公園


公園



「ちょっと飲みすぎたなぁ」

駅からの家路を辿りながらそう呟いて、井上は軽く首を振った。

学生時代の友人らと飲んだ帰り道である。
久々の再開で話がはずみ、気が付けば終電を逃す際どい時間になっていた。
なんとか無事に最寄り駅に降り立ったものの、深夜をまわった住宅街はまるで人の気配がない。

すっかり浸った心地よい酔いとて一晩過ぎてしまえばひどい頭痛と吐気に変わるのだろうが、今はさほど気にならなかった。
さいわい明日は日曜日な上、差し迫った仕事も取材もない。夕刻までぐっすり眠れば、ここ最近の疲れも吹っ飛ぶだろうと、あくびをかみ殺す。

少し遠回りになるがアパートのそばのコンビニで飲み物だけ買っていこうか、それとも冷蔵庫に何か残っていることを期待して(とは言っても独身男の一人暮らし、買い置きのビールと牛乳くらいしか入れていなかった気もするが)さっさと部屋のベッドにもぐりこんでしまおうか、回らぬ頭で考えているうちに、ふいに尿意を覚えて立ち止まった。

「まいったな…」
立小便しようにも、あいにくここは新興マンションのすぐ脇だ。
街路灯は煌々と明るく、週末のせいもあってか、まだ明かりのついている家も多い。探せば死角くらいありそうだが、この年でそこまでするのも躊躇われる。

一瞬の逡巡ののち、道を一本はいったところに児童公園があることを思い出した。
そこそこの規模の公園で、たしか公衆トイレがあったような気がする。


生理的欲求に促され、井上はわき道へとはいっていった。





「ふぅ…」

用を足して人心地つき、井上はふとあたりを見回した。

公園の端にぽつんと離れた箱型の建物は、公衆トイレのわりには随分ときれいだった。
陶器の手洗い台には子供の水遊びの名残かドロはねがあるものの、ヒビや錆は見当たらないし、奥には新しく建て替えられた身体障害者用トイレまで設置されている。

いくぶん明るすぎる蛍光灯が、白いタイルや壁に反射して不自然に青白い。

ただでさえ真夜中の公園のトイレなど薄気味悪いものだが、それが白々しい照明のせいで病院めいた、不健康な雰囲気を漂わせていた。
決して臆病な方ではないとはいえ、居心地の悪さを積極的に楽しむ気分でもない。
ブラウン管に透ける蛾の屍骸にゾっとして、井上は足早に公衆トイレの出口のほうへと足をむける。


そのとき。

背後で、ほんの微かな、音が聞こえた。


(…誰か、いる)
低い、押し殺したような息遣いとくぐもった苦しげな声は、間違いなく人間のもの。
井上はゆっくりと、息をひそめて振り返った。
一番奥の個室の脇にある掃除用具入れの、すこし開いたドアの向こうに人の気配がある。
そして、咽喉にこもる嬌声が耳に届き、真っ先に頭に浮かんだ『誰かが急病で倒れている』という可能性を打ち消した。


(まったく、こんなところで青姦かよ…)
井上自身、別にそういう趣味があるわけではないがやりたい気持ちもよくわかる。
邪魔をしないうちにさっさと退散するのがマナーとはわかっているのだが、こちらに気づいているのかいないのか、鍵もかけていない個室の向こうで動きが止まる気配はない。
よほど熱中しているのか、それとも先ほど出口へと向かう井上の足音で油断したものか。

(さて、何やってるんだが…)
下世話な好奇心に酔いも手伝う。
そっと、気配を殺して奥の個室へと向かった。

心地よい高揚感はまるでゲーム気分だ。ちらりとのぞいたら俊足にモノを言わせて退散する気でトビラの向こうを覗き込む。


そこに、信じられないような光景が待っていた。




青年が一人、背を向けて立っていた。

その両手は高く上げられ、洗剤の並ぶ用具入れの棚の支えに手錠で括りつけられている。
ズボンは下着ごと足元に落とされていて、こちらになかば突き出されたむき出しの尻の狭間には、低い音を立てて蠢くバイブレーターが頭を覗かせていた。

青姦、ではない。
しかしそれ以上に異様な状況である。

急激に酔いが醒め、ごくりと井上の喉が鳴った。

その音で人の気配に気がついたのか、ビクリと肩を震わせて青年が振り返る。
彼は目隠しをされ、ガムテープで口を塞がれていた。黒髪が汗で額に張りついている。

しかし。
井上にはそれが誰なのかわかった。

(真田…君…?)
高い鼻梁に固い顎の線は、中学テニス界の王者と言われる男のものに間違いない。よくよく見れば、上半身に身につけているシャツも立海大附属の学校指定のものだ。


先日取材で会ったばかりである。
礼儀正しい口調で現在の抱負を語る姿は実年齢以上に大人びて見えた。

その真田が、いったいどうして深夜の公園のトイレに繋がれているのか。
しかも、尻には玩具がつきたてられている。

真田がわずかに身動きするのを見て、井上はようやく我に返った。
慌てて両手を縛める手錠に手をかけたが視界を閉ざされた真田はおびえたように身を捩る。
「…ッふ」
押さえ切れない喘ぎ声が、その口から漏れた。

見ると、真田の陰茎はすっかり勃ち上がっており、先端がぬらぬらと先走りで濡れている。

井上は口の中がカラカラに渇いていくのを感じた。
バイブレーターの音がやけに大きく聞こえる。
黒いシリコンの表面には半分乾いた精液がこびりついており、井上の目はソレを飲み込んでひくひくと痙攣している真田の尻の孔に釘付けになった。
目隠しをされている真田には、背後に立つ自分が見えていない。ましてや、面識のある人物だとは思ってはいまい。
声さえ漏らさなければ、誰に犯されたのかわからないだろう。

震える手でゆっくりとバイブレーターを引き抜くと、こもった悲鳴とともに真田の背が仰け反った。
微かな抵抗の後、ピンク色の肉襞を覗かせる肛門から玩具が抜ける。


少し開いた孔からどろりと大量の精液が零れ落ちるのを見て、井上は完全に理性を失った。





ファスナーからはちきれそうになっている陰茎を 出して、精液にまみれたままの肛門に性急に押し当てた。
首を振って逃げようとする真田の腰骨を掴んで肉孔の中に怒張を穿つと、先ほどまで咥えていたバイブのお陰で思ったよりもすんなりと亀頭が飲み込まれていく。
恐怖のせいか、快楽のせいか。真田の膝がガクガクと震えているのがわかる。
(…っつ、これはスゴイ…)
熱い肉の締め付けの強さに、井上は思わず唇を噛んだ。
スポーツマンらしく固く引き締まった尻の括約筋が、奥へと誘い込むように収縮する。とても無意識にやっているようには思えない。
男に犯されるのは初めてではないのだろう。その証拠に、肉棒を突き立てられても真田の陰茎は萎えることなく物欲しげに精を垂れ流している。


普段の潔癖なイメージがあるだけに、そのギャップに煽られて、井上は夢中で腰を打ちつけた。





「…大丈夫かい?」
浴室から出てきた真田に、井上は心配そうな声をかける。
「……ご迷惑おかけしてすみません」
真田の顔色はまだ悪い。

公園で、真田は射精とともに気絶してしまった。
流石にこのまま放置するわけにもいかないので真田が気を失ったのを幸いと、自分の身なりを整える。
そして、帰り際にたまたま発見したような素振りで真田を縛めから解き、覚醒させたのだ。

自分を解放した相手が知人とわかって、真田は安堵と羞恥の入り混じった表情を見せて礼を言った。
そしてそのまま逃げ帰ろうとするのを、井上は引き止めた。
真夜中な上、制服と下肢は精液で汚れている。長時間立った姿勢だった上に無理やりに肛門を開かれたせいで足元もおぼつかない。
こんな状態で帰れないだろうと、すぐ近くにある自宅でシャワーを浴びていくよう提案したのだ。


「…どうしてあんな事になったのか…は、聞かない方がいいかな」
「……」
俯いたままの真田は無言だ。
「無理に聞こうとは思わない。…けれど、もし真田くんに助けが必要なら、いつでも力になるよ」
「…ありがとうございます」
目をそらしたまま、それでも深々と頭を下げた。


無理をしないで泊まっていけばいいとの話を断って真田は帰っていった。
慎重に足を運ぶ後姿を窓から見やって、井上はひとりほくそ笑む。
真田に押し込まれていたバイブは証拠品として持ってきた。同じものを匿名で送りつけてやって、反応を見るのも楽しいだろう。
自分を犯した見知らぬ相手に、おびえるのかそれとも…
忘れかけていた眠気がおそってきて、井上は欠伸をしながらベッドに横になった。


しばらくは楽しめそうだと考えながら。


<終>