「たーのもーっ!」
深夜、柳桐寺山門。
草木も眠る丑三つ時だというのに、凛とした声が沈黙を引き裂くように辺りに響き渡った。
「やれやれ、一体なんだというのだ、こんな時間に……」
「こんな時間に、ではありません! まるでこちらが非常識であるような口をきかないでいただきたい!」
まるで亡霊のように現れた侍、佐々木小次郎がぼやくのにまた凛とした声が吠えた。面倒そうに小次郎が見やればそこには金色の少女の姿。もう夜も更けたというのに、彼女の周りは太陽が輝いているように発光している。ぶっちゃけ眩しい。
そしてその隣には彼女と同程度の身長の少女がいた。こちらは、例えるならば銀色の少女か。金色の少女が太陽ならば、彼女は月だ。
ひっそりと美しく、艶やかに輝く月下の華。
「風流な」
「人の話を聞いているのですか、あなたは!」
金色の少女はまた吠える。銀色の少女は心底疲れたようにうつむいて口をきかない。
「セイバー。気持ちはわかるが、もう少し落ち着くといい」
「何故ですアーチャー! わたしはあなたのためを思ってですね!」
「それはありがたい。本当にありがたい。だが、あまり大きな声を出さないでくれないか。……その、ただでさえ痛い頭が余計に痛む」
そんな二人の漫才―――――もとい会話を聞いて、小次郎はぽんと手を叩いた。
「ほう、そちらの少女は弓兵であったか。なにしろ姿があまりにも変わってしまっていたものでまったくわからなかった。いや、これはこれは失礼した」
少女と呼ぶな。
呻くようにつぶやいて銀色の少女、もといアーチャーはがくりとうなだれた。そのせいでたゆんと揺れた胸元の谷間が強調され、傍らのセイバーは軽く赤面した。
「な、なにを言うのですか、わたしはうらやましくなど、うらやましくなどありませんとも。ええ、そもそも胸なんて飾りです、凛の言葉を借りて言うのなら心の贅肉です。ですからアーチャー、気にすることは決して」
「……ふ。ということは私のこれは卑しい心の贅肉が具現化したものだと君は言うのだな。そうか、私も磨耗しきった身、そんなものはほとんど失ったものと思っていたがまだまだということなのか……」
「いいえ! いいえそれは違う、誤解ですアーチャー! あなたのそれはとても素晴らしい! 例えて言うのならあなたの作る料理のようだ! 見る者を喜ばせ、満たしてくれる! ええ、現にわたしも満たされています! 先ほどの発言はただ自らの未熟さを嘆いて漏らしてしまったもの! わたしもまだまだ王としては未熟であると痛感せざるを……」
「君、少し黙れ。」
某の境界っ!?と後ずさるセイバーを尻目に、アーチャーは立ち上がった。少し涙目である。
それも当然と言えるのかもしれない。永遠の憧れである聖少女が目前で自分の胸を糧だのなんだのと拳を握り締めて力説するのだから。
泣きたくもなるというものだろう。
「で、漫才は終わったのかな?」
「漫才と言うな! こっちは真剣だ!」
「む。こちらこそいつでも真剣勝負なのだが」
なんなら死合ってみるか、と言われてアーチャーは静かに首を振った。
「これ以上無駄な体力を消耗したくない」
「それは残念だ」
「ええ、わたしも残念ではありますが。あなたと戦って服がビリビリになり、涙を浮かべてか細い両腕でたわわな胸元を隠しうずくまるアーチャーが見てみたかった。ですが本当に残念なことにそんな時間はないのです」
「……セイバー。オレ、泣いてもいいのかな?」
ノンストップ・フルスロットルなセイバーさんに、すでに泣き声のアーチャーさん。何故?と澄んだ瞳で問われ、いやなんでも。と磨耗しきった目で答えたのだった。
何故じゃないよなあ。
当然のように言わないでほしいよなあ。
「とにかく、原因は大方予想がついています。おとなしくそこをどくか、あの魔女をこちらに引き渡していただきたい。そうすればこちらも手荒な真似はしないと約束しましょう」
「出来ないと言ったら?」
「―――――力ずくでも」
さわりと風が吹いた。
木々が揺れ、騎士王と侍の見事な美髪が流されていく。
ああ美しいなあ。
こんな状況でなければ。
アーチャーはひとり蚊帳の外を選び、内心でつぶやいていた。
そもそもなんでこんな状況になったのだろう?
そもそもセイバーはどうしてこんなにやる気なのだ?
そもそもどうして衛宮士郎ではなく被害者である自分がわざわざここまで出向いている?
最後の答えは簡単だ。鼻血を噴いて布団でお休み中だからである。
超殺してえ。
普段の彼(今は彼女であるが)らしからぬ言葉遣いでアーチャーは思った。むしろ今なら、あの状態の衛宮士郎ならさくっと殺せたはずである。
あれ、なんで殺してこなかったんだろう。
バカバカ!オレのバカ!ドジっこ!もう知らないんだから!知らないんだから!
「現れたわね、お嬢さんたち」
―――――などといささか壊れ気味だったアーチャーは、はっとその声に覚醒した。
同時に小次郎と睨みあっていたセイバーも弾かれたように顔を上げる。
「キャスター……!」
果たして、そこにいたのは稀代の魔女、柳桐寺の若奥様、キャスターであった。
「若奥様……」
「な、なに!? 文句があるの!?」
「いえ、なんでも」
「こっちを見て返事をしなさい!」
きっとキャスターの方へと向き直ったセイバーは、不可視の剣を呼び出すと力強く構えた。さりげなく背後にアーチャーをかばう。
まるでその姿はナイト……いや、実際に騎士王であることは間違いないのだが。
見た目は麗しい少女同士であるのだが。
「……いいわね、やっぱり」
一触即発、寄らばkill。そんな雰囲気の中でもマイペースでほう、とキャスターがため息をつく。怪訝そうな顔をした少女ふたりをまじまじと見て、また、ほう、とキャスターはため息をついた。
心なしか頬が赤い。
「セイバーはもちろんのこと、そこのお嬢ちゃんも可愛いわ。筋肉ダルマは大嫌いだけど華奢で可愛い女の子は大好きよ! ああ、呪ってよかった! やっぱり私の目に狂いはなかったのね!」
呪ってよかったってアンタ。
「やはりあなたの仕業だったのですね、キャスター!」
「ええ、そうよセイバー。全部私の仕業。でもいい仕事してるでしょう? あなたも気に入ったはずよ?」
「それはそうですが」
「頼むからあっさりと同意しないでくれるか、セイバー!」
これ以上美しい過去の記憶を穢されたくない。
心から叫ぶアーチャーであった。
「ですがアーチャー、あなたは可憐だ。愛らしいものを愛らしいと言って何が悪いのです?」
「そうよね!? わかってるじゃない、セイバー!」
「ええ、わたしとて美しいものを素直に美しいと言える心を持っている。人として当たり前のことだ」
「頼むから黙ってくれ君たち」
本格的に泣き声を出してぎゅっと目元をてのひらで押さえると、腕で胸が持ち上げられてその場の全員がごくりと息を呑む。
「「「……おおきい……」」」
「声をそろえるな!」
死にたい。
今すぐここで死ぬか、地球上の全員を殺すかしてしまいたい。
切に、アーチャーはそう願った。
「閑話休題ですキャスター。大体の真意は知れていますが、聞きましょう。なぜアーチャーをこんな姿にしたのです」
風が吹いた。
キャスターは目を細める。その表情はぞっとするほど美しかった。こんな時でなければ見とれていたかもしれない。
残酷でありながら悦に満ちた淫蕩な魔女の美貌。なんて美しい……。
「趣味ね」
「趣味ですか」
「趣味だろうな」
「今すぐ捨てたまえ、そんな趣味」
「何を言ってるの!? この計画を練るのに私がどれだけ月日をかけたと思っているの! 衣装だって真心をこめて二着作ったんだから!」
見なさい、とばかりに広げられたそれにアーチャーも、セイバーも絶句する。それは一時期女児を対象に人気を博した、某アニメのヒロインたちのコスチューム。黒いそれと白いそれは確かに可憐な少女たちによく似合うだろう。
「あなたたち肉弾戦が得意でしょう? だからね、動きやすいようにこの服にしたの。本当はもっとフリルやレースをたくさん使った服を考えてたわ、だけどこれもまた可愛いと思って」
「確かに……可愛らしい服です」
「そうでしょう!? セイバー、あなたいい子! よくわかってるわ!」
「ええ、キャスター。あなたも意外に話が通じる方です」
がっし、と握手を交わす二人。
嫌だなあ。
敵同士が結束する姿は美しいものだけど、こんな形で結束されるのはとても嫌だ。
「というわけであなた、これ着なさい」
「名指しか!?」
「セイバーにも着てもらうわよ。……だけど、ねえ?」
ねえ、と言われて隣を見てみる。
すると、不可視の剣を構えてアーチャーを見据えるセイバーの姿。
「セ……セイバー?」
「着てくださいアーチャー」
「セイバー!?」
「着てくれないとわたしはこの剣をあなたに挿入して突き上げ、揺さぶり、翻弄せざるを得ないでしょう」
「それ本当に剣か!?」
「あなたがわたしの鞘だったのですね……」
「名台詞レイプ……!」
思わず後ずさったアーチャーは、不意に体全体に痺れが走るのを感じた。一瞬の、まるで静電気のようなそれは瞬く間に全身に広がって、アーチャーの体を縛りつける。
「な……これ……っ!?」
「かかったわね! 念のため結界を張っておいたのよ」
「く……!」
さすが稀代の魔女。アーチャーは桜色の唇をきつく噛む……が、そんな場合ではない。キャスターの視線が体中に絡みつき、セイバーはじりじりと剣を構えて迫ってくる。
小次郎は面白そうに傍観だ。
「き、君! 剣士なら乙女を助けるものではないのかね!?」
「ほう、とうとう自らを乙女と認めたか。……だがな、生憎と拙者も娯楽に飢えていてな」
「死んでしまえ……!」
「もう死んでいるがな」
あっはっはっ、と笑う小次郎は本当に楽しそうだ。アーチャーは……この男について少し誤解していたのかもしれない。
「さあ、行きなさいセイバー!」
「言われなくとも」
「黒い! セイバー黒い、黒いぞ!? ちょっ待っ……いやああああ!!」


そうしてその日、一人の少女の純潔が散らされたのだった。



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