アーチャーは途方に暮れていた。
これは、一体なんという喜劇だ?
「ですから消えなさいと言っているのです、偽者。王はわたし、わたしが王。だとすれば“騎士王”を名乗るあなたは、偽者でしかないでしょう」
「一体、何を言いだすのかと思えば。そんな小さい体で吠えるのは勇ましいが、少々おいたがすぎるのではないかな」
「小さくて何が悪いのですか。あなたこそ無駄に大きいばかりではないですか」
「王である者、威厳がなくてはならないだろう? 体躯もまたその要因のひとつだ」
セイバーが。
自分を挟んで、言い合いをしている。
片方が少女のセイバーで片方が青年のセイバーだ。サーヴァントとしての感知能力が告げている。彼も彼女も正しく“セイバー”だと。だが一体どうしてこんなことに。
「君たち」
「威厳は体の大きさではない! 心の強さです。それを磨けばおのずと発せられるものだ」
「ほう? そう言う割に……」
「私の話を」
「なんですか、じろじろと失礼な! いいでしょう表に出なさい。勝負です!」
「ああ、いいな、実にシンプルだ。それで決着をつけよう今すぐ火急的に速やかにさっさと」
「セイバー!」
耐えかねて叫べば、ふたりのまなざしがじっとアーチャーに注がれる。
少女の真剣な瞳。
青年の真摯な瞳。
「どうしました、アーチャー」
「どうした? エミヤ」
「な、なんですかその呼び方は! なれなれしいにも程があります!」
「親しい仲なのだから親しい名で呼び合うのは当然だろう? なあ、エミヤ」
青年セイバーが気品のある顔だちをくしゃりと崩して微笑み、アーチャーに手を伸ばしてくる。とっさに身構えたアーチャーだったが、ぽんぽんと大きな手で軽く頭を叩かれただけだった。
まるで子犬のよう。
呆気に取られてずいぶん背の高い青年セイバーを見つめていたアーチャーは、不意にタックルされて息を詰まらせる。見下ろせば、そこには胸に顔を埋めてぎゅうと抱きつく少女セイバーの姿があった。
軽く咳きこんで様子をうかがう。
「……セイバー?」
「駄目です。いけません、アーチャー。このような浮ついた者を相手にしてはいけません」
だってあなたはわたしのものだ。
そうつぶやくと少女セイバーは熱っぽい瞳でアーチャーを見つめる。
「セ、セイバ」
「……アーチャー……」
まぶたを閉じてアーチャーをがっちりホールドし、顔を近づけていこうとした少女セイバーの動きが止まる。
ぎろり、と抜き身の剣のような視線が背後に立った青年セイバーをとらえた。
「離しなさい!」
「力任せにとは品がない。それで王を名乗るとは」
アホ毛を掴まれてちたぱたする少女セイバー、涼しい顔の青年セイバー。
「エミヤ、おそろしかったな? さあ、この胸に飛びこんでくるといい」
またもにっこりと笑みを浮かべる青年セイバー。いろいろと緩んだその隙に、少女セイバーは青年セイバーの手から逃れた。
人には見えぬ速度で武装を纏い、庭に躍り出る。突きつけるはエクスカリバー。 肌を刺すような殺気が器用にアーチャーを避けて青年セイバーに注がれる。
「あなたもここへ降りてきなさい! アーチャーを賭けて、勝負です!」
「……面白い」
口端を上げて笑うと青年セイバーもまた武装を纏う。そして軽く庭へと跳んだ。取りだしたのはやはりエクスカリバーだ。
午前中の青空が異様なほどの光に染め上げられる、正直一般人が見たら目を潰してしまうだろう。
ご町内に大迷惑なふたりのセイバーはじりじりと間合いを詰めていく。
「やめないか、セイバー!」
「いくらあなたの頼みでも聞けないことがあるのです。王の誇りに懸けて、アーチャー、わたしはあなたを守るため、戦う!」
「同じくだ、エミヤ。なに、少し待っているといい。勝利の女神である君がついている限り負けはしない」
軽くウインク。……なんとも軽い騎士王もいるものである。
アーチャーは考える、何故こんなことになったのかわからない、わからない、わからない、わからない。
いっそこのまま誰かが現われて私をさらって遠くへ逃げてくれないか。
そんな非現実的なことを考えるほどアーチャーは磨耗していた。
場の空気は高まっていく。どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう。
ふたりのセイバーはまるで聞く耳持たずだ。アーチャーとしても最優のサーヴァント二騎を相手に対抗できる自信はなかった。
考えろ、考えろ、考えろ、考えろ。
セイバーとはどんなサーヴァントだ?
「はああぁぁぁ―――――」
黄金の光がさらに溢れだす。ピンチ!ピンチだ、冬木市!いや地球!宇宙!
そのとき、アーチャーの頭の中でカチン、とスイッチが入った。
「エクスッ、」
「カリバ―――――……」


「今すぐ止めないと昼食は抜きだ!!」


カリバー……カリバー……バー……バー……バー……。
こだまする掛け声。
庭の中央で立ちつくすセイバーたち。少女セイバーは正面を向き、青年セイバーは首だけで振り返って、真顔でこぶしを握りしめ叫んだアーチャーを見ている。
光は急速に収束していく。
ひらり。
干したシーツがはためいてセイバーたちの姿を隠す、そしてまた再び元の位置に戻ったときには、彼ら彼女らの武装は解けていた。


「やはりアーチャーの料理は美味です! まったりとしていてコクがあり、あとをひく。いくらでも食べられます!」
「エミヤ、おかわり! 大盛りで、あと、味噌汁もおかわりだ!」
もさもさこくこくアーチャー謹製の昼食を堪能するセイバーズの給仕をしながらアーチャーは思う。
これでよかった、よかったのだけれ、ど。
心にピキンと小さなひびが入った、そんな音が聞こえたような気がした午後十二時半のことだった。



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