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「怖かったァ……」
まだ、腰に力が入らないらしいタカが、しがみ付くように俺の腕を掴んでくる。
とりあえず、場内から出て近くのベンチに座らせると、自販機に走った。
正直、ここまで酷いとは思っていなかった。確かに、上映中にビクビクしていたけれど。
缶コーヒーを買ってプルを引いて、顔面蒼白なタカに缶を差し出す。
「よく我慢したな」
「だって……キヨが許してくれなかったんじゃないかぁぁ」
返す言葉がない。
上映中、何度も席を立とうとしたタカを、その度に『もうちょっとだから』とか『ここでやめたら男が廃る』とか言って、引き止めたのは俺だ。
泣く泣く目を瞑って我慢しする様子が、あまりにも可愛くて、とてもじゃないけど掴んだ手を離す気になれなかった。
堂々と手を握れるチャンスなんてないし、頼られてるみたいで嬉しかったのも確かだ。
「もう、二度と来ないから」
缶コーヒーを手に睨み上げてくるタカは、強烈に可愛い。
「今度はタカが選べよ」
悪いとは思いつつ笑みを隠せなくて、笑いながら言うと、タカは缶のハジをガジガジ噛んで鬱憤を晴らしていた。
俺も、買った缶コーヒーに口をつける。
「恋愛映画にしてやる」
……あっぶねー。
思いも寄らない単語に、危うく咽る所だった。見下ろせば、タカは未だあらぬ方向を睨んで缶を噛んでいる。
「……いいけど、俺は寝るからな」
「冗談だよ。オレも多分寝るから」
まぁ、確かに。俺もタカも、恋愛映画には興味がない。
「それより、これからどうする?」
未だ報復を考えているらしいタカを、とりあえずこちらに引き戻す。
遠くのことより、目先のこと。今後の予定は真っ白なのだ。
「んー、お昼食べて、ゲーセン?」
ゲーセン。ま、妥当な所だろう。
そういえば、ゲーセンにはアレがあったな。
「ホーンテッド……」
「ホラーはもういい!!」
「あははははッ」
ホラー映画をモデルにしたゲームを上げれば、間髪入れず叫び返されて大笑いされてしまった。
まぁ、コレだけ元気なら大丈夫だろう。
「ほら、もう立てるか?」
手を差し出すと、僅かな躊躇いの後、握り返された。
それを引いてベンチから腰を上げさせると、まだタカの膝は笑っているようで。
「あー……まだ震えてる……」
「支えてやろうか」
出来るだけ平然といって、呟くタカの体を支える。腰に、手を添えて。
「うー……情けないなぁ」
呟きながらも振りほどかないタカにいい気になって、俺は手を添えたまま、劇場を後にする。
「ソコの君たち、ちょっと時間いいかな?」
突然、声を掛けられた。
見れば、20代後半の女性が駆け寄ってくる。何の用だろう。
「え? 俺たち?」
足を止めた俺の言葉に、女性は激しく頷いた。
「そうそう。ソコの、仲よさ気な二人! 今、映画見てきたんだよね。何見てきたの?」
「えっと……アレ、です」
名前を出すのもいやなのだろう。
近くにあったポスターを指差すタカに、女の人は何度も頷いて、メモを取る。何かの取材だろうか。
「二人で来たの? 随分仲良さげだけど、友達?」
「え……」
「あれ? 違うの?」
首を傾げる女性。戸惑っているのは、俺たちの方だ。
『友達』というのに、違和感を感じるようになったのはつい最近で、未だに俺たちはこの関係に名前を付けられずにいる。
一番当てはまるのは、きっとアレなんだろうけれど。
「友達……ではないよね」
グルグル考えていると、呟くようなタカの言葉が俺を現実に引き戻した。
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