「それではここにアーチャー奪還部隊を結成したいと思います」
衛宮邸。
ちゃぶ台を囲んで、上座。
金髪の騎士王は凛々しく言い放った。どん、と拳を叩きつける。
「これまで見逃してきましたが今回のキャスターの蛮行は目に余る。とても許せるものではありません」
その言葉に凛もうなずく。神妙な顔だ。
「そうねセイバー。今回ばかりはさすがにわたしも同意見だわ」
きり、と親指の爪を噛んで、
「卑怯だ卑怯だとは思ってたけどまさか、ここまでの手を使ってくるとは思ってもみなかった。……だから魔女ってやつは嫌いなのよ」
「遠坂それ同属嫌悪……」
「Anfang」
風を切る音。
「眉間に穴開けられたい衛宮くん?」
にっこり笑う高値の花に、士郎は青ざめて首を振った。真顔に戻ると凛はまた爪を噛んで、
「罠にはまったアーチャーもアーチャーだけど……。その問題はとりあえず今は置いておく。とにかく今、現在、可及的速やかに果たさなければならないのは」
先程のセイバーのように、凛はちゃぶ台を叩いた。
と、菓子皿が垂直にジャンプしてみかんが落ち、煎餅が割れる。ガンドを放つ魔力をこめたままの拳を叩きつけたらしい。無茶苦茶だ。
「あのにくったらしい魔女をぎゃふんと言わせることよ」
――――。
遠坂、今時ぎゃふんはないだろうとか、凛、ぎゃふんとは美味なのですかとか、そういうお約束はなかった。
皆にとって幸いなことに。
セイバーは怒りに燃えていたし、士郎はさっきのガンドが脅しでないことを充分に理解していたので。
「わたしのアーチャーを奪ったこと存分に後悔させてあげるわキャスター。ええ、座に帰っても消えない記憶として刻みつけてあげる、人知を越えた恐怖にガタガタ震えるがいいわ……!」
正ヒロインのセリフではありません。
「士郎!」
「へ!?」
突然の呼びかけに、弾かれるように顔を上げた士郎は、鼻先に突きつけられた指先に戦慄する。
すわ、ガンドの洗礼かと――――そう思ったが、続くセリフは予想外のものだった。
「正義の味方っていうのは悪に囚われた女の子を放ってはおかないわよね?」
「え? え……あ、ああ、うん」
一般的には。
「以前はどうあれ、アーチャーは、今は無力な女の子よ。それが悪の権化に囚われて好き放題にされてる」
「! …………」
「ねえ、衛宮くん」
真剣な顔で。
遠坂凛は、続く言葉を口にした。


「今、欲しいんだよね君の力……!」
「俺に任せろ遠坂!」
三度拳で叩かれたちゃぶ台は悲鳴を上げた。やめてもうライフポイントは以下略。


「決定ですね!」
「目にもの見せてやるわあの魔女!」
「女の子が以下略!」


わあわあと騒ぐ若者三人をやや遠くから見守りながら、青い最速の槍兵は(いたのだ。ずっと、実は)思った。
……なんで、オレ抜きで話が進んでるんだ?
一応。仮にも、とりあえず、今回の奪還対象である赤い弓兵のこいびとである彼は心底それが不思議でならなかったが口にするのははばかられたのでやめておいた。


あと、見逃してたんじゃなくて、おまえも楽しんでたんだろうよ、とか。
怒りに燃える騎士王にひとこと言っておきたかったが、前述の問題よりもーっとはばかられたのでやっぱりやめておいた。
こいびとを腕に抱く前に聖剣で蒸発させられてたまるかってんだこんちくしょう。
事の始まりは、
「筋肉ダルマなんて大嫌いだけど呪ってみたらいい感じのかわいい女の子になるんじゃないかしら!?」
という稀代の魔女の思いつきだった。ろくでもねえ。
そのターゲットにされたのは弓兵のサーヴァント、アーチャー。はたして稀代の魔女、キャスターの予想は的中し……“彼”は“彼女”へと姿を変えた。
発奮したのはセイバーである。前々から、キャスターの卑怯な戦法を許せないと息巻いていた彼女はアーチャーを連れ深夜、柳桐寺へと乗り込んだのだ。
だがしかし口車。見事に乗ってしまったセイバーはアーチャーのある意味敵となり、ふたりはその日から柳桐寺の子として暮らすこととなったのだ。
アーチャーに対し、さっさとひとりで戻ってくればいいだろう、という意見も多々あろうが、世の中にはこういう言葉がある。
なんとかに刃物。
……そんなわけでしばらく敵地で敵の玩具……主に着せ替え人形……として過ごしていたふたりだったが、ある日にアーチャーの必死の説得により何とかそこを抜けだした。
“衛宮士郎の食事が恋しくはないか?”


騎士王の誇り?どこかへ行きました。
そうして無事にふたりは衛宮邸に戻ってきた。
そこでは今まさに柳桐寺への突入準備が整えられていて、アーチャーはほっとため息をついたのだった。


――――アー……チャー?


だがそこに。
以前、校庭にて死闘に興じた槍兵のサーヴァントの姿があったことはアーチャーの予想外だった。
そして説明するのも面倒くさい紆余曲折にすったもんだがあり、やがて男の身であったときと同じく、その身と心をつなぐ結果になるということも。
端的に言えば結ばれてしまったのである。
もっと端的に言うなら……(以下検閲)。やっちゃった、というやつだ。
まあ一度と言わず、男のとき既に二度三度以下略とやっちゃっているのだからどうってこたあないのだが。
槍兵ランサーはそこにこぎつけるまでにそりゃあもう相当苦渋を舐めたけど、その果ての甘い汁はとことん甘かっただろうからとんとんじゃないかとかまあそんな。
けれど平和は長く続くものじゃない。アーチャーは再度キャスターの手に落ちた。豊満な胸に刺されたルールブレイカーによりマスター遠坂凛との契約を強引に断ち切られ、キャスターのサーヴァントへと身をやつしたのだ。
ちなみに、なかなかルールブレイカーは刺さらなかったらしい。こう、ぽよんぽよんと。
弾力に阻まれたり、谷間に挟まったりして。
恐ろしきは規格外サイズ。童顔と矮躯のセットでさらに倍率ドン。ランサーはこの三点セットに苦しめられた。
士郎は凛というものがありながら、日課のように鼻血を噴いた。関係ないが。
――――何故アーチャーを守り通さなかった!
セイバーは吠えた。愛したのなら。その腕に、抱いたのならば何に変えても守り通すのが男というものではないのかと、生前王として、男として生きた騎士王の言だった。
言われずともランサーとて理解していた。だが守り通せなかったのも事実。奥歯を噛み、耐える。
そんなことはもう充分に理解していると、吐き散らしてしまいそうになるのを。
……セイバー、
言いかける士郎を制し、ランサーは睨み上げるセイバーを見すえて返す。剣の切っ先のように、鋭い眼光に負けぬよう、獣のごとく力のこもった声音で。
わかってる。奴はオレが助ける。
そう言ったはずなのだが。


「だってわたしのアーチャーだもの」
「騎士が悪に囚われた姫君を放っておくとでも?」
少女ふたりの言葉にクランの猛犬は肩を落とす。どうしてさらりと言いきられなければならないのか。というかだ。姫君とはなんだ姫君とは。
アーチャーはランサーのものであり、決してセイバーのものではないはずだ。マスター……凛については、まあ、そのなんだ。かつてのフォルガル某と同じ立場だと思って許そう。娘をそう簡単に渡す親はいないだろうと。
もちろん伝説通りにその守り共々、皆殺しにしたりする気などさらさらないけれど。
「それに戦力は多い方がいいわ。なんたって相手はキャスターだもの。アサシンだっている。まあ……、聞く話では、アサシンは協力的らしいけどね。だけど、だからって計算外にしていいわけじゃない」
なかなかの曲者らしいしと、凛。
ランサーはアサシンとの名に記憶を呼び起こす。以前にマスターの命で一度だけ戦った相手だ。時代錯誤の出で立ちで、それなりの伊達男だった。
……少しイラっとした。
これは決して嫉妬なんかじゃない。嫉妬なんかじゃないんだから――――!
「嫉妬は別に恥ずかしくないことよランサー」
「ヒャッ」
背後から声をかけられ飛び上がる。振り向くとそこには腕を組んだ凛の姿。
「ひ――――人の心を読むたあ、嬢ちゃんあんた一体」
「ただの女子高生よ」
にやり、と赤い唇が笑む。女子高生……聖杯からダウンロードされた情報によれば腕力にさほど長けてはいないが、代わりに知略策略に長け、ことに恋愛問題には目を見張るほどの底力を発揮し敵を叩き伏せるらしい……!
「アマゾネスってやつか……」
「殺すわよ?」
「すみませんごめんなさいもう言いません」
何故だか士郎が間に入ってきた。身長差はどこへやら。ランサーの頭を押さえつけて早口に、
「ほら、ランサーも謝れって! 命があるうちに、早く!」
「ってなんだよ坊主、おい、痛てえっておい!」
ごめんなさいしました。
「わかってくれればいいの」
慈母のような笑みを湛える凛に、ランサーは背筋がぞっとするのを感じた。謝って正解だったようだ。
「恋仲だものね、ラブラブだものね、万年常春バカップルだものね。よくもわたしのアーチャーを……いいえ、なんでもないわ。いずれ取り立てるから、そのときを覚悟していらっしゃい」
何をだろう。
思ったものの、微笑む凛に聞くに聞けず、考えることを放棄したランサーの背中を、目頭を押さえた士郎がぽんと叩いたのだった。


『アーチャー』
朝、衛宮邸の台所。
和風だしの匂いが漂うそこに足を踏み入れたランサーは、くつくつ音を立てる鍋をかき回しているこいびとに向かって笑いかけてみせる。
『よお。おはようさん、アーチャー』
『随分と早起きだな? まだ誰も起きてきていないぞ?』
『おまえだってそうじゃねえかよ』
それに、それを狙ってきたのだ。
誰も、士郎でさえまだ起きてこない時間。それを狙ってランサーは侵入したのである、言い方は悪いが。
アーチャーはおたまで掬った味噌汁の出来栄えを確かめると火を止め、既に糠床から取りだし洗っておいたらしいきゅうりと茄子を切り始める。
乱れぬリズムは聞いていて気持ちがいい。アーチャーも上機嫌なのか。上手に結ばれたエプロンの控えめなリボン部分が揺れる。
……例の概念武装の上にエプロン、というのは正直サーヴァントとしてはどうなのだろうという部類に入るのかもしれない。だが、いい。
惚れてしまえばあばたも云々ではないが、ランサーからしてみればまるのみだ。むしろ褐色の肌に白が映える。
エキゾチックというか。アジアン的な、異国情緒溢れる風貌のアーチャーに、シンプルな白いエプロンはよく似合っていた。
だけど以前にテレビで見た割烹着というのもいいのではないかと思う。その、なんだ。一度くらいは。
現在のアーチャーの身丈だと、うっかり下手なサイズを選べば中で体が泳ぎ、まるで小学校の給食服のようになりそうだが、


だがそれがいい。


……とか、聖杯が、そう告げていた、ような。
『…………』
『ランサー?』
『いや、なんでもねえ』
自動配信される現代の知識は確かに便利だが、ここまでフォローされるのもどうなんだろう。
そんな思いは振り払い、ランサーはアーチャーの傍へと寄っていく。
『どうした。今、包丁を使っているから危ないぞ。あまり近くに寄るんじゃない』
『ガキ扱いすんなよ。大体、サーヴァントのオレたちが、そんなやわなもんで怪我したりするか?』
『……それもそうか』
『わかってて言ってんだろ、おまえ』
『いや?』
『ならなんで笑ってんだ、コラ』
『……っあ、ランサ、ー……!』
包丁を握る手の上からやわらかく手を重ねて包み込み、まな板の上に置かせてしまう。きょとんと見開いて、次の瞬間には反撃しようときらめいた鋼色の瞳が瞠目する。
しばらくは沈黙。
小鳥だけが鳴く。
ゆっくりと唇を離したランサーは未だまばたく、少し潤んだ鋼色の瞳を見つめて低い声で。
『……卵焼きも美味そうだが……オレは……』
ころん、と転がる目端にとらえられる卵がいち、にい、たくさん。
『オレは……おまえが…………』
『ランサー……』
やわらかい体を押しつけた。逃げ場をなくす。少し目をさまよわせてアーチャーはランサーを見上げてくる。
その顎をやさしく捕まえ、上向かせ、名前を呼び、目を閉じさせるとゆっくり顔を近づけていって、


キャスターの集中砲火に遭ったのだ。


朝から来るなとか、初っ端にそれかとか、とことん大人気なさすぎるとか、言いたいことはそりゃあもう、大量にあった。だが一番言いたかったのは、だ。
どうしてさっさとやってしまわなかったのか、オレはと。
それにつきる。柄にもなく照れてる場合じゃねえだろうだとか卵焼きのことなんてどうでもよくて、さっさとおまえが食いたいと言っておけばだとか後悔しても後の祭り。
士郎や凛、セイバーたちが駆けつけてきたときにはアーチャーを奪われてしまっていた。
それでもって立てなかった。怪我などではなく、なんだ。主に男の悲しい身体的生理反応な性で。
「……ってるのに立てないなんて……」
「遠坂!」
元・学園のアイドルの口から放たれた検閲ものの言葉に士郎が顔を赤面させた。凛は真顔で何よ、だなんて言っていたが、その場を凍らせる発言としては適切すぎるのではないか。
「人がわざわざ、駄犬に自分のサーヴァントを預けて寝たふりをしてあげてたってのにランサー、あんたときたら! このいくじなし、ろくでなし、甲斐性なし、将来性なし!」
「いや遠坂おまえの場合素で寝坊」
「余計なことは言わないのが命のためよ衛宮くん?」
目の前で舌戦(と言うには一方的すぎるけれど)を繰り広げる若人たちをさておいて、サーヴァントたち。
すなわちセイバーとランサーは睨みあう。
正しくはセイバーの放つ威圧感に、しゃがみ込んでいたランサーが反応した。
兆しがある程度衰えたのを見てとり、ようやっとで立ち上がって獅子を睨み返した。
あとは前述の通り。
そうして話は冒頭へと戻る。
「ランサー」
とりあえず朝食をと準備をし始めた士郎に聞こえぬようセイバーが小さくつぶやく。
「凛も言っていましたがキャスターは手強い。生半可な覚悟ではアーチャーを取り戻せないでしょう。……あなたに。その、覚悟がありますか?」
赤い瞳が不穏に光る。
体格では己に圧倒的に劣る少女の外見をした“剣士”のサーヴァントを睨みつけ、ランサーは低く言葉を吐いた。
「……誰に向かってそんな口きいてやがる。てめえこそ、オレの邪魔するんじゃねえぞ」
「こちらの台詞です」
「…………」
「…………」
「…………」
「このアイルランドのヘタレの御子がッ!!」
「ヘタレの御子!?」
先程までのドスの効いた声はどこへやら。
裏返った声で絶叫したランサーへ、ふんと鼻を鳴らしたセイバーは冷淡に返す。
身長およそ百五十センチ前半にしてその風格、既に騎士王――――!
「わたしならば卵焼きがどうのと回りくどいことを言わずにさっさと目的のものを手にしています。そして今頃はやさしく、かつ激しくその芳醇な味わいに舌鼓を打っている頃でしょう」
「ちょっと待ておまえ言ってることがおかし――――、…………見たのか」
「さて?」
「見たのかつってんだよ人の質問には答えやがれこのチビッコ王様!」
「番犬もろくに出来ないクランの猛犬に答える口など生憎この身は持ち合わせていないっ! アイルランドのヘタレの御子、あなたにはほとほと愛想が尽き果てました!」
「てめえに愛想なんぞ振りまいてほしくねえ、オレはアーチャーの心が手に入ればそれでいいんだ!」
「……っ寒ッ」
「待て。寒いって言ったか。今寒いって言ったのかてめえ!?」
「その御身はルーン魔術にも長けていると伝え聞きましたが何もこんなときに使わずともいいではないですか! 何ですか、氷のルーンですか!?」
「そうそうイスのルーン……ってふざけるのも大概にしろってんだてめえ! 誰がこんな取るに足らないくだらねえ口喧嘩でわざわざ」
「シロウ――――! 凛――――! アイルランドのヘタレの御子は、アイルランドのヘタレの御子は恐ろしい存在です! こんな取るに足らないくだらない口喧嘩に、わざわざルーンの魔術を」
「だから一切使ってねえっつってんだろうが人の話を聞きやがれあと坊主は気にしなくていいからメシの支度してろ嬢ちゃんはニヤニヤ笑い浮かべながらこっちくんな、いや、来ないでくださいマジで頼みますからほんと勘弁してください!」
口周りに両手でメガホン作って大声張り上げる騎士王の前で、必死こいて頭を下げるクランの猛犬がそこにいた。
「わかればいいのです」
わかってくれればわたしとて、白旗を上げた相手に追い討ちなどかけません。などと言ってまた鼻で笑ってアホ毛を揺らすセイバーに、ぎりと歯を噛むランサーだった。
一方柳桐寺では。


「キャスター」
「ええ、聞いてるわ、続けて」
「……だから、ここで私を帰してもらえれば事を穏便に済ませようと言っているのだよ。私とて下手に波風は立てたくない。このままにしておけば、必ずや凛、セイバー、衛宮士郎、そしてランサーたちがやってくるだろう。そうなれば……」
「はーいちょっと両手上げてちょうだい。……なるほど、ウエストは……センチね。はいはいそうね。あなたの言うとおりだと思うわよ」
「聖杯戦争と関係のないところで争うのは正直、お互いに何の利益ももたらさないだろう? ……キャスター」
「もう、何よ」
聞いてるって言ってるでしょう。
メジャーを手に、ぷっと頬を膨らませるのは稀代の魔女キャスターである。紫のローブに身を包んではいるが顔はさらけだした状態だ。とんだリラックスっぷりである。
アーチャーは律儀に両手を上げたままでため息をついた。弾みで胸が揺れたが本人はそれをあまり気にしてはいない。気にするのは周囲ばかりなり。
一体どれだけ魔力を集めればそれだけのものになるのかしらね、とつぶやいてしまうのは、キャスターが魔術師だからだろう。セイバーなら食べ物で、士郎なら経験値。凛は……凛は、凛は……。
現金……?
「あなたはセイバーとは体格がまったく違ってて面白いわね。型の使い回しが出来ないのは面倒だけど、いっそ燃えるわ。徹夜してでも立派なものを作ってみせるわよ、ええ、目にもの見せてやるわ……!」
「誰にだね」
「宗一郎さま! メディアはあなたのために頑張りますっ!」
「いやこんなところで誓われても彼とて困るだろう」
まったく関係ないし。
見てもいないだろう。
「キャスター」
そこに、
「…………」
「…………」
顔を出したのは、関係ないし見てもいないはずの、撲殺教師葛木宗一郎だった。
――――なんで?
「宗一郎さま!?」
突然の事態に慌てふためくキャスターに、葛木は能面とさえ表現出来る無表情で、
「偶然におまえの部屋の前を通りかかったら、何やら騒がしいので様子を見てみた」
「…………」
「…………」
そうか。
怪しげな呪術品やら魔術薬やらアンティークドールやらボトルシップやら布地やらが散乱する生活感に溢れるる空間だなあ、とは思っていたのだが。
キャスターの自室だったのか……。
「というか自室云々も問題だが、一応、仮にも敵サーヴァントを囚えてすることがこれとはいささか問題がないかねキャスター?」
「いやに冷静ねあなた。……ち、違うんです宗一郎さま、これは間違いなんです。ええ、間違いなんです……!」
必死に否定するキャスターに眉ひとつ揺るがさない葛木。訥々と、
「何を慌てている」
「違うんで……え?」
「見るに……」
そこでぐるり、とそう広くはない部屋を見回して、ひとこと。
「それもまた、おまえの趣味のひとつなのだろう」
無言。
「違うのか」
「違いません! 違いませんともええ、趣味です! これは趣味であってわたしに何らやましいことはありません!」
さすが宗一郎さま、と歓声を上げるキャスターに、ため息をつくアーチャーなのだった。
できればランサーを筆頭にする彼らにはなるべく早く助けに来てほしいものだ。でないとアーチャーはある意味生前よりも守護者をしていたときよりも早い速度で磨耗していくことだろう……予測ではあるが。
そうだ、決戦は。
決戦は――――


「今夜ね」
凛はつぶやいた。隣でこくこくとセイバーがうなずいている。対照的な反応を見せたのは士郎とランサーの男性陣だ。
「今夜って……遠坂」
「そりゃさすがに時期尚早すぎねえか、嬢ちゃん」
「甘いわよ。男がふたりそろって甘すぎるわよあんたたち。人生は椅子取りゲームなの。椅子はいつも人数分より少し少ないの。幸福は足りないものなの。一日前なんでもなかった男女が一晩経ったらデキてることなんて充分ありうることなの。そういうものなの」
「なるほど。大変よくわかる例えです。凛」
「……なんでそろってこっち見て言うんだよ……」
耳と頬をわずかに赤らめるランサー。セクハラじゃねーの、てゆーかセクハラじゃねーの。
その拗ねた子供のような表情に凛は眉を口元を吊り上げ、セイバーは三度鼻で笑い。
「既にアーチャーのローアイアスを散らしたあなたがよく言う」
「セクハラだよなもうそれ明らかに疑いようもなくオレに対するセクハラ発言だよな! つうか喧嘩売ってんのか! あァ!?」
「ラ、ランサー!」
牙を剥きだしで猛るランサーに、うちのこがうちのこがうちのこがごめんなさい、と必死になって間に入る士郎。
「シロウ、謝ることなどありません。事実なのですから」
「たとえ事実だろうとはっきり口に出しちゃいけない事情とかあるんだよ! ……察してくれセイバー!」
「何故です?」
「真顔で言わないでくれよ……」
はーい泣き入りました。
現代も神代も女性より男性の方がナイーブに出来ているようだ。母となり子を育てていく役割である、ちょっとやそっとのことで傷つくようではやっていけないのだろう。
「まあ冗談はおいといて、ランサー」
冗談だったのかよ。
そんな顔で見やるランサーをエメラルド色の瞳で見つめ、凛は静かに首を傾けた。なだらかな肩を、艶やかな黒髪が滑っていく。
「キャスターは侮れないわ」
赤い瞳の、その奥の焦点がきゅいんと音を立てて縮まり、凛へと合わせられる。瞬時にターゲットを絞る素早さは、生前の経験と上乗せされた神秘で得られたものだった。
「悔しいけどわたしたちの常に一歩先を行く。後手後手に回ってたんじゃ追いつかない。……きっと、少しでも遅れれば辿りついた先に待ってるのは取り返しもつかない事態よ。だったら先手必勝で討ちに行く。それが最善だって、わたしは思うんだけど」
「……こいつは驚いた。あんたも大概策士だな、嬢ちゃん」
「ありがと。……で、思うんだけど、どうかしら?」
にっこりと微笑む凛。ランサーは焦点を合わせたまま、口元を歪める。猛犬、と。
与えられた二つ名にふさわしく、獣のような笑みを浮かべてみせたのだった。
「まあ初めては己が奪っているのですから、その点は余裕なのでしょうね」
ランサーは変な音を立てて何かを噴きだした。
……ゆっくり、セイバーに向かって振り返る。
額に青筋が浮かんでいた。
セイバーは、笑っている。
「その心臓――――」
「っちょ! ちょっと待てランサー!」
「悪いが坊主、男にゃ時に避けて通れねえ戦いってもんがあるんだよ……!!」
「仲間割れ、ダメ、ゼッタイ! ていうかセイバーも煽るの禁止――――! 遠坂も、ニヤニヤしてないで止める! ……ッ、使わないからな、絶対こんなことで俺は令呪を使ったりなんてしないんだからな――――!」
取りだした魔槍を握りしめセイバーに近づいていくランサーの腰にしがみつきながら士郎は叫んだ。凛はニヤニヤしている。止める気?ゼロだ。
異例の四人チーム、突入する前からこんなことで、一体どうするというのか。その問いに答えを出すものはいない。あるのはただ喧騒と争いと嘲笑とえーとあと争いと、あと何か不穏なものをお好みで。
ぶっちゃけて言うと先行き不安。とてつもなく。
大海、大波に揺られる小船のように危うく行く末が知れなく、ある意味未知数無限大∞な衛宮士郎、遠坂凛、セイバー、ランサーの四人チームはここに結束した。
夜が訪れる――――。



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