第八回絵チャログ
左からまつさん(彩色はあいだ砂樹さん)、井上潤也、橘まなかさん
花月梨依:まつさん
「やめ…っ、何するんだよ」
腕を掴まれ無理矢理連れ込まれたロッカー室は、男子校特有なのか、どこか埃っぽい。
「何って、何だと思う?」
振り向き様に言う京極の言葉に、志村は言いかけた言葉を飲み込んだ。
その行為にいち早く気付くと、京極は至極楽しそうに笑う。
「何?言えないようなことでも考えてたの?」
笑みに、自分の思考を完璧に読まれていたことに気付く。
恥かしい、というより、屈辱だった。
「さぁて。…今から俺が一体何をするか、分かる?」
「分かる訳ないだろう!」
「本当?嘘付きだね、志村は…」
言うなり、京極の腕が伸び、そのまま胸に貼り付けられた数字の上をなぞっていく。
「っ」
ぞくり、と背筋を走ったのは、快感ではなく嫌悪。
「や、めろ」
「でももう上からでも分かるくらい、ここ立ってるよ」
言われて体操着の上から胸の飾りを押し付けられ、小さく悲鳴を上げた。
そんな場所、女じゃないのだから、触られても感じたりはしない。
けれど意思とは関係なく、そこは緊張なのか立ち上がってしまうのが自分でも分かった。
「やめろよっ」
もう一度、今度は叫ぶみたいにして言うと、京極は演技染みた風に溜息を吐いた。
「駄目だね、そんな風に抵抗するの?」
「気持ち悪いんだよ。お前も、そういう触り方も」
「それじゃあ仕方ないね」
「何…っ」
言うなり、京極の腕が伸び、そのまま目を覆ってしまう。
「ちょ、何…っ」
「気持ち悪いものは見たくないでしょう?だったら見なければ良い」
「お前、何考えて」
京極の手に力が籠められ、そのまま視界が真っ暗になってしまう。
「何考えてるか、分かってるくせに」
程なくして頬に何か柔らかいものを感じた。
それが彼の指先なのだと分かるまで、少しだけ時間が掛かった。
それは徐々に位置を変え、頬をなぞって首筋へと落ちていく。
「ひぅ」
首筋をなぞられた途端、自分でも驚くほど甘い声が出てしまっていた。
「見えない方が感じるの?それって変態じゃないの」
京極の声に、志村は小さく息を飲む。
「そんな訳、ないだろ…っ!」
まだ授業が終わってないせいか、時折校庭から教師の吹くホイッスルや生徒たちのざわめきが聞こえる。
そんな中、自分は目隠しをされ、京極の指先に翻弄されているなんて。
手を縛られている訳でも、掴まれている訳でもない。
まして彼に従わなければいけない理由なんてないのに、その手が目を隠しているという事実に、身動きさえ取れなかった。
「きょ、ごく」
「何、もう感じちゃってるの?」
「違…んぐっ」
口を開いた途端、彼の指先が口腔へと入り込む。
「んぅ」
「ほら、舐めてみなよ。一昨日俺のを舐めたみたいに」
「ふ、ぐ…ぅ」
一昨日のことを口にされて、瞬時に顔が赤面するのが手に取るように分かった。
「一昨日のこと、まだ覚えてるでしょう?俺のを、志村の口が美味しそうにしゃぶって……痛っ!」
咄嗟に歯を立てた志村に、京極の指先が抜け出していく。
「ふざけんなよ、こんなことしていいとでも思ってるのかよ」
「一昨日もこうして俺のに歯立てたよね。いい加減、覚えたらどう?こうされたらどうなるか…」
「んぁぁ!」
言うなり京極の膝が志村の下半身を突き上げる。
ちょうど自身を刺激されるような形になって、志村は音を立ててロッカーに押し付けられた。
「ここ、もう固くなってるじゃない。こんな淫乱のくせに、生意気だよ」
「京極っ、お前…っあ」
「ほら、良いって言いなよ。最終的には喘ぐのは志村だろう?」
ぐいぐいと膝でもって秘所を圧迫されるだけで息が乱れてしまう。
視界をふさがれたままのせいだろうか、他の感覚が敏感になっているのか、頬を伝う指先や膝の刺激が凄まじい。
嫌なのに、抵抗したいのに、それでも身体がいう事を聞かなくて。
一昨日もそうだった。
嫌だったのに、嫌だと思っていたのに。
なのに最後には、声を荒げて京極を受け入れてしまっていて…。
「…っあ」
小さく息が漏れるのと同時、唇をなぞって京極の指先が入り込む。
大きさから言って、親指だろうか。
そのまま指先が舌を撫で、そのまま口腔の奥へと入り込んでいく。
それを感受していると、京極の顔が気配で近付くのが分かった。
「いい子だね、最初からそうしていればいいのに」
耳元にそっと、京極の声が響く。
声が、脳内に響いていく。
まるで麻薬みたいだ。
本当はいけないことだと分かっているのに、一度知ってしまえば甘い蜜になってしまう。
男同士で、同級生同士で。
いけない。
嫌だ。
思うのに、快感には逆らえなくて。
「…舌、絡ませてよ」
「ふ…ぐっ」
下半身を強く刺激されたまま、指先を舐めさせられるのは屈辱以外の何ものでもない。
けれど、それでも抗えなくて。
鎖などどこにもないのに、それでもここから逃げ出せなくて。
「…お前は俺なしじゃ生きられない、そうだろう?」
舌先で絡め取るようにして京極の指を舐める。
それだけでじんと背中を甘酸っぱい何かが走る。
「きょ、ごく」
耳たぶを齧られて、衝動に腰が動いてしまう。
「志村、もう俺のものだよ」
宵宮暁:井上潤也
「ねぇ、どうして欲しい、どうしてあげようか」
そう言うと男はさも楽しそうに笑った、それは獲物を狙う狩人の目だ。
俺達は対等じゃない。
あの時もっとうまく逃げられていたら、こんな事にはならなかったのに。そんな後悔が頭の中を一瞬過ぎったけれど、すぐに違うと思い出す。
こいつは、そんなに簡単な奴じゃない。
もっと周到で、狡猾で俺には考え付かないような異常な嗜好を持った奴。
男の俺に、こんな事を強要するなんて。
ことの始まりは、いつもと何一つ変わらないただの放課後だった。小腹が減って、ついでにシャーペンの芯が切れてたから行きつけのコンビニにいって、
いつものようにギろうとした。
万引きなんて誰もがやっていること。別に珍しくもなんともないし、俺達の年で初犯なら警察沙汰にすらならない。
難しい店で度胸試しみたいなゲームにする奴もいるけど、俺はそんなに馬鹿じゃないし、なれたコンビので死角を付いた、つもりだった。のに、
「いけないなぁ」
コンビニを出た途端、背後で声がした。
耳元に上から熱い息がかかって、長身の男だという事が直感的に分かる。
「ひっ」
でも、こう見えても体育祭ではリレーの選手もやってる俺だ、全力疾走で走った。
信号は、駄目だ赤だ。
ならこっちの路地に入って、
え? 工事中
まさかこの店で捕まるなんて思っても見なかったから逃げ道なんて用意してない。細い、裏道。
入ったこともないそこを駆け抜けていく。
塀の向こうに見えたのは、見慣れた児童公園の背の高い時計。
まだ追いかけてくる男の人影は見えないけど、この壁を越えない限り袋小路だ。
行け、俺。
俺は電柱に脚をかけて一気に塀を乗り越えた、そして砂地に着地した、瞬間。
「お疲れ様」
柔らかな口調で目だけは笑わないまま、さっきの男がそこに立っていた。
「どうして」
分からない、俺は確かに逃げててこいつは追ってきていたはずなのに。
「今日だから、だな」
意味不明の言葉は一瞬わけが分からない、でもすぐに工事の事を言ってるのが分かった。声をかけたタイミングだって信号を見ていたからに違いない。
その男が一歩
近づいてくる、逃げようと思うけれどこのあたりにおいてあったはずのベンチがなくなってる。
足場がなければさっきの壁は越えられない。
「うわぁああ」
本能的に危険を察して俺は走り出す、けれど大きく入口を塞ぐ自転車避けに気を取られて、
「思ったとおり、活きがいい」
活きがいいってなんだよ、俺は人間だ、そんな言葉で括られる筋合いはない。
「離、せよ、この変質者」
俺は暴れた、そうだ、叫んでこいつを痴漢に仕立て上げてやればいい。でも声を出そうと息を吸い込んだ瞬間。
「おっと」
「んぐ」
体をくの字に曲げられて、息が出て行ってしまう。俺はもがいたけれど両腕を背中で拘束されてしまっている状態では、それは何の意味もなかった。
「人の感覚というものは曖昧なものでね、追われていうと思えば、自分の足音すら敵だと錯覚する」
空いている男の右手が俺の頬から首筋を伝って降りていく、心臓の上に手が当てられればそこが馬鹿みたいに大きな音を立てているのが分かった。
「や、めろ。人を呼ぶぞ」
俺は何とか拘束から逃れようと手を動かす。すると、男の手が俺の胸の上から離れた、けれどそれは変わりに俺の服のポケットを探り始めて、
「将棋で言えば『詰み』だな、証拠品がそのままだ」
その言葉に俺は青くなった。シャーペンの芯とブロックタイプのクッキーは、勿論会計など済ませていない。目撃者がいて、シールも袋も無ければレシートだってあるはずのない状況。
しかもこんな高そうなスーツを着た男が相手だ。
「くそ」
打つ手なしか、こうなったら大人しくする振りをして逃げるしかない。俺は力を抜いてしおらしくしてみた。
「ごめん、なさい」
顔の所為か大抵の大人は嘘泣きの反省で騙せる、ちょろいもんだ。この男も、
「分かればいい」
そう、言うけど、あれ、おかしいぞ。笑ってない、しかも一度は俺の拘束を解いたもののすぐにまた手首を掴んで引きずっていく。
これは、もしかして。
俺は咄嗟に脚を蹴り上げて逃げた。
「援交は、お断りなんだよッ」
男相手に馬鹿な事を考える奴には情けなんていらない、俺は股間を狙った、筈だったのに。
「あれ」
景色が、回る。
軸足を払われたのだと気付いたのは、暫く経ってからだった。
「怪我をしたくなかったら大人しくしろ」
無理だ、こいつには勝てない。強すぎる。
そんな逡巡が、俺の行動を一瞬遅らせた。
その間に、男の手が俺のズボンのファスナーを下してしまう。
「ん・・ぁ」
恐怖に高ぶった体は、いつも以上に敏感になっていたらしい。それとも男の手が巧すぎるのか。
爪を軽く当てながら擦り上げられる感覚も、握り込む強さも信じられないくらいヨかった。
「ぁ・・ぁあん」
やばい、俺、なんていう声出してるんだ。相手は見ず知らずの男で、しかも同性を性欲の対象にしてるような相手なんだぞ。
でも一度そこが反応してしまえば、男の体は驚くほど無防備だ。体に力が全然入らない
このままじゃやばい、逃げないと。俺が視線をめぐらせた、その瞬間
「幼稚な形に似合いの早漏ぶりだな」
あまりの恥辱に、心臓が止まるかと思った。
「うるさい、この変態」
俺は暴れた、逃げないと。このままじゃ絶対掘られる、そんなこと耐えられるわけない。
逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ。
犯られてたまるか。
俺は必死で暴れた、けれど、
「お前はもう、終わってるんだよ」
顎が、とられる。
太いフレームの奥の目は、スリルを求めて万引きする奴らと同じ色を宿していた。引き込まれるような黒い瞳、全てを見透かされそうになる、でも。
負けけたら終わりだ、俺は必死に睨み返す。
「いい瞳だ」
呟いた男の唇が、迫ってくる。
男同士でキスでもする気か? 俺は歯を食いしばってあお向けようとする男の手に逆らった。
頬に指がめり込んでいたい、でも負けるもんか。
動物はにらみ合いで優劣を決めるってなんかで読んだ気がするけどそう言う気分だった。
そうだ、目をそらすな。気持ちで負けてちゃ話にならない、
男の顔が更に近づいてくる、でも目を閉じたら終わりだ。
睨んで、睨みつけて、もはや憎悪にも近い心をぶつけた。
そして、感じる。
「ひっ、あ」
目を熱いものが通り過ぎる
少しざらざらとした紅いものが、おれの視界を塞いだ。
「やだ」
目、目、目が
舐められている。
気持ち悪い・・・筈なのに。
「感じるのか、本物のマゾなんて始めてみたよ」
「違」
痛いのなんて絶対嫌だ。
俺はぶんぶんと首を振ろうとして、
「痛」
その衝撃で男の爪が顔に食い込む。
熱い粘膜の感触は、今度は頬にきた。
そしてまた舌は俺の目に近づいてくる、そこに見える紅い染みは。
「安心しろ、血の味は嫌いじゃない」
危険だ。
急に、歯の根が合わなくなってしまう。
「や」
このまま、支配される。
ドラマか何かみたいに薬漬けにされて、輪姦される?
逃げなきゃ、今度こそこいつの急所を蹴ってでも。
どこだ、どこを打てばこいつを倒せる、この状況から逃げ出せる。
「ほぉ、まだ諦めないのか」
男が愉快そうに笑う、そして、
「お仕置きだな」
取り出されたのはナイフだ。
副を切り裂かれて、冷たい刃が俺のうち腿に当たる。
「ひぃ」
ビクリと体が跳ねて力が抜けた。
「や、や、ぁ」
「いい顔だ」
光が反射して眼鏡の奥が一瞬見えない。
「調教してやるよ」
低い、声が記憶の中に残る最後の言葉。
俺の人生が変わる、今日はその分岐点。
高将にぐんさん:橘まなかさん
どくん、どくん、心臓が早鐘を打つ。視界が奪われた為、より研ぎ澄まされた耳に、低い囁きが流れ込む。
「まだ分からないのかい? 物分りの悪い子だ」
口調こそやけに甘く柔らかいが、その響きは震えが走るほどに冷たい。俺は知っていた。こんな時の白河に、逆らうことなど出来ないと。放課後の生徒会室、委員会もないこんな日に、訪れるものは誰もいない。もとより、コイツが、鍵をかけ忘れるなんて隙を見せる訳がない。奴の手が俺の両手首をぎりりと締め上げる。逃げ出すことなど、許されない。
「君は僕だけ見ていれば良いんだよ……眼鏡だけでなく、その眼も取り上げて欲しいのかい?」
恐ろしい提案に思わずびくりと肩を震わせると、白河は楽しげにくつりと笑った。
「本当はそんな事はしたくないんだ。僕は、君の瞳が大好きだから。大きくて、澄んでいて、いつも好奇心いっぱいに輝かせていて。ねぇ、本当に好きなんだよ? けれど、僕以外の者を映したいって言うなら……残念だなぁ」
最後の言葉と同時に、ひやりとした長い指が、まるで本当に俺の両目を得ようとしているかのように瞼の上で硬く強張る。俺は慌てて首を振ると、必死に言い訳を口にした。
「違っ、本当に、彼とは何にもないってば! お前が考えてるような事は、全然……っ!」
食い止めなければ。なんとしても、ここで俺がコイツを止めなければ。
容姿端麗、品行方正、学績優秀の理事長の一人息子。誰も知らない。コイツの本当の姿を。知っているのは、俺と――二ヶ月前、学園を追放された「彼」だけだ。今は、病院のベッドの上に横たわる、「彼」だけ――。
「真哉の口は本当に嘘つきだね。こんなに可愛い唇で、どうしてそんな事が出来るんだろうね」
ちゅっ、とわざと音を立てて口付けられ、びくっと全身に電流が走る。閉ざされた瞼の中では、奴の行動がわからない。ふいにもたらされるキスひとつにも、俺の恐怖は増すばかりだ。
「可愛いね。本当に……あとはもう少し、お利口だったらね」
ちゅっ、ちゅっ、と髪に、頬に、首筋に、温かな感触が降り注ぐ。けれどそんなぬくもりに反して、俺を拘束していた手はするりと俺の首に伸び、震える喉をぐっと押さえた。息が詰まって乾いた悲鳴が閉じ込められる。
「どうしてわからないのかな。僕はね、この世界に僕以外の人間はいらないと思っているんだよ。真哉、君を除いては、ね」
唇を割って、ぬるりと温かな舌が侵入して来る。上あごを、歯列を、舌の裏を、ねっとり丁寧にねぶられて、腰の力が抜けていく。
「ふ……ぅっ」
唾液が一筋、顎を伝う。それがどちらのものかなんてわからない。
「真哉……僕の、真哉」
わかっている、刻まれている。恐ろしいのはコイツの権力でも、支配欲でも、残忍さでもない。
快楽を覚えてしまった、俺の躯。
「ッ、つ――!」
鋭い痛みに体が弾ける。口の中に鉄の味が広がる。
俺は手の甲で口を覆うと、涙の滲む眼でキッと白河を睨み上げた。斜陽に、奴の黒髪が輝く。白河はふわり微笑んでしなやかな指で口の端を拭うと、俺の赤を滲ませた唇を片端だけ引き上げた。