深夜、柳桐寺。
しんと静まり返っているはずの境内は、にわかに騒がしかった。
「ええい、いい加減に我に捕まれフェイカー! 潔くない女は好かんぞ!」
「ならばさっさと見限ってくれたまえ! あと私は女性ではない!」
鎖を振りかざしたミニスカセーラー服の金髪英雄王、から必死で逃げる白髪の少女、もとい弓兵。同じくミニスカセーラー服姿である。飛びすさり、飛び上がりするたびに非常に危うい角度でプリーツのスカートがめくれるが絶対に中は見えない。美少女戦士の鉄則だ。
あと一歩というところで獲物を逃がした英雄王は、尊大に言い放つ。
「なにを言うか。それだけ肩のこりそうなものをぶら下げて男だと言いきろうとはさすがフェイカーよ往生際の悪い。なにか? まさか、それは腫れ物ですなどと言うつもりか?」
「過度のセクシャル・ハラスメントだぞ英雄王……!」
怒りゲージ瞬間的にマックス。
今にも夫婦剣を投影しそうな弓兵の背に、どんと衝撃が走った。
「いけません、アーチャー」
「セイバー……?」
背後から抱きついてきた、ふたりと同じくミニスカセーラー服姿の騎士王は筋力Bでもって弓兵の細腰を抱きかかえる。見た目からすればそれは彼女を引き止めているように見えたが実はそうではなかった。
「あなたのように可憐な少女があのような変態にかまってはいけません! ここはわたしが」
「だ、だったら早く行ってくれないか! あと、手が! 手が、何故おかしなところを……セイバー!」
「わたしとしたことが。手が滑りました」
「真顔で!?」
騎士王らしからぬ姑息さでこそこそと弓兵のたわわな胸や引き締まった腰を堪能していた彼女は、あくまでも真顔で言い切る。
弓兵はかつての聖少女の行いに目が眩みそうだ。
「すみません、アーチャー……わたしは聖剣を抜いてから成長が止まってしまった。ですから……あなたの見事に育ったこの肢体が……羨ましかったのもしれません……ね」
「感傷たっぷりに言われても内容がな! あといい加減にその手つきをやめてくれないか! 君の騎士道はどこへ行った!?」
「これがわたしの騎士道です!」
「絶対に嘘だッ!」
ああ。神様。
この悪夢をいますぐ覚ましてはくれないだろうか。
弓兵はいまだ見たことがない神に向かって祈る。信じたこともない神に。思えば過去から運命に翻弄されてきたように思う。あのときも、あのときも、あのときも―――――。
ああ。神様やはりさっきの願いは取り消します。
いますぐその息の根止めに行くから、首を洗って待っていろ。
壮絶な笑顔になった弓兵に、背後の騎士王はもちろん気づかない。正面の英雄王は鎖を手にしたままにやりと微笑んだ。
あくまでミニスカセーラー服姿で。
「ほう。いい笑顔だ、フェイカー……とことんまで我に逆らおうという腹積もりか。いいだろう、抵抗を許そう。弱者があがく姿は嫌いではない」
じゃりっ、と音を立てて引かれる鎖。
「セイバーもいることだし、ちょうど良い機会だ。―――――貴様らふたりに我の愛の天罰、落とさせてもらおうか!」
「その殺気……来る気ですね、英雄王……良い機会とはこちらのセリフです。シロウとアーチャーの美味しいご飯に代わって仕置かせてもらいましょう! 覚悟なさい!」
なんでそんな決めゼリフ知ってるんだ英霊ども。あとどこまでもご飯なのか。セイバー。
ここは水でもかぶって反省しなさいと言っておくべきだろうか……と悩む弓兵を置いてけぼりにして二人の闘気は再現なく膨れ上がっていく。もうすでに美少女戦士だとかそういう夢見る次元はすっ飛ばしていますぐにでも殺しあいが始まりそうな雰囲気だ。
殺し愛ではない、そこに愛はない。片一方にはあるかもしれないが。
しかしその愛も歪んでいる。
……このまま二人、共倒れとなってくれないものか……。
物騒なことを思案し始めた弓兵の耳に届いた、聞き慣れた声。
「待てい!」
―――――来た。
本堂の屋根の上、すっきりとした青いシルエット。片手には……造花の薔薇?
「予算の都合でな……」
「そんな悲しい話、登場早々聞きたくはなかったな……」
しんみりムードが漂う。騎士王と英雄王は気づいていない。涙を指先で拭うと、最速の英霊―――――槍兵仮面はその薔薇をとりあえず投げてみる。もちろん、地面には刺さらなかった。
「助けに来たぜ、オレのアーチャー! こんなところ脱出して、さっさとオレと蜜月を……」
「気持ちは嬉しいが、ランサー。君の相手は私ではなく……セイバーだ」
くい、と親指で死闘真っ最中の英雄王と騎士王を指す。槍兵仮面は当然、動揺と驚愕の表情を見せた。
「なに!?」
「配役の都合上……金髪で主役格の彼女が月の王女となるべきだろう? 私は……余りものの役で良いのだよ」
「馬鹿言うんじゃねえアーチャー! オレにとってはおまえがたったひとりの……!」
「それに、色からすれば君の方が私の役にふさわしいしな。青いし」
「ちょっと待て」
きん、ぎいん、と剣戟の音が響く。脱力して屋根の上に座りこんだ槍兵仮面は、眉間を指先で揉みながら問うた。
「おまえ、オレにその衣装を着ろと」
「似合うかも」
「似合うか!」
「着てみないと」
「着なくてもわかるだろうが! 磨耗してそんなこともわからなくなってんのか!」
「ランサー」
騒がしい境内が、何故だかしんとそのときだけは静まり返った。剣戟の音はいまだつづいている。それでも、だ。
「私は……どれだけ磨耗したとしても君と出会ったときの懐かしいまなざしを忘れんよ……」
「アーチャー……」
じん、ときて、槍兵仮面は思わず鼻をすすり上げた。穏やかに微笑む弓兵。私をさらって逃げてくれ、そう言ってくれることを期待して―――――
「だから彼らを駆逐してはくれないか」
「駆逐ときたか」
期待したオレが馬鹿だった。
しょんもりと青いしっぽを垂れ下がらせた槍兵仮面は、ちょっと泣いた。自らの運命と、磨耗しきってしまった愛しい恋人のために。
剣戟の音はまだつづいている。


「いま思いついたのだけれど、セイバーとアーチャーでアイドルデュオっていうのもいいわよねえ」
「はははマスターよ、欲の皮を突っ張らせるのもいい加減にしないとっ」
「血を吐きなさいアサシン」
神様かなえてハッピーエンド。
神様なんてどこにもいないけれど。



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