夜も更けた静かな時間。ランプの明かりを頼りに、持ち帰った書類を見ていると、不意に視界に影が差した。
 驚いて顔を上げれば、視界に飛び込んでくるのは上半身の肌を惜しみなく晒した友の姿。
 彼は呆れたような顔で此方を見ていた。
「何だよ。家でまで仕事してるのか?」
「あぁ。どうしても急ぎの書類がな。もう終わる」
「ふーん」
 風呂上りで濡れた髪を、ガシガシと手荒くタオルで拭きながら、オーガストはキッチンの方へ向かう。
 そして、勝手知ったる何とやら。適当にグラスを二つ持って、持参したツマミを手に戻ってきた。
 いつもの事なので、ロイエも気にせず仕事を続ける。
「酒はどれ空ける?」
「お前の好きな奴を空ければいい」
 どれにしようかなーっと、キッチンに戻り、酒の棚を物色する友の声を聞きながら、ロイエは書類にサインをすると、鞄に仕舞って席を立った。
 そして、相変わらず上半身裸の友の傍に足を運ぶ。
 引き締まった体躯。聖騎士隊に所属しているだけあって、筋肉もしっかりとついており、逞しいという表現がしっくり来る。
 そして、体中についた、戦いの勲章ともいえる、無数の傷跡……。
「……おい」
「ん? 仕事は終わったのかよ、ロイ?」
 顔を上げるオーガストの問いには答えず、ロイエは眉を寄せて露になっている体を凝視する。
「増えてないか?」
「何が?」
「傷」
 ロイエは短く答えて、オーガストの体を指す。
 薄明かりな上に小さくて分かりづらいが、よくよく見ると、そこだけ皮膚の色が僅かに違う。
「あー、こないだの訓練の時のだろ」
 なんでもないように答えるオーガスト。
 だが、ロイエは、当事者のように……いや、当事者以上に辛そうな顔で黙り込む。
「…………ロイ?」
「……勲章ならいいが」
 呟きながら、ロイエは小さな傷から指を移動させ、体中の傷を一つ一つ辿るように指先でなぞっていく。
 大きいもの、小さいもの、消えかかっているもの、一生残るであろうもの。
 ロイエには、縁のない、それ。
 痛みと共に生まれたはずの無数のそれを、本人はなんでもないように笑って受け入れている。
「自分の体ぐらい、ちゃんと面倒見ろ。傷だらけじゃないか」
 ロイエの心配を他所に、オーガストは擽ったそうに身を捩って笑った。
「このくらい普通だろ。騎士だからな」
 むしろ、ない方が恥ずかしいぜ。そう笑う子供のように屈託のない表情に、ロイエはようよう苦笑をこぼした。
「ったく、シャツぐらい着ろ。風邪引くぞ」
「こんな真夏に風邪なんて引くかよ」
「昔から言うだろ。夏風邪はナントカが引くってな」
「おい」
 不機嫌そうな顔を作る友を笑いながら、ロイエは棚の中から一本酒を出してテーブルへ向かう。
 以前出した時に、彼が気に入っていた酒。
 値段はそれほどではないが、人気がある故に手に入りにくいそれを、ロイエは知り合いの伝で手に入れていた。
 その銘柄を見たオーガストは、嬉しそうな顔でついてくる。
「その前に、シャツを着ろ」
「はいはい。お袋みたいだな、お前」
 大人しく薄いシャツを身に纏うオーガストに、ロイエは内心ほっと息をつく。
 やはり、傷だらけの体は見るのが辛い。
 席について、グラスに酒を注ぎ、そろってそれを持ち上げた。
「「乾杯」」
 美味そうに酒を喉に流し込むオーガストの姿に、ロイエの口元が綻ぶ。
 いつまでも、こんな風に酒を飲み交わせれば良い。
 そう思いながら、彼もグラスを傾けたのだった。


 end...


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