冷たく透き通った甘い匂いに。
腕に抱えた白い箱に視線を落とす。 ──サンタさんだ!
叫んで駆け出す小さな少年にぶつかられて、ほんの一瞬バランスを崩した。
──壊さないでよ?
横合いから素早く伸びて、箱を支える、赤い手袋。
笑って細められる瞳を飾る睫に、普段にはない銀の瞬き。
──だって今夜は、特別な夜だから。
  ツリーの星に負けないように、私の目にも星を散らしてみたわけよ。


──白い大きな箱は、幸せの証なの。

何それ、と問い返す僕に、彼女はふふふと小さく笑う。
今日の彼女は、朝からずっと機嫌がいい。

──白い大きな箱に入った大きなケーキは、一人じゃ絶対食べきれないから。

二人でもきっと食べきれないよ?
深い意味の無い僕の言葉に、彼女は小さく唇を尖らせた。
まずい。機嫌が悪くなったか。
しかしそんな表情は一瞬で、彼女は再びにやりと笑う
今日の彼女は、なんだか笑ってばっかりだ。

──今夜二人で食べきれないなら、明日の朝もやっぱり二人で食べましょう。

  もし、朝食べきれなかったら?

──昼も夜も、食べましょう。

ずっと二人でいさえすれば、それはとても簡単なことだから。

シャンパン。ツリー。七面鳥。
アイスクリームにジンジャークッキー。
食べきれないほど買いましょう。

『ねぇ、パパ。
  どうしてうちは大きいケーキを買わないの?』

二人だけで食べきるのなら、
ショートケーキでちょうどいいのに。
今度は彼女は何も言わない。みるみる顔が曇っていく。
さっきまで、あんなに楽しそうだったのに。

『ショートケーキ一個しか残ってないの。
  もしもあたしがこれを食べたら。
ねぇ、パパはどうするの?』

シャンパン。ツリー。七面鳥。
アイスクリームにジンジャークッキー。
食べきれないほど。食べきれないほど買ったなら。

『僕は要らない。お前がお食べ。
  もう仕事に行かないと。食べてる時間はないからね。
  今日もいい子でお留守番をするんだよ』

それでも、もしも。食べきれないほどあのケーキがあったなら。
パパは傍にいてくれたかな。
沢山のケーキを食べきるのは、一人じゃ無理だと泣いたなら。
ずっと傍にいてくれた?

──ねえ、洋輔。
俯いてた彼女が、ようやくそっと顔を上げる。
何、と慌てて訊いたから、声が上ずってないことを祈ってた。
──もし目の前に、一つのショートケーキがあるとして。
うん、それで?
──それを挟んで私とあなた。あなた、どうする?
……どうするって……。

そして僕は考える。
イメージ的には、白いクリーム赤い苺。
やっぱりここは、彼女に譲るべきだろう。
ああ、でも、そうはいっても僕なら多分。
「二人で半分こって感じかなぁ」

僕の言葉に、彼女が軽く目を見開く。何をそんなに驚いているんだろう。
やっぱり彼女に、全部譲った方が良かったか。
ああ、でもね。
どんなに美味しいものでも、一人で食べたら美味しくないと僕は思うし。
だからそれくらいなら食べる量は減ったって、二人で食べた方が幸せだよね。

「……うん、そうだねぇ」

彼女は頷き、にっこり笑った。
今日一番綺麗な笑顔で。
そして僕は、腕に抱えた白い箱を抱えなおす。
彼女の言う「幸せの証」、その中身が崩れてしまわないように。

「ねぇ、洋輔」
「ん?」
「来年はショートケーキでもいいからね」
「なんで?」

それはどんなに小さなケーキでも、あなたとならずっと食べられそうな気がするから。

《fin》