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「……ハ?」

 俺は、言われたことが解らずに眉を寄せて聞き返した。

 放課後、急いで日直の仕事をしていた俺に、ソイツは突然声を掛けてきた。

 当然、俺は不機嫌になる。

 とりわけ仲がよいわけではない、ただのクラスメートなら尚更、時間を取られたくはない。

 タカは、今頃昇降口で俺を待っているだろう。

 聞き返された側は、俺の不機嫌さに気付かないのか、妙に煮え切らない態度で呟くように繰り返す。

「だから、さ……タカ、好きな奴いるのかって」

「そんなの、俺に聞くなよ」

「本人よりお前の方が詳しそうじゃん」

 確かに、最近保護者化している自覚はある。

 それもこれも、タカが妙に危なっかしくて、可愛くて仕方がないからだ。

「……大体、そんなの聞いて、どうするよ?」

「…………好き、なんだ」

「はぁ?」

「だから、スキになっちまったんだよッ」

 瞬間、グラリと視界が歪んだのは、気のせいではない筈だ。

「………………誰、を?」

「タカ」

 長い長い沈黙の後、搾り出すような声で聞けば、即答が返ってくる。

 コイツ……タカが、好きなのか。

「男、だぞ、あいつ」

「俺だってわかってるよ。だけど、駄目なんだ……女と遊んでても、タカのことしか考えられねー」

 重症だ。

 だけど、同時にコイツの言葉が、俺の脳髄を揺さぶった。

 『女と遊んでても、タカのことしか考えられねー』

 俺は、女と遊ぶ気にもなれない。

 そして気付く。最後に彼女を作ったのは、いつだったか、と。

「……よりによって、タカ、なのか」

「タカだから、だよ」

 はっきり告げるクラスメイトに、俺は妙な怒りにも似た静かな感情を覚える。

「で、好きなやつがいなかったら、告ろうってわけか」

「そう。 お前、知らねぇ?」

「その前に、アイツが男がOKかどうかを確認した方がいいんじゃねーの?」

 ヘラヘラと聞いてくるやつに、俺は言い放って席を立つ。

「おい、キヨ」

「……悪ぃけど、俺はそこまでアイツの面倒みてるわけじゃねーから」

 手早く荷物をまとめて、書き上げた日直日誌を手に教室を出る。

 マグマのように煮えたぎる感情を持て余しながら。


「ホモって気持ち悪いよな?」

 帰り道、俺はタカに聞いてみる。

 隣を歩くタカは、驚いた目で俺を見上げる。

 当たり前だ。誰だって、突然そんな質問をされれば驚く。

 俺は冗談にする事もできずに、ただ願うようにタカを見つめた。

 どうか、頷いて欲しい、と。

 悪あがきだと、心のどこかで自分を嘲笑いながら。それでも、切実に願った。


 そして、タカは。

「会ってみないと、わからないよ」

 笑って、そう言う。

 俺の気持ちも知らずに。


 その瞬間、胸を駆け抜けたのは、焦り。

 誰かに、タカを取られるんじゃないかという、何とも言えない、焦り。

 そして、俺は認めざるを得なくなった。


 俺は、タカが、好きだ。 ……と。


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