私は、昔から歌うことが上手だったわけじゃない。
むしろ、苦手だった気がする。
でも、彼が歌う歌は好きだった。
青い空に映える、青い千の葉を揺らし、風と共に歌う。
キラキラと輝く歌は、暖かな風に乗って私のところまで届いた。
近くで歌う様を見たのは数える程だったけれど、波の音に混じる優しい調べに癒される時間は、いつだって幸せに溢れていて。
いつからか聞こえなくなってしまった歌。
寂しさを紛らわしたくて、私も歌を歌ってみた。
もしかしたら、歌好きの彼が気づいてくれるかもしれない。そう思って。
何度も繰り返し、幾つもの歌を歌った。
私の歌で、皆を癒せる位に上手くなるまで。
気づいたら、私も彼のように、いつも歌うようになっていた。
好きな人を探すため。
酒場の男達を癒すため。
生活費を稼ぐため。
自分の心を慰めるため。
みんなが褒めて、求めてくれる私の歌。
いつか、彼に聞かせたら、褒めてくれるだろうか。
「君の声は、いつも綺麗だね」
驚いて視線を向けると、そこには優しい笑顔を浮かべた、一人の悪魔。
教会の中庭に生える木の下で、野良猫や小鳥やリスや犬に囲まれて休む姿は、悪魔というより天使のようで目が釘付けになる。
「酒場で聞いても綺麗だけれど、お日さまのしたで聞くのも素敵だ」
「……ありがとう」
天気の良さに上機嫌になって、無意識に漏れていた歌だけれど。
褒めてもらって、悪い気はしない。
「教会にいるというのに、随分と寛いでるのね。
大丈夫なの?」
「今のところ、あの司教や司祭以外に見つかった事はないから、大丈夫だと思う。
それに、今日は天気が良くて、日向ぼっこをしたい気分なんだ」
太陽の光を浴びて気持ち良さげに目を細める姿は、まるで木の精霊だ。
「ホント、変わった悪魔ね」
「君もね」
言われて、私は苦笑を返す。
そして、少し躊躇ったけれど、意を決して傍によってみた。
彼の雰囲気に飲まれているのか、動物たちは動こうとせず、ただまったりとした時間がそこにあって。
さわさわと、聞き覚えのある葉擦れの音が耳に心地いい。
まだ酒場が開くまで時間はある。
折角褒めて貰ったのだし、たまにはこの悪魔の為に歌うのも悪くない。
そう考えて、そっと葉擦れの調べに乗せた歌。
それは、自分でも驚くほど優しい物になった。
end
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