色情霊3−0
〜妖怪外伝〜 

 

 うす暗い墓地をさまよい歩く。途中に出てくるあまたの色情霊たちを倒しながら、行くべき場所を求めて、先へ先へと進み続けた。

 このあたりに出てくる性霊は、決まって3人。似たような仲間どうしで襲ってくることもあれば、タイプがバラバラのこともある。が、いずれにせよここがすでに3人バージョンに入って久しいことは確かだ。

 時々、ほとんど単独で、妖怪娘さんたちが登場する。このステージでの妖怪は敵ではなく、偶然迷い込んだ人たちだ。普通の人間であっても、ここに来ると妖怪化してしまうのだ。彼女たちは、こちらがその気になればセックスに応じてくれるが、普通は中立のキャラであり、積極的に襲ってくることはまずなかった。

 まぁなかには好色なのも混じっていて、他のステージなら十分敵になるんじゃないかと思えるものや、性霊の淫気にあてられて我慢ができなくなった妖怪もある。こういう場合は仕方なく相手になる(妖怪に射精してもゲームオーバーになるらしい)。彼女たちは、強さの割には経験値が高く、レベル上げの助けになる。

 だからといって、こちらから妖怪を見つけ出して倒してやろうなどとは考えない。僕の出方次第では、彼女たちは快く僕に協力してくれるのだ。精力や魔力の回復、知らないうちに憑依されていることを教えてくれたり。何より、ゴールへの方向や、この先に何がある/いるといった情報を提供してくれる。親切な妖怪さんが多いのだ。ぞんざいに扱うわけにはいかない。

 あずき洗い娘さんがシャリシャリ手を動かしながら、「淫気の強ぅなる方へ行ったら、そこがゴールになるんちゃいますか?」と教えてくれた。聞くと、妖怪たちも外へ出たがっているのはやまやまだし、ゴールの方向もわかってはいるが、色情霊どもの強い淫気のために、そちらへ行くことができないでいるらしい。うかつに行けば毒気に当てられて、自分を見失ってしまう可能性があるらしい。

 彼女たちが僕に協力的なのは、ゴール地点に潜む邪淫霊を倒し、出口の淫気を取り払えば、妖怪たちも解放されるからなのだろう。

 …もっとも、例外もいるようで、時空の狭間からポッとやってきて、いつの間にか同じような時空の割れ目から抜け出してしまうキャラもいるみたいだ。かなりレアなケースではある。

 とにかく、僕は妖怪たちの助けと導きにより、無事性霊たちとの戦いに勝ち残り、レベルも上がって、ここまで来ることができた。特に妖怪『月曜日』にはたいへんお世話になった。こいつは「月曜日」のハチマキをして、休日の終わりを人々に告げるイヤな妖怪だが、ここでは僕は仕事と関係ないためか、快くゴール地点を教えてくれた。

 いわく、ここから東へ2キロほど進むと、明らかに雰囲気の違う一角が見えてくる。ピンク色のドームがそこにはあり、おそらくそこがゴール地点だろう、と。

 最後に月曜日娘は甘い声でこんなことをささやいた。「休日は休日で楽しめばいい。平日も平日で楽しめばいい。それだけのこと。切り替えが大切だよ…くっくっく…」うーむ…

 言われたとおりに進んでいくと、確かに遠くに妖しい雰囲気のドームがあった。ドームの正体は、ピンク色がかった、濃い淫気そのものだった。中が透けて見える。

 近づけば近づくほど、大気の淫気が濃くなっていくのがわかる。これでは妖怪たちが近づいてこれないのもうなずける。

 …しかし、これほどまでに強い性霊の淫気にもかかわらず、肝心の色情霊たちが出てこない。この淫気はもともと、性霊たちの色欲が具現化したものであり、色念のカタマリである彼女たちの霊体そのものが粒子化して大気に混ざったものだ。だから、彼女たちを満足させることなく強制的に除霊しようとすれば、大量の淫気が周囲にばらまかれ、その香りに吸い寄せられるように、他の性霊たちを引き寄せてしまうことになる。

 不思議なのは、これほどの淫気が出ているのに、どこからも色情霊が吸い寄せられてこないことだ。ドーム状になってしまっているということは、あの中は半ば液体化した淫気が渦巻いているはず。したがって、性霊たちに嗅ぎ分けられる淫気の香りも相当なものであり、遠く数キロ先から引き寄せられて、周囲には何百もの色欲怨念がぞくぞく集まってきてもおかしくはないのだ。

 考えられるのは、あの中にいるであろう、あまりにも強力な邪淫霊を恐れて、性霊たちがあえて近づかないか…。あるいは、その強力な霊体が、すでに周囲の性霊をあのドームの中へと取り込み、解体し終わってしまっているのか…。

 どちらにせよ、あの中に、これまでとは比べものにならない強烈な性霊が潜んでいることは間違いなさそうだ。

 僕は意を決して、あの中に入ることにした。先へ進むには、あの中の敵を倒し、上り階段への道を経て、このステージから脱出しなければならない。そうして、いずれはこの世界そのものからの脱出をはからねばならないのだ。

 「!」突然、背後に人の気配があらわれた。何かが猛スピードでせまってきている!

 僕は何も考えずに横へ飛び退いた。同時に後ろから、「トリャー」という若いかけ声が聞こえた。

 1秒後、ピンク色の粉が僕の横を通り過ぎていった。僕がふり向いて相手を確認したのはその後だった。

 見ると、背が低く、金髪で、リボンでツインテールにしている、緑の目のメイドロボ…もとい、かわいい女の子が身構えていた。外人にもゆいちゃんにも見えるが、実体もあり、どうやら妖怪のようだ。顔から上はエキゾチックな美少女なのに、服は和服。なかなかいいギャップだ。

 「ちっ。外したか。」美少女妖怪は舌打ちして悔しがった。もし先に振り向いて相手を確認してからよけようとしても、きっと遅かっただろう。ヘンな粉を浴びせかけられていたに違いない。

 「…何者だ。」「ふっ…。私は砂かけばば…もとい、今は砂かけ娘じゃ。おぬしもよく知っておろう?」美少女はニタリと笑った。

 「なっ…!!?」僕はおそれおののき、二歩分は後ろへ飛び退いてしまった。

 ま、まさか、目の前の女の子が、あの砂かけばばあ…もとい、その若い頃の姿だというのか!?

 確かにこのステージでは人間の女性は妖怪化するし、本物の妖怪も紛れ込む。しかも例外なく若い女性になる。〜婆とて、〜娘になる…つまり若返るのだ。

 「う、うわああああ!!」

 「ふははは! そんなに恐ろしいかっ! 妖怪としてこれほど名誉なことはないぞッ!」

 「ショックだあああ!」

 「なっ…どういうイミじゃ!」

 「だって、こぉんな美少女があの砂かけばばあだなんて…」

 「何を言う。私だって若い頃はあったし、あの頃はかなぁり男どもを狂わせ虜にしてきたものじゃ。その若さと美貌が今よみがえったのじゃ。」「うぅ…こんな美少女でも年をとると《ああなる》のね…」

 ブチッ! 何かがキレる音がした。

 「ほほぉ〜? 失礼千万もそこまでくるとかえって落ち着くわい。」「…いや、何かものっすごい殺気が漂ってんですけど…。」

 「あったり前じゃ! コケにしくさって! これでもくらえ!」

 ぶわあ! 「うわっ!」僕はとっさによけた。砂かけ娘は小脇に抱えたツボからピンクの砂を握りしめると、いきなり僕に投げつけてきたのだ。危ういところで、僕はまたよけることができた。

 「なっ、何なんだよそれ!?」「くっくくく…この世界ならではの特殊な砂じゃ。ドライアードが持っている、催淫効果のある花粉を分けてもらい、集めたものじゃ。」

 くっ…ドライアードの花粉…センシブパウダーってやつか。この花粉を浴びると感度が良くなり、女のやわ肌の感触を何倍にも感じてしまう上、こちらの性欲もはね上がってしまうやっかいな代物だ。

 「ほれほれ!」ぶわあっ! ぶわあっ! 「ひぃっ!」僕は何とかして砂をよけ続けた。「おのれ、ちょこまかと逃げおって。…重量のある砂と違って、軽い花粉では当てにくいわい。」

 「な…何のためにそんなことするんだよ!」彼女は怒る前にもすでに僕に花粉を投げつけてきていた。これまで親切だった妖怪が、なぜ、ここへ来てこんなイジワルをするんだ?

 「ふん。何のためじゃと? ばか者め。砂かけ婆が何のために砂をかけるか、おぬしは知らんと申すか。」「知らないよそんなの!」…でも、そういえば、彼女はどうして人に砂をかけるんだろう?

 「ばーか。目的なんぞないわい。」砂かけ娘は目をぎゅっと閉じ、ベッとかわいらしく舌を出した。

 「えっ…」

 「砂かけの意味も目的もないんじゃ。何のためでもない。ただ理由もなく、とにかく砂をかける。それが砂かけばばあなのじゃ。」「なっ…」「したがっておぬしに砂をかけて感じやすくさせるのも、べつ何のためでもないぞよ。」「そんな…。」

 ツボに手を突っ込んだまま、砂かけ娘はニコニコしてじりじりと僕に迫ってくる。自然と僕もそれに合わせて、じりじりと後ずさっていく。

 「つまり…まとめると…この行為には何のイミもない…ただのいやがらせ?」「うん♪」砂かけ娘はツインテールを揺らしながら首をかしげて満面の笑みをかわいらしく浮かべた。

 「うわああ! コイツ最悪だああああ!」僕はきびすを返して一目散に逃げ出した。「にゃははは! まてぇー♪」砂かけ娘もものすごい勢いで追いかけてくる。全力疾走しているせいで、和服から惜しげもなく生足が飛び出している。

 「まてぇ〜! おとなしく私のイヤガラセの粉を浴びろ〜♪」「冗談じゃねー! 何だってこんな嫌がらせをするんだオマエはー!」「イミなんてないのじゃー♪ スカっとするからしてるだけー♪ にゃはは〜。聖書にもあるぜ右の頬にセンシブパウダー浴びせられたら左の頬にも…ぶにゃあああ!」

 ずざー! ものすごい音がしたかと思うと、砂かけ娘は追いかけてこなくなった。

 見ると、彼女は和服に足が引っかかったのか、ものすごい勢いで転び、やわらかい土にすっかり頭部がめり込んでしまっていた。

 ずぼ。砂かけ娘は頭を引き抜いた。「ぷはっ…。…。」「…。」

 「あう…せっかく集めた砂…全部こぼしちゃった…。」

 「ほほぉ〜? つまり、もう僕に浴びせかける花粉はないと…?」「…うん…ぐすっ…」砂かけ娘は涙目だ。

 ここまでコケにされたのだ。温厚な僕でも絶対に容赦せん。コイツの根性を叩き直すべく、裸にひんむいてたっぷりおしおきしてやる。

 僕はひきつった笑顔で指を鳴らしながら砂かけ娘にじりじり近づいていった。

 「なっ何だよ! こっち来んな! おぬしのせいだぞ!」「いや…どう考えても砂の件は僕のせいではない。さぁて、どんなオシオキをしてやろうか。あまたの女敵を倒してきた僕のフルパワーで気絶するまでイかせ続けるか…それともあのピンクのドームに引きずり込んで縛りつけて放置か…どっちがいいーん!?」

 「わああ! 来んなっつってんだろ! オマエなんか大っキライじゃあああー!」

 砂かけ娘は走りにくい和服を脱ぎ捨てると、泣きながら一目散に走り去っていった。全裸の小さなお尻がどんどん小さくなっていき、やがてドームの西側奥深くへと消えていった。

 「…何だったんだ、あいつは…。」

 何となく、あの妖怪とはまた会いそうな気がする。これから先、いろんな場面で。

 と、とにかく、だ。僕の目的はちゃんとある。ブレちゃいけない。あのドームに行き、このステージのプチボスを倒すんだ。

 僕は再び、ドームに向かって歩き始めた。

 「むっ…!?」

 ドームに近づくにつれて、徐々に生気のない砂地や催淫毒沼が増えていくのだが、その乾ききった砂に、人が半ば埋まった状態で倒れていた。

 生気があり、邪気も霊気もあまり感じない。どうやら敵女霊ではなさそうだ。

 「おい…大丈夫か?」頭部が砂に半ばめり込む状態で、彼女は気を失っていた。白いワンピースを身につけている。

 「み…水…みずぅ…」少し抱き起こしてやると、その女の子妖怪は苦しそうにうめいた。

 僕は思念して、コップの水を無から取り出した。ここは精神世界、ある程度の物なら、思い浮かべただけで、実物が現れるのだ。

 それにしても、出口に近くなって、一気に妖怪遭遇率が高くなったな。強すぎる淫気を避けつつどうしたらいいのかわからないでいる妖怪たちは、広い墓地ステージをあちこちさまよい、また別の妖怪たちは、出口を求めてここに集まってきているのだろうか。あるいは、ただ単に淫気に引き寄せられて、近くまで来たはいいが、出口へは行かれず(毒気にあてられてしまうからね)、この辺をうろついているとでも、いうのだろうか・・・。

 「みず〜はやく…うぅ…」「ほれ。水だ。しっかりしろ!」「うぐ…もっと冷たくて澄んだ天然水がいいでゲソ…氷が入っていればもっといいでゲソ…」

 「なっ…てめえ…」なんて贅沢な妖怪娘だ。「っち。ほらよ。」それでも僕は、氷入りの天然水を彼女に渡すのだった。

 「んぐっ! んぐっ! …もう一パイでゲソ!」「こいつ…」

 …結局、この娘はおいしい水を6杯も一気飲みした。

 「…げふー。生き返ったでゲソ。助かったでゲソ。礼を言おうじゃなイカ。…だんけ。」「…何でそこでドイツ語なんだ。」

 白いワンピースの、青い瞳の妖怪は起き上がった。全体的に小柄で幼い感じの女の子だった。年はまだ若い…というよりほとんど子供、14歳くらイカ。

 頭には大きなイカの先端が帽子のようについており、髪の毛の他に無数の乱雑な触手が伸びていた。まちがいない、コイツはイカ娘だ。

 …てゆーか、この人妖怪だったのか…!?

 ま、分類するとそういうことになるんだろうな…。

 「で、何でお前はここにいるんだ?」

 「世界侵略の一環でゲソ。」「…。」意味が分からん。

 「あんな海の周辺で活動してても、いつまで経っても征服は叶わないでゲソ。一気に活動範囲を広げ、なおかつ暴力によらない効率的な方法でなければ、人間どもを私の支配下におく侵略には至らないでゲソ。」「…侵略できない決定的な理由は、もっと根本的なところにあるような…」

 「だまれ人間め!」「…。」コイツ絶対、僕を恩人として見てないよな。余計なことして助けなければよかったかな…。

 「そんな時、私はついに、一気に手っ取り早く、そして簡単に侵略を達成する方法を見つけたでゲソ。」「ほぉ。それは何だ?」ま、どうせろくでもないだろうけど。

 「アニメ化でゲソ。」「…。」やっぱりろくでもなかったか。「この私、イカ娘がアニメ化して全国に放映されれば、私の理想と、私の示すすばらしい世界のことを全日本人に伝えることができる。そうすれば、アニメを見た子供も大人も洗脳され、全員が私の支配下に入るでゲソ。そうすれば、すぐに各国語に直されて、連日世界中で放映され、あっという間に、何億人もいる地球中すべての人間どもが私にひれ伏すのでゲソ。ふっふっふ…。」

 「…やっぱり根本的なところに、成功しない原因があるんだと思うよ?」中2の人に中二病のことを教えてもだめということが、何となく分かった気がする…。

 「ほざくがいい人間め。私の計画はすでに始まっているでゲソ。」「…。」「アニメ化のためには何よりも認知度と人気! そのためにいんたーねっとを利用しない手はないでゲソ。こうしてねっと世界に入り込み、アピールすることで、人々の心にイカ娘を刻みつけ、忘れられないようにしてやれば、認知度も人気もばっちりでゲソ。」「いや、十無が二次創作で勝手に登場させてるだけだから。それに、こんな弱小マイナーサイトに出たって、認知度にも人気にもほとんど影響はないと思われ。」

 「いーや! そんなことはないでゲソ! こうやってあちこちでアピールすれば、ゆくゆくは多くの人の目に触れるでゲソ! そしたらアニメ化でゲソ! …とゆーワケで、私のことがよく分からない人は『イカ娘』で検索よろしくでゲソ。」

 「…夢見てるところ悪いが、今のままではアニメ化は無理なんじゃなイカ?」…はっ、イカん、口ぐせが移り始めているぞ。

 「なっ…!? どうしてでゲソ?」

 「アニメ化するために、今のお前には決定的に欠けている点がある。あれだけたくさんの作品が世に連載されている中で、アニメ化できるのはごく一部。それはそれは熾烈な競争に勝ち残らないといけないんだから、その欠けている点を、まずは直さないとな。」

 「何でゲソ!? その欠けているというのは。」イカ娘は顔面蒼白になった。簡単にアニメ化しないことは理解したらしい。

 「ま、一言で言うと《エロ》だな。残念ながら君には色気がない。」「い…色気…。」

 「たとえば、だ。ここは淫気があふれ返っている。僕みたいに耐性をつけた者ならともかく、普通の妖怪娘がここで淫気を吸い続けたら、みんなおかしくなっちまう。砂かけ娘ってのに会ったけど、どこか狂っていて、砂の代わりにセンシブパウダーを投げつけてきた。で、お前は何ともないのか? これだけ淫気を身に受けて、何も感じないのか?」

 「インキ? スミなら吐けるでゲソ。」「うんうん、やっぱりアニメ化はムリだ。」「なっ…!」

 「それはさておき、何でお前はここで倒れてたんだ? 気を失っていたら宣伝とかできないじゃん。」

 「それが…この世界に入り込んだのはいいでゲソが、ここでどうしたらいいか分からず、あのドームの周りをうろうろしていたでゲソ。するとそのうち、なぜか体が乾いてきたでゲソ。呼吸も荒くなってきて、体も熱くなって余計に乾いて、ついに倒れてしまったというわけでゲソ。やはり海から離れたせいで、脱水症状を起こしやすくなったかも知れないでゲソ。」

 …。イカ娘は、自分が淫気に毒されていることに気づいていないらしい。しかし、その肉体は確実にむしばまれ、強い性的な衝動が全身を駆けめぐっていた。実際僕が全裸であることにはまったく無反応、彼女はこの状況を無意識のうちに受け入れて平然としてしまっている。もともと性欲の疼きとは無縁(てかコイツに性欲なんてあるのか?)だったため、自分の肉体に起こっている変化に気がつかなかったのだ。

 仮に交尾・生殖の機能が人間のそれとは多少違っていても、これだけの淫気を吸い込み続ければ無事では済まない。他の女と違ってイカ娘の場合、すぐに性的な認識に至るわけではなく、体の乾きなどを訴えたりして、多少性欲の現れ方が特殊であるが、それでも、体の変化に対してどうしたらよいのか分からずに、ついに気を失ってしまったというわけだ。

 メカニズムは知らないが、大量に水を飲むと、おそらく一時的にだろうが性欲を押さえつけることができるらしい。だが、このままにしておけば、もっと毒が体内に巡るため、かなり危険なことになる。

 「いずれにしても、これでは大きなお友達の人気は得られないし、やっぱりアニメ化はないなw」「そんなっ…! その色気とやらを私が身につければ、可能性はあるでゲソ?」「あー、内容はおもしろイカら、可能性は十分だな。」ま、エロければそれでいいというわけでもないけどね。「よし! どうすれば色気が身につくか教えてくれなイカ?」イカ娘はやる気まんまんだ。

 「じゃあ、まずは水着だな。」「それならお安い御用ッ!」イカ娘はワンピースを脱ぎ捨て、白い水着姿になった。すぐに泳げるよう、彼女は服の下にいつも水着を着込んでいる。ただし、すぐ脱げる状態のくせに、滅多にこの姿にはならない。

 「それ! まずそれがイカん。」「え゛っ…」「色気とはお前の中にある女性性を強調し見せつけることッ! そんなスク水みたいな水着では、ごく一部の男しか萌えん! ビキニに変えるべし!」あるいはどうせ白の水着なら中が透けるのなら分かるが…そうでもないようだ。

 「ゲソー! ビ、ビキニって、よく海に来る女どもの、…あの…おへそを丸ごと出した格好じゃなイカ?」「その通りだ。お前もあの姿になれ。もちろん、背中や腰部分はヒモだかんねっ!」「げ、げそ…」

 イカ娘は固まっている。「おへそ…うぅ…おへ…そ…」「どうした。早く着替えろ。」「…」「ほれ。アニメ化したいんだろ? だったら一肌脱げ。」「あうぅ…おへそ…」

 ま、コイツがきわどいビキニ姿になって、化粧の一つもすれば、14歳のおませガールwith厚化粧の完成。胸のふくらみかけも手伝って、肉体年齢と表面上の背伸びした姿とのギャップによって、それなりに色気もでるだろう。たぶんね。

 「うぅ…だ、だめでゲソ! やっぱりだめでゲソ! おへそだけはカンベンしてください!」「…そんなにヘソが恥ずかしいのか?」「ゲソ…」イカ娘は顔を真っ赤にしている。おへその露出がこの上なく恥ずかしいとは…。性の知識もまるでなさそうだし、ウブそのものなんだな。

 「他! 他なら何でもするでゲソ! だからビキニだけは…。」「…分かった。何でもするんだな?」「するっ!」

 「じゃあ、コレを読め。これはエロもあり、人気アニメにもなったすばらしい作品だ。」「分かったでゲソ。これを模範にしてマネするようにすれば、アニメ化が近づくでゲソね!?」「そういうことだ。よく熟読して励むように。」

 僕は思念した『かのこん』コミックス版5巻分をイカ娘に手渡した。彼女は早速、むさぼるように漫画を読み始めた。

 「…にぎゃあああ! …ゲソ〜〜…」

 イカ娘は口からアワを吹いて後ろに倒れ込んだ。やはりコイツには刺激が強すぎたか。おへそどころの騒ぎじゃあないもんな。

 今度は助けないぞ。態度悪いし。まぁそのうち自然に、元のマンガの世界に帰ることになるだろう。二次創作キャラだったら、閉じ込められることはないからな。

 僕はイカ娘をほったらかしにして、ドームに向かって再び歩き始めた。

 思ったよりもドームは遠かった。歩けども歩けどもなかなかたどり着けないでいた。

 近づいてみて分かったことだが、ピンク色のドームは生きているみたいにうごめきながらゆっくり収縮しており、たどり着く頃には、ずいぶん小さなものとなっていた。

 気配も感じ取ることができる。統一した思念ではなく、複雑に入り混じった性霊たちの思いが、粒子化した肉体とともに絡まり合い、ひとつのドームに融合していたのだ。

 その淫気の固まりが濃くなりながら縮み、圧縮され、まとまりきれなかった淫気はものすごい勢いで放出され、周囲を砂漠化させつつ妖怪たちを引きつけ、狂わせ続けている。

 ドームの目の前にたどり着く頃には、ピンク色の生き物は相当小さくなってしまい、家一軒を覆う程度に圧縮されていた。こんなにも淫気の粒子が密度高く圧縮されていたのでは、濃度も相当なものだろう。内部は液状、またはゼリー状に固形化していて、泳ぐことさえできそうだ。もちろん、ここまで濃縮されてしまっていては、透明度などなく、内部ももやもやしてしまって見ることができない。

 まいった。ここまでになってしまっていては、いくら僕でも中には入れないぞ。色情霊どもの猛毒を泳いでは、僕にどれほど耐性があったとしても、おそらくひとたまりもないだろう。

 そうこうしているうちにも、淫気のドームはますます縮んでいく。まずい、これ以上圧縮されるということは、液体かどころか、完全に固体になっちまう。まさか、数百体分はあるであろうドームが人型にまで圧縮され固形化し、おそってくるわけでもないだろうけど…

 一気に収縮が始まった。あっという間にピンクのドームは小さくなり、やがて内部へと吸い込まれていった。ドームに覆われて見えなかった内部の姿が現れていく。

 それは、築100年以上を思わせるような、小さな日本風の古びた廃屋だった。入り口はなく、庭に通じる廊下なども木の壁に閉ざされていて入れない。ピンクのドームは、この廃屋の中へと吸い込まれてしまったわけだ。

 この場所はどうやら、家の裏側みたいだ。反対側に玄関があるのだろう。そしてそこだけが唯一の出入り口になっているに違いない。僕は後ろに回ってみた。

 「むっ…!?」反対側に回ってみると、ねずみ色の丸いカタマリがうずくまっていた。小刻みに震えているその物体は、顔を地面に突っ伏し、頭を抱えて文字どおり丸くなっていた。

 「…おい。」「ぎゃあっ!」僕の声にさえ驚いた女の子は、うずくまった体勢のまま10センチは浮いた。

 ねずみ色のワンピース、白いずきん、ちょっとぶかぶかした木の靴に細い足首…。まちがいない、コイツは久々登場の掃除娘だ。

 「こんなところで何をしている。」「わああっ! 助かった! ずっと待ってたのよっ!」掃除娘は半泣き状態で、僕にしがみつこうと突進してきた。僕は華麗に横によけつつ右足だけ少し前に出しておいた。

 「に゛ゃあああっ!」ずざー! 僕の足に引っかかった掃除娘は、見事に転び、砂地につんのめってめり込んでしまった。

 「何をしていると聞いてるんだ。」「うぅ…ひどい…」掃除娘は起き上がった。

 「あっ! なんだお前その顔ッ!?」「ひゃあっ! 見ないでっ!」服装その他はこれまでの掃除娘と何ら変わらないのだが、彼女の鼻だけが違っていた。

 掃除娘はもともと普通の女の子、ただの人間だ。そんな彼女がこのステージに来たら、当然妖怪化してしまう。両手で顔を隠しているが、その前の一瞬、ばっちり見てしまった。

 掃除娘の鼻はトナカイのように真っ赤なダンゴ状になっており、その付け根から左右3本ずつ、猫のようなヒゲが伸びている。その鼻とヒゲがモグラみたいに勝手にヒクヒク動いている。コミカルで何ともかわいらしかった。

 「ぶはははははっ! なんだお前、妖怪ねずみ男ならぬねずみ娘になっちまったのか!? すっげー似合ってるぞ! ははははははは!」「にゃああっ! 笑うなああ! …ねずみ娘じゃないもん…。」「違うのか? じゃあいったい、何に変身しちまったんだ?」

 「…妖怪石ぶっつけ娘。」「…はぁ!?」「もともとは石ぶっつけ小僧らしいんだけど、ここでは石ぶっつけ娘として出てくるらしいんだ。」「何なの? その石ぶっつけってのは?」「なんかね、踏切のところにずっとたたずんでいて、人や自動車を見るととにかくひたすら石を投げつけてくる妖怪なんだって。」「…なんてハタ迷惑な妖怪だ…」まだねずみ娘の方がマシな気がする。

 「で? その石投げ妖怪が、どうしてここにいるんだ?」「…。」「あー、墓場の掃除か。それはご苦労。」「違うよ! こんなところ一回も来たことないよ!」「…何で?」「う゛…それは…。」「掃除娘って、あちこち掃除してるんだよな? それなのにここに来るのが初めてっておかしくない?」「うぅ…だって…」「それに、一度も来たことがないのに、何で今はここにいるの? 何しに来たの?」

 「……ぁぃたかったか…」「ん?」よく聞き取れなかった。

 「そっ! そんなことより! 大変なの!」「どうかしたのか?」「私の大切な掃除道具とかがどっか行っちゃったのよ!」

 「ふうん。がんばって探してね。じゃ。」「まー! まってまってまってまって! 置いてかないでー!」「何だよ。なくした道具はお前の物だし、なくしたのもお前だろ? 僕のせいじゃないし関係もない。」「そっ、そんな冷たいこと言わないでよ。私とあなたの仲じゃない。ねっねっ?」「…。」「わっ私だって一生懸命探したんだよ? で、たぶんこの家の中にあるってことはわかったんだけど…。」「じゃあ、そこまで分かっているんなら、自分で取りに行けよ。」「やだっ! お願いだから手伝って!」「何でだよ。ドームは引いてるし、一人で行けるだろう?」「行けるわけないでしょ! だって…」「…だって?」

 あ。まさか! 「わああああ!」「きゃああああ!」僕の声に掃除娘はびっくり仰天し、今にも気を失いそうになった。「やっぱりな。お前、オバケが怖いんだろ?」「こっこわくなんか…」「あ、後ろに人影が。」「にぎゃああ!」掃除娘は飛び上がってひっくり返りそうになった。腰を抜かすまであと一歩だ。

 「その廃屋は昭和50年にモデルルームとして建てられたものであるが人が住んでは一ヶ月と持たずに転売されてしまう。ついには誰も住まなくなり昭和62年を最後に時間が止まったのである。平成13年の調査でこの場所が平安時代にも江戸時代にも無縁仏となった死体棄て場だったことが分かり地中深くから無数の頭蓋骨も発見されている。」「ひいい! やめてえ!!」「不思議なことにここで発見された頭蓋骨はすべて通常のものよりひとまわり以上小さくなおかつ腕や腰の骨は見つかっていない。首ばかり切断されてこの地に埋められたとでも、い う の だ ろ う か…」「あ わ わ わ…」掃除娘は今にも卒倒しそうだ。かわいそうだからこの辺にしといてやろう。調査の結果、頭蓋骨はそれぞれの人の骨の一部ずつを組み合わせて作られていた、いったい誰が何のために…などというオチを言えば、それこそ彼女は失禁してしまいかねない。

 「ほれ。立て。そろそろ行くぞ。」「ほ、本当? 一緒に行ってくれるの?」「しょうがないからな。オバケが怖いって奴を性霊ステージにほったらかしにしとくわけにもいかないしな。」「こっこわくなんかないもん!」「…頭蓋骨が小さいことを不審に思った専門家チームはDNAの調査に着手した。その結果それが子供のものではないことが分かり…」「ぎぁあああ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! オバケこわいですー! もうやめてー!」「じゃ、行くか。」「あうぅ…」

 「一緒に中に入って探してやるけど、ふたつ約束だ。ひとつ。絶対に僕の邪魔はしないこと。まちがっても戦闘に参加してこないように。淫気に毒されてもガマンしろ。分かったな?」「あー…淫気で自分を保つのは自信ないかも…」「夜中の二時に飼い猫をかわいがるのは避けておいた方がいい。特に猫の毛が逆立ちおびえているときはその目を見てはいけない。猫の目は鏡のように周囲の光景をよく反射しいやがおうにもいるはずのない人影や顔を瞳に映してしまうからである。」「ぴぎゃああ! 守る守る約束する約束しますーーー!」わかりゃいいんだ。

 「そしてもう一つ。道具が見つかったからといって、調子に乗って僕に戦いを挑まないこと。」「それは大丈夫。オバケが出るところで、そんなことしてらんないよ。」「万一約束を破ったら、全力でイかせまくり、数時間身動きがとれない状態の仲で幽霊だらけの廃屋に放置の上、色情霊一体を強制除霊するぞ。性的に満足させずに相手の霊力を削るようなことをすれば、その霊気粒子が飛び散り、これを嗅ぎつけた数十以上の邪霊が集まってくることになるからね。」「わ、わかった…」

 掃除娘は僕の後ろに半ばしがみつくようにして、後ろからついてきた。とりあえず約束もしたし、しばらくはコイツが脅威となることはないだろう。それに、彼女がオバケ嫌いだという、思わぬ弱点も知ることができたし。

 廃屋は不思議なほど静かだ。さっきまでものすごい勢いで放出されていた淫気の嵐も、まったくなくなってしまっている。だが、その内部では、柱一本一本にいたるまで、色情怨念が濃く染みついているのが分かる。

 いよいよこのステージ最後の戦いだ。気を抜くことはできない。僕たちは意を決して、この禍々しい玄関に入っていった。

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