嘘
備え付けのティーサーバーで夜神月が茶を入れている。
こぽこぽという柔らかな音がたつと紅茶の香りがふわっと周囲に広がった。
なんとか警察から逃れた私達は取り敢えず適当にホテルをとってそこに身を寄せた。
本当なら捜査本部にしているホテルに帰れば良いのだろうが、夜神を連れている以上そういう訳にも行かない。
夜神を家に帰す訳にも行かなかった。個人的な理由で。
紅茶を入れ終えた夜神がくるりと私の方を振り返った。
そして私を視界に入れた瞬間に少し吹き出す。私は何か笑われる様な事をしただろうか?
「まだそんな格好でいるのか?」
夜神の指摘に私は自分の身体を見回した。
現在の私の格好はジーンズを身に着けているだけで、上半身裸。シャツは着ていない。
私のシャツはどこにいったかと言うと目の前の夜神が身に着けている。
では彼の服はどこに行ったか?
実は部屋の隅に置いてあるゴミ箱に放り込まれていた。
もはや彼の服は服として使うにはいささか無理のある状態にまでなっていたからだ。
警察から逃れようと窓から出るなんて真似をしたせいだろう。
彼の服はどこかに引っかかり糸が解れたり穴が開いてしまったりと酷い有様になっていた。
そのまま帰るにはいささか無理がある格好。しかし既に深夜と呼ばれる様な時刻では服を調達するのも困難だ。
私はこのまま外にいるのもどうかと思い、こうしてホテルをとって夜神を連れてきた。
服を調達するまで時間が掛かりそうなのでそれまでの間の繋ぎとして。
「寒くないのか?」
上半身裸の私に夜神が問いかける。
「大丈夫ですよ。健康には自信があります」
それを聞いた夜神の表情は訝しげだ。
確かに私は現在健康とは結びつかないような生活を送っているが、それでも体調を崩した事はないし丈夫であるのは確かだと思う。
夜神は私の目の前のテーブルに1つ紅茶を注いだカップを置いた。
手にも持っているから、これは私の為の物と考えてもいいのだろうか。
手にとっても何も言わないので、私は有難くそれを頂戴する事にした。
頼みもしないのにどうして私の分まで入れてくれたのだろうか?と少しだけ疑問に思ったが、彼はそういう表面的なモラルに関してはしっかりした人間なのだと思い返す。
夜神は自分用の紅茶を手に持って私の正面に当たるソファに座った。
辺りをきょろきょろと興味深そうに見回して微笑む。少し穏やかなそれに私は思わず動揺した。
「流河はこのホテルに住んでるの?」
「どうしてそういう結論に?」
聞き返すと夜神はその長い指をまっすぐ私に向けて答えた。
「世界のLだとしたら本拠地は別にありそうだから」
「そうですね。当たりです」
私が言うと彼は興味津々といった顔つきに変化する。
あくまでこれから言う事は好奇心で聞いているのだというポーズだろう。
「本拠地はどこにあるの?やっぱりそこで調査してる?」
夜神はキラ事件の捜査本部の場所を聞いているが、まさか答えが得られるなどとは彼も思っていないと見て良い。
私は彼の想像通りに「世界中にあります」と答えをはぐらかした。
その答えに彼もやはりといった顔で笑う。お互い分かりきった事を聞くのは不毛なのだが、それでもこのやり取りは楽しいと思う。
「でも半分はずれですね。ここには住んでいません。今取りました」
「ふーん」
興味なさそうに呟いているが、外れてしまった事が残念らしい。少しすねたような声色が子供の様だった。
「だから私の着替えもないんですよ」
「脱ごうか?」
私のシャツを指で摘みながら夜神は言う。私はそれに首を振った。
「いえ、着ていて下さい」
「そう?ありがとう」
夜神は私の言葉を純粋に好意として受け取った様だが、実際には自分のためだ。
下手をすれば夜神を襲いそうな自分を恐れた。
私が夜神を性の対象として見ることが出来るのは否定したいが事実だ。
しかし私の心ははっきりと夜神を拒否している。
身体と心が隔離するなどよく話には聞くが、自分には縁のない話だと思っていたのに。
夜神が飲んでいた紅茶をテーブルに置く。
カップとテーブルの触れ合う音が私を脅すようにやけに強く聞こえた。
「今日は散々だったな」
「まったくです。あんな事態になるとは」
酷く疲れた一日だったのはお互いの感想らしい。しかし夜神はそれに性質の悪い笑みを乗せて付け加える。
「おかげでせっかく面白い事になったのに、ふいにした」
面白い事。
彼にとってのそれはおそらくあのビルの中でのやり取りだろう。自分にとっては思い出したくもない事態だ。
誘われたとはいえ彼を抱こうとしてしまった。
あの時の自分は理性とか性欲を御しきれていなかったとかというより、ただ単純にキレていただけの様に思える。
私は夜神の言葉に怒りを感じていた。
彼は私たちの関係は何をしても変わらないと言った。
それはおそらく正しい認識で、私たちの関係がたかだかセックスで変わるはずもない。
しかしそれを私は侮辱されたように感じてしまった。
私という存在は夜神の中でそれほどまでに軽い存在だったのかと。
変化を伴わないので寺椅よりはましだと言われる私。
つまり夜神の中で寺椅とは寝てしまえば関係が変化する間柄という事だ。
それを夜神は望んでいない。
夜神と寺椅の関係が悪化するにせよ良くなるにせよ、そこにあった友情めいたものは薄らいでしまう事は確実だ。
前者ならば疎遠に、後者ならば友情は違う物に変化する。
夜神は寺椅と友人である事を望んでいる。それほど思われている。
私は変化を伴わない。根本である結び合う情がない。
夜神にとって私は毎日使っている筆記用具だとかそういう物と同じ。
昨日から同じように存在していて、明日も変わらずそこにある。
それは酷く軽い存在だ。
「もうあんな真似しないでください」
私の拒絶の言葉を彼は揶揄するように笑った。
「流河も乗り気だったじゃないか」
そう言われるのは仕方のない事。
しかしここで言っておかないとこれから先悲惨な事になるだろう。
「溜まっててちょっと理性的ではありませんでした。私は君を性欲の捌け口になどしたくない」
「仕事で会っている容疑者だから?それとも嫌いだから?」
断言する私にそう問いかけた彼の洞察力には眼を見張る物がある。
よく私の分かる範囲での私の心理を読み取った物だ。
私は己の探偵という職にプロフェッショナルとしての意識を強く持っている。
故に夜神に感情を抱いたりなどしたくはない。あくまで容疑者というひとつの要素として扱っていきたかった。
だから後者の嫌いという感情も持ちたくもない。飽くまで無機物のように接していたい。
しかし私が夜神に感情を抱いているのはもはや明白だ。
それはマイナスの感情ながら嫌いとも違う、言い切れない失望めいたもの。
私はおそらく『キラ』に憧憬を抱いていた。
犯罪者キラ。神を気取った大量殺人犯。無邪気に正義を気取った悪気なく人を殺す子供のような人間。
キラはきっと子供のような人だから性欲なんて持ってなさそうだとそんな事を思っていた。
邪気のない子供のように大人の醜さから離れている。
そういった普通の人間の感覚から遠い存在でなければ、あのような殺人など出来そうにもないと。
敵であるキラを否定しなければいけない私がキラを神聖化していたなど笑い話にもならない。
そして私はそんな人間でないキラを夜神に重ねていた。
私の想像するキラとは違っていたからといって失望されるのは、キラであってもなくても夜神にとっては迷惑な事この上ないだろう。
彼は既に18で法律的にももうすぐ成人する。肉体的な成長のピークも迎えていて、その構造は私とそう変わらない。
そんな人間が性欲を持っているなんて本当は当たり前の事だ。
「溜まってるんだろう?お互いの性欲解消っていうギブ&テイクでいいんじゃないか?」
私たちの関係では何も生み出さないと分かりきっている。
寝たからと言って関係が変わるわけでもなく、まして情報など手に入れられるはずもないのに夜神はどうしてこうも執着する?
「嫌です。二人でする必要なんてない。勝手に自分ですればいい」
「僕は独りより誰かと一緒の方が良いな」
私の拒絶の言葉にすかさずそう言う。
誰かと一緒が良いと言っても私のような人間まで含めるなんて節操がなさ過ぎるだろう。
男性でも女性でも構わない。敵であっても構わないなんて。
「流河は今まで寝た人達よりも良さそうなんだけど」
それはつまり都合が良いという事だろう。
ただ性欲を処理するだけの相手としては関係の悪化も良好も決してありえない私は面倒がない。
「君の性癖は私には理解できません」
ため息をついていると彼は立ち上がって私の方に近付いてきた。
思わず動揺してしまい自分を叱咤する。
「何も生み出さないのなら嫌がる必要もないだろう」
まるで私の心を読んだような台詞だ。いや、彼のことだから私の疑念をしっかりと読みとったのだろう。
それに比べて……
「私は君を読み切れていなかった様です」
夜神のこれは意外な一面の一言では言い切れない様なものだ。
私の認識が根本から間違っていたのだろうか。そう思わさせる様な変貌。
夜神は私の肩に手を置いて耳元で落ち着いた穏やかな声音で囁いた。
「1回だけ、やってみないか……そうしたらもう二度とこんなことしないから」
そう言った夜神の声が少し震えているように感じた。
情欲に濡れたものではなくむしろ泣き出しそうな雰囲気を感じさせる。
私はその時初めて夜神月という人間を感じた。
キラではない。
ましてキラとしての理想を外れた失望の対象の夜神でもない。
何故こんな風に感じたのか。夜神の主張する性欲処理という理由が嘘であるように感じた。
だが真意は見える物ではない。
私には夜神の考えが分からなかった。
私は夜神の今まで生きてきた人生をしっかり把握してきたはずだった。
生まれた日から今日のこの日まで。どんな出来事があってどんな考えで生きてきていたのかトレースしてきた。
大学の友人から近所の人間まで夜神と関わりのある者は調査し、父親である夜神さんの話を聞き、私は全てを知ってきたはずだった。
しかし実際には夜神は私の知らない過去があり、私の知らない姿を持っていた。
ぬめりとした生暖かい感触が肌を伝った。夜神の舌が私の首筋を這っている。
のし掛かってくる夜神を見ながら服を貸したのは失敗だったかと妙に冷静に思った。
「離れてくれませんか」
「1回も駄目?これからはしないよ」
「もし拒否したら?」
「機会あるごとに襲うから」
冗談の様な口調で言っている。
そして実際これは冗談の様なもので本気ではないのだろう。これは只の理由付けだ。
私が「それなら仕方がない」という言い訳を出来るようにするため言葉。
彼は私が彼を求めている事を知っている。
肌を舐める夜神の舌がだんだんと下へと移動していった。
手が下肢に伸びてジーンズのボタンを外そうとするのを私は止めることが出来なかった。
私の中心は夜神の行為に少しだが反応を示している。夜神はそれを見て満足そうに口端を上げた。
私は一種の諦めと共に夜神の肩を抱いてこちらに引き寄せた。
「一度だけです」
「うん……ありがとう」
似合わない言葉だった。夜神が私に礼を言うなど。
それも彼の言葉は確かに穏やかな響きを持っていてこの場には似つかわしくない。
ただ情欲のために寝るだけに何故こんな風に礼を言う。
明らかにおかしい。やはり彼には何らかの目的があるはずだ。
「……流河は僕の真意をつかめないでいる」
私の現在の状況を夜神はぴたりと言い当てた。
「でも真意なんてない。僕は本当に何も考えていないんだ」
何も考えていない。それは日中でのやりとりでも私の夢の中でも夜神月が口にした言葉だ。
何も考えていないというその言葉を信じるのなら、彼がこうしているのは感情からということになる。
感情、情、本能。しかしそれに性欲は当てはまらないな、と私は直感的に感じていた。
夜神は自分も性欲があってそれを理由に私を誘っているとしているが、私に対して興奮するようなそぶりは見せない。
男と寝ているからにはそういった性癖があるものと考えられるのにも関わらずだ。
男と寝たことのない私は夜神を見て興奮するというのに。
只これはおそらく夢によるすり込みみたいなものだろうが。
男と寝たことがあると嘯く夜神は私を性欲の対象としては見ていない。
それでも彼は私という男と寝たがっている。矛盾していないだろうか。
私の思考をかき消すように夜神の頭が私の下半身に向かった。また口でしようとしているらしいが私はそれを止めた。
疑問符を浮かべる夜神の腰を抱いて私は彼のズボンのファスナーに手をかけた。
ズボンを下ろして下着越しに性器を撫で上げるとはじめて彼は表情を歪めた。こうして触れられれば興奮はするらしい。
私は下着を下ろして彼の性器へ愛撫を加えた。男相手にこんな真似をするなど初めてだったが、意外といけるものらしい。
夜神は頬を赤く染めながら耐えるように眉を寄せている。
散々乱れた人間を演じていた癖に快楽を感じる事を我慢しているのは違和感があった。
「流河……僕は良いから」
手首を掴まれそう言われた。その表情は快楽に歪んでいて、それが私を興奮させた。
そういう表情は嫌だと思っていたのに、想像ではなく実際に彼がする場合は別らしい。
己の手で彼を歪めるのはとても心地良い。
「何故?お互いの性欲の発散なのでしょう?」
「いや、流河を優先して」
自分は良いと首を振る。その様子にもしかして彼はとても淡白な人間なのではという考えも浮かんできた。
夜神の性欲を否定したかった私にはそれは都合のいい想像だったが、それならばこうして二人で行為に及ぼうとしていること自体がおかしいだろう。
私は夜神の主張を無視して彼の欲を煽るようにする。
あれだけ夜神の乱れた姿を嫌がっていたのに、理性ある私ももはや消えたのか。
だんだんと彼の膝が笑い始める。もう少しなんだろうな、と私は彼の性器のくびれ辺りを強く刺激した。
「あっ……」
短い声を上げて彼は私の手に精を吐き出した。
荒い呼吸を整えようとする夜神の前で私は彼の精液の付いた手を舐める。
「汚いなぁ」
それを見た反射的な感想だったのだろう。彼は小さく呟いた。
「自分のですよ?それに私は君の口で出しましたし」
こともなげに言う私に彼は呆れたように苦笑した。そのまま私の手に指を絡めて、手に付いた白いそれを絡め取ろうとする。
私の手から精液を取った夜神はその手をそのまま自分の後孔に持っていった。そのまま指で穿っておそらく痛みに顔を歪めた。
「慣らさないと入れられないから」
そう理由を言う彼を見ながら私は自分の指先を舐めて唾液でぬらし、夜神の指が既に入っているその中に自分の指もくわえた。
「流河……っ!止め」
「慣らすってこういうことでしょう?じゃあ良いじゃないですか」
私が指を動かすと夜神は自分での動きを止めてしまった。私の行為に耐えるように眼を硬く閉じている。
私は彼の後孔を指で蹂躙した。動かすために痛みの為か夜神が顔をしかめるのを見て私は夜神の肌に噛み付く。
さらに加わった痛みに夜神が「うっ」という喘ぎをもらした。
「流河は噛み癖があるな」
あのビルでもそういえば噛みついた。
私は今まで性交渉の際相手に噛み付くなんてしなかったと思う。どうやら夜神限定での動きだ。
たぶん私は彼の痛みを堪える様子が好きなのだろう。
だからこうして彼の中を掻き回すのも愉しい。
夜神は己の指を中から抜いた。どうやらこちらは私に任せてしまうらしい。
彼は私の性器を手にとって愛撫を始めた。既に張り詰め始めていたそれは反応が早い。
私は高まる自分の熱を感じながら、夜神のものが萎えてしまっているのが気になった。
私は己の知識の中の医学の分野から前立腺というフレーズを思い出して、だいたいそこであろう位置を指で強く刺激した。
「ひっ……あぁっ!」
痛みではなく今度は快楽での喘ぎ声をあげる。生理現象には逆らえないらしく彼の性器も立ち上がり始める。
さらに中を引っ掻き回そうとするも、それは夜神に止められた。
「入れ……させて」
彼は私の性器を軽く手で押さえて固定すると、膝に乗りあがり己の身体をゆっくりと下ろしていった。
温かい肉に包まれる感覚がする。熱のあるそれは夢ではなく現実の夜神月だ。
彼を汚す恐れをすでに私は持ち合わせていなかった。
彼は私に出会う前から誰とも知らない人間に足を開いていたのだ。
私が穢す前から穢れている人間だった。だったら何を気にする必要がある。
こんな状況になってまでどうして私は、未だ夜神を抱く事に罪悪感を抱くのか。
自分の心をかき消すように、これは性欲処理のための只の行為だということを強調するように私は夜神を蹂躙した。
体勢が自分が動くのに邪魔だったから、無理やり彼の身体を押し付けて体勢を変えた。
「痛い!」という呻き声が聞こえた気がした。
気がするだけで私はそれを認識していなかった。現実の声だったのに。
私は夜神の肉体を貪った。
私の行為に夜神は快楽と痛み二つの呻き声を発していた。痛みは私が必要以上に乱暴に扱ったからだ。
髪を引っ張り、無理な体勢を強制し、彼の都合など一切考慮せずに抱いた。
それなのに夜神は苦言も抵抗もしなかった。
何時もの夜神なら怒り出すか嫌味のひとつでも言いそうな状態なのに何もなかった。
ただ私の暴力的なまでのそれを享受している。
その彼らしくない状態に私は苛立ちを抑える事が出来ず、さらに彼を乱暴に扱う。
悪循環だった。
眼が覚めた瞬間、部屋に陽の光が入っていることにとても驚いた。
そして自分がちゃんとベッドに寝ていることも不自然でならなかった。
いつも部屋を移るのが面倒で椅子の上にそのまま寝てしまうのが常なのに。
ふと横を見て私はその原因を知った。
白いシーツが盛り上がって隙間から茶色いさらさらとした髪の毛がが覗いている。
昨日さんざん互いの肉を貪った相手を視界に入れて私は一気に覚醒した。
夜神を抱いた事への興奮の残滓が私を苛んで止まない。
あれだけしておいてまだ罪悪感を感じる。
あれだけされてまだ夜神を綺麗な物にしておきたい自分がいる。
そしてそう思えばそう思うほど実際の彼への失望や嫌悪は強まっていった。
夜神は家に帰らなかった。否、私が帰らせなかった。
はじめこそは彼が主体となって行為をしていたが、時が経つにつれて主導権はだんだんと私に移っていった。
結果夜神の体力の限界を越えてしまったらしい。彼は精根尽き果てて、帰る事すら侭ならなくなってしまった。
只でさえ色々あって疲れていた様だから仕方ないだろうが。
私はベッドから降りると自分の携帯を手に取った。
寝ているとは思うが念の為、部屋から出て電話をする。相手はワタリだ。
『お早うございます、L。ゆっくりお眠りになられましたか?』
「ワタリすまない。遅くなった。捜査本部は」
『こちらは滞りなく。差し出がましいようですが夜神さんは誤魔化しておきました』
ワタリの言っているのは夜神月の事だろう。
ワタリは昨夜の出来事を当然知っている。夜神の服を届けに一度来た筈だ。
「ワタリ、私は……」
『何をしたかは存じ上げていますが、言い訳だけはなさらないでください。もう大人なのですから』
どうして夜神とあんな事になったのかを説明しようとして、ワタリに封殺された。
私は言い訳するのをあきらめて、代わりに二つの命令を出した。
「ワタリ、昨日麻薬を拾った。日本警察が捜しているだろうから私達の事には触れず贈ってやってくれ」
『了解しました』
「それと、夜神月の調査をもう一度。今度は交友関係を徹底的にだ」
夜神に関する一通りのデータは本部にあったが、細かい交友までは追いきれていない。
私は夜神を全て知り尽くす。彼の表面的には現れていない過去を知るには、もっと突っ込んだ調査が必要だ。
『キラ関係ですか?』
「……いや」
そうだと答えそうになった。しかしこれは飽くまで私の興味でしかないのだろう。
彼の過去を知ったところで現在起きているキラ事件には関係がない。せいぜい動機がつかめるかもしれない程度。
そしてその確証もない。
後からガチャリというドアの開く音がした。夜神が起きたのだろう。
振り返ればドアを少しだけ開けて伺うようにこちらを見ている。
「流河、そっちに言っても差し障りないか?」
一応捜査関係の電話かもしれないと気を使っているらしい。キラ候補の癖に。
「少々お待ちを……ではさっきの二点、早急に」
『了解しました。服は玄関先です』
「分かった」
そのやり取りを最後に電話を切って夜神の方に向き直る。
服を脱いだままで肌寒いのかシーツをまとった夜神が数センチ開いたドアの向こうから見えた。
「流河」
それはぼそりとした小さな声だった。
「昨日のどうだった」
続けられた言葉に私が疑問符を浮かべると、夜神はまたぼそりと呟いた。
「気持ちよかった?」
「……そうですね」
一応告げられた肯定の言葉に夜神がうっすらと笑んだような気がした。
ドアで影になっていて夜神の表情は良く見えない。
「もう二度としませんよ」
私の拒絶の言葉にやはり夜神は「そう」とだけ小さく言った。
口調こそ無感動な印象を受けるが、ドア向こうの顔は泣きそうに見えた。
見えただけだ。
やはり表情は影でまったく分からなかった。
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
中身がない。
悶々とした挙句にごく軽くえろっただけ。
次からは話を進めます。