誘惑
気付けば私は捜査本部代わりにしているホテルにいた。そこが捜査をする為に私が取っている部屋である事は明白だった。
積み重なった書類やビデオテープ、私が持ち込んだパソコン等がそれを証明している。
しかしおかしな事にそこがどのホテルなのか分からなかった。
そんな馬鹿な話あるか。
今、滞在してるホテルに決まっている。
しかし内装が滞在しているホテルと何か違って見えるのだ。
だがどこが違うと改めて考えるとよく分からない。
なんとかホテルの内装を思い出そうとするが、すると輪郭が途端にあやふやになってしまう。記憶の中の方のホテルではなく、今現在私が居るこのホテルの方がだ。
どうにも変な感覚だ。
「流河?」
不安定な場所に心の均衡を欠いた状態だったので、偽名とは言え呼びかけられてひどく安心した。
名は偽りであっても私を構成する1要素であることには変わりがない。
声のする方に振り向くとそこには夜神月が立っていた。
これは明らかにおかしい。
捜査本部であるこの部屋に彼が居るはずない。
「夜神くん。何故ここに?」
問いかけると彼は笑った。
ひどく穏やかなそれに瞬間胸が高鳴った。
こんな彼の表情を見たのは初めてだと思う。
「僕がここにいる理由?そんなの流河が呼んだからに決まってるじゃないか」
「私が?君を?」
確かにいずれは彼を捜査本部に呼ぶ気でいた。
彼はそれを求めているし、私が彼に踏み込むために必要な手続きであると思っているからだ。しかしそれは今ではない。
夜神は悠然と私のすぐ目の前まで歩いてきた。
周囲はぼやけてしまっているのに夜神だけははっきり識別出来る。
彼だけが世界から浮き出ているように感じていた。
すっと彼がその両手を伸ばし、私の首元に近づいた。
半ば反射的に首を絞められると思い私は怯んだ。
しかし彼のその白い手のひらは私の首を素通りし、変わりに両腕がまるで抱きつくように私の首元に回された。
「何を考えているんです?」
唐突な夜神の行動を訝しんで問いかけると彼は楽しそうな、しかし挑発するような笑みを見せた。
「僕は何も考えていない」
あり得ない。と私は思った。
夜神は常に目まぐるしく思考を展開していて、何も考えなしにこんな行動を起こすはずがない。
「僕は考えていない。考えているのはお前の方だ」
どう言う意味か?
そう問いかけようとして口を開いたが、それが音となって発せられることはなかった。
私の口は夜神に封じられた。
夜神の唇が直接私の声を押さえ込んだからだ。
あまりに突然なその事態に私は抵抗する事が叶わなかった。
動けない私の口内を夜神は舌でもって蹂躙する。
抵抗しなくては。しかし身体を上手く動かす事が出来ない。
私は口付けられながら夜神に押し倒されて床に倒れ込んだ。
そう床に倒れたはずなのに何故か痛みも床の感触すらも感じない。
夜神に唇を犯されて多少息の上がった私の顔は血が昇って熱を帯びていた。
それなのに私に被い被さる夜神の体温は感じなかった。
おかしい。明らかに変だ。
夜神がようやく口を離した。混ざりあった私と彼の唾液が唇を濡らしていた。
それを夜神が自らの舌先でぬぐい取る。それを扇情的な仕種だと感じる自分がいる。
それがスイッチだった。
私は自ら身体を起こして夜神の肌に喰らいついた。
夜神と私の体勢が逆転する。もはや私には夜神しか見えていない。
他の物が知覚出来ない。
私は何故こんな事をしているのだろうか。
様々なものに募る違和感に私の意識がだんだん第三者的になっていくのを感じた。
確かにそこで夜神と触れ合っているのは自分なのに自分だという感覚がなくなっていく。
私から分離した私は夜神の肌に触れていった。
撫でるように滑る私の手に夜神がくすぐったそうに愉しそうに笑う。
それに気を良くしたのかもう1人の私は触れ方を変えていく。
手つきを変え触れる場所を変え舌を使って彼を嬲る。
エスカレートする行為に合わせるように夜神の反応も変化していった。
呼吸は荒くなり身体が切なげに震えている。
そして私たちの行為は当然と言わんばかりに下肢へと伸びていった。
躊躇いもなく私は夜神の衣服を取り払う。夜神は抵抗すらしない。
むしろ期待する様な歓喜の表情をその美しい顔に張り付けている。
おかしい。夜神も、私も。
夜神も積極的に動き私の衣服を取り外すと、外気に晒されることになった私の中心を口に含んだ。
緩やかに与えられる刺激と快感。銜え込む夜神の少し苦しげな表情に嗜虐心が煽られる。
私は己の手を唾液で濡らして夜神の後孔を穿った。
私が指を動かすと夜神がそれに反応して嬌声をあげる。
本当におかしい。あり得ないだろう、そんな事。
夜神がそんな声出す訳無い。出してはいけない。
私に犯される。そんな事態になったら夜神は私を軽蔑し侮蔑の言葉を吐くべきだ。
汚らわしいと罵るべきだ。
おかしい。おかしい。おかしい。おかしい。
とにかく全てを拒絶してしまいたい。
そう思った時に私は唐突に知覚した。これは夢だ。現実ではない。
痛覚が無いのも、私以外に熱が無いのも、都合の悪い所が考えられなくなるのも、それもこれもこれが現実ではなく夢だからだ。
そう知ってしまえば後は簡単だった。
起きろ起きろ起きろ。ひたすら頭の中で念じ全身に目覚めろと命令を下す。
目を開け。そうすればこの悪夢からは逃れられる。
私の意識とは別に進行していく夢の内容は既に正視し難いものになっていた。
私の下で喘ぎ声を漏らす夜神。それに興奮している私。
足を開き受け入れる彼は快楽に耽った顔をしている。
声を上げながら私に強請るようにしがみついて来る。
こんなのは夜神ではない!
そう強く思うのに私はこの男に欲情していた。
昂った己の熱で彼をぐちゃぐちゃに犯して泣かし鳴かせたい!
夢に存在するもう1人の私には理性が欠けていた。
分離した私が理性とでも言うのなら、その私が感じている事を『彼』が実行に移さないはず無いのだ。
彼は(私は)夜神を貫いた。
夜神が今までより一段高い声で嬌声を上げる。
私はそんな声など聞きたくないし、夜神の快楽が滲んだ顔なんて見たくもない。
しかしそれを愉しんで夜神を犯しているのも私だった。
快感を追って身体を動かし獣のように交わる。
私が動くとそれを逃すまいとするように夜神も腰を動かした。
まるで色狂いのような振る舞いに「夜神はそんな事をしない」と嘆き苦しむ私と、興奮する私。どちらも私だ。
本能や衝動しか残っていない『興奮する』私は、夜神を追い立てる為にさらに動きを速める。その私の思惑通りに夜神は興奮と快楽に顔を歪める。
夜神が果てて、その反動でもう1人の私も彼の肉の間に体液をまき散らした。
一通りの行為を終えてやっと私は己の現実の肉体を動かす事が叶った。
既に取り返しがつかない私は急ぐ事もなくゆっくりと瞼を開く。
電気が消された真っ暗な部屋。月明かりだけが部屋を照らしている。
見知った部屋だった。捜査本部にしている馴染みのホテルだった。
もうあの悪夢が起きた夢の中の部屋ではない。
夢は終わった。
私はいつもの体育座りの様な姿勢で1人がけのソファにいた。
周囲には誰もいない。時計を見れば明け方近くを指していて、皆どうやら仮眠を取りに別室に行ったようだった。
電気が消えてしまっているのは私が先に眠ってしまったからなのだろう。
ここに誰もいなくて良かった。私とて少しくらい羞恥心は持っている。
あんな夢を見たのだと改めて思い出して、私は溜め息をついた。
「最低だな……私は」
心の中だけで呟いたつもりだったのだが声に出してしまっていた。
脳に入ってきた自分の声に改めて思う。
本当に私は最低だ。私は夜神を穢してしまった。
どうしてこんな夢を見てしまったのか。
私はキラ捜査の間ずっと性欲に関する処理をしていなかった。
だから溜まっていたと言ってしまえば簡単なのだろう。
蓄積されたそれと、昨日の夜神の言葉をきっかけにしてこんな夢を見てしまった。
彼の口から放たれた「自分は男と寝た事がある」という冗談。
そう。あれは夜神のたわいない下らない冗談に決まっている。
あの夜神月が男と寝るはずなんてない。
私をからかう為の出鱈目を間に受けてあんな妄想じみた夢を見たのだ。
最低としか言い様がなかった。
夢から覚めた今も私の身体は興奮していて熱を帯びていた。
中心は勃ち上がっていて、夢現の内に吐き出すと言う情けない真似をしていなくて良かったと心底思った。
解放を求める自分のそれに手が伸びかけたが、これを収める為に自慰行為をする気にはとてもなれなかった。
辛さはあったが自業自得だと思う。
夜神をあんな妄想のうちに穢したのだから。
私は足を崩してソファの上で座禅を組んだ。
身体の熱と要求を鎮める為に目を閉じて集中する。
瞼の裏にあの質の悪い冗談を言う直前の子供のような仕種をした夜神が浮かんできた。
くだらない悪戯を思い付いた子供の笑顔だ。
それを穢したんだと更に己を恥ながら、私は夜の空気に冷たくなった部屋と同化するように深く息を吐いた。
朝になって学校に行きたがらない子供の気持ちを私は痛感していた。
大学に行きたくない。駄々をこねたかったが仕事だから行かなくてはならなかった。
あんな夢を見ておいて夜神と変わらずに接しなければならないのは少々きつい。
夜神の監視の為に行くのにあまり夜神に会いたくないという矛盾を引き起こした私は、わざと来るべき時間よりも早く大学に来る事にした。
いつもならば講議のある教室に向かって歩いている夜神に、後ろから声をかけるのが常だった。そうして彼と合流して2人して教室に向かう。
しかし夜神をとても正視出来そうにない私は、先に大学に来てまずこの場の空気に慣れてしまおうと考えていた。
そして他者のたわいないお喋りや喧噪に身を馴染ませながら、さも当然のように教室で夜神を迎えようと考えていた。「少し早く来てみました」等と言って。
それなのにそういう日に限って大学に入ってすぐに夜神と出会ってしまう。
いつもより早い時間に来たのにも関わらず夜神は大学にいて、いつも私を待ったりせずにさっさと教室に行ってしまうのに今日に限って私を待っている。
「おはよう、流河。ちょっと良いかな?」
案の定声を掛けられた。私は覚悟を決めて夜神の顔を正面から見据えた。
「おはようございます、夜神くん。なんの用でしょうか?」
いつも通りに言えたはずだ。夜神も別に何か違和感を覚えた様子もない。
「今日は早いな。念のため僕も早めに来て良かった。話があるんだ」
「話ですか?では放課後にまた喫茶店にでも行きます?」
「いや、今すぐが良い」
きっぱりと答える夜神に逆に私の方が違和感を感じた。
何か夜神にしては切羽詰まったような雰囲気を感じる。
「で、話とは?」
道すがら話せば良いと私は聞いた。
しかし夜神は口籠り、しきりに周囲を見渡している。人を気にしているのだ。
「ここでは厭ですか?」
一応聞いてやれば少しほっとしたように息を吐いた。
夜神が私の方に手を伸ばす。反射的に後ずさりそうになるのを何とか私は堪えた。
「こっちに来てくれ」
夜神が私の手首を掴んで引っ張る。
と言ってもそれはすぐに放されたので、ただ単に道を誘導する為のたわいのない行為だとは分かっていた。
しかしそれでも激しい動揺を感じてしまう。
触れられた手の暖かさはあの夢にはないものだ。現実に夜神に触れられたのだとはっきりと意識してしまう。
夜神は私がついてきている事を確認もしないで、さっさと前を歩いてしまっていた。
それに関してはいつもの事だと思っていたのだが今日の夜神は少し違っていた。
私の事は気にしていない様だが妙にきょろきょろと視線を動かしていて、私以外の何かに気を取られている様子だった。
私達は道を外れて景観の為にうえられた木々を抜けて、大学内で恐らく最も目立たないであろう場所にやってきた。
木々と塀と校舎に囲まれたそこは戸外でありながら部屋のように隔離された場所だった。
校舎に窓はあったが木々が邪魔をしてとても覗けそうもない。
それに私の記憶が確かならばこの目の前にある校舎自体があまり人気のある場所ではなかった。
人など来そうにもない校舎裏。確かに秘密の話をするにはもってこいの場所だろう。
私は校舎の壁を背にして地面に腰を下ろした。それを見た夜神が私の横に座る。
潔癖性にも思えた彼が直接地面に座るのは意外だった。
「話とはなんでしょうか?」
早く夜神の用事を終わらせたかった私は率先して話を終わらせようと考えていた。
秘密の話にもってこいのこの場所は今の私には毒でしかなかった。
「あぁ、お前に聞きたい事がある。最近僕に監視を付けているか?」
それはあまりに予想外の話だった。
身に覚えがない。確かに私は夜神に監視を付けた事があるが、それは昔の話だ。
もう今は付けていないし、それをするほどの人手もなかった。
「付けていません」
「本当か?」
疑いの眼差しを向ける彼に私はきっぱりと否定した。
「本当です。夜神さんに聞いてみて下さい」
夜神に対して隠し事も嘘もいくらでもするがこれは真実だった。
自分がしていない事の責まで負いたくはない。
夜神はしばらく私の言葉を吟味するように黙り込んでいた。
私の言葉をまず疑ってかかるのは彼の習性の様なものだ。私も辛抱強く待った。
そしてそれなりに長い時間の沈黙の後に彼ははっきりと告げた。
「分かった。信用しよう」
信用。私たちの関係にこれほど滑稽な言葉はないと思ったが、妙に嬉しさを伴っているのも事実だ。
私はどうやら彼に信じるに値すると思われている。
彼はキラだ。そうでなくてもそれに近い思想の持ち主だ。
彼に認められたことはそのまま清い人間だという証明になる。
この自他共に厳しく律する夜神に認められたのなら誇っても良いくらいだ。
しかし私は清い人間などとはとても言えない。
「最近妙に視線を感じるんだ。学校だけならともかく、家にまでついて来てる。
だからお前を疑ったんだけど」
夜神の信頼を勝ち得た私はどうやら彼に相談とやらを受けているらしい。
それにしても彼の相談内容はいわゆるストーカー被害なのではないだろうか。
「お前じゃないなら心当たりがないんだ。誰がこんな事をしてるのか……」
彼のその体験には同情してやっても良い。
得体の知れない視線は気持ちが悪いのが普通だろう。
しかし私はそんな事より一刻も早くこの戸外の密室を抜け出したかった。
今の私は言葉を紡いでいるだけの夜神の唇を艶やかなものと捉える。
肌の露出を好まない彼のきっちり着込んだ服の向こうを無意識に考えてしまう。
「流河?」
さすがにまったく聞く気がなさそうな私に嫌気がさしたらしい。
夜神が顔を歪ませて不快を訴える。
座り方の差違か、いつもとは逆に上目遣いで覗き込んでくる夜神に私は思わず顔を背向けてしまった。
あからさまな拒絶の態度に私の様子がおかしいと夜神も気付く。
「どうしたんだ?」
心配げに眉が潜められていて、調子が悪いのかと彼は純粋に心配しているようだった。
それなのに私の理由とやらはどうだ?
こうして心配してくれている夜神を情欲の対象にして、それを抑えようと奮闘しているのだ。
「流河。黙られちゃどうしようもないんだけど」
どんなに質問を投げかけても黙ったままの私に、夜神はいい加減にしろと言うように私の顔を強制的に自分の方に向かせた。
恐ろしいほどの至近距離に彼の顔がある。
目の前の赤い唇にどうしようもなく惹かれた。
あぁ、また私が分離していく。
夢の中ではもう一人の自分だった私が表層に現れる。
私は現実のそこに存在する夜神の唇に己の唇を重ねた。
夜神の目が驚愕に開かれるのが分かる。
しかしあの獣のような私が現れたのはほんの一瞬のことだった。
私はすぐに意識を取り戻して夜神を突き飛ばすことで自分から放した。
「流河……?」
押されて尻餅をついてしまった夜神が私を怪訝そうな眼で見た。
あんな真似をしたのだから当然だ。
「すみません。今のは……忘れて下さい」
調子の良い台詞だと自分でも思う。
夜神は私をじっと見つめて、私の行為の意味を考えているようだった。
「流河は僕のこと好きなのか?」
唐突なキスに意味を持たせるとしたら、普通それを思い付くだろう。
まさか一足跳びに性欲に結びついているとは考えない。
「違います」
私は夜神の質問を即座に否定した。
私は夜神を好きな訳じゃない。それは確かな事だった。
「じゃあ何なんだ?」
問いただされても正直に言える内容ではない。
珍しく口籠る私を夜神は許そうとはしなかった。
「昨日君が変を事を言うので……」
結局出てきたのは自分でも呆れてしまいそうな責任転化の言葉だった。
私の言葉に夜神は口元に手を当てて昨日の事を思い出そうと考え込む。
「それって男と寝た話?そういうのに興味があるのか?」
「ありませんっ!」
反射的に言った後で後悔する。強く否定しすぎた。
これではある意味肯定しているのと変わらない。
私の強すぎる否定の言葉を夜神はやはり肯定として受け取ったらしい。
揶揄するように愉しそうな笑みを口元に浮かべる。
その笑みは私が見た夢の中での夜神に似ていた。
情事を楽しむ淫売じみた笑み。その笑みに私は酷く嫌悪を感じる。
どうしてそんな笑い方をするのか。夜神月はそんな笑い方をしないはずだ。
「意外だな。流河がそういうの興味あるって」
言いながら夜神は私にのしかかってくる。
夢と酷似した状況に私の頭は混乱していた。どうしてこんな状況になる!?
「夜神くん、退いて下さい!」
「嫌だよ」
楽しそうに笑いなが夜神は私の膝を押して無理矢理足を開かせた。
そのままジーンズの金具に手を伸ばす。私の中に恐ろしい程の焦りが生まれた。
「何を考えているんですか!?」
くしくも夢の中で吐いた台詞と同じ様な事を言っていた。
そしてまるであの夢を知っていたかのように夜神が言う。
「何も考えてないよ」
夜神はジーンズの前を乱暴に開いた。すっと中に空気が入って来るのが分かる。
中に夜神の手が押し入って私の性器に触れた。触れられた感覚にぞくりと肌が泡立つ。
「止めなさいっ!」
口では否定するものの行動には起こしていないのだからお笑いだ。
結局私は本気でこれを止めたいとは思っていないのかも知れない。
いや、あんな夢を見たんだ。きっと望んですらいる。
夜神の手が動いて私の性器を擦っていた。
だんだんと熱を帯びて勃ち上がって行く私の中心は外気に晒され、夜神はそれを観察するように見ていた。
あまり他人の性器を見ていると言う表情ではない。
珍しいものを見ている様なそれに私は一瞬だけ気勢を削がれた。
しかしそれもほんの少しの間だけだ。
勃ち上がった性器を夜神が赤い舌を差し出して滑るように嘗める。
舌先でカリ首のあたりを刺激されると快感が背を駆け上がった。
快楽に私の身体が震えて、それを見た夜神は私の性器を思いきり良く口に含んだ。
口内独特の滑りと生暖かさに中心が刺激される。
どくどくと血が昇って行くのが分かる。
私にとって夜神の印象は中性的、無性的な美の持ち主だった。
それはそのまま性に関して未熟、もしくは無いと言う印象だ。
彼に性に関する事柄は似合わない。性交渉も自慰すらからも無縁に生きてきたように見えていた。夜神がそんな事をするのだと考えるのも罪であるように思える。
それくらい無垢なものとして私は捉えていたのに……
実際はどうだろう。今夜神がこうして私に触れているという事実。
それが苦しくて仕方がなかった。夜神はこんな事をしない。これも悪夢であると思いたかった。
私の足の間で夜神は口淫を続けている。
舌使いが激しくなり私の中心ははち切れんばかりになっていた。
溜まっていたという事実もあり、私は今にも吐精しそうになる。
しかしやはり私はそれを拒否したかった。
今積極的に動いているのは夜神だったが、それでも非があるのは自分の様な気がしていた。
そもそもあんな夢を見なければこんな事にはならなかったのだから。
ここで吐き出してしまえば私は本当に夜神を穢してしまう。
それなのに私の忍耐にも限界が来ていた。
もう耐えられない。そう感じた時に私は反射的に夜神の髪の毛を掴んで、自分の方へ無理矢理に引き寄せた。
性器の先端が喉奥に当たり、そこに白濁とした体液を注ぎ込む。
乱暴なそれと呼吸の難しさからか夜神がうめき声を上げた。
全てを流し込んだ後に私はのろのろと掴んでいた夜神の頭を放した。
やってしまったという後悔だけが私を支配する。
漸く放された夜神は口から私の萎えた性器を外して、ごくりと口内に溜まった精液を嚥下した。口端についた残りも嘗め取ってしまう。
彼は慣れているのだ。
それをはっきりと感じて打ちのめされる自分が居た。
これでは男と寝た事があると言うのも真実か。
「どう?楽しかった」
それなのに問いかける顔には今まで性に関する事をしたという雰囲気はない。
本当に何かの遊びを楽しむ子供の様な表情が浮かんでいる。
「馬鹿言わないで下さい」
本当に夜神月が何を考えているのかが分からない。
こんな事をするのは彼らしくないと思う。
現実の夜神月すら夜神月でない様な気がして来る。
「流河……?」
不安そうな問いかける声に私は顔を上げた。
「嫌だった?」
「すみません。今日は帰ります」
せっかく来たのに馬鹿だと思う。
しかしこんな理解出来ない彼とこれ以上一緒に居たくはなかった。
「分かった。じゃあまた」
普段通りに夜神が接する。
まるでさっきまでの行為も夢であったかのようだ。
しかしけっして夢でなどなく、私が夜神を本当に穢してしまったのは事実だ。
目隠しになっていた木々の中を足早に通り過ぎながら、どこかで誰かが私を見て嘲笑っている様な思いがした。