つまらんな。

 玉座に身を預け、デウスは思う。
 その顔には慈愛に満ちた微笑を浮かべながら、しかし澄んだ翡翠色の瞳は心ここに在らずといった空虚さが滲んでいる。
 全知全能の神と謳われど、世界に直接干渉することを阻まれる自分に出来ることなど、たかが知れている。
 眩いばかりの白い世界で、することもなく怠惰な日々を送るばかりだ。
 今、彼は永遠とも言える長い時間を持て余している。

 それでも、以前は、もう少し張り合いのある日々を送っていた。
 そう、愚かで憐れなあの憎き半身。相対する存在である魔王サタンが、凝りもせず勝てぬ戦いを挑んで来ていた日々。
 それも、数百年……数千年前程から顔を見なくなった。
 戦争に飽きたのか……はたまた、最後に遊んでやった傷が深かったのか。

 暇を持て余し、アレと同じ髪色を持つ天使を戯れに作ってみたが、その性格は似る事なく。結局容姿もあれに似せる事をしなかったため、直ぐに飽きて、弄るのもやめてしまった。
 同時に創った対照的な天使と暫く仲良くやっていたようだが、はて、今はどうしていることやら。

 デウスは思考を巡らすことにも飽き、幾度となく繰り返したあの心躍る時間に思いを馳せる。

 心踊る至福の時。
 憎き己の半身を組み敷くあの瞬間。

 無駄だと分かって居るだろうに、抵抗をやめない頑丈な身体。
 反して、まるで誘うような猥らさで、汗を纏って肌へと張り付く髪。
 力で捻じ伏せ、強引にその奥を開き暴いてやれば、普段余裕と傲慢に満ちている顔はたちまち苦痛に歪む。
 そのまま蹂躙し、反発する力を最奥に注ぐと、悦ぶように上がる悲鳴じみた嬌声。
 そんな情事の最中でさえ、切り裂くような殺意を向けてくるあの黒い瞳が堪らない。

 人型も良いが、獣じみた姿もいい。
 獰猛な獣を調教するのもまた、中々に手ごたえがあるからだ。

 少し気を抜けば、鋭い牙が彼を押さえつけている腕を裂く。
 己を抱くように見せかけた鋭く長い爪が、背から胸へと深々と貫いてくる。

 そんなもの、形を模しただけの自分にとって、痛くも痒くもないというのに。
 ただ、ほんの少し、崩れた形を構成する手間が生まれるだけのこと。
 それも、憎いあ奴の、苦し紛れの抵抗だと思えば、面倒よりもその先の悦びの方が先にくる。
 どんな報復を返してやろうかと、どう躾けてやろうかと、期待の方が勝るのだ。

 あぁ、本当に、愚かで憎らしいことよ。

 デウスは唇を愉悦に歪める。
 長くまとまりの無い白金髪の隙間から覗く、知的な翡翠色の瞳は、遠い過去を映して獰猛に煌く。
 もっとも、そんな彼の変化に気付く者など、この場には存在しないが。

 あれの苦渋に満ちた顔は、思い出すだけで胸を熱くする。
 力の差を前に服従させられる屈辱と、決して燃え尽きぬ憎悪の入り混じる焼けた刃のような視線。
 それを向けられるたび、その世界において曖昧な定義しか持たぬ自分が、確かに存在していることを実感できる。

 憎らしく厭わしく、しかし求めてやまない己の半身。
 互いに嫌悪し、争うべくして生まれた、対極の存在。

 早く、早く、再戦を挑んでおいで。
 次は、もっと手酷く甚振ってやろう。

 見えない鎖に繋いで、その体を、存在を飼い馴らしてやろう。

 デウスは、いつか来るであろうその時に思いを募らせ、静かにその唇に刷いた笑みを深めたのだった。


 ── それは、愛撫するような破壊衝動。


 end...


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