「……お前が、悪魔を使って、悪事を働こうとしているという話が出ているらしいな」
 執務の合間。
 上司であり、唯一無二の友であるコンスタンスから、半ば無理矢理ねじ込まれた休憩時間。
 ジュレクティオは、シスター(もどき)が淹れた紅茶を口にしながら、静かに口を開く。
 コンスタンスは軽く目を見張り、小さな苦笑をこぼした。
「やだなぁ、レッティまで僕を疑ってるの?」
 その言葉に、ジュレクティオは表情一つ変えずに返す。
 淡々と、まるで天気の話をするかのように。
「真実が知りたいだけだ」
「……キスしてくれたら、教えてあげる」
 おどけた言葉。
 こんな時でも遊び心を忘れない友に、ジュレクティオは呆れた溜息を吐きつつも立ち上がる。
 そして、驚いた友の顔を引き寄せ、おもむろに唇を重ねた。
 一瞬だけ震えるコンスタンスの体。
 まさか、本当にするとは思っていなかったのだろう。
 だがすぐに調子に乗って舌で唇を叩いてくるので、ジュレクティオは眉を寄せて唇を薄く開いてやった。
 すかさず差し込まれた舌が触れたのは、滑らかな歯列……ではなく、懐中時計の冷たい文字盤。
「レッティ……酷い……」
「お前が調子に乗るからだ。で、質問の答えは?」
 大切な懐中時計の文字盤を丁寧に拭きながら、どこまでも凍った声を放つ生真面目な部下。
 そんな彼に、コンスタンスは慈愛の籠る呆れた笑みで答えを返した。
「僕がそんな事にプラリネを使うわけないじゃない」
「だな。では、あれは噂か?」
「噂だよ」
「ならいい。
 だが、一人で行動は起こすな。いいな?」
 無意識だが、安堵の表情を隠せないジュレクティオ。
 コンスタンスは、不意に悪戯心で質問を投げてみる。
「ねぇ、レッティ。
 もし僕が、本当に暗殺を企ててたら、どうする?」
「予定でもあるのか?」
「もしも、の話だよ」
 優しい深い夜色の瞳に偽りが無いことを読み取ったジュレクティオは、視線を逸らして考える。
「……やるなら、もっと上手くやれ」
「えっ」
「と、忠告するだろうな」
「止めないの?」
 嗤う友に、男も嗤う。
「お前が、ただの私利私欲で暗殺なんて大それた事をするとは思えないからな」
 面倒なだけで、大した得があるとは思えない。
 基本的に、そういう価値観は同じなのだ。この二人は。
「信頼されてるね」
 面映そうな笑顔は、どこか子供っぽい柔らかさで、それだけに素直な喜びが垣間見える。
 見てる方が恥ずかしくなり、ジュレクティオは照れを隠すように紅茶を一口啜って、さらに一言。
「あと、やる時は俺に言え。一人でやろうとするな」
 仲間外れのようで気分が悪いし、何より心配になる。
 茨の道だろうが何だろうが、共に進む覚悟があるのだから。
 そんな言外の感情を合わせない視線と表情から読み取ったコンスタンスは、さらに嬉しそうな笑みで。
「うん」
 そう、一言、応えたのだった。



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