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『だって、ソレって怖いヤツじゃない?』

 電話の向こうから、震える声が聞こえる。

「おー、ホラーだな。しかも、世界が認めた恐怖映画。激コエーだろうなァ」

『やだぁッ。もっと違うのにしようよ〜ッ!』

 笑って肯定すれば、期待通り、悲鳴染みた返事が飛んできた。

 今にも泣き出しそうな声。

 今にも泣きそうな顔で脅える様子が想像できて、俺は妙な嗜虐心に昂揚を覚えてほくそ笑む。

「それこそチャンスじゃねーか?

 こわーいシーンで、キャーって。堂々とイチャつく王道だろ?」

『オレが怖がってどうすんの!

 大体、男同士でイチャツクってドウよ!!? しかも、オレがホラー駄目だって知ってるでしょ!!』

 一息で喚き散らす相手に、俺は声を上げて大笑いした。

 確かに、友達同士、しかも男同士でくっ付いてたら、ホモ決定だ。

「でもほら、今後のために訓練とかさ」

『絶対ヤだ! 違う映画じゃなきゃ行かないから!!』

「ちぇ〜。見たかったのに」

 一気に声のトーンを落として、至極残念そうに言えば、小さな唸り声と考え込むような沈黙。

「残念だなぁ〜」

 それにさらに追い討ちを掛けてみる。

 が、頬の筋肉が引き攣って仕方ないので、声が歪んでいるかもしれない。

『……寝てていいなら、行ってもいい』

 映画館の、しかもホラーの絶叫が響く劇場でどうやって寝るんだか。

 声のゆがみに気付かなかったらしいタカが、不満げに、しぶしぶといった感じで出した妥協案に、俺は笑い出しそうになるのを必死に堪える。

 本当に、可愛くて仕方がない。

「やった。じゃぁ、日曜、駅の改札に10時な」

『んー、わかった』

 週末の予定を取り付けて、俺は通話を切る。

 携帯を畳みながらニヤニヤ笑う様子は、他人が見たら大層気色悪いだろう。

 仕方ない、当日は手でも握っててやろう。きっと、泣き出すだろうなぁ。

「お兄ちゃん、今の、彼女?」

「あぁ!!?」

 タカのことを考えている所で突然声を掛けられて、心臓が飛び跳ねる。

 振り返ると、ドアのところに妹が立っていた。

「入ってくる時はノックしろって言ってるだろ!!?」

 バツの悪さに怒鳴ると、妹は軽く肩を竦めて、堪えた風なく部屋に入ってくる。

「いいじゃん。それより、今の、彼女でしょ?」

 お兄ちゃんもやるねぇ、と笑う中学生のマセた妹に、俺は首を振って否定する。

 女どころか、相手は男だ。

 きちんと誤解を解かないと、ホモにされては堪らない。

「ちげーよ。高校のダチ」

「うっそ。友達相手に、あんな会話しないでしょ。アレは絶対彼女との会話だって!」

「だから、マジでダチだっていってんだろ! ほら!」

「えー!」

 携帯の通話履歴にあるタカの名前を見て、妹は眉を寄せる。

 どうも納得していないようだ。

「お兄ちゃん、ホモ?」

 挙句に、最悪の一言を言ってくれる。

 確かにタカは可愛いとは思うけれど、アイツは男だし、女の代わりにはならない。

「気色悪ィこと言ってんじゃねーよ」

「じゃぁ、どういう関係なのさ」

 妹の問いかけに、俺は一瞬言葉を失い……かつて、タカが言っていた言葉を思い出す。


「……親友、かな」


 少し違う気はするが、多分コレが今の俺たちに一番合うコトバなんだろう。


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