「アーチャー、わたしの、」
ああ、その先は聞こえない、セイバー。


「なあ遠坂、アーチャー知らないか」
「アーチャー? ……そう言えば、見かけないわね」
探してみる?だなんて言われて、衛宮士郎は軽く首を振った。いや、夕飯のことだから、と苦笑してつぶやく。つまらないことだから。
「一体なんなのよ、気になるじゃない」
「いや、メインを肉にするか魚にするか程度のことなんだ」
「それは……つまらないわね」
贅肉贅肉、とつぶやいて遠坂凛は爪の先をふっと軽く吹いた。だろ?と衛宮士郎。
「わたしはそうは思いませんが」
その言葉にそろって振り向く高校生ふたり。そこには、湯呑みをかたむけるサーヴァントがひとりいた。
「食事は心を豊かにし、体をも豊かにします。素晴らしいものです」
「ああー……まあ、そうね、セイバーにとってはね」
「悪いセイバー、ないがしろにして」
「わたしにではありません、食事に謝ってください!」
とたんに高校生ふたりは真顔になる。そうしてすぐにひとりは苦笑、ひとりは隠しきれない笑いを隠そうとして必死になった。
ふたりとも、なにも馬鹿にして笑っているのではない。ただ、あまりにも微笑ましくて。
かわいらしい王様。
「あ、そういえば」
と、遠坂凛がつぶやく。セイバーと衛宮士郎はそろって首をかしげた。この主従、実のところナイスコンビである。
「セイバー、アーチャー知らない?」
サーヴァント同士の察知力ならそれなりに感知出来るはずだ。そも、お茶菓子やなにやらをねだりアーチャーの後を歩いていそうなセイバーならば居場所を知っているのではないかと。
そう思って聞いたのだが。
「―――――いいえ」
返ってきたのは、否定だった。
セイバーは静かに首を振ると、湯呑みをちゃぶ台の上に置く。ことんと音がした。
「わたしは、知りません」
「あら、そうなの」
「セイバーも知らないとなると……藤ねえにも聞いてみるかなあ……」
つまらないことだけど。
つぶやく衛宮士郎。
それをきっかけにしたように遠坂凛は立ち上がり、どこかへ歩き去っていく。じゃあわたしちょっと用事があるから。そんな言葉を残し。
衛宮士郎はがしがしと頭をかいて、さてと居間を後にしようとする。
「―――――」
「ん? セイバー、なにか言ったか?」
「いいえ。なにも言いませんでしたよ、シロウ」
そっか、と返すと衛宮士郎は今度こそ居間を後にした。足音が遠くなっていく中で、ぽつりとつぶやくセイバー。
「……わたしが、知りたいくらいです」
その声は彼女自身にも聞こえないほど小さいものだった。


アーチャーの体はずいぶん小さくなってしまった、とセイバーは思う。壁に背をつけて軽く自分を見上げるようにするその身長は、彼女と同じほどだ。柳桐寺の魔女の呪いとはおそろしいものである。
けれどわたしは、とセイバーは思う。
「けれどわたしは、どんな姿になってもあなたがいとしい。アーチャー」
愛した者と異なるが、同じ魂。それがたまらなくいとしく思える。それなのにアーチャーは首を振る。まるで、本当の少女になってしまったかのように。
ふるる、と。
セイバーの言葉を、それこそが呪いであるかのように拒む。
それがセイバーには悲しくて、いとしい。
ああ、彼だ、と思うのだ。
「アーチャー」
なにも怯えることはないのです、と両手首を軽く握って身を寄せると、びくりと細いその体が強張った。
頑強だったあの体はどこにいってしまったのだろう?
むきだしの肩を一本だけほどいた指先で撫でると、沈みこむほどやわらかい。その感覚に溺れてしまうほど。
セイバーは、そんなに愚かではないけれど。
「大丈夫ですよ」
アーチャーは。
ぼそぼそとなにかを言って首を振る。それが否定の言葉ばかりだと知っているから、そうではないと言いたいのだが。
それでも彼は、彼女は言うのだ。
自虐する。
自嘲する。
自分なんて。
そう、セイバーが眉を寄せるようなことを。
「アーチャー、そんなことは言わないでほしい」
わたしはいとしいのだからと。
誰が、あなた自身が振り捨てようとも、わたしは離さない。
繰り返し繰り返し、下を向いて声を聞こうとしないアーチャーにセイバーは語りかける。
心をノックする。
たとえ、奥からなにも返ってこなくとも。
「アーチャー、わたしはあなたがいとしいのです」
下から顔を覗きこむようにして、告げた。
その揺れる鋼色の目をまっすぐに見つめて。
そして手の力をゆるめる。
すると、
―――――あ。
と、いうまにアーチャーはその場から消えてしまう。駆けだすなどという甘さも見せないほど素早く跡形もなく。
セイバーはそれを予測していたが、あえて追いかけなかった。
鋼色の目が、動揺にでなく水分に。
揺れていたかのように、見えたからだ。
なみだ。
そう、呼ばれるものに濡れていたかのように見えたから。
そんな相手をどうして追いつめられただろう?
セイバーには、出来ない。
出来なかったから、こうして今ぼんやりと居間にいるのだ。
空が曇っている。
雨が降ってきそうだと考えて、ふと思いだした。
あの瞳の色も、こんな泣きだしそうな色をしていたと。



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