ヘアセットをしてやる。 −ベリスとレイシオ−

 全身を襲う倦怠感。
「あーもー!一歩も動けなぁい」
 疲弊しきった身体を仰向けに横たえ、レイシオはその裸体を澄んだ天界の空気に晒して、悲鳴のような声を上げる。
「うるせー」
 即座に返る文句。
 その声に、ぷう、と子供染みたふくれっ面を見せて、レイシオは横に視線を向けた。
 隣で同じように横になるのは、彼が兄と慕う天使、ベリス。
 彼は、一糸纏わぬ褐色の逞しい肉体を見せつけるように外気に晒し、仰向けになって手足を投げ出すように横たわっている。
「そんだけ叫ぶ元気がありゃ、充分だろ」
「おにーちゃんに、あーんな事やこーんな事されて、疲労困憊なんですけどー」
 鮮やかな翡翠色の瞳からジト目を向けられ、ベリスはチラリとそちらを一瞥する。
「てめーだって好き勝手したじゃねぇか」
「やられっぱなしは、相に合わないもんね」
 ペロッと愛らしく舌を出し、レイシオは笑って返した。
 そして、ゴロゴロと行儀悪くベリスの方へ移動しながら、ついでに素肌の上に緋色の羽織を纏う。
 その様子を横目に見ながら、ベリスは眉を顰めた。
「戻らねーのか?」
 青年から、少年の姿に。
「んーちょっとねー」
 生返事を返しながら、うつ伏せになったレイシオは、ベリスの長い三つ編みにされた髪を手にする。
 そして、何かを思案するようにじっと見つめた。
「んだよ」
「グチャグチャになっちゃったね」
 炎のような色をした、美しい赤い髪。
 レイシオはなんの断りもなく髪の結び目を解くと、髪をほぐし始めた。
「おい」
「直してあげるよ」
 子供の手よりも、青年の手の方が器用に動く。
 なるほど、故にいつもの子供の姿に戻らなかったのか。
 ベリスは納得すると、レイシオに背を……後頭部を向けた。
 どうせ、穢れを掃う時に容姿などいくらでも整えられる。
 そんなことはレイシオも分かっているだろう。
 それでもやりたいというのならば、別に止める理由もない。
 故に、彼は敢えて止めることも、拒否することもなく、ただ、大きな欠伸を漏らした。
「俺は寝るぞ」
「どーぞー」
 真剣に編むレイシオの生返事に肩を竦め、ベリスはその黄金色の瞳を瞼の下に隠した。
 一方、ベリスの長い髪と格闘していたレイシオは。
「でーきた」
 横になってやったせいか、多少歪んだ編み目。だが最後まで編みきったそれに満足して、満面の笑みを浮かべて歓喜の声を上げた。
 だが、報告しようと覗き込んだ兄と慕う天使の瞼は、しっかりと閉じられている。
「ベリス……は……寝ちゃってるか」
 起きそうにないその姿に苦笑を零しつつ、レイシオは幼い少年の、いつもの姿に変化する。
 やはり、青年の姿よりもこちらのほうが力が安定して楽だ。
 彼は改めてそう感じながら、今編んだばかりの三つ編みを抱きしめるように握り締めて、小さな欠伸を一つ漏らす。
 そして、彼もまた、しばしの安息眠りにおちていったのだった。



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