朝風呂を終えて浴室のドアを開ける。
やはり、風呂というものは大事なものなのかもしれない。
女の体となってしまった時は自分の体とは言え直視し難く、入浴どころか着替えも覚束なかったものだが、凛たちの協力……というか強制により最近では随分と慣れた。女性用の服を着ることは未だに少し抵抗はあるが、下着だけはつけることを覚えてしまったし。
畳まれたショーツを手に取り、足を通し、くいっと上げる。男の下着と違って女性用の下着はやたらに華美であって、おまけに高い。
なのでアルバイトをこなしつつ新しいものを買っては専用の棚へと仕舞う。
ただ、問題がひとつ。
「ランサー……」
そう。ランサーだ。
男の時から恋人関係を結んでいた彼は、アルバイトの給料で自分に下着を買ってくる。それもまた、小さくてレースのたくさんついたキツキツそうなものをだ。
本日はそれではなく、自分がカタログ通販で選んだシンプルなものを着用している。というか、ランサーの買ってきたものなど余程特別な時でなければ!
「……まあ、」
それは今は気にせず、とっとと残りの下着をつけて服を着てしまおう。
まだ片付けていない家事もある。
下は履いた。さて上をつけよう、と、屈んだ時だった。
ジャッ。
「……は?」
「…………」
シャワーカーテンを開いたのは、間違いようもなくランサーだった。


ちょっと待て。待ってほしい。大いに待て。おかしいだろう。
どうしてこんな状況になった?自分は入浴すると言って浴室に入ったはずなのに……ああ、あれは凛にだけだったか……それにしたってシャワーカーテンほどの薄さのもの越しに誰かがいるかくらいわかるだろう!ランサーくらいの武人なら余計に!
というか一体何故ランサーはカーテンを閉めずに、
「あ」
「あ?」
「間違えた。悪りい」
シャッ。
「……――――」
は?
悪りい?
「――――ッ、あ、」
いざ装着しようとしていた下着……ブラジャーを胸に抱いて息を吸い。
「この馬鹿者、が――――ッ!!」
遠坂邸中に甲高い女の絶叫が木霊した。


その夜のこと。
完全に朝のことをこじらせた自分が部屋に入っていくと、ランサーの姿がそこにあった。
思わず自分の眉が吊り上がるのがわかる。かちんと今さらながら頭の隅で苛立ちが鳴った。
「君は覗きだけでなく不法侵入までこなす気かね?」
「謝ったじゃねえかよ」
「あれを謝ったと言うか!」
詰め寄ろうとするが、逆に腕を引かれて広い(女の身に変貌した今ではそう感じられる)胸板に顔を寄せられる。
意味がわからずぽかんと目を見開いた。
「――――な」
一瞬後にじたばたと暴れ出すが、女と男の差、そして元からの筋力が脱出の邪魔をする。
「なに、を、きみは……っ、んん……!」
当たり前のように奪われた唇。男の、ランサーの体に押し付けられて歪み、たわむ胸。頭の中がかっと熱くなり、赤くなる。
これは、なんて、ひどい、
「……おまえの裸に欲情した。あの時は逃がしたけどな、今になってたまらなくなって」
「ラン、サ……!?」
頭がぱん、と破裂する錯覚。何を?欲情した?今になって?一体この男は何を言って……?
「男の時も思ってたが……おまえの体、すげえそそるんだよ……」
「っあ!」
胸を柔らかく揉む大きな手の感触。これまでは自分もこのくらいの大きさの手だったのに。
女性体となって縮んでからは何もかもが大きく見える。
「な……あの下着、つけてるか……?」
憤死しそうなことをランサーがささやいてくる。
「な、そんなことを、何故君に、」
「見せてみろよ」
やわやわと動く手に、心臓のリズムが伝わってしまわないかと不安になる。
何を、何を、何を!
「服、まくって……オレに見せてくれよアーチャー。そうしたら」
めいいっぱい、気持ちよくしてやるぜと。
ランサーのささやく声がして、眩暈を覚えて。
それから先は、もうわけがわからなくなっていた。
馬鹿みたいに、目の前の男に溺れていたような記憶だけはあった。



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