました。
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