その日、関東大会の組み合わせ抽選会が立海大附属中学で行われた。 気持ちよく晴れた空のもと、構内のざわめきから離れた場所に位置するテニスコートでは、ボールがガットを叩く独特の鈍い音だけが響いている。 午前中から各校の関係者が続々と講堂に集まるなか、神奈川シード校として直接抽選に参加しない立海レギュラーメンバーは、高校OBを呼んでの練習に余念がない。 立海大附属中学テニス部は今年、部長不在の中で全国大会3連覇へと挑もうとしている。関東大会はその前のステップではあったが、17連覇達成へ向けての油断はなかった。 「弦一郎、そろそろ組み合わせが始まる」 ゲームを終えてラケットを収めた真田に、柳が声をかけた。 「…先に行ってくれ」 「え、副部長見に行かないんスか?」 OB相手の10人抜きで流石に疲れた様子の切原が驚いたように顔を上げる。 「錦先輩にトレーニングメニューで聞きたいことがある」 「錦さんか」 柳はコートの向こう側に、テニス雑誌の記者と談笑している先輩の姿を見止めた。 錦は前年度の全国大会に臨んだレギュラーの一人である。並々ならぬ実力の持ち主だが後輩の面倒見もよく、時々こうして中学の練習試合に付き合ってくれている。 先ほどのゲームでは6−3で真田に勝ちを譲ったものの、高校テニス界ではトップクラスの選手だ。真田がトレーニングに関して指導を請うのは珍しいことではない。錦なら、いいアドバイスをくれるだろう。 「そうか…ならば結果は後で教えればいいな」 「ああ」 抽選会後に部室に寄るから、と告げて柳は講堂の方向へ向かった。その後ろをだるそうに、ラケットを抱えた切原がついていく。 二人の後姿が建物の影に隠れたのを見届けて、真田はようやく後ろを振り返った。 「抽選、いいのか?」 そこには錦が立っていた。試合の疲れなど微塵も感じさせぬ、明るい笑顔だ。 「相手がどこであろうと、同じことです」 「立海が勝つ。…ま、そのとおりだ」 その気合なら今年も心配ないな、と軽く肩に手を置いた。真田がぎくりと身を強張らせる。 「それで」 錦の後輩を思いやる先輩の顔に、別の色が混じる。 「お前が勝ったんだから場所は選ばせてやるよ、真田。約束通りに…な」 背中が軋む音が聞こえる。 乱暴に押し倒されたときには焼けるように感じたコンクリートの熱も、いまや自分の体温の方が上回ったのかいつしか同化してわからなくなっていた。 痛みすらもう曖昧だ。 突き入れられて引き攣る下肢と内臓を抉るような圧迫感で、辛うじて意識を保っているに過ぎない。 「いちばん人が来なさそうな場所、選んだな」 せっかくギャラリーが一杯いる日だったのによ、と笑う錦の顔も遠かった。 「俺が勝ったら、会場の視聴覚室でぶっ込んでやろうと思ってたのになぁ…お前もその方がよかったろ? みんな集まってるすぐ隣で中学テニス界最強がケツにチンコおったてられてヒィヒィ言ってんの」 「…ッ、そんな、ことは…」 屈辱的な言葉に顔が熱くなる。 「こんなドロドロになって言えるセリフか、それ?」 いきり勃った陰茎を擦りあげられて、漏れそうな嬌声に慌てて唇を噛む。 選ばせてもらった場所は理科棟の屋上。 構内の外れであり、すぐ脇には創立以来の大樹が茂っている。ほとんど人に見つかる恐れはない。 しかし屋上へとあがる階段の出口に鍵をかけることは許されなかった。万が一、階下を通りかかるものがいたとしたら… 「おい、真田」 不意に錦の動きが止まる。 何事かとあげた顎を乱暴に捉えられると、割られた唇の中にシャツの端を押し込まれた。 「ったく、先輩とメニュー調整して唇噛み切るバカいねぇだろ…部室戻る前に、てめぇの涎とザーメン臭ぇシャツ着替えたかったら、とっとと締めろよな」 錦が動きを再開する。 日は、まだ高かった。 |