lucis lacrima - いつか光に…
「今日は天気がいいね」
明るい日差しの中、セミロングの黒い髪を揺らし、漆黒の瞳を細めて一人の青年が嬉しそうに笑う。
その様子に違和感を覚えるのは、彼が太陽の光を浴びて体調を崩している様子を長年見てきたからだろう。
シラナギは、その深い藍色の瞳を細めた。
慈しみと、懐古の色を浮かべ、笑う青年の姿を映しながら。
とある事件をきっかけに、多くのものを失うと同時に光の加護を得た青年。
記憶も、大切な片割れをも失った彼は今、新しい人生の中で笑っている。
良かった、とは、思う。
彼にとって辛いだけの記憶など、思い出さないほうがいいだろう。
だが、いつまでこの生活が続くのかという不安もある。
失われた記憶を取り戻せば、彼はまた、あの年齢にそぐわぬ物悲しい表情に戻ってしまうのだろうか。
不意に、シラナギは過去にあった彼との会話を思い出す。
あれは、いつだったか……まだ事件が起こる前、深夜のベッドの中で。
穏やかな夜の闇に縋るようにお互い身を寄せ合って眠る間際。
『俺も、光を纏えたら……日光に苦しむ事もなかったのかな……』
そう、彼は掠れた声で呟いた。
太陽の下で、明るく笑う片割れが、羨ましいのだと。
恐らく、羨んでいたのはそれだけではなかったのだろうが。
『まだ、機会がないと、決まったわけではない』
ポツリと零された言葉に、思わず返した言葉。
腕の中の青年は、一瞬目を見開き、そして、少しだけ頬を綻ばせた。
今にも掻き消えそうな可憐な、野花のように。
そうして、羞恥心を隠すように、軽く視線を泳がせて請うように呟いたのは……。
「シラナギ?」
名前を呼ばれ、シラナギは一瞬で思考を現実に戻される。
見下ろせば、いつの間にかこちらを覗き込んでいた黒い瞳とぶつかる。
まっすぐな瞳。吸い込まれそうなほど、深い深い闇色の瞳。
全ての穢れを溶かしてくれそうなその瞳は、見つめられると自然と心が落ち着いてくる。
「何だ?」
胸のうちを悟らせぬよう、シラナギはいつものように端的な言葉で答える。
慣れている青年は、そのそっけない返事にも気を悪くした様子なく、笑って返した。
「食料、買出しするなら、ついでに昼ごはんも済ませようよ」
「あぁ」
提案に同意すれば、青年は嬉しそうに横に並ぶ。
それを確認して、シラナギも歩幅を合わせて歩き出した。
ふと横を見下ろした先には、楽しそうに黒髪を揺らして歩く、愛しい青年の横顔。
『いつか光に照らされるなら、隣にいるのはアンタがいいな』
かつて彼が、恥らうような笑みとともに呟いた願いが、遠く聞こえたような気がした。
end.
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