挨拶は剣と槍のぶつかり合い。物騒な出会いだった。女の名はエミヤ。先日消えた―――――弓兵アーチャーと外見は妙に似通っているのにあまりにもその女には精気がない。ぎん、と音を立てて剣を弾かれても舌打ちひとつしなかった。
それどころか無数に剣を出してきては次々と襲いかかってくる。正直絶句した。なんて激しい女だ。気の強い女は嫌いじゃなかったが、これはそんなレベルじゃない。
「ランサー。英雄、クー・フーリン」
幾度目かに取りだした、血に錆びた剣を舌で舐めると女は微笑みもせずに告げた。笑えばさぞかし美しかっただろうに。
「君を世界に仇なす存在と認識した。よって排除する」
ずくん、とした。排除ときたか。面白れえ……そう、笑いたかったが出来ない。あの弓兵の瞳と同じ鋼色の瞳には温度がない。嵌めこまれた硝子玉だ。感情というものは一切そこにない。そもそもこの女は感情というものを知っているのか?持って生まれてきたのか?
そもそも、この女は生まれているのか?
先程、世界と言った。その世界に操られているだけのまだ善悪も知らない胎児なのではないか。産声を上げてもいないのにこの世に放りだされた。濡れた体でうごめいている。未熟な手足で懸命にもがきながら、それでも使命をまっとうしようと。
鋼色の瞳には感情というものが存在しなかった。かすかな光でさえも。
「……遺言さえも聞いてくれねえか」
女は目を丸くした。ユイゴン?不思議そうに繰り返す。
「おまえが今から吐く言葉だ、よ……!」
卑怯だがその隙をついて槍の切っ先を喉に突きつけると、女はやはり無表情にそれを受けた。褐色の肌に血の玉が浮かぶ。避けるという選択肢すらないのか。
は、と熱い息を吐く。やけになりかけていた。
返せと思う。あの弓兵を。たった少ししか殺しあわなかったが楽しかった。鋼色の瞳は無機質だったが、きちんと感情を表してときおり熱意や戸惑いに揺れていた。女は無意識にか、腹を撫でている。あらわになった平たい腹を。
「おまえ―――――あの弓兵はどうした」
「ああ。喰らったよ」
「喰らった?」
「世界の元へ。……敗北して座へと戻ってきたのでね。ちょっとした検査をした。そうしたらバグが見つかったので、修正の意味を兼ね私が喰らった」
それが君だ。クー・フーリン。
絶句した。バグ扱いされたことよりもあの弓兵がこの女に喰らわれたということよりも、あの弓兵の中に自分が残っていたことに。
それが世界の修正を食らうほどの一大事だったことに。
「……美味かったか」
「美味かった?」
「あいつの味はどうだったと聞いてる」
「私にはそれを認識する機能はない」
「そうかよ」
吐き捨てるようにつぶやいた。体のばねを使うように立ち上がると、切っ先を喉に突きつけたまま女の腕を手に取る。それは、細くて、柔らかかった。女はわずかに身を引く。戦術的な動きではない、それは感情的な動きだった。と、思う。
ふと鋼色の瞳に光が灯ったように見えたがすぐに消えた。不出来なテールランプのように。
喉の代わりに胸元を切り裂いても女は悲鳴ひとつ上げなかった。まろやかな乳房がこぼれでる。それは以前よりはちきれそうであって、ようやっとすっきりしたというかのように見えた。
女は無表情に見上げてくる。
「返せ」
「何を」
「奴を」
「何故」
「気に入ってたんだ」
「だが、もういない」
私が喰った。
うなずく。そして平たい腹に手を当てた。
「―――――なら、もう一度産め」
「…………同じものはもう二度と」
「つべこべ言わずに、奴を返せ!」
ぐ、と力を入れて押すと平たい腹はたやすくへこんだ。ここに宿して。産めばいい。産み直せばいい、奴を。それが出来ないのだと言うのなら孕ませるまでだ。
力をこめて押し倒す。反撃しようと動いたが、男と女の、筋力の差は、歴然としていた。
なにを?といっそ無邪気に女は聞いてきた。それにかまわずあらわになった胸を吸う。そうして手に収まらないほどのそれを揉んだ。
確かに熱い肉の感触と伝わらない鼓動。女は、静かだった。
「なにを?」
「黙ってろ」
「……ん」
肯定ではなかった。無理矢理に口を塞いだのだ。おそらく舌を差しだすという初歩的なことさえ知らなかっただろう、なので小さなそれを絡めて引きだして、なぶった。唾液を中に流しこんでやると、こく、こく、と意外に素直に飲みこむ。
「何故」
「あ?」
「体液が入ってきた。何故わざわざ敵に力を与えるようなことをする」
殺すぞ。
物騒なつぶやきに、凄惨な笑みを持って答えた。
「おまえにはわからねえよ」
女は。
鋼色の目で見つめてきて、そうか、と一言だけつぶやいた。確かに私には理解不能だ。
と、その鋼色の瞳が見開かれた。腹部に強烈な蹴りを一発お見舞いされて思わず呻く。女は無言で夫婦剣を投影すると来たな、とつぶやいた。
その言葉のとおり、ざわざわと黒い気配が二人の下へとやってきていた。
女は胸をあらわにしたまま構える。それに苦痛の表情を浮かべながら加勢しようとすると余計なことをしなくていい、と言われた。
「出来るかよ。まだ、てめえを抱いてもいねえし孕ませてもいねえ」
「英雄の言う言葉かね」
「ああ、ならそんな肩書き捨ててやらあ。……黙れ。来るぞ」
「言われなくとも」
ぎらり。
刃が、そして瞳が一瞬だけ、輝いた。
懺滅の女神は無表情にその剣をふるった。首が、ひとつ。音もなく飛んだ。


瓦礫の上を並んで歩く。ふたりとも無表情で、それでいて無言だった。頭から足の先まで血まみれだ。だが、それは互いの血ではない。返り血だ。この世は既に崩壊しかけていて、だからこそ守護者であるエミヤがやってきた。ランサー、クー・フーリンというバグの消去という任務も兼ね。
人の姿は、ない。
それでも、女は戦うのだろう。
「……あれでいいか」
つぶやくと、ぽつんと突き立ったねじれたシャワーに目をつける。コックをひねればなんとか水が出た。湯など初めから望んでいない。血のりが固まる。
自分よりはるかに低い位置にある白い頭……今は赤黒く染まった頭に、黙って水をかける。女は黙ってそれを受けた。
褐色の肢体が濡れていく。胸の谷間を雫が伝う。その雫を舌で舐め取ると女は軽く身を捩った。
「なにを?」
「三度目だ。もう答えねえぞ。……おまえを孕ませてあいつを産ませるんだよ」
「そんなに彼に執着しているのかね」
「ああ。どうやら、そうらしい」
女は。
なんと、不満そうな表情を浮かべてみせた。
「無駄なことを」
だがそれも一瞬で消えてしまう。しかしそれを見てしまった身としては驚く他ない。徹底した無表情だった女が、それを崩したのだ。
「―――――ふう……」
思わずくちづけていた。女は詰まった声を上げて逃げようと身を捩る。だめだ。そう言いながら。
「殺す……!」
「受けて立ってやるよ」
「殺してしまう……!」
その言葉の意味に気づいていたら、遅くはなかっただろうか?
けれど頭は沸騰していた。まだ水を撒き散らすシャワーの下で、くちづけをして、胸を揉んで、掬うように持ち上げ重さを確かめるように。破かれた概念武装からあらわになった太腿にてのひらをめいいっぱいに広げて触れると、びくんと小柄な体が震える。
まるで世界の所有物だというような痣がそこにひとつ。思わず爪を立てると高い声で鳴いた。
まくり上げた聖骸布をぐしゃりと腰のところで固定して、臀部を露出させた。
胸に負けず劣らず大きな、丸味のあるそれに知らず唾を呑む。
指で触れてみると冷たい雨の中、熱い流れがぬるぬると肉を濡らす。
「……行くぞ」
「だめだ、殺すぞ、殺す……」
「死ぬのはおまえだ」
「殺してしまう……!」
執着するかのような言葉。かまわず入りこめば、女は悲鳴を上げて仰け反った。
「や、っあ、あぁ! あん、あ、んん―――――!」
いきなりの侵入、間もなくの挿送に女は身も世もなく声を上げた。先程までの無が嘘のようだ。まるでそれは生きているかのようだった。
「や……!」
“世界のお人形”であるところの女は、その名らしからぬ乱れを見せた。人形がこんなに喘いで、泣いて喚いて縋るわけがない。子猫のようにかりかりと丸い爪が背をかじったかと思うと、ぎち、と嫌な音がして指先の力で背肉を貫通した。眉を寄せて片目を閉じるとち、と舌打ち。この馬鹿力と罵るが女は夢中で聞いていない。
だから仕返しだとわざと抉るように突き上げてやるとずいぶんとかわいらしい声を上げた。
「ラ、ンサー、ランサー……!」
「我慢してろ」
「無理だ……やっ、ああ!」
抜きだしたそれに血がまとわりついていて、初めてだったのかと思う。……まさか。
「! おい……っ」
自嘲したところで不意に形勢が逆転し、女に腹の上に乗り上げられていた。ぽつ、と落ちるは水滴か。それとも涙、なのか。
「んッ」
女は自分の体の重みでもっと深くまで受け入れると、ため息を吐いた。突き上げようとする気もなくした腹筋に手を這わせて、失敗だったよ、とつぶやく。
「失敗?」
「そう。……ッン、喰らわなければ、よかった。確かに力にはなった。が、しかし感情面にこんな乱れが出るとは―――――」
女は自らの上半身を腕で抱く。ゆたかな乳房がつぶれた。
「彼は彼、私は私。呼びだされた者とそうでない者として感情面に変化はあるだろう……と、……思っていたが、まさかここまで……」
影響されるだなんて。
ささやくと、上半身をかたむけて女はくちづけをねだる。いつのまにかその瞳には、輝きが備わっていた。
あの弓兵と同じだ。
「……ふ……喰らうことでつながる―――――何故、このような基本的なことに気づかなかったのだろうな」
元は同じ存在だったというのに。冷ややかな視線でそれを見つめる。
「ランサー」
「その名で呼ぶな」
「呼びたがっているのだ。私と、私の中の彼が」
「お涙ちょうだい作戦か?」
「違う。……君が……ン、欲しい……」
激しくしてくれれば、あるいは。
あるいはなんだというのだ?
だがあえてその疑問を口にせずに、女を抱いた。目に光を灯した女はことさら激しく乱れた。最初の無機質さが嘘のように。
「ランサー……」
男の声と女の声。
まずい。
く、と息を止めて堪えようしたが無理だった。奥底で渦巻いていた熱は、破裂する場所を探していた。
「…………ッ」
「ランサー、ランサー……中に……私の中に…………!」
「そんなに欲しいのかよ……だらしねえ哀願しやがって、この淫乱が……!」
ぐいと細腰を掴んで引き寄せる。無理に体を押さえてくちづけをすると、突き上げを早くする。絞り上げてくる内部に正直、限界が見え始めていたのだが男の意地だ。
「―――――いいかよ、行くぜ。しっかり受け止めな」
そして、孕めよ。
あああ、と女は泣き声のようなものを発して、瞳からぼろぼろと涙をこぼした。その背後に、きっちりと概念武装をまとった男の姿が。重なって、見えた。
その男の表情も、罪深くそれでいて陶然としていた。
「君のせいだ」
「あ?」
「あの私が喰われる羽目になったのも、もうすぐ私も同じ目に遭うだろうことも、すべて君のせいなのだよ」
「おまえが? ……喰われる?」
「そうだ。私は目覚めてしまった。おそらくは喰ったこの男のせいと、君との性交のせいでな。……ああ、けれど、後悔はしてない」
にこり、と。
あの男が最期に見せた笑顔のように、腹を撫でて彼女は笑って見せた。
「私はもうすぐ消える。だがすぐに次の刺客がやってくるだろう。そうしたら―――――同じ方法で目覚めさせてやれ」
「いいのか」
「いいのだよ」
くすくすと、信じられないほど安らかに笑うと女は体を離す。来たか、小さくつぶやいて。
淫らな格好のまま立つ、太腿、世界の所有物であるという痣を白濁が塗りつぶしていく。それを満足そうに見やってから女は笑んだ。
「孕んでやれずに済まなかったな」


そう言って、女はくちづけをしようと頬に唇を寄せる。ああ、という間に彼女は消えて、光の粒となってしまった。
しあわせだった。
どこからともなくそんな声が聞こえてきて、身支度を整えながら笑う。幸せなもんか、馬鹿野郎。いつかおまえの座まで、世界まで辿りついてものにするのだ。
あの弓兵も、笑って消えた女も。


くく、と喉を鳴らしたランサーの頭上に陰が差す。白い髪、褐色の肌、赤い概念武装。
曇った鋼色の瞳。
「―――――おまえもそうしてやろうか?」
魔槍を構えたランサーに、男女かもわからない年若き守護者は曇った瞳で、眼下を、見た。


「君を世界に仇なす存在と認識した。よって排除する」



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