いつものように、アイゼイヤとユーデクスは、穏やかに役目の合間の休息を楽しむ。
 花咲き乱れる春の丘で、花弁を舞い上げる風に髪を遊ばせながら、寄り添うように腰を落ち着け、会話を交わす。
「そういえば、最近、地上ではエイプリルフールという風習が出来たようだよ」
 アイゼイヤの口にした地上の知識に、ユーデクスの目が好奇心に輝く。
 今日は、一体どんなことを教えてくれるのだろう、と。
「エイプリルフール?」
「そう。春にあるのだけれど、その一日の間だけは、1つだけ嘘をついて良いらしい」
「嘘を?」
 嘘。事実に反する事。
 天使は、嘘をつくことを許されては居ない。故に、ユーデクスには嘘を吐いて良い日を態々作るという行為が理解できないのだが。
「勿論、人を傷つけるものはいけない。楽しませるような物ではくてはね」
 穏やかに微笑んでそう語る、目の前の天使があまりに当然のように受け入れているので、そんな風習も許されるのか、と納得してしまう。
 同時に、その一風変わったイベントを体験してみたいという気持ちにさせるから、性質が悪い。
「人間は、本当に面白いことを考えるね」
 ユーデクスは穏やかにそう感想を述べると、ほんの少しだけ考え込むように視線を泳がせる。
 そんな友の様子に違和感を覚えたのだろう。アイゼイヤは小首を傾げて声をかける。
「どうしたのかな、ユーデクス?」
「ねぇ、アイゼイヤ」
 しかし問いかけに答えず、ユーデクスは愛しい友の、やや冷えた白い手を取った。
 指を絡ませ、手触りを楽しんで、暫く遊んだ後、ぎゅっとその手を握る。
「……こうして、ずっと手を合わせていると、やがて一つに繋がって、一生離れなくなるそうだよ」
 穏やかに微笑む表情の中で、金と銀のオッドアイが、最愛の友の顔を映す。
 髪も瞳も肌も真っ白な、美しい天使はほんの少し驚いた顔をしていて。
「真偽の程は、分からないがね」
 そう付け加えたユーデクスの瞳は、悪戯っぽく煌いて見えた。
 天使は、嘘をつくことを許されては居ない。
 だが、曖昧な表現は、むしろ人間よりも使うことが多いかもしれない。
 それが、上級天使である智天使ともなれば尚更。
「ふふ。それは大変だ」
 一呼吸置いて、アイゼイヤは珍しく声を漏らして笑った。
 そして、握られた手を握り返して言う。
「その真偽を確かめる為に、ますますこの手を放し難くなってしまったよ」
「ふふふ」
 肩を震わせあい、二人は握り合う手に力を込めた。

 真偽など、どうでもよかった。
 4枚ある翼のうち2枚を隠し、他の下位天使達の中に気配を紛らわせて過ごす時間。
 誰にも見つからず、この手を放さないままに、この穏やかな時間が出来るだけ長く続くことを。

 ただ、それだけを、願った。

 そんな天界の、穏やかな春。


end


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